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カエサルの左腕 ~ 外傷外科医だった俺は、古代ローマで軍医参謀になった  作者: 東雲 諒杏
第三章 ソーヌ川の夜明け

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第42話 帰還の道

帰還者の列は、ローマ軍の行軍より長く、遅かった。

戦士だけなら、一日に二十ローマ里以上進める。

だが今、歩いているのは民族全体である。

老人。

子供。

負傷者。

牛。

羊。

壊れかけた荷車。

失われた家財の代わりに、ローマ軍から渡された穀物袋。

列の先頭が丘を越えても、最後尾はまだ前の谷にいる。二十万近い人間が三十万で出発し、その差が、そのまま道の上に空いた穴として残っていた。

一日の移動距離は、最も遅い者によって決まる。

「この速度では冬に間に合いません」

帰還計画を担当する書記が言った。

「現在は夏です」

「家を建て、畑を整え、冬の食料を準備する時間が必要です」

その通りだった。

ただ故郷へ着けばよいわけではない。

到着後に暮らせなければ、再び移動する。移動する民族が生まれる仕組みを、俺たちは今また作りかけている。

「集団を分けます」

俺は地図を広げた。

「歩ける成人と荷車の少ない村は先行する。故郷で井戸、仮住居、食料倉庫を準備させます」

「家族を分けるのですか」

ティロが尋ねる。

ディウィコに問われたことを思い出した。

お前の家族を、三つの土地へ分けられるか。

あの老人の声は、まだ耳に残っている。

「同じ土地へ向かう一時的な分離です」

「それでも嫌がるでしょう」

「希望者だけにします」

「希望者がいなければ?」

「報酬を示します」

先行隊へは追加の食料。

道具。

帰還後の土地割り当てで優先権。

「土地をローマが与えるのですか」

「元の村の土地です」

「誰がどこを所有していたか、記録が残っていますか」

また問題が出る。

焼かれた村。

失われた境界。

死亡した家族。

相続。

土地争いが必ず起きる。

境界石も、証文も、それを覚えている老人も、この三か月で焼けるか死ぬかしている。

「村の記憶に頼ります」

「有力者が広い土地を自分のものだと言えば?」

「複数の家族から証言を取ります」

「全員が嘘をつけば?」

「完全には防げません」

ティロは、もう驚かなかった。

「それでも進めるのですね」

「進めなければ、全員が野外で冬を迎えます」

不完全な決定。

それでも決める。

カエサルから学んだことだった。学びたくて学んだわけではない。

◇

先行隊の募集には、予想以上の者が集まった。

自分の村を早く見たい者。

家族のために家を準備したい者。

追加食料を求める者。

ローマ軍の監視から少しでも離れたい者。

動機は一つではない。同じ列に並んでいても、並ぶ理由は一人ずつ違う。それを一つの数字にまとめる作業を、俺は毎日している。

「武器は持たせません」

ラビエヌスが言った。

「狼や盗賊に襲われます」

「護衛を付ける」

「何人」

「ローマ兵百人」

「数千人の先行隊に百人ですか」

「多くすれば本隊の戦力が減る」

「ヘルウェティイ族の中から護衛を選びます」

ラビエヌスの顔が険しくなる。

「武装させるつもりか」

「限定した数だけです」

「昨日降伏した者だぞ」

「故郷への道を知っているのは彼らです」

「逃げる」

「家族を本隊へ残します」

人質に近い。

自分で提案しながら、不快感がある。昨日、将校の人質案に反射的に顔を上げた自分は、どこへ行ったのか。

「彼らを信用するのではありません」

俺は言った。

「逃げにくい条件と、戻る利益を作ります」

「ずいぶん軍人らしくなった」

ラビエヌスの言葉は、褒め言葉に聞こえなかった。

「必要な範囲です」

「必要という言葉は便利だ」

胸に刺さる。

手術でも戦争でも、必要という言葉で多くを正当化できる。前の人生で、俺は「必要な処置です」と言って何度も家族を黙らせた。あれは説明ではなく、説明の打ち切りだった。

「武器は弓と狩猟槍のみ。人数を登録し、毎日確認します」

「剣は?」

「持たせません」

「盾は?」

「簡単なものだけ」

「反乱したら?」

「ローマ兵が対応します」

「百人で数千人を?」

「先行隊へ参加できるのは、村ごとに選ばれた者だけです。家族を残し、追加配給を受け、帰還準備の責任を負う」

反乱する利益を減らす。

秩序を守る利益を増やす。

完全な安全ではない。

「カエサル様の許可を取れ」

ラビエヌスは言った。

◇

カエサルは地図を見るより先に尋ねた。

「何人へ武器を返す」

「一村五人から十人。全体で五百人以内です」

「多い」

「先行隊は数千人です」

「二百」

「足りません」

「三百」

「四百」

カエサルが俺を見る。

「交渉するようになったな」

「必要数です」

「三百五十」

「承知しました」

決まった。

「誰を選ぶ」

「村の代表とローマ側担当者の双方が認めた者です」

「元戦士ばかりになる」

「狩猟経験が必要です」

「反乱経験もある」

「家族を残します」

カエサルの目が冷たくなる。

「家族を人質と呼ばないのか」

「本人たちへは、そのように説明しません」

「言葉を変えても事実は変わらん」

「分かっています」

「本当に?」

答えられなかった。

カエサルは許可を出した。

「先行隊を使え。ただし、毎日の人数報告を欠かすな」

「はい」

「一人でも武器を持って逃げれば?」

「その村の武装者を解除します」

「家族への食料は?」

「減らしません」

「甘いな」

「逃亡者の家族を罰しても、本人は戻りません」

「他の者への警告にはなる」

「恨みも残ります」

カエサルは少し笑った。

「お前は、恨みを数字にできるか」

「できません」

「なら、どれほど残るか分からん」

「分からなくても、存在はします」

「よい」

カエサルは許可証へ印を押した。

「試してみろ」

◇

先行隊の名簿を作っている時、ティロが妙な報告を持ってきた。

「アエドゥイ族の女が、先行隊へ加わりたいと言っています」

「治療師のことですか」

「ご存じでしたか」

昨夜の天幕を思い出した。黒に近い蜂蜜と、包帯を巻く速い手。

「なぜ先行隊へ」

「焼けた村には薬草がない、と」

俺は名簿を置いて、彼女を探した。

アリアは荷車の横で、乾いた草を束ねていた。俺が近づくと、手も止めずに言った。

「断るなら早くして。荷造りをやり直すから」

「なぜヘルウェティイの村へ行くのです」

「行かないと、そこで人が死ぬから」

「あなたの部族ではありません」

「ええ」

「彼らはアエドゥイの畑を踏んで通った。家畜も奪われたはずです」

アリアの手が止まった。

「奪ったのは彼らだけ?」

俺は答えなかった。

ローマ軍も、この三か月アエドゥイ族から穀物を取り立て続けている。同盟部族という名の、無償に近い供給源として。

「あなたたちは同盟者から取る。彼らは通り道で取る」

アリアは草の束を荷車へ載せた。

「取られた側から見れば、どちらも同じ」

「同じではありません。ローマは対価を払います」

「払われた家を知ってる?」

言葉に詰まった。

俺の作った兵站表には、アエドゥイ族から受領した穀物の量が書いてある。支払われた対価の欄はない。作らなかった。誰も作れと言わなかった。

「……調べます」

「調べる前に、村が冬を迎える」

彼女は初めてこちらを向いた。

「あなた、患者を待たせるの」

反論できなかった。

「先行隊への同行を認めます」

「ありがとう、とは言わない」

「結構です」

「一つ条件がある」

来た、と思った。この土地の人間は、ローマ人よりよほど交渉が上手い。

「私はヘルウェティイも、アエドゥイも、ローマ兵も診る」

「当然です」

即答したつもりだった。

だがアリアは、そこで初めて、わずかに眉を動かした。

「即答したわね」

「医療に敵味方はありません」

「では聞くけれど」

彼女は俺の後ろ、赤い外套の兵士たちを見た。

「その言葉、あなたの総督の前でも同じ速さで言える?」

言えなかった。

戦場でローマ兵の治療を後回しにすれば、俺の制度そのものが止まる。俺は毎日、敵の負傷者を後回しにする規程を運用している。それを書いたのは俺自身だ。

「……状況によります」

「正直ね」

アリアは荷車の縄を締めた。

「嫌いじゃない。信用もしないけど」

◇

先行隊が出発した。

ローマ兵。

ヘルウェティイ族の案内人。

村の代表。

大工。

井戸を掘れる者。

負傷して戦列へ戻れないローマ兵の書記。

そして、格子縞の外套を着た若い治療師が一人。

その中に、脚を切断した少年の母親もいた。

少年は医療用荷車で本隊と進む。

母親は先に村へ戻り、住む場所を準備することを選んだ。

「息子と離れるのが怖いと言っています」

通訳が伝えた。

「私たちが診ます」

「ローマ人を信じろと?」

母親の目は冷たい。

息子の命を救った。

それでも、信頼されたわけではない。

当然だ。

俺は彼女の民族を追い、戦争を支え、降伏後の制度を作っている。救った手と、追った手は同じ手である。

「信じなくて構いません」

俺は答えた。

「毎日、傷の状態を記録します。先行隊へ届く報告にも入れます」

「数字を見れば安心すると思うの?」

「いいえ」

ナンメイウスの言葉を思い出す。

子供の泣き声は、木板へ書けるか。

「ですが、嘘をついたかは確かめられます」

母親は長く俺を見た。

「息子を生かして」

「最善を尽くします」

「その言葉は嫌い」

「なぜです」

「助からなくても、自分は悪くないと言える言葉だから」

胸を突かれた。

医師が使う最善という言葉。

誠実さでもあり、逃げでもある。前の人生では、それが定型句だと誰も指摘しなかった。指摘されないうちに、俺はそれを何百回も使っていた。

「生かします」

俺は言い直した。

保証できない。

それでも彼女が求めているのは、医学的に正しい説明ではない。

覚悟だ。

母親は頷かなかった。

ただ息子の額へ口づけし、先行隊へ加わった。

列が動き始める。

帰還の道。

故郷へ近づく道。

同時に、ローマの監視と制度が彼らの生活へ入り込む道でもある。

俺は先行隊の後ろ姿を見ながら、木板へ数字を書いた。

先行隊、二千百人。

武装を許した者、三百五十人。

家族を本隊へ残した者、三百五十人。

下の二行は、同じ人間を数えている。

一行目を書いた時、俺はそれを許可と呼んだ。

二行目を書いた時、別の名前が付いた。


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