第69話 勝者の病
追撃隊が主宿営地へ戻る頃には、勝利の祝宴が始まっていた。
兵士たちは葡萄酒を飲み、奪った盾や武器を見せ合っている。
ゲルマン人の兜。
長剣。
装飾品。
家畜。
戦利品。
「飲料水より葡萄酒の方が多いのでは」
俺が言うと、補給担当者が笑った。
「勝利した日くらいよいでしょう」
「明日は下痢患者が増えます」
「縁起でもない」
「肉の焼き方も確認してください」
捕獲した家畜が、一斉に解体されている。
内臓。
血。
生肉。
夏の終わりの気温。
手洗いも不十分。
「兵士は昨日まで命を懸けていた」
「だから今日、食中毒で死なせたくありません」
「祝宴を止めるのか」
「止めません。炊事場所と排泄場所を分けます」
「今から?」
「今からです」
勝利後は統制が緩む。
警戒が解ける。
飲酒。
過食。
略奪。
夜、宿営地のどこかで喧嘩が起きる。
戦っている間は起きなかったことが、勝った途端に全部起きる。
◇
翌日。
嘔吐と下痢の患者が七十人を超えた。
食中毒である。
発症者を追うと、二つの炊事場へ集中していた。
同じ家畜から取った肉。
解体後、日陰へ置かれず、夕方まで放置されている。
「残りの肉は」
俺が尋ねる。
「廃棄です」
「何百人分だと思っている」
「何百人を寝込ませたいのですか」
「敵の食料を捨てるのか」
「汚染された食料です」
「証拠は」
二つの炊事場。
同じ肉。
高い発症率。
強い関連。
だが絶対ではない。
「可能性が高い」
「可能性で捨てる?」
アリオウィストゥスの家族を乗せたかもしれない舟へ、矢を射た時と同じ言葉。
可能性。
判断。
損失。
「はい」
俺は答えた。
「今回は、人を守るために」
補給担当者は納得していない。
カエサルへ判断を求めた。
「捨てろ」
カエサルは即答した。
「戦利品ですが」
「兵が戦えなくなる方が高い」
費用で決まった。
◇
食中毒だけではなかった。
傷の感染が増えている。
決戦で負傷したローマ兵。
追撃で傷ついた者。
捕虜。
汚れた傷。
高温。
疲労。
洗浄用の水不足。
「赤く腫れています」
フィロンが包帯を外す。
膿。
悪臭。
壊死。
切開排膿。
壊死組織除去。
蜂蜜。
頻回の洗浄。
できることは限られている。
「クラッスス殿の熱が上がりました」
知らせが来た。
急いで向かう。
体温を正確に測る器具はない。
だが明らかな高熱。
脈が速い。
傷周囲の発赤。
腫脹。
感染。
「傷を開きます」
固定を外す。
排液。
内部に血腫。
悪臭は強くない。
まだ深部感染の初期かもしれない。
「脚を切るのか」
クラッススが尋ねる。
「今すぐではありません」
「いつ決める」
「感染が広がる。足先の血流がなくなる。全身状態が悪化する。その場合です」
「待っている間に死ぬ?」
「可能性はあります」
「早く切れば助かる?」
「可能性は上がるかもしれません」
「なら切れ」
即答だった。
予備を出す時と、同じ速さで決める男である。
「まだ脚を残せる可能性があります」
「命を賭ける価値がある?」
クラッススは自分の脚を見る。
指揮官。
騎乗。
戦場。
脚の価値は大きい。
「あなたが決めてください」
俺は言った。
「医師が決めるのではないか」
「医学的な情報は私が示します。どの危険を選ぶかは、あなたの価値観も必要です」
「残せば死ぬ可能性」
「あります」
「切れば生きる?」
「保証できません」
「切った後、指揮は」
「できます」
「馬には」
「工夫が必要です」
クラッススは目を閉じた。
「一日待つ」
「状態が悪化すれば、途中で切断を勧めます」
「その時は任せる」
◇
ゲルマン人捕虜にも感染症が広がっていた。
ローマ軍より状態が悪い。
食料不足。
密集。
傷。
便所不足。
「捕虜区域の下痢患者が五十人を超えました」
「隔離します」
「場所がありません」
「柵の外側へ病人区域を作ります」
「逃げます」
「二重柵と見張りを」
「兵が足りない」
また同じ問題。
「軽傷の捕虜から衛生担当者を選びます」
「敵へ管理を任せる?」
「自分たちの病人です」
「反乱を組織するかもしれない」
「ローマ兵が全員を管理するよりましです」
捕虜の中から、治療師や薬草に詳しい者を探す。
数人が名乗る。
「彼らの方法を認めるのですか」
フィロンが尋ねる。
「危険でなければ」
「呪術も行います」
「手洗いと水の煮沸を守るなら、祈りは止めません」
信仰と衛生を分ける。
焼けた村でアリアが俺へ教えたことと、同じ形だった。
作法を否定せずに、順序だけを変える。
◇
「勝者の病ですね」
ディオニュシオスが言った。
「何がです」
「勝ったことで警戒を解き、食べ、飲み、敵を一か所へ集める」
「敗者だけが病むわけではない」
「病は、勝敗を知らない」
その通りだった。
剣を持つ敵は退いた。
だが細菌も、汚染も、疲労も残っている。
勝者の軍団は、勝ったからこそ無防備になっていた。
「祝宴を三日間禁止します」
俺が言うと、ディオニュシオスが笑った。
「反乱が起きるぞ」
「では、飲酒量を制限します」
「誰が量る」
「配給担当」
「隠して飲む」
「起きます」
「なら」
「少なくとも公的な配給は減らします」
完全には止められない。
それでも減らす。
俺は勝利後衛生規程を作り始めた。
戦闘後二十四時間以内の水場確認。
食肉検査。
負傷者再評価。
捕虜区域の便所。
飲酒制限。
行方不明者捜索。
死体処理。
「戦うたびに規則が増える」
クィントゥスが言った。
「問題が増えるからです」
「そのうち、兵士は規則を持って戦うようになるな」
「今も命令を持って戦っています」
「木板を盾にするなよ」
笑い話に聞こえた。
だが俺は、また制度へ逃げようとしているのかもしれない。
◇
その夜。
俺は二つの数字を並べた。
決戦の日、救護所へ運ばれた者、四百七十。
勝利の翌日、運ばれた者、五百三十八。
敵は、ライン川の向こうにいる。




