↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/92

帰郷

 ヴェルナーに三日の猶予を求めた翌日の朝、俺はバルトス領に向かう馬車に乗っていた。


 バルトス伯爵領の外壁が見えてきたのは、昼を過ぎた頃だった。半年ぶりだ。あの頃と比べて、街道の両側が静かになっている。農地の区画が減った。柵の一部が倒れたまま放置されている。通りすがりの農夫の顔を一瞬だけ見た。目の下が暗い。


 ミラが馬車の幌の隙間から外を覗いていた。


 「……戦費か」


 「ああ。南方戦線が長引いている。バルトス伯爵領は補給路に近い」


 ミラが幌を戻した。それ以上は言わなかった。


 市場を通ったが、店が半分以上閉まっていた。残っている露店も品が少ない。野菜が台の端に寄せられ、空白が目立つ。通りかかった年配の女が一人で麦を量り売りしていた。分銅が欠けていて、代わりに小石が使われている。


 半年でここまで変わるか——いや、変わっていたのを俺が見ていなかっただけだ。王都から張った情報網の中に、ここの数字は入っていなかった。



  ◇



 門番が二人いた。片方は若い。鎧の継ぎ当ての跡が新しい。もう片方は四十近い男で、目つきが疲れている。


 「用件を」


 四十近い男の方が言った。


 俺は一瞬、止まった。


 「レイン・バルト——」


 口の中で言葉を噛み潰した。


 「アルク商会のレインだ。バルトス家の側室の方に用がある。届け物をしに来た」


 男の目が細くなった。少し間があった。


 「……少し待て」


 確認のために一人が引っ込んだ。俺は正面を向いたまま待った。


 男が戻ってきた。「通れ」。それだけだった。



  ◇



 母の離れは、城の東側の外れにあった。


 小さな庭に花が三鉢並んでいる。屋根の端が綻びていた。以前から直っていない。


 ミラを外で待たせて、戸を叩いた。


 「はい」


 声がした。変わっていない。


 扉が開いた。母が立っていた。白髪が増えている。半年でここまで増えるのか。それ以外は変わっていない。背筋は伸びたまま、目は穏やかだった。


 「……レイン」


 「突然すみません。届け物があって」


 懐から革袋を取り出した。金貨10枚を借りた。利子は年3割が相場で、半年分なら15枚。切りのいい金貨30枚にした。手の中で、ずっしりとした重さがある。


 「金貨30枚入っています。独立のときに借りた分の、利子つきです」


 母の目が袋に落ちた。数えない。重さも確かめない。それから俺の顔に戻った。


 「要らない」


 「受け取ってください」


 「要らないと言っている」


 穏やかなまま、同じ声だった。


 「お前が元気なら、それでいい」


 返済の理屈は用意してあった。利率の計算も出来ている。金貨10枚を借りたのは事実で、妥当な利子をつけて返すのは筋だ。だがそれを並べる気にならなかった。


 母の前では、計算が止まる。


 袋を部屋の縁に置いた。


 「置いていきます」


 母が何か言いかけた。俺は頭を下げて、向きを変える。後ろで小さな息の音がした。聞こえないふりをして歩いた。



  ◇



 外に出ると、ミラが壁に背を当てて立っていた。俺が出てくるのを見て、少しだけ姿勢を起こした。


 「終わったか」


 「ああ」


 二人で来た道を戻り始めた。石畳の音だけがしばらく続いた。城の西側を抜ける風が冷たい。


 「いい母親だな」


 ミラが言った。前を向いたまま。


 「……ああ」


 それ以上は続かなかった。


 横目で見ると、ミラの右手が左腕の袖に触れていた。火傷の跡がある場所だ。握っているわけでも、撫でているわけでもない。ただ触れている。


 門を抜けて街道に出た。馬車が止まっている。御者が帽子のひさしを引いて会釈した。俺は軽く頷き返して、馬車に乗り込んだ。


 屋根を直す程度の金は、もうある。直させてほしいと頼んでもいい。だが今日、俺が置いてきたのは金貨の袋だけだ。本当に返したいものは、まだ返せていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。