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ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


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33/94

山賊三人、十秒

 王都を出て三日目。街道は山に入った。


 道幅が狭くなる。木々の枝が頭上で絡み合い、日差しが途切れた。


 「レインさん、この道、なんか嫌っすね」


 御者台のエドが首をすくめる。


 「嫌な感じはする。だが、東方への最短路だ」


 ミラは馬車の後方で歩いていた。雇った初日から、彼女は馬車に乗ろうとしない。「座ってると鈍る」とだけ言った。


 山道に入ってから、ミラの足音が変わったことに俺は気づいていた。


 歩幅が短くなっている。首の動きが増えた。左右の木立に視線を走らせる頻度が、平地を歩いていたときの倍になっている。


 (警戒している)


 データベースに意識を向ける。ミラの行動パターンを記録したレコードはまだ少ない。三日分、72件。だが、変化は読み取れる。


 平地での歩行速度。視線移動の間隔。呼吸の深さ。


 今、全部が変わっている。


 「ミラ。何か——」


 言いかけた瞬間。


 風を切る音。


 ミラの身体が弾かれたように動いた。


 俺が矢の音を認識する前に、彼女の左手が跳ね上がる。手甲が空気を叩く鈍い音。矢が弾き飛ばされて、木の幹に突き刺さった。


 「伏せろ」


 ミラの声。低い。硬い。


 俺は馬車の床に身を伏せた。エドも御者台から転がり落ちるように身を隠す。


 茂みから三人。粗末な革鎧。錆びた剣。山賊だ。


 一人目が馬車に向かって走る。


 ミラは走らなかった。


 一歩、踏み込んだだけだ。


 その一歩で間合いが消えた。低い姿勢から蹴りが跳ねる。一人目の腹に入った。男が地面を転がり、動かなくなった。


 二人目が剣を振る。ミラは半身をずらした。刃が空を切る。その隙に肘が顎に入る。二人目が崩れた。


 三人目が逃げた。


 背中を見送って、ミラが息を吐く。


 「ま、いつものことだ」


 汗もかいていなかった。



  ◇



 「い、いつもって何すか」


 エドが御者台から顔を出す。声が裏返っている。


 「山道で三人くらい、よくある話だろ」


 「よくないっす。全然よくないっす」


 俺は馬車の床から起き上がり、ミラを見た。


 乱れていない。髪も、呼吸も、姿勢も。


 三人を片付けるのに、十秒もかかっていない。


 (速い。だが、それだけじゃない)


 データベースに記録する。ミラの行動を、時系列で。


 矢が放たれる前に身体が動いた。風切り音が俺の耳に届くより先に、左手が跳ね上がっていた。一人目が走り始める前に、踏み込みの姿勢に入っていた。


 全て、脅威が顕在化する前に反応している。


 「ミラ。さっきの矢、見えていたのか」


 「見えちゃいねえよ。なんか、こう、来るっていうのが分かる」


 「分かる?」


 「身体が勝手にやるんだ。考える前に動いてる。昔からそうだった」


 ミラは首を傾げた。自分の力を、不思議に思っている様子はない。


 (条件が揃うと発動する。脅威を感知した瞬間、身体が最適な行動を自動で実行する。意志ではなく、条件に対する自動実行だ)


 データベースの中に、似た概念がある気がした。条件を設定し、その条件を満たしたとき、定義された処理が走る仕組み。


 (いや、まだ早い)


 俺はその思考を止めた。まだ輪郭が掴めていない。


 「怪我はないか」


 ミラが振り返る。ぶっきらぼうな声。だが、目は俺とエドを順番に見ている。


 「ない。ありがとう、ミラ」


 「礼はいらねえ。日当分の仕事だ」


 ミラは転がっている山賊を一瞥し、馬車の後方に戻った。



  ◇



 日が傾いた。街道脇の開けた場所で野営を張る。


 エドが火を起こし、俺が干し肉と豆の鍋を作った。ミラは薪を集めてきた。頼む前に動いていた。


 鍋が煮えた。


 三人で火を囲む。エドが椀を配った。


 ミラは無言で食べ始めた。


 速い。匙も使わない。椀を持ち上げ、かき込むように口に運ぶ。肉を骨ごとしゃぶり、指についた汁まで舐めた。


 エドが目を丸くしている。俺は黙って見ていた。


 あの食べ方を知っている。


 データベースの中に、似たレコードがある。南方戦線から戻った兵士たちの聞き取り記録。ノルトから聞いた話。前線では三日に一度しか食料が届かない。届いても足りない。残飯を奪い合う。


 飢えていた人間は、食べ方が変わる。目の前の食事がいつ消えるか分からないから、速く食べる。残さない。骨まで食べる。


 ミラは椀を空にして、ようやく顔を上げた。


 「……何見てんだ」


 「いや。おかわりはあるぞ」


 ミラの目が一瞬、揺れた。


 「いいのか」


 「鍋一杯分ある。エドも俺も、そこまで食わない」


 ミラは黙っておかわりを受け取った。二杯目は、少しだけ速度が落ちた。


 火が爆ぜる音だけが、しばらく続いた。


 エドが先に寝た。俺は火の番をしながら、データベースに今日の記録を格納した。


 ミラの行動パターン。脅威感知の速度。戦闘動作の精度。食事の様子。


 72件だったレコードが、113件になった。


 ミラは毛布にくるまって、馬車の車輪に背中を預けている。起きているのか寝ているのか分からない。


 (条件が揃えば自動で実行される。ミラのあの力は、そういう仕組みだ)


 データベースの奥に、まだ名前のない概念が眠っている。今は触れない。


 だが、一つだけ分かったことがある。


 ミラの反射は、脅威に対してしか発動しない。


 ——あの食べ方は、何に対する反射だ。


 火が小さくなった。薪を一本、くべた。


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