テーブルとテーブルを繋ぐ鍵
調査は三日で終わった。
エドが仕入先を回り、セレナが貴族筋を当たり、俺はギルドの記録と市場の噂を突き合わせた。
事務所の机に、紙が広がっている。乾きかけのインクが鼻をつく。
「まとめるわよ」
セレナが仕切った。
「まず仕入先。マルコ商店は完全に独立。問屋を通さず、自分で採取師を抱えている」
「西区の採取師も同じだ。個人で山に入って、個人で売る。商会との繋がりはない」
「ランゲ村は私が開拓した没落貴族の領地ね。ドルク商会との接点はないわ。ケルン農場も同じ」
「クレフだけが黒だった」
「ええ。そしてクレフは既に切った」
仕入先は問題ない。残る四件は全て、ドルク商会の影響圏の外にある。
「次、顧客側」
セレナが別の紙を取り出した。
「貴族の関係は複雑よ。整理するわ」
「ハイゼン男爵家とフェルト男爵家は姻戚。これは知ってる」
「グレイス子爵家とベルク子爵家は、表向きは普通だけど、三年前の領地問題が尾を引いている」
「ペルツ男爵家は」
「中立。どの派閥にも属していない。だから扱いやすいわ」
「衛兵隊のヴォルフと東方辺境伯代理のノルトは士官学校の同期」
「それは軍の繋がりね。貴族の派閥とは別の線よ」
俺は聞きながら、一つ一つをデータベースに入力していった。
だが、入力しようとして手が止まる。
「ハイゼン男爵家はフェルト男爵家と姻戚である」
この情報を、どこに入れればいい。
顧客テーブルか。顧客テーブルの「ハイゼン男爵家」のレコードに「関係先: フェルト男爵家」と書くか。
だが、それではハイゼン家のレコードが肥大化する。関係先が十になれば、一つのレコードに十の関係が詰め込まれる。
人物テーブルか。「ハイゼン男爵」のレコードに「知人: フェルト男爵」と書くか。
同じ問題だ。人物が増えるたびに、関係の情報が膨れ上がる。
(違う。関係は、レコードの中に押し込むものじゃない)
その認識が、はっきりと形を持った。
関係は、テーブルとテーブルの「間」にあるものだ。
ハイゼン家はハイゼン家。フェルト家はフェルト家。それぞれ独立したレコード。
そして「姻戚」という関係は、その二つを結ぶ線だ。レコードの中ではなく、レコードの外にある。
俺は紙を一枚取った。
左に顧客の名前を書く。右にも顧客の名前を書く。そして間に線を引き、関係を書き込む。
ハイゼン ——姻戚—— フェルトグレイス ——対立—— ベルクヴォルフ ——同期—— ノルトクレフ ——下請け—— ドルク商会
線を引くたびに、脳の奥が熱くなった。
「レイン、何を書いているの」
「関係図だ」
「……それ、私がさっき口で説明したことと同じじゃない」
「同じだ。だが、書き方が違う」
セレナには見えていないだろう。だが、俺の中では明確な変化が起きていた。
線を一本引くたびに、データベースの中で何かが繋がる感覚がある。
顧客テーブルの「ハイゼン男爵家」と、顧客テーブルの「フェルト男爵家」。二つのレコードの主キーが、「姻戚」という関係で結ばれる。
仕入先テーブルの「クレフ」と、商会テーブルの「ドルク商会」。二つの主キーが、「下請け」という関係で結ばれる。
主キーと主キーを繋ぐ鍵。
それが——
脳の奥で、橋が架かった。
◇
新しい機能が、意識の中に流れ込んでくる。外部キー。テーブル間のレコードを関連付ける力。姻戚、対立、取引、上下——関係の種類を定義し、関連をたどって間接的な繋がりまで検索できる。
「外部キー……」
視界が広がるような感覚があった。
俺はすぐにデータベースに意識を向けた。
まず、さっき紙に書いた関係を、全てデータベースに定義する。
ハイゼン男爵家とフェルト男爵家を、「姻戚」で結ぶ。グレイス子爵家とベルク子爵家を、「対立」で結ぶ。ヴォルフとノルトを、「同期」で結ぶ。
一つ定義するたびに、データベースの中に線が走る。
テーブルとテーブルが繋がっていく。
孤立した島に、橋が架かる。
「セレナ。さっきの関係、もう一度全部言ってくれ」
「え? いいけど……急にどうしたの」
「頼む」
セレナは怪訝な顔をしたが、一から説明し直してくれた。
俺は一つ残らずデータベースに定義していった。
貴族間の姻戚関係。対立関係。派閥。軍の同期。商人同士の取引関係。仕入先と商会の上下関係。
三十分で、50以上の関係が定義された。
そして——
ドルク商会と繋がりのある仕入先を、意識の中で絞り込んだ。
結果は1件。クレフ、下請け、直接の関係。それだけだ。他の仕入先にドルク商会との繋がりはない。
今度は確信を持って言える。データベースに関係が定義されているからだ。
さらに。
さらに、顧客の取引先の、そのまた先にドルク商会がいないかを辿ってみる。二段階の検索。
結果は空。間接的にも繋がっていない。
「これなら、ノルトに説明できる」
「レイン? 何が分かったの」
「仕入先の精査が終わった。ドルク商会との繋がりは、クレフ一件のみ。他は全て無関係だと証明できる」
「……今の三十分で?」
セレナの目が細くなった。疑っているのではない。観察している目だ。
「ただの帳簿で、こんなに速く精査できるわけがないわよね」
「高速演算スキルが——」
「嘘おっしゃい」
静かな声だった。
「計算が速いのと、関係の有無を調べるのは別よ。帳簿にいくら速く目を通しても、書いていないことは読めない」
正しい。反論できない。
沈黙が数秒。
「……そのうち話す。今は、ノルトとの再会議の準備が先だ」
セレナは俺を見つめていたが、やがて目をそらした。
「分かったわ。でも、『そのうち』はもう三回目よ」
三回目か。数えていたのか。
「次に何かあったら、そのときは本当に話す」
「約束ね」
「ああ」
セレナは立ち上がった。
「じゃあ、ノルトへの資料を作りましょう。仕入先の安全性を証明する書類が要るわ」
仕事モードに切り替わる。この切り替えの速さが、セレナの強さだ。
俺は新しいデータベースの感覚を確かめながら、資料の準備に取りかかった。
テーブルが繋がった。
これで、人と人の関係が、記録できる。検索できる。辿れる。
商売の地図が、一気に広がった気がした。




