一足早い夏(一)
船に揺られて久々の離島へ。
こっちはもう夏だ。
頼んでもいないのに夏。
地球は俺を中心には回っていない。
「ご苦労」
港では、コマネチ軍曹が出迎えてくれた。サングラスがよく似合う。彼女は挨拶もそこそこに「乗れ」と運転席に入ってしまった。
もちろん俺たちに選択肢はない。
ワゴンにエンジンがかかり、ゆっくりと加速した。
「先に報告しておくぞ。S級への深化が確認されたため、ロドリゲスは別施設へと移動になった」
「はい?」
俺は耳を疑った。
あのアゴがS級に?
「ゼロ、お前がヤツの代わりに選ばれた」
「……」
分かっていたのか、ゼロは目を細めたまま返事もしなかった。
まだ出発したばかりなのに、車内の空気が死んでしまった。
どうしてくれるんだ。
*
ほぼ無言のまま本部ビルに到着。
風が吹き抜けるから、湿度もそんなに高くない。
天気がいい。
天気だけがいい。
俺たち三人は無言で中へ。
場を和ませるジョークを言うべきかどうかずっと考えていたが、答えがでない。たぶん滑って悪化させる。黙っていたほうがいい。やはり沈黙は金だ。そうに違いない。
上階へ行くと、ロドリゲスのデスクに先客がついていた。フェニックスだ。デスクのサイズが大きいので、小柄なフェニックスは場違いなガキにしか見えない。
「遅かったな」
「そこはお前の席じゃない」
「ふん。座り心地を確認していただけだ」
軍曹に叱られて、フェニックスは素直に脇へよけた。
ゼロはまっすぐにデスクへ向かい、椅子に腰をおろした。
「なるほど。確かに悪くないザマス」
そうは言うものの、表情は硬い。
それもそのはず。
ロドリゲスは出世したわけでも栄転したわけでもない。ただの行方不明だ。そして次にそうなるのは、おそらくゼロ。これは死刑宣告に等しい。
場の雰囲気を変えようと思い、俺はなんとか言葉を発した。
「えーと、俺たちが戻ってきたってことは、こっちからも代わりに何人か行ったんですよね?」
「エレガントマンとゲッコーを行かせた」
「え、あいつらを?」
「こっちもこっちで大変なんだ。ヘタに戦力を落とせん」
そう。
エレガントマンは戦力としては役立たずだし、ゲッコーは気まぐれすぎて役に立たない。つまり本部は、役立たず二名を本土に送り込んだことになる。
「もしこれであいつらが送り返されてこなかったら、俺、傷ついちゃうなぁ」
なかばジョークのつもりで言ったのに、軍曹は眉をひそめてうるさそうに応じた。
「こっちの事情も知らずに、好き勝手言うな」
「なんですか事情って?」
「お前もゼロも、戦力に問題があったから送り返されたわけじゃない。ゼロが戻されたのは、ロドリゲスの一件があったからだし。お前もお前で……」
「なんです?」
まさか、言いかけてやめるのか?
気になって眠れなくなるぞ。
軍曹は盛大な溜め息をついた。
「お前の周辺で、不審なデータが観測されたんだ」
「不審なデータ?」
まあ問うまでもなく、スターゲイザーのせいだろう。
あいつがカジュアルに時間を止めまくるから、チヨダらにバレたのだ。たぶん。なにかそういうのを計測する装置に引っかかったんだろう。
「こちらで計測したお前のデータと一致しないから、お前の問題ではないんだろう。だが、なにかがお前に干渉しようとしている可能性がある。チヨダはそれを懸念していてな」
「なにかって? 例のスターゲイザーとか?」
「まあ、そう考えるのが妥当だろうな。あくまで状況証拠でしかないが」
俺は別に、自分からバラしたつもりはない。
軍曹の言う通り、状況証拠を考えれば、それはスターゲイザーであるほうが自然だ。逆に隠すほうが怪しい。
軍曹は肩をすくめた。
「しかし、詳しい話は私も聞かされていない。今後は上から、ゼロを経由して情報が来るだろう。あとはその指示に従ってくれ。解散」
*
ゼロがオフィスに残ったので、下へは俺とフェニックスだけで向かった。
しばらく無言だったが、エレベーターの中で、フェニックスがつぶやいた。
「サノバ、無事で戻ってきてなによりだ」
「ありがとう」
「弟子に死なれでもしたら、目覚めが悪いからな」
「弟子じゃない」
「そう照れるな」
こいつはマジで……。
ドアが開き、一階ロビーに到着。
「まあ座れ。ジュースをおごってやろう」
またあのうんざりするようなクソ甘ミルクコーヒーか?
いや、彼女は自動販売機で、スポーツドリンクを買ってきた。ちゃんと学習している……だと……?
「ほら、飲め」
「ありがとう」
ロビーの窓からは、青空が見える。
鮮やかなブルーの空。
「本当に、お前が戻ってきてくれてよかった」
「なんだよ急に……」
フェニックスがあまりにしみじみ言うので、こっちも驚いてしまった。
もしかしてこいつ、寂しかったのか?
「お前がいない間、あの紙袋とトカゲ女のせいで、とんでもなく苦労させられた。あいつらが東京に行ってくれてよかった。サノバ、今後はあいつらの分まで働くように」
「……」
単に苦情かよ。
紙袋というのは、エレガントマンのあだ名だ。あだ名というか、陰口というか。まあ常に頭から紙袋をかぶっているのだから、そんな呼び名になっても仕方あるまい。
トカゲ女はゲッコーのこと。
二人とも、俺たちの代わりに東京へ送られた。
俺はあえて反論せず、話題を変えた。
「俺たちがいない間、なにか変わったことは?」
「大変だった」
「ほかには?」
「ない。ないに決まってるだろ。ここはなにも変わらない」
確かに、変わらないように見えるが。
俺はスポーツドリンクを一口飲み、こう応じた。
「けど、ロドリゲスは消えた」
「いつものことだろう」
「まあ、そうかも……」
誰かがS級になる。
そして消える。
別の誰かがS級になる。
以下、繰り返し。
「スティレットの様子は? 怪我とかしてないか?」
彼女はこちらも見ず、そんなことを言った。
「まあ、無事だよ」
いまのところ問題を起こしていない。しかしあの様子だと、どこかで致命的なミスをしそうな気もする。俺とゼロが抜けて、その代わりとして行ったのがエレガントマンとゲッコーなのだ。不安しかない。
「心配だな。あの女は、まだ未熟なところがある」
「そうだな」
お前が言うな、と思わなくもないが。
しかし戦闘だけを見れば、フェニックスは信頼できる。火力が高いだけでなく、メンタル面も強い。やることが一貫している。迷わない。
スティレットは、よく迷う。判断を仲間にゆだねる。いい子なのだが、雰囲気に流されるところがある。周囲の影響を受けやすいというか。その判断は、誰かのためにはなるが、自分のためにはならない。これは明確に「弱点」と呼んでいいと思う。
俺は飲もうとして持ち上げたボトルを、またおろした。
「心配になってきた」
「紙袋がいるから大丈夫だろう」
「いや、ダメだ。それは単に怪我が治るって意味だろう。俺は彼女に傷ついて欲しくない」
紙袋ことエレガントマンは快楽の超人だ。他者を癒す能力を持つ。超人だから人間より身体能力は高いが、ゼノスに致命的なダメージを与えることはできない。
フェニックスはあきれたような表情だ。
「お前、どういう感情で言ってるんだ?」
「あの子は誰かと争うような子じゃないんだ。もっと平和で穏やかな……。クソ。なんなんだこの世界は……」
「うーん、けっこう気持ち悪いな?」
否定しないが。
もっと言葉を選んでくれてもいいぞ。
俺はドリンクを飲み干した。
「ま、考えても仕方ない。俺たちに選択肢はないんだからな。ジュース、ありがとう。もう行くよ」
「なにを急いでいるんだ? 予定でもあるのか?」
「あるといえばある」
「……」
*
自転車で繁華街に来た。
繁華街といっても、居酒屋が数件並んでいるだけの場所だが。この島で一番賑わっているのはここだ。そして、ここ以外は賑わっていない。過疎もいいところだ。なんのための島なんだろうな、いったい。
いや、なんのためかは、ある程度の見当はついている。誰かが「いる」のだ。アイアンメイデンが「見た」という人物が。それは本部ビルの地下にいる。スターゲイザーは正体を知っている。
「らっしゃい」
威勢がいいとも悪いとも言えない店員が、こちらも見ずに声をかけてくる。
狭くて汚い店だ。調理場があり、カウンター席があり、壁際にかろうじてテーブル席がある。小さなテーブルなので、二人しか使えない。
「ビールください」
「あいよ」
店員はこちらを見ない。
べつにシャイなのではない。料理を作っている。
先客のおじさんが、店内のテレビを見てぶつぶつ言っている。
「ったく。なにがUFOだよ。俺たちの税金をムダ使いしやがって」
ニュース番組だった。国会でUFOについてのやりとりがあったことを報じている。しかしじつは珍しいことではない。議員はしばしば国防にかこつけてUFOの話をする。彼らはUFOであろうが、予算を取れそうなネタがあれば使う。そういうものだ。おじさんが怒るのも理解できる。
「タコあるよ」
「じゃあそれも」
店員に勧められるまま、一品オーダーする。
じつは日本人が消費するタコの三割から四割はモーリタニア産だ。
スティレットの父親の故郷。
モーリタニアという国を、俺はあんまり意識していなかったが。意外な交流があるのだ。彼らはもともとタコを食べなかったそうだが。日本人がタコの取り方を教えて、それを買い取るというと、彼らは素直にタコ漁を始めた。それがずっと続いている。
アラブ系とアフリカ系が共存している。
公用語はアラビア語だが、フランスに支配されていた時期もあり、フランス語も通用している。公式な書類などはフランス語で記入することもあるらしい。スティレットの父親もフランス語を使えると聞いたことがある。
もっとも、この店のタコは近場で取れたものだと思うが。
タコというと、いつもモーリタニアを思い出してしまう。
タコのブツ切りを食いながら、ビールで流し込む。
味は……べつに何も感じない。しつこく噛んでるとかすかにうまみがあるか。癖がないというのは悪いことじゃない。飽きずに食べられる。
ニュースはいつの間にか終わっており、野球中継が始まっていた。おじさんは野球にもぶつぶつ文句を言っている。昭和のオヤジといった感じだな。俺は別に気にしない。こういう飲み屋は必ずいる。俺もいずれああなる。
「らっしゃい」
また新しい客が来たらしく、店員が声を出した。
だが、俺はいちいち見ない。この手の飲み屋では、みんな自分の酒をどうにかするので手一杯だ。他人に構っている余裕はない。
「ビールください」
「あいよ」
そいつは俺の隣に腰をおろした。
どの席も空いているのに。
「寂しいじゃない、サノバガン。帰ってきたなら帰ってきたって言ってよ」
女だ。
眠たげな眼差しの、長い黒髪の女。喪服みたいな真っ黒の服を着ている。
陶酔の超人。年齢不詳。独身。女性。コードネームはイリンクス。
顔はいい。だが、いいのは顔だけ。この女は倫理観に欠けている。分からないでミスしているのではなく、わざとやっている。サディストなのかもしれない。ただし病的ではない。ある程度までは普通に会話が成立する。だからこそ厄介なのだ。
俺は遠慮なく溜め息をついた。
「言いたくないから一人で飲んでたんだ」
「でもここ、私たちが初めて会った場所じゃない? そこに来たってことは……そういうことじゃない?」
「……」
まず、ここは二人が初めて会った場所ではない。
俺たちが初めて会ったのは、現場だ。ゼノスとの戦闘のとき。こいつは自分の周囲に、意識を混濁させる毒を散布する。それを敵にだけやればいいのに、構わず仲間まで巻き込む。
イリンクスはこちらを凝視しながら、ニヤついた顔でビールを飲んだ。
サディストというか、サイコパスだな。
だんだん思い出してきた。
あの現場で、こいつはメンバーから一斉に苦情を投げつけられていた。イリンクスは反論もせず、ただ曖昧な笑みで受け止めていた。俺はさすがに気の毒だと思い、彼女をかばってしまった。当時、俺はルーキーだったから、こいつのヤバさを知らなかったのだ。
それ以来、付きまとわれている。
いや、いいところもあるのだ。たとえば顔とか。あとは……いちおう人の話を聞くところ? いや、物理的に聞いているだけで、その情報を応用することはまずないのだが。
「ふぅ。なんだか暑いわね」
「そんな服着てるからだろ」
「えっち」
「……」
もはやなにを言ってもこうだ……。
無視するしかない。
せっかくの一人酒の時間が……。
(続く)




