↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレ収納スキルの正体は【データベース】でした  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/93

王都と南方、棲み分けの条件

 ガストが事務所に来た。


 アポイントなし。セレナとエドは外出中。俺一人だ。


 「久しぶりだな、小僧」


 ガストの顔は、前に会った時より痩せていた。目の下に隈がある。


 「ガスト殿。何かご用ですか」


 「用がなきゃ来ちゃいかんか。同業者の挨拶だよ」


 嘘だ。この男が挨拶だけで来るはずがない。


 ガストは招かれてもいないのに椅子に座り、事務所を見回した。安い葉巻の匂いが漂ってくる。


 「いい場所に構えたな。南区の一等地。家賃は月に20か30か」


 「二十です」


 「金級の商会が月20の事務所ね。慎ましいことだ」


 ガストの目が机の上の書類に向いた。報告書の控えが見える位置にある。


 俺はさりげなく書類を裏返した。


 「で、本題は」


 ガストの目が据わった。


 「衛兵隊の全量契約。取ったそうだな」


 「ええ。試用期間の評価で」


 「評価ね。三ヶ月で十年の実績を超えたと」


 「品質管理の差です」


 ガストの指が、椅子の肘掛けを叩いた。


 「品質、品質と。お前はそればかり言う。だがな、品質だけじゃ商売は回らんぞ」


 「おっしゃる通りです。だから報告書も出しています」


 「報告書?」


 ガストの目が動いた。知らなかったのか。


 「月次の納品実績、品目別の数量と品質評価。衛兵隊に毎月提出しています」


 「……ヴォルフがそんなものを求めたのか」


 「求められたので応えました」


 ガストの顔が赤くなった。衛兵隊との十年間、報告書を求められたことはなかったのだろう。つまり、ガストの納品にはそれだけの管理がなかった。


 だが、ガストは怒りを飲み込んだ。


 「いいだろう。衛兵隊は譲る。だが、南方の軍需はうちが押さえている。お前が手を出せる領域じゃない」


 「南方には興味がありません」


 「嘘をつくな」


 ガストが身を乗り出した。


 「お前が仕入れを積み増したのは知ってる。値上がりの前にな。誰かから情報を得ただろう」


 「市場の動きを見ていただけです」


 「市場の動きだけで、戦線拡大を読めるわけがない」


 鋭い。ガストは馬鹿ではない。二十年の経験は伊達ではない。


 「仮に読めたとして。南方には手を出すつもりはない。うちの供給力では前線の量を賄えません」


 これは事実だ。南方の軍需は月に数千金貨の規模。アルク商会の規模では足りない。


 ガストは俺を見つめていた。嘘か本当か、測ろうとしている。


 「……小僧。取引をしよう」


 「取引?」


 「お前は王都を取れ。俺は南方を取る。互いの領域を侵さない。棲み分けだ」


 俺はデータベースに意識を向けた。


 ドルク商会の売上構成を推測する。断片的な情報をまとめると、南方が6割、王都が4割といったところか。南方に注力すればするほど、王都の余力がなくなる。


 つまりガストは、王都を守る余裕がない。だから棲み分けを提案してきた。


 攻める立場にいるのは、俺の方だ。


 だが。


 「いいでしょう」


 「……受けるのか」


 「条件があります」


 ガストの目が細くなった。


 「王都の市場で、うちの仕入先に圧力をかけないこと。赤傷草の仕入れ値を吊り上げるのも含めてです」


 ガストの顔が固まった。仕入れ値の操作を知っていたことに驚いたのだろう。


 「何故それを——」


 「品目別の利益率を追えば分かります。赤傷草だけ仕入れコストが不自然に高い。市場価格と乖離している」


 数字で殴る。ガストが一番嫌がる戦い方だ。


 「……いいだろう。仕入先への圧力はやめる。その代わり、南方向けの取引に手を出すな」


 「約束します」


 握手はしなかった。互いに、信用していない。


 だが、利害は一致している。今のところは。


 ガストが立ち上がった。


 「お前の情報力、どこから来ている」


 「商人の基本です。帳簿を読むだけですよ」


 ガストは鼻を鳴らして出ていった。



  ◇



 セレナが戻ってきたのは夕方だった。


 「ガストが来た? 何を」


 「棲み分けの提案だ。王都はうち、南方はドルク。互いの領域を侵さない」


 セレナが椅子に腰を下ろした。


 「受けたの」


 「受けた。仕入先への圧力停止が条件だ」


 「悪くないわね。でも、ガストが約束を守るとは限らないわよ」


 「守らなくていい。時間を稼げればそれでいい」


 セレナが首を傾げた。


 「赤傷草の仕入れ値が下がれば、利益率が改善される。その間に高利益率品目を伸ばす。半年後には、赤傷草への依存度を3割以下にできる」


 俺は分析結果を見せた。赤傷草の依存度を現在の39%から28%へ。月光花の比率を18から25に引き上げる。高利益品目の比率は22から35へ。全体の平均利益率を24から30に持っていく。


 「半年後にはドルク商会が約束を破っても、影響を吸収できる構造にする」


 セレナは数字を見つめていた。


 「あなた、最近変わったわね」


 「何がだ」


 「前は、目の前の取引を一つ一つ勝ち取っていた。今は、半年先の数字を見ている」


 「取引の量が増えたからな。一つ一つ追っていたら間に合わない」


 「そうじゃなくて」


 セレナが俺を見た。


 「視座が変わったのよ。商人から、経営者に」


 経営者、か。


 「俺はまだ商人だ」


 「そう。でも、もうすぐ違うものになるわ」


 セレナは何かを見通すような目をしていた。


 俺には分からない。だが、セレナの勘は大体当たる。


 「明日、北門詰所に営業をかける。ヴォルフの紹介だ。セレナ、来れるか」


 「もちろん」


 セレナが立ち上がりかけて、足を止めた。


 「ねえ。商会をもう一段大きくするなら、人を入れないと本当に無理よ」


 「分かってる」


 「経理ができて、数字が読めて、信頼できる人間。心当たりはないけど、探さないと」


 三人の限界。それは数字が教えてくれている。


 取引件数は増え続ける。分析はできるようになった。だが、実行する手が足りない。


 次の壁は、人だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。