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カエサルの左腕 ~ 外傷外科医だった俺は、古代ローマで軍医参謀になった  作者: 東雲 諒杏
第四章 六百歩先の陣地

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第48話 王を名乗る男

アリオウィストゥスとの最初の接触は、書簡だった。

カエサルは使者を送り、会談を求めた。

返答は短かった。

会う必要はない。

用があるなら、カエサルが自分のもとへ来ればよい。

「傲慢な男だ」

ラビエヌスが言った。

「自分を王と呼んでいます」

俺は返書を読んだ。

アリオウィストゥスは、自分がガリアへ来たのは招かれたからだと主張している。

戦争に勝ち、土地と人質を得た。

それは正当な戦果である。

ローマが口を出す理由はない。

さらに、ローマ人がガリアへ軍団を置くなら、自分がゲルマン人を置いて何が悪い、と問い返していた。

理屈はある。

「彼の立場では、ローマも同じ侵入者です」

俺が言うと、ラビエヌスの目が鋭くなる。

「同じではない」

「どこが違います」

「ローマは同盟者に求められて来た」

「アリオウィストゥスも、ガリア部族に招かれたと主張しています」

過去、ガリア内部の部族争いで、セクアニ族側がゲルマン人の援軍を求めたとされる。

外部勢力を呼び込んだ結果、勝利後もアリオウィストゥスは帰らず、土地を要求した。

「招いた者が、出ていけと言っている」

ラビエヌスは言った。

「アエドゥイ族も、ローマに同じことを言うかもしれません」

天幕の空気が冷えた。

また余計なことを言った。

だが、ドゥムノリクスは実際にそれを恐れている。

「その時は?」

ラビエヌスが尋ねる。

「ローマ軍は帰るのか」

俺に答えられる問題ではない。

カエサルが口を開いた。

「目的が終われば、軍団は移る」

「帰るとは言っていません」

俺が言うと、ラビエヌスが額を押さえた。

「お前は、なぜ黙れない」

「確認したいからです」

カエサルは怒らなかった。

「ローマ軍が必要ないほど、ガリアが安定すれば考える」

曖昧な答え。

安定を誰が定義するのか。

ローマに従うことを安定と呼ぶなら、軍団は永遠に残れる。

◇

「今はアリオウィストゥスだ」

カエサルが話を戻した。

二度目の使者を出す。

要求は三つ。

アエドゥイ族とその同盟者への攻撃をやめること。

人質を返すこと。

新たなゲルマン人をライン西岸へ入れないこと。

「受け入れると思いますか」

俺が尋ねる。

「受け入れない」

カエサルは即答した。

「では、なぜ要求するのです」

「戦う理由を明確にするためだ」

外交交渉は、和平だけを目的とするものではない。

相手が拒否する条件を示し、戦争の正当性を作る場合もある。

「最初から戦うつもりですか」

「受け入れれば戦わない」

「受け入れないと考えている」

「それでも選択肢は与えた」

形式上の選択。

実質的には拒否が予想されている。

「それも、選択肢と呼ぶのですか」

俺が言うと、カエサルは俺を見た。

支援という名の鎖について、父と争った時に俺が使った言葉である。

鎖ではなく、選択肢を作る。

そう言った。

「選択肢は、相手が好むものだけではない」

カエサルが答える。

「受け入れるか、戦うか。二つある」

「圧倒的な力を背景にした選択です」

「力のない交渉などない」

飢えた者に、食料契約を受けるか死ぬかを選ばせる。

形式上は選択肢がある。

実際には自由がない。

俺は父を責めた。

そして今、同じ構造の交渉を組み立てる側にいる。

「不満か」

カエサルが尋ねる。

「方法を理解しようとしています」

「理解してから使うつもりか」

「できれば」

「戦場では遅い」

また、その言葉。

完全に理解する前に決める。

◇

アリオウィストゥスから二度目の返答が届いた。

要求は拒否。

人質は戦争の権利として得たもの。

ゲルマン人の移住を止める理由はない。

さらに、ローマ軍が自分へ向かうなら、戦って退けると宣言していた。

「ローマ人を何度も破ったゲルマン諸族が、自分の軍にいる」

書記が返書を読む。

「カエサルを殺せば、多くのローマ貴族が感謝するだろう、とも」

天幕内が静まった。

カエサルには政敵が多い。

アリオウィストゥスは、それを知っている。

情報網を持っている。

単なる蛮族の王ではない。

「誰からローマの情報を得ている」

ラビエヌスが尋ねる。

「商人。ガリア貴族。元ローマ軍兵士。いくらでも考えられます」

俺は答えた。

「こちらにも、彼の陣営から情報を得られないか」

「捕虜が必要です」

「商人を使え」

カエサルが言った。

「ゲルマン人と取引する者はいる」

塩。

鉄。

武器。

酒。

家畜。

戦争中でも交易は続く。

敵と味方の境界を商人は越える。

俺は父の商業網へ連絡を送った。

アリオウィストゥスの兵力。

食料集積。

家族の数。

新たにラインを渡った集団。

病気。

部族構成。

特に確認したいのは、戦士だけでなく同行する家族である。

「また全人口か」

クィントゥスが言った。

「移住者なら、食料と移動速度に影響します」

「ヘルウェティイと同じように考える?」

「同じ部分と違う部分があります」

ゲルマン人は、すでにガリア内へ土地を得ている。

全員が移動中ではない。

定住した者。

新たに来る者。

戦士だけの援軍。

複数の集団が混在している。

「部族ごとに分けて調べます」

「敵が自分の部族を教えると思うか」

「衣服、武器、言葉、指揮官から推定します」

「また幅が広い数字になるな」

「一つの大きな数字よりましです」

◇

その日の夜。

商人から最初の報告が来た。

アリオウィストゥスの周辺には、複数のゲルマン部族がいる。

ハルデス族。

マルコマンニ族。

トリボキ族。

ウァンギオネス族。

ネメテス族。

セドゥシイ族。

スエビ族。

目的も関係も完全には同じでない。

アリオウィストゥス個人への忠誠。

戦利品。

土地。

部族間の同盟。

強制。

それぞれの理由で集まっている。

「一枚岩ではありません」

俺はカエサルへ報告した。

「弱点になるか」

「可能性はあります」

「どの部族が離れやすい」

「まだ分かりません」

「急げ」

「情報が――」

「分かっている情報で仮説を出せ」

俺は木板を見た。

新参の部族。

土地を得ていない者。

食料配分で不満を持つ者。

人質を出している者。

アリオウィストゥスと婚姻関係のある者。

「土地をまだ得ていない新参集団は、戦利品への期待が大きいはずです」

俺は言った。

「敗北の可能性が高まれば離れるかもしれません」

「逆に、最も激しく戦う可能性もある」

ラビエヌスが指摘する。

「はい。帰る土地がなければ」

「どちらだ」

「両方あり得ます」

「役に立たん」

「どの条件で行動が変わるかを探します」

カエサルは地図へ目を落とした。

「王を倒せば、軍は崩れるか」

「可能性はあります」

「制度ではなく、一人の男に依存している?」

俺が繰り返し語ってきた問題だった。

アリオウィストゥスも、複数部族を個人の威信と勝利でまとめている。

「彼が勝ち続ける限り、まとまります」

「負ければ?」

「各部族が、自分の利益を優先する可能性が高い」

カエサルはわずかに笑った。

「ならば、最初の一度を負けさせればよい」

簡単に言う。

だが、その一度が難しい。

アリオウィストゥスは強い。

兵士たちは、その名を聞くだけで不安を感じ始めていた。

◇

翌朝、最初の脱走者が捕らえられた。

三人。

全員が、昨夜、灯りの点いていたあの天幕の者だった。


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