赤毛の傭兵と東方街道
東方への道は片道六日。往復で十二日かかる。
セレナが地図を広げた。馬車一台、荷は薬と包帯。問題は、街道の治安だ。
「傭兵を一人雇いましょう。ギルドの規定で護衛帯同証明がいるし、山越えだもの」
「予算は」
「銀貨3枚が相場よ。日当で」
往復十二日で銀貨36枚。金貨三枚半。薬の利益から出せる範囲だ。
「エド、傭兵溜まりに行って探してこい。条件は三つ。一人旅に慣れていること、荷物に手を出さないこと、酒癖が悪くないこと」
「了解っす。でも、俺に人を見る目あるっすかね」
「ないだろうな。だから、飯を食ってる奴を探せ。昼の酒場で酒じゃなく飯を頼んでいる傭兵は、少なくとも自己管理ができる」
エドが出ていった。
◇
一刻ほどして、エドが戻った。
「見つけたっす。一人で飯食ってる人。小柄っすけど、動きが速そうっすよ」
「男か」
「女っす」
セレナが眉を上げた。
「女の傭兵?」
「はい。赤い髪の。周りの男と距離置いてて、でも怖がってる感じじゃなかったっす。むしろ周りが避けてたっすね」
(周りが避ける傭兵。腕が立つか、面倒な奴か、どちらかだ)
「行くぞ」
◇
傭兵溜まりの酒場は、南門の近くにあった。
昼だというのに薄暗い。油の匂いと、汗と、安い麦酒の匂いが混じっている。革鎧の男たちが固まって座り、声が低く響いていた。
エドが指した席に、その女がいた。
赤毛を短く切っている。日に焼けた肌。小柄だが、椅子の座り方に隙がない。背もたれに寄りかからず、利き手が常に空いている。
木皿の上の豆と干し肉を、丁寧に食べていた。急いでいない。だが、一粒も残さない食べ方だ。
(食べ物を粗末にしない傭兵。飢えた経験がある)
「失礼。護衛の仕事を探している。話を聞いてもらえるか」
女が顔を上げた。
茶色の目。値踏みではなく、確認するような視線。俺を見て、後ろのエドを見て、それで終わり。
「荷物は何だ」
「薬と包帯だ」
「ふうん」
女は干し肉をひと切れ口に入れた。
「で、日当は」
「銀貨3枚。日当で。東方辺境伯領まで往復十二日」
「飯は出るか」
「出る」
「じゃあいい。受ける」
あっさりしている。交渉の余地を残さない即答。値段を吊り上げる気がない。
(裏表がない。あるいは、仕事を選べる立場にないか)
左腕に目がいった。袖から覗く古い火傷の跡。肘から手首にかけて、皮膚が引き攣れている。刃物の傷ではない。熱か、薬品か。
女が気づいて、さりげなく袖を下ろした。
「名前は」
「ミラ」
「俺はレイン。後ろがエド。明朝、東門前に馬車を出す。日の出に遅れたら置いていく」
「遅れねえよ」
ミラは最後の豆を皿から掬い、口に放り込んだ。
◇
翌朝。東門前。
日の出の前にミラは来ていた。
革鎧に短剣が二本。荷物は小さな背嚢一つ。身軽だ。
セレナが馬車の横で腕を組んでいる。
「あなたが護衛?」
「ああ」
「経験は」
「南方に三年。それから王都に流れてきた」
セレナが俺を見た。目が「大丈夫なの」と言っている。
「行くぞ」
馬車が動き出した。俺とセレナが中、エドが御者台。ミラは馬車の横を歩いている。乗れと言ったが、「外の方が見える」と断った。
(護衛としては正しい判断だ)
◇
街道に出て半刻。
王都の喧騒が遠ざかり、麦畑と牧草地が広がった。車輪が砂利を踏む音だけが続く。
俺は幌の隙間からミラを見た。歩き方に無駄がない。地面と周囲を交互に見ている。耳も使っている。風が吹くたびに、わずかに顔の向きが変わる。
(体が覚えている動きだ。訓練ではなく、実戦で身についた)
セレナが声を落とした。
「どう思う」
「腕は確かだ。歩き方を見ればわかる」
「火傷の跡、見た?」
「ああ」
「刃物じゃないわね。あの引き攣れ方は——」
「聞かない方がいい。今は」
セレナが口を閉じた。
◇
昼の休憩で馬車を止めた。
ミラが木の下に座り、支給した干し肉と硬パンを食べ始めた。一口ずつ、噛む回数が多い。
俺は水袋を持って隣に座った。
「南方にいたのか」
「ああ」
「どこだ」
「第四砦」
手が止まった。
第四砦。二年前に壊滅した前線基地だ。毒を持つ魔物の群れに襲われ、駐留していた部隊が全滅したと聞いている。
「……壊滅した砦だな」
「そうだ」
ミラの声は平坦だった。事実を述べているだけの声。
だが、硬パンを持つ指が白くなっていた。
俺はそれ以上聞かなかった。
「パン、もう一つあるぞ」
「もらう」
ミラが二つ目の硬パンを受け取った。今度は少しだけ、噛む速度が上がった。
街道の先に、東方の山並みが霞んで見える。
火傷の跡と、壊滅した砦。
この女には、まだ語られていない過去がある。
街道の先に、東方の山並みが近づいていた。明日からは山越えだ。
山道で何が起きるかは、データベースにはない。
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