売上の半分が一人に依存している
朝、セレナが出勤してきた。外の冷気を纏っていて、すれ違うと石畳の湿った匂いがした。
俺は徹夜明けの目で、報告書を差し出した。
「衛兵隊向けの月次報告。品目別の納品数量、品質評価の分布、前月との比較。全部入ってる」
セレナが受け取った。ページをめくる。
「……いつ作ったの」
「昨夜」
「百二十件の集計を一晩で?」
「高速演算スキルが——」
「はいはい」
セレナは追及しなかった。ただ、報告書の中身をじっくり読んでいる。
「これ、よくできてるわね。品目別だけじゃなくて、品質等級ごとの割合も出してある。ヴォルフは喜ぶわよ」
「ついでに、もう一つ作った」
俺は別の紙を出した。
「アルク商会の月次分析だ。顧客別の売上比率、品目ごとの利益率、仕入先別のコスト比較」
セレナが紙を取り上げた。目が資料を走る速度が上がった。
「売上の47%が東方辺境伯。次が衛兵隊で15%。偏ってるわね」
「ああ。辺境伯との契約が飛んだら、売上が半減する」
「リスクね。顧客の分散が必要だわ」
「それだけじゃない。品目を見てくれ」
俺は分析結果を指で追った。赤傷草は売上比率39%、利益率22%、前月比プラス15。銀苔が21%、利益率18。月光花が18%で利益率25。青葉草は13%だが利益率は30と高い。白粉花は9%で利益率35。
「月光花の前月比が32%増。突出してるわ」
「南方の戦線拡大だ。月光花は解毒に使う。南方は毒を持つ魔物が多い。前線が南に伸びれば、月光花の需要が跳ね上がる」
セレナが顔を上げた。
「これ、先月の時点で分かっていたら」
「もっと早く在庫を積めた。だから、今月からは毎月この分析を出す。数字の傾きを見れば、来月の需要が読める」
傾き。
個々の取引を追っていても、傾きは見えない。まとめて、比較して、初めて分かる。
先月と今月の差。今月と来月の差。その差の差。
「レイン、これを見たら一つ気になることがあるの」
「何だ」
「赤傷草の利益率が22%。悪くないけど、月光花の25%、青葉草の30%に比べると低い。売上は最大なのに」
「仕入れが高いからだ。赤傷草は需要が大きい分、仕入れの競争が激しい」
「ドルク商会と仕入先がぶつかっているから?」
「ああ。ドルク商会が赤傷草の仕入れ価格を吊り上げている。うちが量を確保しようとすれば、高値を飲むしかない」
セレナが机を指で叩いた。
「主力品目の利益率が一番低いのは危険よ。ドルク商会がさらに仕入れ値を上げてきたら」
「利益が潰れる」
数字は嘘をつかない。赤傷草に依存しすぎている。量は出るが、利益構造が脆い。
「対策は二つだ。一つは、仕入先の拡充。赤傷草を安く仕入れるルートを増やす」
「もう一つは」
「高利益率品目の比率を上げる。青葉草、白粉花。希少品は競争が少ない分、利益率が高い。ここを伸ばす」
セレナが頷いた。
「月光花も伸びているわね。南方の需要が続く限り」
「続くだろう。戦線が縮小する気配はない」
◇
その午後。ヴォルフに報告書を提出した。
ヴォルフは一枚目で手を止めた。
「……品質等級ごとの分布まで出しているのか」
「はい。効能A評価が92%、B評価が8%。B評価は補助品目の一部です」
「大手の商会でも、ここまで細かい報告書は見たことがない」
「集計する仕組みがありますので」
嘘ではない。ある。俺の頭の中に。
ヴォルフが二枚目、三枚目と読み進める。
「レイン殿。この報告書の形式、来月以降も続けてもらえますか」
「もちろんです」
「それと——」
ヴォルフが声を低くした。
「南方の戦線拡大で、衛兵隊の医療物資の需要も増える見込みです。来月から、発注量を2割増やしたい」
「対応できます」
「助かる。他の商会は、急な増産に対応できないところが多くてな」
ヴォルフの言葉の裏を読む。
他の商会。つまりドルク商会だ。
南方に物資を流すのに手一杯で、王都の需要に対応しきれていない。ガストが南方の行商人を囲い込んだのは、南方の需要を取るためだったが、その分、王都の供給力が落ちている。
データベースに意識を向ける。品目ごとに月別の流通量をまとめられないか。
市場全体のデータは持っていない。だが、断片は集められる。
ギルドの公開記録。問屋の出荷情報。行商人の動向。
俺が持っている断片を集計すれば、市場全体の傾きが推測できる。
ドルク商会が南方に注力している間に、王都の市場を取る。
「ヴォルフ殿。もし他の部隊でも物資の調達に困っているところがあれば、ご紹介いただけますか」
ヴォルフは俺を見た。
「……南門警備隊は既に問い合わせが来ているだろう。他には、北門の詰所が困っていると聞いた」
「ありがとうございます」
情報が、また一つ繋がった。
事務所に戻る道で、俺は空を見上げた。
数字が見せてくれる景色は、いつも冷たい。感情も人情もない。
だが、その冷たさが好きだ。
数字は裏切らない。傾きは嘘をつかない。
この傾きの先に、ドルク商会を超える道がある。




