名前が売れれば敵も増える
品質管理証明書の効果は、想像以上のものだった。
ハイゼン男爵家、ペルツ男爵家にも証明書つきの納品を始めると、反応は即座に返ってくる。
「いつも品質が安定していて助かる」
「前線の医療班から、お前のところの薬草が一番効くと報告があった」
口コミは速い。一ヶ月で、新規の問い合わせが3件入った。
フェルト男爵家はハイゼンの紹介で、すでに契約済み。ベルク子爵家はグレイスの紹介で交渉中。そして王都衛兵隊は冒険者経由での問い合わせ。
貴族の紹介は連鎖する。一軒が認めれば、つながりのある家が続く。セレナの読み通りだ。
そして三件目。王都衛兵隊からの問い合わせ。これは冒険者の常連が話を広めたらしい。
「衛兵隊は貴族じゃないけど、規模が大きいわ。月の医療物資の調達だけで金貨300は動く」
セレナが資料を見ながら言った。
「取れるか」
「取れる。ただし、今の衛兵隊は大手のドルク商会から仕入れている。横取りになるわね」
ドルク商会。王都で最大手の薬草卸だ。
俺はデータベースに意識を向け、ドルク商会の情報を引き出す。
規模は大。扱い品は薬草全般。顧客層は軍と大貴族。評判は——量は多いが、品質にばらつきあり。十年前に書庫で読んだ記録と、最近の市場での観察が一致している。
「ドルク商会の弱点はそこだ。量を優先して品質管理が甘い」
「証明書で差別化できると」
「ああ。衛兵隊が品質を気にするなら、勝機がある」
◇
動き出したのは、翌週のことだ。
市場で店を開けていると、見慣れない男が近づいてきた。香水の甘ったるい匂いが鼻を突く。
四十代。腹が出ている。仕立てのいい服を着て、指には金の指輪。
「お前がレインか」
俺を「お前」呼ばわりする商人は珍しい。
「はい。何かご用ですか」
「ドルク商会のガストだ。聞きたいことがある」
ドルク商会。名前を出しただけで、周囲の商人が目をそらす。王都の薬草市場を牛耳る大手。逆らえば仕入れルートを止められる。
「うちの客に手を出しているそうだな」
「お客様の選択ですよ。俺は品物を並べているだけです」
ガストの目が据わった。
「小僧、調子に乗るなよ。証明書だか何だか知らんが、そんなものは長続きしない。うちは問屋に太いパイプがある。お前の仕入れ先を止めることもできるんだぞ」
脅し。しかも、あからさまな。
周りの商人が聞いている。ここで怯めば、終わりだ。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、お客様が求めているのは品質です。それを提供できるかどうかだけの話かと」
ガストの顔が赤くなった。
「後悔するぞ」
吐き捨てて去っていく。
エドがおそるおそる近づいてきた。
「レイン様、あれドルク商会ですよね。本気で仕入れを止められたら、どうするんですか」
「止められるかもな」
「他人事みたいに言わないでくださいよ」
俺は黙ってデータベースを開いた。
仕入先の中から、ドルク商会と関係のないところだけを意識で抽出する。
三件。マルコ商店は独立系の小規模で赤傷草を扱う。西区の採取師は個人の直接取引で銀苔。南方の行商人は不定期だが月光花を持ってくる。
ドルク商会の影響が及ばない仕入れ先が、三つある。小規模だが、品質はいい。主キーで個体管理しているから、ここからの品が上物だと分かっている。
「全部は止められない。ドルク商会が押さえているのは大口の問屋だ。個人や小規模の採取師までは手が回らない」
「それでも、量が足りなくなりません?」
「足りなくなる。だから、新しいルートを開拓する」
問題は時間だ。衛兵隊の調達入れ替えは来月。それまでに安定供給の体制を整えなければ。
◇
その夜。宿の部屋で、セレナに報告した。
「ドルク商会が動いたか。予想より早いわね」
「こっちが小さいうちに潰したいんだろう」
「勝てるの」
「品質では勝てる。問題は量だ」
セレナが腕を組む。
「仕入れルートの開拓ね。私の方でも当たってみるわ。没落貴族の中には、領地で薬草を栽培している家がある。大手には卸せないけど、うちの規模なら」
「頼む」
セレナが立ち上がりかけて、足を止めた。
「ねえ、レイン」
「何だ」
「あの証明書。他の商人には絶対に真似できないって言ったわよね」
「ああ」
「それ、あなたのスキルがないと無理なんでしょう」
沈黙が落ちる。
「……ええ、まあ」
「そのうち教えてもらうって言ったの、覚えてる?」
「覚えてます」
「もう少しだけ待ってあげる。でも、いつまでも秘密にはできないわよ」
セレナの青い目が、真っ直ぐ俺を見ていた。
冷たい目ではなかった。
「分かった。そのうち、な」
セレナは部屋を出ていく。
俺は椅子の背にもたれて、天井を見た。
信頼、か。商売の道具としてではなく、セレナ個人を信頼するかどうか。
まだ、答えは出ない。
だが、出さなければいけない時期が近づいている気はした。




