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カエサルの左腕 ~ 外傷外科医だった俺は、古代ローマで軍医参謀になった  作者: 東雲 諒杏
第3章 追う者も飢える

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第24話 追う者も飢える

ヘルウェティイ族を追うローマ軍。


しかし、追撃する側もまた食料を消費し続けます。


補給が遅れれば、規律あるローマ軍でさえ略奪者になり得る。


主人公は、軍団の在庫、消費量、補給予定を記録しながら、戦争のもう一つの現実を見ることになります。


敵だけが飢えるのではない。


追う者もまた飢える。


兵站の厳しさが本格的に始まる回です。


どうぞお楽しみください。


先頭が丘を越えた時、最後尾はまだ宿営地の門を出ていなかった。

先頭は偵察騎兵。

続いて工兵と先遣隊。

主力軍団。

荷車。

医療班。

商人。

家畜。

最後尾にも護衛部隊が付く。

移動する軍団は、一本の巨大な生物に見えた。

街道が狭くなれば列はさらに伸びる。

橋を渡れば詰まる。

荷車が一台故障すれば、後続すべてが止まる。

「患者の血管のようだ」

俺が言うと、クィントゥスが嫌そうな顔をした。

「軍団を血管に例えるな」

「道が詰まれば、先へ物資が届きません」

「それで?」

「血流が止まれば、先の組織が死にます」

「縁起でもない」

だが、構造としては同じだった。

街道が血管。

荷車が血液。

穀物や武器が酸素。

軍団は、補給が流れ続けなければ死ぬ。

俺は各部隊へ、残りの穀物量を毎日報告させた。

今日の在庫。

一日の消費。

次の補給予定。

不足までの日数。

最初は百人隊長たちが反発した。

「昨日報告したばかりだ」

「毎日食べるので、毎日変わります」

「袋を一つずつ数えろというのか」

「全部数えなくても、使用した袋と残りを記録すればよいです」

「戦争より帳簿が増えた」

「食料がなければ戦争もできません」

三日目。

報告の中に異常が出た。

第八軍団の穀物消費が、他部隊より二割多い。

人数は大きく変わらない。

「盗まれているのでは」

補給担当者が言った。

「誰に」

「兵士か、商人か、奴隷でしょう」

疑う前に確認する。

昨夜、俺は自分の板へ四つの原因を書いたばかりだった。名前を書ける欄から埋めるな、と自分へ言い聞かせながら、第八軍団の配給場所へ向かった。

袋の大きさが違う。

また単位の問題かと思った。

だが、今回はそれだけではない。

穀物を計量する容器が、他部隊より大きい。

一人当たりの配給量が多くなっていた。

「誰がこの器を使い始めたのです」

「以前からだ」

補給兵が答える。

「この軍団では、これが一人分だ」

部隊ごとに慣習が違う。

統一したつもりでも、現場では独自の基準が残っている。

盗まれてはいなかった。

ただ、誰も比べたことがなかっただけである。

「今日から同じ計量器を使います」

「兵士が腹を空かせる」

「急に減らせば不満が出ます」

一律に変えるだけでは駄目だ。

第八軍団の兵士は、他より多い配給を前提に行動している。

行軍強度。

体格。

追加食料の入手可能性。

「三日かけて戻します」

俺は言った。

「なぜ三日だ」

「一度に減らせば、盗みが始まります」

補給兵が黙った。

「不足分は、乾燥肉と豆で補います」

「そんな余裕があるのか」

「三日分ならあります」

四日目。

前方の偵察から報告が来た。

ヘルウェティイ族の通過した村では、穀物が残っていない。

畑は刈られている。

家畜もいない。

「買えません」

補給担当者が言った。

「アエドゥイ族が供給すると約束しました」

「約束は届いていません」

集積地へ着くはずの荷車が、まだ来ていない。

俺は木板を開いた。

一、天候。

この数日、雨は降っていない。

二、道路と橋。

偵察によれば、街道に大きな損壊はない。

三、商人の思惑。

可能性はある。

四、意図的な妨害。

指が、四番目の上で止まった。

「まだ分かりません」

俺は補給担当者へ言った。

「何がです」

「原因です」

「調べる時間があるのですか」

ない。

軍団は毎日食べる。

その夜、幕僚会議が開かれた。

カエサルは地図を見ていた。

「あと何日動ける」

俺は木板を持って前へ出た。

出発の日、俺はその一番下の行へ八日と書いた。

「五日です」

天幕内が静まった。

「三日で三日分減ったのか」

ラビエヌスが言った。

「第八軍団の超過消費と、集積地からの未着分です」

「アエドゥイは何をしている」

「確認中です」

「原因は」

「四つ考えられます」

俺は木板を見せた。

天候。道路。商人。妨害。

ラビエヌスの指が、迷わず四番目を突いた。

「これだ」

「まだ根拠がありません」

「他の三つに根拠はあるのか」

「ありません」

「なら同じだ」

「同じではありません」

俺は言った。

「四番目にだけ、罰する相手がいます」

天幕が静かになった。

カエサルが顔を上げた。

俺を見る目に、感情はなかった。

「調べろ」

「はい」

「ただし」

カエサルは地図へ視線を戻した。

「五日以内に」

会議が終わり、天幕を出た。

夜の空気が冷たい。

遠くで、兵士が配給の列を作っている。

穀物袋が各配給所へ運ばれる。

兵士たちは不安そうに、その数を見ていた。

敵は前方にいる。

飢えは、軍団の中へ入り始めている。

俺は木板の最後の行を、もう一度書き換えた。

八日を消した跡の横に、五日と刻む。

削った木の粉が、指に残った。


第24話をお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、ローマ軍側の補給問題を描きました。


ヘルウェティイ族を追うローマ軍も、当然ながら食べ続けます。


食料が届かなければ、兵士の疲労が増えます。


士気が下がります。


規律が乱れます。


そして最悪の場合、同盟部族の村から食料を奪うことにもつながります。


主人公は、敵だけでなく味方もまた「飢える集団」であることに気づきます。


また今回は、ドゥムノリクスへの疑惑も出てきました。


本当に彼が妨害しているのか。


それとも商人が価格上昇を待っているだけなのか。


主人公は、事実と推測を分けようとします。


この姿勢は、データを扱う者として今後も重要になっていきます。


次回、第25話。


ローマ軍はヘルウェティイ族の後尾へ追いつきます。


そこで主人公が見るのは、戦士ではなく、置き去りにされた人々でした。


【ローマ豆知識㉒ 軍隊は食べる組織である】


軍隊は戦う組織である前に、食べる組織です。


一人の兵士が一日に必要とする穀物はわずかでも、数万人になれば膨大な量になります。


さらに馬や牛などの飼料、薪、水、塩、油、布、武器の修理材料も必要です。


古代の軍隊は、現代のようなトラックや鉄道を使えません。


そのため、補給の遅れはすぐに軍の行動を制限しました。


カエサルのガリア戦争でも、補給と食料は常に重要な問題でした。

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