表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/18

偽物を見抜く固有の番号

 商売は軌道に乗っていた。


 ハイゼン男爵家に続き、セレナの営業でグレイス子爵家、ペルツ男爵家との取引が始まった。銀級への昇格も済んだ。取引額の上限が上がり、仕入れの幅も広がる。


 顧客の一覧が脳裏に並ぶ。冒険者の常連が薬草全般で月に金貨15。ハイゼン男爵家が医療物資で85。グレイス子爵家が医療と補給品で120。ペルツ男爵家が医療物資で60。


 月の売上が金貨280枚。独立から二ヶ月でこの数字は、我ながら上出来だ。


 だが、問題は突然やってくる。



  ◇



 その日、エドが血相を変えて市場に走ってきた。


 「レイン様、グレイス子爵家の使者が来てます。急いでください」


 「使者? 次の納品は来週だが」


 「怒ってます。かなり」


 宿に戻ると、子爵家の執事が待っていた。五十代、痩せた男だ。磨き上げた革靴が床を打つ音が、妙に硬い。目が据わっている。


 「レイン殿。先日納品いただいた赤傷草ですが」


 「何か問題でも」


 執事が布包みを開いた。中に赤傷草が数束入っている。


 「これを前線に送ったところ、効きが悪いと報告がありました。同じ赤傷草でも、ハイゼン男爵家に納品したものは効果が高いと聞いています。何故、うちには劣る品を送ったのですか」


 (……まずいな)


 俺はその赤傷草を手に取った。見た目は普通だ。色も茎の太さも悪くない。


 だが、執事の言う通りだとすれば、同じ「赤傷草」「品質: 高」のはずなのに、効能に差がある。


 「確認させてください。いつまでにお返事すればよろしいですか」


 「三日です。納得いく説明がなければ、今後の取引は打ち切ります」


 執事は冷たく言い残し、踵を返した。



  ◇



 「どういうことだ」


 部屋で、俺はデータベースを開いた。


 在庫の中から赤傷草を、品質の高い順に意識で引き出す。


 結果が返ってくる。在庫の赤傷草、品質「高」が十二束。


 だが、この十二束は本当に同じものなのか。


 ここに問題があった。


 俺のデータベースは、アイテムを名前と属性で管理している。


 「赤傷草」で「品質: 高」なら、全て同じものとして扱われる。


 しかし現実には、同じ「赤傷草」でも産地が違う。採取時期が違う。乾燥方法が違う。それらの違いが、効能の差を生む。


 俺のデータベースは、その違いを区別できていない。


 脳裏に浮かぶ情報は、赤傷草、品質・高、数量十二。ただそれだけ。


 この一覧では「赤傷草」「品質: 高」は全て同一に見える。だが実際には——


 マルコ商店から仕入れたもの。東の薬舗から仕入れたもの。南門前市場で個別に買い付けたもの。


 仕入れ先が違えば、品質のばらつきがある。


 「高」の中にも「上の高」と「下の高」がある。


 (同じ名前で、中身が違う。区別する手段がない)


 これは致命的だ。


 俺の商売は「品質保証」が売りだ。だが品質保証の前提が崩れている。同じ名前の商品を個別に識別できなければ、どの束がどの品質なのか分からない。


 セレナが部屋に入ってきた。


 「聞いたわ。子爵家の件」


 「ああ」


 「三日で解決できるの」


 「やるしかない。子爵家を失えば、男爵家にも波及する。貴族の間で『あの商人は品質にばらつきがある』と広まれば終わりだ」


 セレナの唇が引き結ばれている。彼女にも分かっているのだろう。貴族社会の噂は速い。悪評はなおさらだ。


 「原因は分かっているのか」


 「ああ。同じ名前の商品を、個別に区別できていなかった。俺のスキルの、穴だ」


 正直に言う。セレナに隠しても仕方がない。


 「穴は塞げるの」


 「……分からない」


 俺はデータベースに意識を沈めた。


 5万を超えるレコード。97のテーブル。この膨大なデータの中で、「同じ名前の別物」が他にもないか。


 探るほどに、問題の根は深い。


 薬草だけではない。布、金属、食料。全ての在庫で同じ問題が起こりうる。


 レコードを名前だけで管理している限り、個体の区別ができない。


 (必要なのは、一つ一つに固有の識別子を振ることだ)


 その発想が頭をよぎった瞬間——


 脳内に、あの感覚が走る。


 以前と同じだ。新しい何かが解放される予兆。


 だが、今回はまだ開かない。輪郭だけが見える。手が届きそうで、届かない。


 「レイン? 顔色が悪いわよ」


 「大丈夫だ。少し考えさせてくれ」


 俺は目を閉じた。


 三日。三日以内に、この問題を解決しなければ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ