表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/19

月500金貨の契約に潜む罠

 東方辺境伯の代理人、ノルトという男が事務所に来た。


 三十代後半。軍人上がりらしく背筋が伸びている。寡黙だが、目は鋭い。


 「辺境伯は前線に出ておりますので、後方の物資調達は私が任されています」


 「お話は衛兵隊のヴォルフ殿から伺っています」


 「ヴォルフとは士官学校の同期でして。あの男が品質を認めた商人なら、信用できる」


 悪くない入り方だ。ヴォルフの紹介は、軍関係者には何より効く。


 「必要な品目は」


 「医療物資が中心です。前線に送る分ですので、量は多い。月に金貨500は動きます」


 五百。


 衛兵隊の全量より多い。取れれば、月の売上は一気に1000を超える。


 「ただし」


 ノルトが声を落とした。


 「辺境伯は品質だけでなく、供給の安定を重視します。仕入れルートの説明をいただきたい」


 「もちろんです。現在の仕入先は——」


 俺は仕入先の情報を説明した。古いインクと羊皮紙の匂いが漂う事務所の中で、マルコ商店を筆頭に、独立系の採取師、セレナが開拓した没落貴族の領地栽培と、順に挙げていく。


 ノルトは一つ一つ頷いていたが、ある名前で手が止まった。


 「レイン殿。南方の行商人とは、クレフのことですか」


 「ええ。月光花の仕入先です」


 ノルトの表情が硬くなった。


 「クレフは、ドルク商会の下請けです」


 空気が変わった。


 「……何ですか」


 「半年前から、ドルク商会が南方の行商人を囲い込んでいます。クレフもその一人だ。知りませんでしたか」


 知らなかった。


 俺のデータベースには、クレフの情報がある。名前、扱い品目、取引実績、信頼度。全て記録している。


 だが、「クレフとドルク商会の関係」は記録されていなかった。


 仕入先テーブルの「クレフ」と、商会テーブルの「ドルク商会」。二つのレコードは、俺のデータベースの中で何の接点も持っていない。


 現実には、繋がっていたのに。


 「レイン殿。辺境伯の物資は軍事機密に準じます。ドルク商会と繋がりのある仕入先を使っている商会とは、取引できません」


 「お待ちください。クレフからの仕入れは全体の1割にも満たない。その分は他の——」


 「問題は割合ではありません」


 ノルトが遮った。


 「情報管理の問題です。仕入先の一つがドルク商会と繋がっている。そこから辺境伯の調達情報が漏れる可能性がある。可能性がある限り、契約はできない」


 正論だ。反論の余地がない。


 「……承知しました。クレフとの取引を即時停止し、仕入先を再精査します。その上で、改めてお話しさせていただけますか」


 ノルトは少し間を置いた。


 「一度だけ、機会を差し上げます。二週間後に、再度伺います」


 立ち上がり、一礼して去った。



  ◇



 事務所に沈黙が落ちた。


 エドが恐る恐る口を開いた。


 「あの……レイン様、顔色やばいですよ」


 「自覚はある」


 月五百金貨の契約を、目の前で逃しかけた。理由は、仕入先の一人がドルク商会と繋がっていたことを知らなかった。ただそれだけだ。


 セレナが戻ってきたのは、ノルトが去って一時間後だった。


 「聞いたわ。エドから」


 「ああ」


 「クレフがドルク商会の下請けだったのは、私も知らなかった」


 セレナの声に、珍しく悔しさが混じっていた。


 「半年前に囲い込まれたなら、私が王都に来る前の話よ。知りようがなかった」


 「お前のせいじゃない。俺の管理の問題だ」


 セレナが椅子に座った。


 「仕入先の背景まで全て把握するのは、現実的じゃないわ。でも——」


 「でも、把握できなければ商売にならない」


 「ええ」


 沈黙。


 俺はデータベースに意識を沈めた。


 仕入先テーブルを開く。


 仕入先の情報が脳裏に並ぶ。マルコ商店は赤傷草を扱い、取引は継続中。西区の採取師は銀苔、こちらも問題ない。クレフは月光花——停止。ランゲ村の青葉草とケルン農場の白粉花は継続。


 5件の仕入先。それぞれ独立したレコード。


 だが、この中に他にもドルク商会と繋がっている者がいないと、言い切れるか。


 言い切れない。


 テーブルの中の情報は正しい。名前、品目、品質、取引状態。全て正確だ。


 しかし、テーブルの「外」にある関係が見えない。


 (俺のデータベースは、孤立した島の集まりだ)


 顧客は顧客だけの島。仕入先は仕入先だけの島。人物は人物だけの島。


 島と島の間に、航路がない。


 だから、クレフとドルク商会の繋がりが見えなかった。ノルトとヴォルフの繋がりは、たまたまノルト本人が口にしたから知れた。ハイゼン家とフェルト家の姻戚関係は、セレナが覚えていたから分かった。


 全て、偶然と個人の記憶に頼っている。


 「仕組み」がない。


 あの感覚が、また来た。


 脳の奥で何かが脈打っている。新しい機能が解放される前の、あの予兆。


 主キーが解放される直前と同じだ。手が届きそうで届かない、あの感覚。


 だが、今回は——まだ足りない。


 何が足りないのか、分かっている。


 「俺は、まだ関係を一つも定義していない」


 「何?」


 セレナが聞き返した。


 「独り言だ。すまない」


 俺は立ち上がった。


 「エド、明日から仕入先の全件調査をする。どこから仕入れて、誰と繋がっていて、他にどの商会と取引があるか。全部洗い出す」


 「全件って……うわ、まじですか。何件あるんです」


 「五件だ。今は少ない。だが今のうちにやる」


 セレナが頷いた。


 「私も動くわ。貴族側の関係も洗い直す。誰が誰の派閥で、どの家とどの商会が繋がっているか」


 三人が動き出した。


 二週間後のノルトとの再会議。それが期限だ。


 だが、本当の問題はノルトではない。


 テーブルを繋ぐ仕組みがなければ、同じ失敗を何度でも繰り返す。


 (関係を、定義しろ)


 自分に言い聞かせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ