見えないものを見ようとするな(三)
どこまでも続くコンクリートのトンネル。
無機質なライト。
動けない俺たち。
まるで時間が止まったような感覚。
いや、実際には止まっていない。最近、止まったら止まったでなんとなく気づくようになってきた。どこかの誰かのせいで。
空気の動きもない。
しんとしている。
だが、はるか遠くでかすかに風のような音がしている。あるいは電車の騒音の反響か。正体を特定できないほど遠くの音だ。
目の端で、オルガンが向きを変えたのが見えた。
またこちらへ向かって腕を振り下ろそうとしている。こいつ、本当は俺を殺すためにやってるんじゃないだろうな?
俺は半身になって指を突き出した。エネルギーを集中させ、オルガンを狙う。距離はほんの数メートル。ヘタすれば相打ちになる。
エネルギーが蓄積されるに従い、手の力が抜けそうになる。というより、手が分解されそうになる。あくまで感覚の話だが。この力を使えば使うほど、手が形状を保てなくなって、バラバラになりそうな予感がある。それを握力で抑えつける。
スローモーションのように斬撃が見えた。
オルガンのほうが速い。
俺は遅れて指からエネルギーを射出する。
これは死んだ……か?
ぐっと引っ張られて、俺がいた場所を斬撃が通過していった。
オルガンは余裕をもって俺の攻撃を回避している。
「なにやってんの!? 仲間同士でしょ!?」
スティレットの声がした。
なるほど。彼女が俺を引っ張ってくれたのか。
どこからともなく笑い声が聞こえた。
「考えが浅いんだよね。仲間を攻撃すれば、その仲間ごと僕を巻き込めると思ったんでしょ? はー、マジで安直。結局さぁ、楽しようとしてるわけ。目に頼りすぎなんだよね」
認めよう。
こいつには才能がある。
人をイラつかせる才能が。
俺は思わずつぶやいた。
「目に頼りすぎ? だったら、そっちも目をつぶって戦ってくれませんかねぇ」
「は?」
はい。
返事が冷たい。
知ってました。
「せやァ!」
またオルガンが腕を振るった。
今度は俺とは違う方向へ。
ちゃんと計画があって攻撃していると思いたい。
「あがぁっ!」
カメレオンの悲鳴があがった。
いまの攻撃が直撃したらしい。透明化が解除されたらしく、地べたに男の倒れているのが見えた。脚がザックリと縦に裂けている。あふれ出した血液が、コンクリートの地面に広がってゆく。
オルガンは表情ひとつ変えない。
「貴様の能力は、単に透明化するためのものではない。周囲の空間を操作し、光と音をゆがませる」
「クソッ! だからって……」
カメレオンはほとんど地面に突っ伏したまま、抗議の声をあげた。
そうだ。
だからって居場所を特定するのは難しいはず。
「オレが仲間に向けて攻撃を続けたことで、貴様がそこに近づかないことは分かっていた。その上で、貴様が攻撃を仕掛けるとしたら、どんなスピードで、どう接近してくるかを読んだのだ」
「読んだ……だと……?」
「策もなく攻めるは愚者のすること。計略をもってせねば無意味。カメレオンよ、貴様は修業が足りなかったようだな」
いや、修行でどうにかなるとは思えないんだが?
たまたま勘が当たっただけだろ……。
オルガンは静かに告げた。
「分かっていると思うが、まだ終わりではない。楽に死ねると思うな」
「は? 待て待て! なにをする気だ?」
「言葉は不要」
だが、異変はオルガンが追撃を加える前に起きた。
カメレオンの顔面が、身体が、まるで風船みたいに内側から膨らみはじめたのだ。
「おっ? おごぉっ! これなにょ……」
言葉は続かなかった。
肉体がみるみる膨張してゆき、やがてぶよぶよのカエルのような姿に変化した。ちゃんとしたカエルではない。四肢はほぼヒレのみ。肌色の肉団子からヒレが生えているだけの奇妙なゼノスだ。カメレオンでさえない。
ゼロが溜め息をついた。
「結局、こうなるんザマスね……」
上が俺たちに能力を説明しなかった理由が分かった気がする。
答えはコレだ。
最終的に、どいつもこいつも肉団子になるのだ。
だが、このタイミングには意図を感じる。
おそらく上は、戦況を見ながら電磁波を操作しているはず。やろうと思えば最初からこうできたのに、カメレオンが追い込まれるまで静観していた。
なぜ?
見世物にでもしているのか? あるいは戦闘データでもとっているのか?
いずれにせよ、俺たちにとってはいい迷惑だ。
どうしたものか思案していると、ゼノスのヒレが徐々に透明化していくのが見えた。この姿になっても、まだもとの能力は有効らしい。
このままだと姿を見失う。
俺はとりあえずエネルギー弾を放った。それはゼノスの脇腹に命中し、しかし出血させることなく消滅した。柔軟性が高すぎる。もっと出力をあげないとダメか。
オルガンの斬撃は、ゼノスの皮膚を裂いた。おびただしい量の青黒い出血。だが次の瞬間、ゼノスの口から飛び出した舌が、オルガンを捕らえて引き込んだ。
つまり、喰われたのだ。
一瞬で。
どうしていいか迷っているうちに、ゼノスの全身は透明になってしまった。
いや、透明とはいえ……。さすがにどこにいるかは特定できた。巨大化してくれたおかげで、空間のゆがみも視認できるレベルになっていたからだ。ゼノスのいる場所だけ、露骨に景色がひしゃげている。幸いなことに、こいつの能力は巨大化と相性がよくないようだ。
後ろからくいくいとコートを引っ張られた。
「ねえ、サノバ、どうすんの? オルガン、食べられちゃったよ?」
「そうだな」
不安そうなスティレットには悪いが、俺に特別な作戦はない。魔弾の超人の能力は、エネルギー弾を放つこと。それ以外にしようがないのだ。
ふと、空気が一変した。
比喩ではなく、実際に。
ゼロが冷気を放ったのだ。たぶんカメレオンに向かって。俺の周囲の空気も一気に冷えた。
「え、待って! 中に人がいるんだよ!?」
スティレットの言葉に、ゼロはうるさそうな顔だ。
「はぁ、すこぶるガッデムザマスね。あなた、料理したことないんザマス?」
「なに? なんで料理?」
「外から冷やしたところで、すぐに中まで冷えるわけじゃないザマス」
「料理くらいするよ!」
いまそんなことで論争しないで欲しい。
オルガンはおそらく無事だろう。丸呑みされただけなのだ。早急に対処すれば命は助かる。たぶん。
俺は手にエネルギーを込めて、エネルギー弾を何発も連射した。空間のゆがみのせいで正確な視認はできないが、たぶん命中している。あれだけデカい的だ、外すほうが難しい。凍り付いて弾力を失ったせいか、肉片が砕けてそこらに散乱し始めた。
ゼロが凍らせて、俺が射撃を加える。
それで少しずつ削ってゆく。
効果があるかは分からないが、ほかに策もない。
突如、ザンッ、と、空間が裂けた。
内部からの斬撃?
その部分だけ透明化が無効化されて、蠢動する巨大な肉壁が現れた。いま見えているのはカメレオンの胃だろうか? そこからオルガンは転げるように脱出してきた。
「不覚をとった……」
カッコつけてはいるが、粘液でびちょびちょだ。少し臭い。
*
その後、カメレオンはほぼ完封できた。
いや、たまたまオルガンの斬撃が当たったから俺たちの勝利で終われたが。あれが当たっていなかったら、全滅の可能性だってありえたのだ。
俺はぶるぶるっと震えた。武者震いではない。周囲の温度が下がりすぎている。
「ゼロさん、ちょっと寒すぎない?」
地下通路という閉所で冷気を使われたせいで、空気が冷蔵庫のように冷たくなっている。
そのゼロは、眉間にしわを寄せて渋い表情だ。
「なんザマス? 自分だけ被害者みたいに。こっちだって寒いの我慢して戦ってるんザマス」
理不尽というほかあるまい。
だがまあ、彼女の能力がなければ、ここまでの完全勝利にはならなかったのも事実だ。俺だって本気で抗議しているわけじゃない。
*
地上へ出ると、迎えのワゴンが二台来ていた。
そう、二台。
なぜ?
疑問に思っていると、チヨダから通信機にコールがあった。耳に指をあてると、新たな指示が来た。
『オルガンとスティレットは一号車に、ゼロとサノバガンは二号車に搭乗してください』
理由は?
このあといつもの留置所に戻るのではないのか?
ゼロは耳に指を当てていなかった。おそらくまた通信機を壊したのだろう。
「ええと、いまのは」
俺が説明しようとすると、ゼロは「結構ザマス」と制した。
結構とは?
内容を把握しているのか?
俺が二号車に乗り込むと、ゼロも乗ってきた。
一号車へ向かったスティレットはかなり不安そうだったが。不安なのは俺も同じだ。
ドアを閉めると、ワゴンがウインカーを出して発車した。
「ゼロさん、なんか知ってるんですか?」
「どうせ帰還命令ザマス」
「帰還命令? どこへ?」
「もちろん島ザマス」
島?
あの離島へ?
ゼロはかすかに溜め息をついた。この人は、うんざりした顔がよく似合う。
「上は、少しでも気に食わないことがあると、すぐにメンバーを入れ替えるんザマス」
「え、そうなの? 俺の態度、マズかったかな……」
「いえ、態度ではなく。スコアの問題ザマス」
「スコア?」
そういえば、前にチヨダがそんなことを言っていた気がする。スコアの高いメンバーにはボーナスを出すが、低いメンバーには……。どうなるのか、続きは聞けなかったが。どうやら島に送り返されるだけらしい。
車に揺られながら、俺はいろいろ思い返してみた。だが、どうにも納得いかない。
「俺のスコア、そんなに低かったですかね? あ、それともチェンジされるのは一号車のほうとか?」
「いいえ。送り返されるのは私たちザマス。けど、スコアなんて気にするだけムダザマス。こんなの、上の基準と噛み合ってるかどうかでしかないんザマスから」
通信機が鳴ったので、俺は耳に指をあてた。
『二号車のメンバーは、このまま離島へ帰還してもらいます。短い間でしたが、お疲れさまでした』
「お疲れさまでした……」
景色も見えないワゴンの後部座席。
俺たちはいきなりクビになった。
(続く)




