第38話 生き残った者を数えろ
第38話 生き残った者を数えろ
戦いが終わった後、軍は死者を数えます。
負傷者を数えます。
捕虜を数えます。
しかし主人公が必要だと考えるのは、それだけではありません。
生き残った者が、いつ歩けるのか。
いつ戦列へ戻れるのか。
戻れない者は、これからどう生きるのか。
そして捕虜となったヘルウェティイ族は、どれだけ食べ、どこへ行くのか。
戦いに勝った後こそ、次の困難が始まります。
どうぞお楽しみください。
戦闘から二日後。
カエサルは全軍の損害と、敵の残存規模を報告するよう命じた。
「死者は数えています」
ティロが言った。
「負傷者も分類しました」
「足りません」
俺は木板を並べた。
死者。
重傷者。
軽傷者。
行方不明。
捕虜。
それだけでは、次の行動を決められない。
「何が必要です」
「生き残った者が、いつ何をできるかです」
ローマ兵のうち、
翌日から戦列へ戻れる者。
一週間以内。
一か月以内。
長期離脱。
復帰不能。
同様に捕虜やヘルウェティイ族の生存者も、
歩ける者。
荷車が必要な者。
食料支援が必要な者。
孤児。
家族と離れた者。
「敵まで分類するのですか」
「降伏後の食料と移動に必要です」
「まだ降伏していません」
「準備は今からです」
カエサルが言っていた。
戦争が終わってからでは遅い。
「まず、ローマ側です」
俺たちは部隊ごとの復帰予測を作った。
軽い切創。
打撲。
軽度の脱臼。
数日で戻れる。
骨折。
深い傷。
感染。
数週間から数か月。
切断。
失明。
重度の神経損傷。
元の任務へは戻れない。
「復帰不能者をどうします」
ティロが尋ねる。
「退役ですか」
「私には決められません」
「軍団に残せない者は、どこへ」
答えがない。
故郷へ戻る。
家族がいれば支えられるかもしれない。
家族がいなければ。
仕事がなければ。
片脚を失った兵士は、農作業や建設が難しい。
片腕を失えば、剣も盾も使えない。
命を救った後の生活。
以前にクィントゥスに問われた問題が、何十人分にも増えている。
「職務転換を考えます」
俺は言った。
「戦えない兵士に、何をさせるのです」
「記録、倉庫、衛生、教育、連絡」
「文字を読めない者は」
「教えます」
「片脚の兵士を軍団へ残すのですか」
「能力があれば」
軍隊は戦闘員だけで構成されていない。
書記。
倉庫番。
料理。
修理。
医療。
傷を負った者にもできる役割がある。
「給与は?」
「カエサル様へ提案します」
「また仕事を増やしますね」
「命を救った後で、捨てる方が無駄です」
人道だけではない。
経験ある兵士を失えば、組織知も失う。
彼らは戦場を知っている。
新人教育にも使える。
「次に、ヘルウェティイ側です」
捕虜収容区域へ向かった。
何千人もの人々が、簡単な縄と見張りで囲まれている。
戦士。
女性。
老人。
子供。
家族を失い、呆然としている者。
食料を求めて叫ぶ者。
負傷者。
「全員へ食料を与えるのですか」
補給担当者が言った。
「与えなければ死にます」
「ローマ軍の穀物も不足しています」
「最低限です」
「最低限とは」
一人一日どれだけ必要か。
子供。
成人。
負傷者。
授乳中の女性。
同じ量ではない。
しかし細かく分けるほど、配給は複雑になる。
「三分類にします」
成人。
子供。
重症者。
重症者には粥と水。
子供には成人の半量を基準。
成人には生存維持に必要な量。
「戦士も同じですか」
「捕虜である限り」
「昨日まで我々を殺していた」
「飢えさせれば反乱します」
軍事的理由を示す。
人道だけでは反対される。
「捕虜へ食料を与え、ローマ兵の配給を減らすのですか」
「減らさない方法を探します」
「また荷車を増やすと?」
「鹵獲した穀物を使います」
敵の荷車から得た食料。
元は、この捕虜たちのものだった。
それをローマ軍が奪い、一部を捕虜へ配る。
「彼らの食料を、彼らへ与えるだけですね」
ティロが言った。
「その通りです」
それでも配給する主体がローマになることで、支配関係が生まれる。
自分の食料で生かされながら、ローマへ感謝を求められる。
「数量を確認します」
鹵獲穀物。
家畜。
乾燥肉。
塩。
多くは戦闘で散乱し、火で失われている。
「全員を十日養う量はありません」
補給担当者が言った。
「五日なら」
「ぎりぎりです」
「五日以内に処遇を決める必要があります」
「敵本隊は逃げています」
「追撃しながら、捕虜を連れていけません」
また問題。
放置すれば死ぬ。
連れていけば軍が遅れる。
アエドゥイ族へ預ければ、報復される可能性がある。
ヘルウェティイ族の残存集団へ返せば、再び戦力となる。
「カエサル様へ報告します」
◇
カエサルの天幕では、戦後処理の議論が行われていた。
「捕虜の戦士は奴隷として売るべきです」
一人の軍団指揮官が言う。
「戦費を回収できます」
「女性と子供も売れる」
別の男が続けた。
この時代では、普通の提案である。
戦争捕虜は奴隷となる。
売却益は軍と指揮官へ入る。
「全員を売れば、ヘルウェティイ族は消滅します」
俺が言うと、指揮官が冷笑した。
「敵が減る。よいことではないか」
「ライン東岸から別の部族が入ります」
カエサルが先に答えた。
天幕が静まる。
「ヘルウェティイ族の土地が空けば、ゲルマン人が占領する」
「ならローマ軍が守れば」
「永遠にか」
カエサルは地図上の遠い北東を指した。
「彼らを戻し、自分の土地を守らせる方が安い」
戦略として、生かす。
「捕虜は売らない」
カエサルが決めた。
一部の将校が不満そうな顔をした。
戦利品が減るためである。
「ただし、逃亡者と合流させる前に人質と武器を取る」
「食料は?」
俺が尋ねる。
「必要量を出せ」
「五日分しかありません」
「それまでに降伏させる」
「拒否した場合は」
「追う」
「捕虜は?」
「アエドゥイ族へ預ける」
ディウィキアクスが顔を曇らせた。
「我々の村を襲った者たちです」
「だからこそ、ローマの命令で保護させる」
「民が報復するかもしれません」
「止めろ」
「簡単ではありません」
「簡単な仕事なら、あなたに頼まない」
カエサルは厳しい。
だがディウィキアクスを信頼しているから任せる。
「ルキウス」
「はい」
「捕虜の生存者数を出せ」
「現在確認中です」
「いつまでに」
「明朝」
「死亡者ではなく、生存者を数えろ」
その言葉に、胸が動いた。
俺が以前に掲げた考え。
死者より生存者を数える。
カエサルが、それを戦後処理へ使おうとしている。
「生きている者が、どれだけ歩き、どれだけ食べ、どれだけ土地へ戻れるかを知りたい」
「承知しました」
天幕を出る。
ティロが横を歩く。
「カエサル様も、あなたと同じことを言いましたね」
「同じではありません」
「なぜです」
俺は捕虜区域を見た。
「私は救うために数えます」
「カエサル様は?」
「使うためです」
言ってから、自分の傲慢に気づいた。
俺の数字も軍団強化に使われている。
医療改革で兵士が生き残れば、ローマ軍は強くなる。
戦争を続けられる。
救うことと使うことは、完全には分けられない。
「本当に違うのでしょうか」
ティロが尋ねた。
答えられなかった。
俺たちは夜まで、生き残った者を数えた。
数字は、死亡者数よりはるかに多かった。
そして生存者が多いほど、戦後処理は難しくなった。
第38話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、戦後処理と「生存者を数える」回でした。
戦闘後の報告では、死者や負傷者の数が重視されがちです。
しかし主人公は、それだけでは次の行動を決められないと考えます。
明日から歩ける兵士は何人か。
一週間後に復帰できる者は何人か。
一か月後ならどうか。
もう戦えない者は、軍団や社会の中でどんな役割を持てるのか。
これは医療であると同時に、組織運営の問題です。
また、捕虜となったヘルウェティイ族についても同じです。
何人が歩けるのか。
何人が食料を必要とするのか。
重症者、子供、成人をどう分けて配給するのか。
生き残った者が多いほど、戦後処理は複雑になります。
カエサルは「生きている者が、どれだけ歩き、どれだけ食べ、どれだけ土地へ戻れるか」を知りたいと言いました。
主人公は救うために数える。
カエサルは使うために数える。
しかしその二つは、完全には分けられない。
この曖昧さが、今後の主人公をさらに悩ませることになります。
次回、第39話。
ヘルウェティイ族の残存集団を追うローマ軍は、患者を抱えたまま進み続けます。
【ローマ豆知識㊱ 戦争捕虜と奴隷】
古代世界では、戦争捕虜が奴隷として売られることは珍しくありませんでした。
ローマでも、戦争で捕らえた敵兵や民間人が奴隷市場へ送られることがありました。
捕虜を売れば、将軍や軍団は戦費を回収できます。
そのため、捕虜を生かすか、殺すか、売るか、故郷へ戻すかは、軍事だけでなく経済や政治にも関わる問題でした。
本作でカエサルがヘルウェティイ族を全員売らず、故郷へ戻す方向を考えるのは、彼らの故地をゲルマン勢力への緩衝地帯として利用するためでもあります。
慈悲と戦略は、古代の政治ではしばしば重なり合います。




