三日で78件の仕入先を洗い出す
ノルトとの再会議は、予定より三日早く実現した。
理由は単純だ。こちらから連絡を入れた。「準備が整いましたので、ご都合のよい日にお越しください」と。
待つより攻める。商売の基本だ。
ノルトが事務所の椅子に座った。前回と同じ、背筋の伸びた姿勢。
「早いですね。二週間と申し上げましたが」
「準備に二週間もかかるようでは、前線の物資を任せていただく資格がありません」
ノルトの目がわずかに動いた。悪い反応ではない。
「では、お聞きしましょう」
俺はセレナが作った資料を渡した。
「まず、問題のクレフとの取引は即日停止しました。月光花の仕入れは、ケルン農場からの調達に切り替え済みです」
「ケルン農場の背景は」
「セレナが開拓した仕入先です。没落貴族のヴェーバー家が領地で栽培しています。ドルク商会との取引歴はなく、他の大手商会との繋がりもありません」
資料には、仕入先ごとの背景調査の結果が記載してある。
取引先、主要な取引相手、所属する商業組合、関係のある貴族家。全て調べた上で「ドルク商会との接点なし」と明記した。
ノルトは資料を一枚ずつ読んでいる。
「……徹底していますね」
「前回のご指摘は正当でした。仕入先の品質だけでなく、関係性まで把握するのが商会の責務だと考えます」
ノルトが資料から顔を上げた。
「レイン殿。一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「この調査は、何日で終えたのですか」
「三日です」
「三日」
ノルトが資料を見直した。仕入先五件、顧客六件、関連する商会と貴族家を含めると二十以上の組織の背景調査。それを三日。
「大手の商会でも、ここまでの調査には一月はかかる」
「うちは小さいですから。調べる先が少ないだけです」
謙遜ではなく、事実だ。だが本当の理由は言えない。
データベースに関係を定義した瞬間、全ての繋がりが一覧できるようになった。誰と誰が繋がっていて、その先に誰がいるか。三段階先まで検索できる。
大手商会が人手と時間をかけて調べることを、俺は一瞬でできる。
ノルトは長い沈黙の後、口を開いた。
「辺境伯に報告します。私からは、契約を推薦する方向で」
「ありがとうございます」
「ただし、条件があります。納品は月に二回。前線の消耗状況に応じて品目と数量を調整します。柔軟に対応できますか」
「もちろんです」
握手を交わす。ノルトの手は硬く、剣だこの感触がはっきりと伝わってきた。
◇
ノルトが帰った後、セレナが椅子の背にもたれた。
「取れたわね」
「ああ」
「月500金貨。衛兵隊と合わせたら、軍関係だけで月650よ」
資産テーブルを更新する。
脳裏に商会の全体像が浮かぶ。手持ちの資金は金貨480。月間売上は金貨930に達し、そのうち軍関係が650、貴族が280。人材はエドとセレナ。顧客は貴族四家に冒険者、衛兵隊、そして東方辺境伯。仕入先はクレフを除いた独立系四件。ギルド等級は金級。そして関係定義数は53。
独立から四ヶ月でこの数字は、異常と言っていい。
だが、俺が注目しているのは売上ではない。
関係定義数、53。
この53本の線が、俺の本当の資産だ。
◇
その夜。事務所で帳簿を整理していると、エドが戻ってきた。
「レイン様、市場で面白い話を聞きました」
「何だ」
「南方の行商人たちが、最近やけに薬草を買い集めているらしいです。ドルク商会の下請けだけじゃなくて、独立の行商人まで」
「南方で? 薬草の産地は北と東だ。南方で買い集める理由がない」
「ですよね。変だなと思って」
俺はデータベースに意識を向けた。
南方に関わる取引の関係を、意識の中で絞り込む。
いくつかの繋がりが浮かび上がった。
南方の行商人クレフ。ドルク商会の下請け。——これは既知だ。
だが、その先を辿ると、見えてくるものがある。
ドルク商会は軍への納品を主力としている。軍の南方拠点は、国境付近の砦が三つ。南方の砦は、ここ半年で補給頻度が増えている——これはノルトとの会話の中で出た情報だ。
(南方の砦の補給が増えている。南方で薬草の買い集めが起きている。ドルク商会が南方の行商人を囲い込んでいる)
三つの事実が、リレーションで繋がった。
「エド」
「はい」
「南方で戦線が動くかもしれない」
エドが目を丸くした。
「え? 今の話だけでそこまで分かるんですか」
「分からない。推測だ。だが、薬草の買い集めは前線の拡大を見越した動きに見える」
もしこの推測が正しければ、南方の薬草需要は跳ね上がる。
そして、ドルク商会は既にその準備を始めている。
俺はまだ何もしていない。
「セレナに伝えろ。明日、朝一で打ち合わせだ」
「了解です。……あの、レイン様」
「何だ」
「断片的な話をちょっと聞いただけで戦争の気配を嗅ぎ取るの、さすがに人間業じゃないっすよ」
「商人の勘だ」
「勘で片付けないでくださいって。ほんと怖いんですから」
エドは首を振りながら出ていった。
俺は一人になった事務所で、データベースの関係図を眺めた。
53の関係。まだ少ない。
だが、この網の目が広がれば広がるほど、見えるものが増える。
一つの情報が入ったとき、それがどこに繋がるかを瞬時に辿れる。点と点を結ぶ線が多いほど、一つの点から見える景色が広がる。
これが、情報の力か。
商人としてではなく、もっと別の何かとして。
その可能性の輪郭が、薄暗い事務所の中で、少しだけ見えた気がした。




