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ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


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29/92

王太子側近から届いた書状

 ノルトから二通目の手紙が届いた。


 「グレイス子爵家との会談が実現しました。家令ハルト殿を通じ、バルクハルト様との接触にも成功。東方への予算は、次の議会で審議される見通しです」


 上手くいった。


 俺は関係テーブルに結果を記録した。仲介の経路、結果、所要期間。全て正規化されたテーブルに格納する。


 種を蒔いて、芽が出た。あとはノルトとハルトが育てればいい。


 そう思っていた。



  ◇



 三日後。見覚えのない封蝋の手紙が届いた。


 紋章は——王家の百合。


 俺の手が止まった。


 封を切る。


 「レイン・バルトス殿。一度お目にかかりたく存じます。明後日の午後、王都のカッセル茶館にて。——バルクハルト」


 王太子の側近からの、直接の書状。


 俺に宛てて。


 名前を出すなと言ったはずだ。ノルトには伝えた。だが——


 データベースに意識を向けた。情報がどう流れたか、関係を遡って辿る。


 正規化されたテーブルが、伝播の経路を正確に浮かび上がらせた。


 俺がハルトに東方の話を振った。ハルトがバルクハルトに伝えた。バルクハルトがノルトと会った。ノルトは俺の名前を出さなかっただろう。約束した。


 だが、ハルトは違う。


 ハルトに「バルクハルト様をご存知でしたね」と聞いたのは俺だ。ハルトは子爵家の家令として、バルクハルトに経緯を報告する義務がある。


 「誰がこの繋がりを知っていたのか」


 バルクハルトがそう問えば、答えは一つしかない。


 正規化の代償だ。関係が整理されているということは、辿れるということ。俺がテーブルを辿って三段階の経路を見つけたように、向こうもまた経路を辿って俺に行き着いた。



  ◇



 セレナに手紙を見せた。


 「王太子の側近が、あなたを名指し」


 セレナの顔が一瞬、強張った。だがすぐに表情を戻す。


 「断れる?」


 「断る方が危険だ。無視は敵意と取られる」


 「行くのね」


 「ああ。ただし、商人として行く。それ以上の立場は見せない」


 セレナが腕を組んだ。


 「一つ聞いていい。ハルトが漏らしたの?」


 「漏らしたんじゃない。聞かれたんだ。正規化された関係は、辿ろうと思えば辿れる。俺が三段階で経路を見つけたように、バルクハルトも同じことをした」


 「つまり、あなたの武器は相手にも使える」


 沈黙が落ちた。


 「セレナ。今回は俺の読みが甘かった」


 「甘かったわね。でも、取り返しがつかないわけじゃない」


 セレナの目が鋭くなった。


 「バルクハルトが敵か味方かは、会えば分かる。問題は、会った後にどう振る舞うかよ」



  ◇



 明後日。カッセル茶館。


 個室に通された。上等な茶葉の香りが漂い、磨かれた木のテーブルが窓の光を柔らかく反射している。


 バルクハルトは三十代半ば。短い金髪に、冷たい灰色の目。軍人のような姿勢の良さ。


 「レイン殿。お忙しいところ、ありがとうございます」


 丁寧だが、品定めの目。


 「こちらこそ。お呼びいただき恐縮です」


 「単刀直入に聞きます。東方辺境伯の予算問題を、グレイス子爵家経由で解決しようとした。その経路を設計したのは、あなたですね」


 否定しても無駄だ。


 「経路を示しただけです。動いたのはノルト殿とハルト殿です」


 「経路を示す方が難しい。私の情報官でも、ハルトと私の士官学校の縁までは把握していなかった」


 バルクハルトが茶を一口飲んだ。


 「あなたは何者ですか。レイン殿」


 「アルク商会の商人です」


 「商人が、なぜ政治的な関係図を持っている」


 「商売に必要だからです。誰が誰と繋がっているかを知ることは、何をどこに売るかを知ることと同じです」


 バルクハルトは数秒、俺を見つめた。


 「面白い。では、商人として聞きます」


 声が落ちた。


 「王太子殿下は、東方辺境伯の予算を通すつもりです。ただし、条件がある」


 「条件」


 「東方辺境伯が王弟派から中立に移ること。殿下はそのための仲介者を探している」


 政治工作の依頼だ。


 商人の領域ではない。完全に、フィクサーの仕事だ。


 「私にそれを話す理由は何ですか」


 「あなたが東方辺境伯の代理人ノルトと繋がり、かつ私とも繋がっている。両方の窓口になれる人間は、今のところあなたしかいない」


 正規化されたデータベースの、結節点。


 俺がそこにいる。


 「考えさせてください」


 「三日で返答を。それ以上は待てません」


 バルクハルトが立ち上がる。


 「レイン殿。一つだけ」


 「はい」


 「この話を受けても断っても、あなたの名前は私の記憶に残ります。王太子派の側近の記憶に」


 それは脅しではない。


 事実の提示だ。



  ◇



 事務所に戻る。


 セレナが待っていた。


 「どうだった」


 「王太子が東方辺境伯を中立派に引き込みたいらしい。その仲介を、俺に」


 セレナの目が見開かれる。


 「それ、受けたの」


 「まだだ。三日ある」


 「三日しかない、でしょう」


 セレナが椅子に腰を落とした。


 「受ければ、あなたは王太子派の駒になる。断れば、知りすぎた商人として警戒される」


 「ああ」


 「どちらにしても、もう普通の商人には戻れないわね」


 俺はデータベースに意識を向けた。


 12のテーブル。5万を超えるレコード。78の関係定義。


 全てが正規化され、整然と繋がっている。


 その中心に、俺がいる。


 「セレナ。俺は商人だ」


 「ええ」


 「商人として、最善の取引をする」


 セレナが微笑んだ。


 「分かったわ。三日間で、最善の条件を詰めましょう」


 窓の外が暗くなっていた。


 アルク商会は、もう小さな薬草商ではない。


 そして俺は——もう、ただの商人でもない。


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