ラングフォードの残り火
手紙が届いたのは、午後の早い時間だった。
宛名はセレナ・ラングフォード。差出人の欄に名前はなかった。封蝋の模様に見覚えがない。ラングフォード家の旧紋でも、王都の大商会のものでもなかった。
セレナが封を切った。
指が机を一回、強く叩いた。
それだけだった。顔を上げない。視線が文面の上で止まっている。
「……話して」
俺が言った。
セレナは少し間を置いてから、顔を上げた。
「ラングフォード家の元家臣からよ。ご存命だったのね」
声のトーンが違う。いつもの切れ味がない。感情を落とした声だ。
◇
セレナが文面を要約した。
ラングフォード侯爵家の没落は、政争ではなかった。王弟派が仕組んだ工作だった。十年前の婚約破棄も、王子が別の令嬢を選んだのではない。偽造された書簡が使われた。「セレナが他の貴族家と密約を結んでいる」という告発文だった。
王子はそれを本物だと信じた。セレナを裏切り者だと信じた。
「今さらよ」
セレナが言った。声が震えていた。ほんの少しだけ。机を叩く音はしなかった。
俺は黙っていた。慰めの言葉を持っていない。十年前の話だ。当時のセレナは七歳だった。何も知らないまま、家が崩れていくのを見ていた。
だが、俺にとっては変わるものがある。
◇
インデックスを走らせた。十年前の王都の政治状況。ラングフォード侯爵家没落の時期は公記録から拾える。王太子の即位準備が進んでいた年だ。
書記官系統の異動記録を辿った。侯爵家の告発が受理された時期に、王弟側近の増員が記録されている。その流れを追うと、アイゼンベルク家の名前があった。先代と思われる人物が、当時の書記官補佐としてわずか三ヶ月だが王宮に出入りしていた。
没落の時期と、アイゼンベルクの台頭の時期が重なっている。
「ディートリヒか、あるいはその先代が関わっている可能性がある。調べる」
セレナの眉が微かに寄った。
「やめて」
静かな声だった。
「私の過去を取引材料にしないで」
取引。その言葉が刺さった。
「取引じゃない」
言葉が出た。考えるより先に。
「——お前に関わることだから調べる」
セレナが俺を見た。指は机を叩かなかった。
俺は視線を外さなかった。
やがてセレナは窓の方を向いた。外の景色を見るでもなく、少しの間そのままでいた。
「……勝手にしなさい」
拒絶の声ではなかった。
◇
その夜、十年前のデータを整理した。
ラングフォード侯爵家没落の経緯、偽造された書簡の構造、アイゼンベルク家の関与の痕跡。断片を繋ぐと、一本の線が見えてくる。
ディートリヒのスキルは【模写】だ。筆跡・印章・署名を完璧に再現する。その技術が十年前にも使われていたなら、ラングフォード没落はアイゼンベルク家が手がけた最初の大仕事だったことになる。王族を動かし、侯爵家を潰し、王弟派の足場を作った成功体験。今も同じ手口で動いている。
十年前の偽造と今の偽造。同じ手口が繋がっている。




