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ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


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確定と乾杯

 セレナが持ち帰ったのは、記録ではなく記録の不在だった。


 「持ち出された帳簿は三冊。時期は去年の秋から冬にかけて。棚に残った埃の形と、隣の帳簿の背表紙の日焼け跡で分かったわ」


 ギルドの記録保管室から消えた三冊。ハルトの令状で入った保管室に、帳簿そのものはなかった。だが、セレナの鑑定は帳簿があった痕跡を読む。


 「紙質は上等。ギルドの標準品より厚い。インクの匂いが棚板に移っている。鉄胆インク。公文書用よ」


 セレナの指が机の上に三つの点を打った。


 「一冊目は九月から十月。二冊目は十一月。三冊目は十二月から一月にかけての取引台帳」


 俺はデータベースにセレナの報告を格納した。欠けている三冊の時期。その時期に東方辺境伯領への物資供給が急増していたことは、俺の記録にある。


 VIEWを組んだ。


 クレアが神殿で照合した14件の改竄記録。セレナが鑑定で割り出した欠損帳簿の時期。ミラとノルトが東方で確保したフランツの供述。三つの情報源を一つの画面に重ねる。


 見えた。


 改竄された14件のうち11件が、欠損帳簿の時期に集中している。残りの三件は、帳簿が持ち出される前に仕込まれた下準備だ。フランツの供述とも時期が一致する。資金は東方の税収から抜かれ、ギルドの帳簿で洗浄され、王弟派の軍資金に流れていた。


 ディートリヒの偽造ネットワーク。その全体図が、三拠点のデータを重ねたことで浮かび上がった。


 「帳簿の現物がなくても、証拠として成立する?」


 セレナが聞いた。


 「する。帳簿がないこと自体が証拠だ。持ち出された時期と改竄の時期が一致し、フランツの供述が裏付ける。三つが揃えば、欠けた一冊の中身は推定できる」


 報告書をまとめた。VIEWで三つの切り口を用意する。バルクハルト向けには証拠の構造を。王太子派向けには王弟派の資金規模を。陛下向けには偽造軍令の危険度を。


 同じデータ。見せ方だけが違う。



  ◇



 バルクハルトの執務室は、王宮の東詰所にあった。


 護衛に案内され、廊下を三つ曲がった先の小さな部屋。窓が一つ。机と椅子が二脚。それだけだ。


 バルクハルトは立って待っていた。灰色の目が俺を捉える。


 報告書を渡した。


 バルクハルトは表紙をめくり、最初の頁を読んだ。二頁目。三頁目。読む速度が速い。だが飛ばしていない。一行ずつ目が走っている。


 五頁目で、手が止まった。


 「資金経路の図。これは君が組み立てたのか」


 「三拠点の情報を統合しました。神殿の原本照合、ギルドの欠損記録の推定、東方の供述。単独では弱い証拠が、重なると全体像になります」


 バルクハルトが報告書を閉じた。


 「本日中に陛下の御前に出す」


 短い言葉だった。それで十分だった。


 (トランザクション、コミット)


 全ての処理が完了した。証拠は王の手に渡る。ここから先は、俺の領分ではない。


 「ご苦労だった」


 バルクハルトが初めて、労いの言葉を口にした。目は笑っていない。だが、声に嘘はなかった。


 執務室を出た。廊下の窓から午後の光が射している。


 三日間の緊張が、肩から抜けていくのが分かった。



  ◇



 夜。事務所に全員が揃った。


 セレナが外套を脱ぎながら言った。


 「打ち上げよ。経費で落とすわよね」


 「落とす」


 即答した。三日間で消耗した分は、酒で補填するしかない。


 ミラが椅子から立ち上がった。


 「どこの店だ」


 「中央通りの角の酒場。エイルがまともな店を知っている」


 エドが胸を張った。


 「任せてくださいっす。あそこの樽エイルは王都で三本の指に入るっす」


 「お前が酒場に詳しいのは業務外の知見だろう」


 「業務外の知見が最も役に立つ瞬間っす」


 反論できなかった。


 クレアも呼んだ。神殿の記録室に使いを出したら、三十分後に紙束を抱えて現れた。


 「お誘いありがとうございます。ただ、もう少しで三年前の照合が——」


 「終わらなくていい。飲みに行く」


 クレアが紙束を机に置いた。名残惜しそうに一度振り返ったが、セレナに腕を引かれて出ていった。


 リッツが帳簿を閉じた。最後に出て、鍵をかける。いつも通りだ。



  ◇



 酒場は混んでいた。


 木のテーブルに六人。ミラが奥の壁際を取った。出入り口が見える席だ。護衛の習性が抜けていない。


 エイルのジョッキが並んだ。琥珀色の液体が蝋燭の光を受けている。


 「じゃあ」


 ミラがジョッキを持ち上げた。乾杯の音頭を取る気はないらしい。そのまま飲んだ。


 全員が続いた。セレナは小さく口をつけた。エドが一気に半分飲んで、息をついた。リッツが一口だけ飲んで、ジョッキを机に置いた。


 クレアがジョッキを両手で持って、匂いを嗅いでいる。


 「これがエイルですか。麦の発酵飲料。記録では——」


 「いいから飲め」


 ミラがクレアのジョッキの底を押し上げた。クレアが慌てて口をつける。


 一杯目が空くころ、ミラの頬が赤くなっていた。二杯目を頼み、三杯目に手が伸びた時点で上機嫌になった。


 「エド」


 「はいっす」


 「腕相撲だ」


 ミラが肘をテーブルに置いた。エドが目を丸くしたが、断る空気ではなかった。


 手が組まれた。


 三秒で決まった。エドの手の甲がテーブルに叩きつけられる。ジョッキが跳ねた。


 「っ——強すぎるっす! スキルなしでやってくださいよ!」


 「使ってない」


 「嘘っすよ!」


 「使ってない。反射は脅威がないと動かない。お前の腕力は脅威じゃない」


 エドが言葉を失った。セレナが口元を隠して笑っている。


 「もう一回っす!」


 「何回やっても同じだ」


 「今度は左手で——」


 「左でも勝つぞ」


 エドが左手で挑んだ。四秒で負けた。一秒長くなっただけだ。


 「ミラさん、左の方がちょっと弱いっすね」


 「火傷の跡があるからな。握力が少し落ちる」


 さらりと言った。ミラ自身は気にしていない。エドが一瞬黙って、すぐに「次は足で——」と言いかけてセレナに止められた。



  ◇



 クレアは葡萄酒を頼んだ。


 半杯で顔が赤くなった。耳まで赤い。眼鏡の奥の瞳がぼんやりしている。


 「お酒、初めてかもしれません」


 「かもしれませんって何だ」


 「記憶にないので。飲んだ記憶がないということは、飲んでいないか、飲んだことを写本の容量から消したか、どちらかですね」


 「どっちも問題だろ」


 ミラが三杯目のジョッキを傾けながら言った。


 クレアが葡萄酒をもう一口飲んだ。目がとろんとしている。


 「あの、皆さん。スキルの分類について、前から話したいことがあったんです」


 セレナが微かに眉を上げた。俺は嫌な予感がした。


 「神殿に記録されているスキルは三百以上あります。でも、体系的に分類した研究はほとんどない。私が独自に分類したところ、実は七つのカテゴリに収まるんです。第一は身体強化系。これは筋力、敏捷、耐久の三軸で——」


 「クレア」


 「第二は感覚拡張系。鑑定もここに含まれます。セレナさんのスキルですね。これは対象の属性情報を——」


 「クレア」


 「第三は記録再現系。私の写本はここです。興味深いのは模写もこのカテゴリに入るんですが、写本と模写では再現の対象が——」


 ミラがジョッキをクレアの前に置いた。ドン、と音がした。


 「もういい。飲め」


 「でもまだ第四から第七が——」


 「飲め」


 クレアがジョッキを受け取った。エイルを一口飲んで、むせた。


 「これ、葡萄酒より苦いですね」


 「苦いのがいいんだろうが」


 クレアが咳き込みながら、それでももう一口飲んだ。目が据わってきた。


 (この子、酒に弱いどころの話じゃないな)


 クレアの体が傾いた。俺の方に。


 肩にクレアの頭が乗った。三つ編みが腕に触れている。軽い。体重がほとんどない。


 「レイン・バルトスさん」


 声が小さかった。酔った声だ。


 「あなたのスキル、やっぱり収納じゃないですよね」


 背筋が冷えた。


 だがクレアの目はもう閉じかけていた。


 「14件の改竄を……二秒で処理して……三拠点の情報を統合して……全体図を……」


 寝息が混じった。


 「……いつか、教えて……」


 そのまま寝落ちした。


 俺は固まった。肩の上のクレアを動かせない。動かしたら起きる。起きたらまた喋り出す。どちらも困る。


 テーブルの向かいで、セレナの目が細くなった。笑っているのではない。品定めの目だ。青い瞳が蝋燭の光を反射して、冷たく光っている。


 ミラがジョッキをテーブルに置いた。音が大きかった。必要以上に大きかった。


 「……寝かせとけ。起こすと面倒だ」


 声は平坦だったが、ジョッキを握る指が白い。


 エドが空気を読んで黙った。珍しく賢い判断だ。


 リッツだけが何事もなかったように羊皮紙に数字を書いている。酒場の喧騒の中で、ペンの音だけが一定のリズムを刻んでいた。


 「リッツ。お前も飲んだらどうだ」


 「飲みました。一杯目の半分は飲んでいます。——それより、酒場の領収書をもらっておきたいんですが。経費科目は何にしますか」


 「交際費だ」


 「了解です。六名分の飲食、交際費。記録しました」


 リッツがペンを走らせた。几帳面な字が並んでいく。


 セレナがようやく目を戻した。葡萄酒のグラスを傾ける。口元が少し緩んでいる。


 「悪くない夜ね」


 「ああ」


 ミラが四杯目を頼んだ。エドが「もう一回!」と腕を突き出した。ミラが「しつこいな」と言いながら手を組んだ。五秒で決まった。エドが進歩している。


 肩の上でクレアが寝息を立てている。起こす気にはなれなかった。


 蝋燭の炎が揺れた。酒場の喧騒が心地よい。こんな夜は久しぶりだった。


 だが——俺のデータベースは覚えている。コミットした証拠は王の手に渡った。ディートリヒの偽造ネットワークは暴かれた。それは事実だ。


 同時に、もう一つの事実がある。俺の情報処理能力を、この三日間で関係者の全員が目にした。バルクハルトも。ハルトも。ノルトも。そしてクレアも。


 収納スキルでは説明がつかない速度で、三拠点の情報を統合した男がいる。その噂は、遠からず広がる。


 肩の上の寝息が、少しだけ重く感じた。


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