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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん


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9/15

見えないものを見ようとするな(二)

 スターゲイザーが去ると、また時間が動き出した。

 チヨダは違和感でもあるのか、目を細めて自分のデスクを確認し、それから言葉を発した。

「簡単に、本日のターゲットについて説明しておきます」

 壁の大型ディスプレイに、ぬぼーっとした顔の男が映し出された。

 どこを見ているのか分からない。特徴があるようでない。


コードネーム:カメレオン

二十代。男性。独身。

三流の超人。推定深度B級。


 役に立たないデータが併記されている。

 しかしこの名前。カメレオンだ。つまり景色に溶け込む存在ということだろう。チヨダたちはそこまで把握しているのに、三流の超人としか説明してくれない。

 この作戦の成功率をあげる気はないのだろうか?


 俺はそしらぬ顔で、すっと挙手をした。

「質問いいですか?」

「どうぞ」

「カメレオンってことは、色が変わったりするんでしょうか?」

 しいてバカっぽく尋ねてみる。

 いきなり「透明になる」という答えにたどりついたら、さすがに怪しまれるだろう。


 チヨダは不審そうに目を細めた。

「色が変わる? そんな超人、います? いたとして、なんの意味が?」

「でも、名前が……」

「考えなくて結構。このデータは、上から渡されたものをそのまま表示しているだけです。私もなにも知らされていない。皆さんの役目は、この人物を処刑することだけ。分かったら出発してください」


 *


 また護送車で街へ。

 今日も防護服の上から黒いコート。きっと夏は地獄だろうな。

 おろされた場所は、ビルに囲まれた街。人通りも多い。みんなスーツだから、きっとオフィス街だろう。車線は広い。

 黒いコートの人間が四人もワゴンから出てきたから、歩行者たちはじろじろとこちらを見ている。さすがに写真まではとられていないが。


 ゼロが通信機を確認してから歩き出した。

 行き先は、なんの表示もない、コンクリートの直方体。最初、交番にも見えたが、どこからも中は見えない。鋼鉄のドアしかない。ゼロはそこへ入っていった。


「え、なんですか、ここ?」

 俺は思わず尋ねた。

 どこかの会社の設備なんだろう。勝手に入っていいとは思えない。


 ゼロは振り返りもせずに言った。

「簡単に言えば地下鉄ザマス。ただし、鉄道会社が整備用に使っているものザマスから、一般人は立入禁止ザマス」

「え、入っていいんですか?」

「上が許可をとってるはずザマス。じゃなかったら、そもそも鍵がかかってて入れないはずザマス」

 まあ、それもそうか。


 中にはちょっとした棚と、地下への階段しかなかった。閉所だからか声が響く。


 階段をおりている最中、俺はふと疑問を抱いた。

「一般人は立入禁止なんですよね? 今日のターゲットの……えーと、カメレオンは、なんでこんなところに?」

「さあ」

 ゼロの返事はつめたい。


 まあそうだろ。

 チヨダですらロクに状況を把握していないんだ。

 ゼロが知っているはずがない。


 だが、歩いているうちに、今度はオルガンが口を開いた。

「ここには前回も来た。そのときはアイアンメイデンという女もいた」


 アイアンメイデン。

 痛覚の超人。

 たしか前回の作戦で重傷を負い、チームを離脱したと聞いた。その現場にはゼロも、オルガンも、離島のアゴもいたらしい。


 ゼロがかすかに抗議の溜め息をついたが、オルガンは無視して続けた。

「ターゲットは、今回と同じカメレオンだった」

「えっ?」

「つまりオレたちは、ヤツを取り逃がしたのだ。お前が疑問に思っていた通り、ヤツの能力は透明化。三流の超人と侮ってはいけない」

 まあ「三流の超人」という表現は、強さや弱さを表す言葉ではなく、不安定さを表す言葉ではあるが。確かに三流だと思ってナメていると痛い目を見るだろう。


「ここは、そいつのねぐらなんですか?」

「拠点のひとつではあるだろう。ヤツは透明化できるから、職員がドアを開けた隙に入り込んでいるに違いない」

「けど、見えないヤツとどうやって戦えば……」

 するとオルガンは鋭い眼光でこちらを見た。

「問題ない。オレが斬る」

 だからどうやって斬るんだよ……。

 いや、オルガンなら見えない敵でも斬れるのかも? そんな謎の信頼もわいてくるが。しかし事実だけを見れば、前回、彼らはカメレオンに敗北したのだ。策もナシにやる気だけで挽回するつもりか? ペンキをぶちまけるとか、そういう作戦はないのか?


 オルガンは、今度はスティレットを見た。

「ヤツは若い女を狙う。スティレット、お前は特に警戒しろ」

「う、うん……」

 若い女を狙うとは、卑劣な野郎だ。


 ゼロが咳ばらいをした。

「ええ、ご忠告通り、私も気をつけるザマス」

 若い女……。

 いや、ここで議論をすれば訴訟沙汰になるリスクがある。訴訟ではなくいきなり凍死させられるリスクもある。「沈黙は金」と誰かも言っていた。


 *


 地下道についてしまった。

 コンクリートで舗装されたトンネルだ。おそらく暗闇なのに、強烈なライトで照らされている。人がいないせいか、靴が砂粒をこすっただけでズッと音が響く。


「え、線路ありますけど? ここって電車来るのでは? 危なくないですか?」

「大丈夫ザマス。ちゃんと上が安全性を確認してるザマス」

 俺の動揺をよそに、二人はじつに冷静なものだった。

 問題は、この二人の言うことを、どこまで信用できるかだが。


 俺たち以外にも、一人だけ、ぽつんと立っているものがいた。

 間違いない。カメレオンだ。

 印象に残らない顔ではあったが、まったく特徴がなかったおかげで、逆に本人だと確信できた。

 パーカーとズボン、メーカーの分からないスニーカー、斜め掛けボディバッグという格好で、ただぼうっと立っていた。が、すぐにこちらに気付いて、驚いたように目を見開いた。ちゃんと表情はあるらしい。


 次の瞬間、そいつはすぅっと透明になって、姿を消してしまった。

 意味が分からない。

 なぜ服やバッグまで一緒に透明になるのか。

 もしかして本人が透明になっているのではなく、空間をゆがませているのか? だとしたらペンキをぶちまけたところで意味はなかったかもしれない。


 オルガンが前へ出た。

「前回の雪辱を果たしにきた」

「……」

 返事はない。


 足音がしないところを見ると、おそらくカメレオンは移動していないのだろう。

 それとも、まさか足音まで消えるのか?

 そんな都合のいいカメレオンがいるか?

 だが前回は、アイアンメイデンの超人的な知覚をもってしてもカメレオンの攻撃をかわせなかったのだ。ただ見えないだけの敵とは思わないほうがいい。


 ふと、オルガンがこちらへ向き直った。かと思うと、大きく腕をぶん回し、斬撃を放ってきた。

 なぜこちらへ?

 ギリギリで回避すると、後ろの壁に線上のヒビが入った。というかコンクリートの表面が削れて、ボロボロと崩れ落ちている。一撃で貫通するほどの力はないとしても、それでもすさまじい威力だ。超人でも直撃したら命にかかわる。


「なるほど。そちらではなかったか」

「はい?」

 オルガンの言葉に、俺は耳を疑った。

 いまのは気配を感じ取って攻撃したのではなく、ただの勘でやったのか?

 え、こいつ、マジか……。


「くくく……」

 どこからともなく笑い声が聞こえてきた。やたら反響しすぎて場所は特定できない。

「ニンジャくん、相変わらずだな。対策もなしに僕に挑んできて。そんなんじゃ、また負けちゃうよ?」

 嫌味ったらしい物言いだ。

 たぶんこいつ友達いないぞ。


 オルガンは虚空を睨んで沈黙している。

 でもたぶん、彼の視線の先にはいないだろう。動画サイトなどでは、目隠しで棒を振る「気配斬り」というゲームをたまに見かけるが。まあ基本的に運でしかない。


「きゃっ」

 後ろから声が聞こえた。

 スティレットが弱った顔でキョロキョロしている。


「どうした?」

「最悪! いま触られたんだけど!」


 は?

 なんだとコラ……。

 透明だからってやりたい放題か?

 もう殺すしかなくなっちゃったよ。


 この状況でもオルガンは不動。

 もしかすると、こいつが一番役に立たない可能性まで出てきた。

 心の目とかで敵の動きをとらえそうな雰囲気なのに。役に立ちそうなのは雰囲気だけだ。


 ゼロはなんとも言えない顔で立っている。

 ただ、周囲の空気がキラキラしているところを見ると、冷気を準備しているのだろう。彼女に近づいた瞬間、敵は凍結させられる。カメレオンも迂闊に近づくまい。


 スティレットは猛スピードでどこかへ行った。

 まあそれが正解だろう。

 見えないんだから。

 策もなく棒立ちでいるほうがどうかしている。


 そして俺は、まさかの棒立ち。

 策もない。

 どうかしている。

 スティレットほど速く走れないし。むやみに弾を撃ったところで、自分の手が壊れるだけだ。ただでさえ調子がよくないのに。そろそろ魔弾の超人を辞めたい。


「そこだッ!」

「ぶねっ」

 またオルガンが俺のほうへ斬りつけてきた。

 ギリギリかわせたが、また壁の表面が砕けてコンクリート片がこぼれ落ちた。


「卑怯だぞ! 姿を見せろ!」

 俺に謝罪するでもなく、オルガンはそう恫喝した。

 いや、透明になるのが相手の能力なんだから。やめろと言われてやめるわけがないだろう。そういうお前は、やめろと言われたら斬撃をやめるのか?


「思い出すよねぇ、ニンジャくん。何年前だっけ? 君、あのころから成長してなくない?」

「……」

「後ろのおばさんもさぁ」

「……」


 おいやめろ。

 あの女は、その気になればこのトンネルを丸ごと凍らせるだけの力があるんだぞ。そうなればカメレオンも死ぬが、俺とオルガンも死ぬ。巻き込まないでいただきたい。


「あのとき泣いてた子、今日は来てないの? 会えるかもと思って楽しみにしてたのに。すっごく敏感でさぁ。泣き叫んじゃって。触ってて楽しくなっちゃったよね」

「……」


 オルガンもゼロも動かない。

 だが、冷静でもないようだ。両者とも、眉間にしわが寄っている。もし姿が見えるなら、いますぐにでもぶっ殺してやりたいはずだ。


「そういえば、アゴの人どうなったの? 死んだ?」

 二人が答えなかったので、俺が代わりに応じることにした。

「あいつは留守番だよ。アゴが伸びすぎて、地面に刺さって動けなくなったんだ」

「は?」


 返事がキツ過ぎる。

 無視するならともかく、「は?」はなかろう。

 命のやり取りにもマナーがあるとは思わないのか?

 まあ思わないんだろう。

 俺も数秒前まで思ってなかったしな。非常にクソだと言える。


 カメレオンは、どこからともなく言い放った。

「つーかさ、若いの逃げちゃったじゃん? どうしてくれんの? どーすんの? どーすんの? どぅーすんの? 今日ここで深海デプスの取引あるって聞いたから来たのに。それすらないし。ひどくない? ひどくない? ひどくなぁーい?」

 デマに乗せられてクスリを取りに来たわけか。

 心底腐ってやがる。


「だんだんムカついてきちゃった。一人ずつ殺すわ」

 ちゃんと宣言してから行動してくれる点だけは感謝しよう。

 まあ、それだけ余裕があるということなんだろうが。


 俺は中腰になって身構え、周囲の音に耳をすました。

 ほんの少しでもなにか聞こえたら、躊躇なくぶっ放す。それがもしオルガンのいる場所であっても。あいつも斬ってきたんだから、お互いさまだ。せいぜいうまく避けてくれることを祈ろう。


(続く)

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