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カエサルの左腕 ~ 外傷外科医だった俺は、古代ローマで軍医参謀になった  作者: 東雲 諒杏
第3章 追う者も飢える

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第23話 黄金の首飾りの男

第23話 黄金の首飾りの男


ローマに助けを求める者。


ローマから距離を取ろうとする者。


どちらも、ガリアを守ろうとしているのかもしれません。


今回登場するのは、アエドゥイ族の有力者ディウィキアクス。


彼はローマと友好関係を持ちながら、弟ドゥムノリクスの行動にも苦しんでいます。


兄弟。


部族。


ローマ。


それぞれの忠誠が衝突する回です。


どうぞお楽しみください。

首に黄金の環をつけた男が、総督の天幕へ入ってきた。

白い衣。

長い髪。

武人というより、神官か学者を思わせる静かな雰囲気を持っている。

軍団が出発する前日のことである。

その男が入ると、アエドゥイ族の使者たちは敬意を示して道を空けた。

「ディウィキアクス殿です」

書記官が俺へ小声で教えた。

ディウィキアクス。

アエドゥイ族の有力貴族。

ドルイド。

外交官。

ローマを訪れ、元老院で支援を求めた経験もある。

そして、ドゥムノリクスの兄。

「カエサル」

ディウィキアクスは流暢なラテン語で言った。

「再びあなたへ助けを求めなければならないことを、恥じている」

「友人の要請を、私は恥とは考えない」

カエサルは立ち上がり、彼を迎えた。

他のガリア使節への対応とは明らかに違う。

両者の間には、すでに個人的な信頼がある。

「ヘルウェティイ族は、我々の村を通過しています」

「略奪の報告を受けている」

「彼らのすべてが略奪を望んでいるわけではない」

ディウィキアクスは言った。

「だが、数が多すぎる。長たちも抑えられない」

俺が総督へ提出した推計と、同じ結論だった。

道が違えば、同じ場所へ着くこともある。

「彼らを通したのは、あなたの弟だと聞いた」

カエサルが言った。

天幕の空気が重くなる。

ディウィキアクスは否定しなかった。

「ドゥムノリクスが、セクアニ族との交渉を仲介した」

「なぜ止めなかった」

「私が知った時には、すでに人質が交換されていた」

「弟は何を望んでいる」

「ガリアが、ローマへ依存し過ぎることを恐れている」

ラビエヌスが冷たく言った。

「そのために同胞の土地へ移住民を入れたのか」

「弟は、ヘルウェティイ族が速やかに通過すると考えていた」

「略奪しないと?」

「そう信じたかったのだろう」

「信じたかった?」

ラビエヌスの声に軽蔑が混じる。

ディウィキアクスは静かに彼を見る。

「人は、利益に合う話を信じる」

父と同じことを言った。

商人とドルイドが同じ結論を持っている。人間の観察に、職業はあまり関係ないのかもしれない。

「弟にとって、ヘルウェティイ族との関係は力になる。ローマと距離を取る部族をまとめられると考えた」

「王になるつもりか」

カエサルが尋ねた。

ディウィキアクスは答えなかった。

沈黙が肯定に近い。

ドゥムノリクスは、単純な反逆者ではない。

ガリア諸部族がローマへ取り込まれることを恐れ、自らを中心に別の連携を作ろうとしている。

彼の立場から見れば、ローマに頼る兄ディウィキアクスこそ、ガリアの自立を売る者に見えるかもしれない。

「弟を捕らえますか」

ディウィキアクスが尋ねた。

カエサルはすぐには答えなかった。

「証拠が必要だ」

「仲介したことは事実です」

「それだけでは罪にならない」

意外だった。

「ローマ軍の補給を妨害し、敵へ情報を流したなら別だ」

「そのような証拠はありません」

「今は、な」

ディウィキアクスの顔に苦悩が浮かぶ。

兄として弟を守りたい。

アエドゥイ族の指導者として、弟の行動を止めなければならない。

ローマの友人として、カエサルへ協力する必要がある。

複数の役割が、一人の中で衝突している。

会談後、ディウィキアクスが俺へ声をかけた。

「あなたが、病を数えるローマ人か」

「そのように呼ばれているようです」

「今は、我々の民と穀物も数えている」

「必要だからです」

「数字にすれば、理解できるのか」

使節のナンメイウスにも、似たことを言われた。

お前の板に、子供の泣き声は書かれているか。

「理解するための一部です」

「一部?」

「数字で分かることと、分からないことがあります」

ディウィキアクスはわずかに笑った。

「ローマ人にしては、珍しい答えだ」

「ローマ人は皆、数字を信じるのですか」

「税を取る時は、特に正確だ」

皮肉である。

そして、俺の父の仕事でもある。

「あなたの弟について、尋ねてもよいですか」

「何を」

「なぜローマを嫌うのです」

ディウィキアクスは、天幕の外へ目を向けた。

軍団兵が出発準備をしている。

武器。

盾。

荷車。

穀物袋。

「嫌っているのではない」

「では?」

「恐れている」

「ローマ軍を?」

「ローマのやり方をだ」

ディウィキアクスは言った。

「最初は友人として来る。敵から守る。道を作る。商人が来る。契約が増える。借金が増える」

父のような公共請負人や商人も、その流れの一部である。

俺は父の帳簿を思い出した。あの中に、どれだけのガリアの村の名が書かれているのか、数えたことがない。

「気づいた時には、ローマなしでは何も決められなくなる」

「弟は、それを止めたい」

「そうだ」

「あなたは止めたくないのですか」

「私も止めたい」

意外な答えだった。

「では、なぜカエサルへ助けを求めるのです」

「今、ヘルウェティイ族を止められるのがローマ軍だからだ」

彼は寂しそうに笑った。

「依存したくない相手へ、助けを求めなければならない。それが弱い部族の現実だ」

「あなた方は弱くありません」

「ローマ軍六個軍団の前で、それを言われても慰めにはならない」

何も言えなかった。

「ルキウス」

ディウィキアクスが俺の名を呼んだ。

「弟を、単純な敵だと思わないでほしい」

「私に、その決定権はありません」

「カエサルは、あなたの数字を見る」

「数字で弟君の罪を決めるつもりはありません」

「だが数字は、罪を作ることもできる」

俺は彼を見る。

「どういう意味です」

「穀物が届かなければ、誰かが妨害したと考える」

「実際に妨害した者がいるかもしれません」

「天候かもしれない。道路かもしれない。商人が高値を待っているだけかもしれない」

ディウィキアクスは続けた。

「だが、カエサルが弟を疑っていれば、すべての遅れが弟の証拠になる」

一度仮説を持つと、それを支持する情報ばかりが目に入る。

前の人生で、俺はその現象に名前を与える学問を学んだ。

この男は名前を知らずに、同じものを見ている。

「気をつけます」

「なぜ私の言葉を信じる」

「信じるとは言っていません」

ディウィキアクスが笑った。

「やはり、珍しい男だ」

彼は立ち去った。

首元の黄金の装飾環が、夕日に光る。

兄はローマへ助けを求めた。

弟はローマから距離を取ろうとしている。

どちらも、アエドゥイ族を守ろうとしている。

その夜、俺は新しい木板を削らせた。

表題を刻む。

「穀物が遅れた場合、考えられる原因」

一、天候。

二、道路と橋。

三、商人の思惑。

四、意図的な妨害。

四つ書いて、手が止まった。

一から三には、名前を書く欄がない。

四にだけ、書ける。

そして人は、名前を書ける欄から埋めていく。


第23話をお読みいただき、ありがとうございました。


今回はディウィキアクスの登場回でした。


彼はアエドゥイ族の有力者であり、ローマとの外交経験も持つ人物です。


一方、弟のドゥムノリクスは、ローマの影響拡大を恐れ、ヘルウェティイ族や他部族との関係を利用しようとしています。


兄はローマに助けを求める。


弟はローマから距離を取ろうとする。


しかし二人とも、根底ではアエドゥイ族を守ろうとしている。


この構図は、物語全体で繰り返される「複数の正義」の始まりでもあります。


主人公は少しずつ、敵味方だけでは割り切れない世界に踏み込んでいきます。


次回、第24話。


ローマ軍はヘルウェティイ族を追い始めます。


しかし追う側にも、飢えという敵が迫ります。


【ローマ豆知識㉑ ディウィキアクスとドルイド】


ディウィキアクスは、カエサルの『ガリア戦記』にも登場するアエドゥイ族の有力者です。


彼はローマと友好的な立場を取り、外交的にも重要な人物でした。


また、古代資料ではドルイドであったとも伝えられています。


ドルイドは、ガリア社会における宗教的・知的階層で、祭祀だけでなく、教育、法律、調停にも関わったとされています。


本作では、ディウィキアクスを単なる親ローマ派ではなく、ローマに頼らざるを得ないことを苦しむガリア人として描いています。

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