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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん


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11/15

一足早い夏(一)

 船に揺られて久々の離島へ。

 こっちはもう夏だ。

 頼んでもいないのに夏。

 地球は俺を中心には回っていない。


「ご苦労」

 港では、コマネチ軍曹が出迎えてくれた。サングラスがよく似合う。彼女は挨拶もそこそこに「乗れ」と運転席に入ってしまった。

 もちろん俺たちに選択肢はない。


 ワゴンにエンジンがかかり、ゆっくりと加速した。

「先に報告しておくぞ。S級への深化が確認されたため、ロドリゲスは別施設へと移動になった」

「はい?」

 俺は耳を疑った。

 あのアゴがS級に?

「ゼロ、お前がヤツの代わりに選ばれた」

「……」

 分かっていたのか、ゼロは目を細めたまま返事もしなかった。


 まだ出発したばかりなのに、車内の空気が死んでしまった。

 どうしてくれるんだ。


 *


 ほぼ無言のまま本部ビルに到着。

 風が吹き抜けるから、湿度もそんなに高くない。

 天気がいい。

 天気だけがいい。


 俺たち三人は無言で中へ。

 場を和ませるジョークを言うべきかどうかずっと考えていたが、答えがでない。たぶん滑って悪化させる。黙っていたほうがいい。やはり沈黙は金だ。そうに違いない。


 上階へ行くと、ロドリゲスのデスクに先客がついていた。フェニックスだ。デスクのサイズが大きいので、小柄なフェニックスは場違いなガキにしか見えない。

「遅かったな」

「そこはお前の席じゃない」

「ふん。座り心地を確認していただけだ」

 軍曹に叱られて、フェニックスは素直に脇へよけた。


 ゼロはまっすぐにデスクへ向かい、椅子に腰をおろした。

「なるほど。確かに悪くないザマス」

 そうは言うものの、表情は硬い。


 それもそのはず。

 ロドリゲスは出世したわけでも栄転したわけでもない。ただの行方不明だ。そして次にそうなるのは、おそらくゼロ。これは死刑宣告に等しい。


 場の雰囲気を変えようと思い、俺はなんとか言葉を発した。

「えーと、俺たちが戻ってきたってことは、こっちからも代わりに何人か行ったんですよね?」

「エレガントマンとゲッコーを行かせた」

「え、あいつらを?」

「こっちもこっちで大変なんだ。ヘタに戦力を落とせん」

 そう。

 エレガントマンは戦力としては役立たずだし、ゲッコーは気まぐれすぎて役に立たない。つまり本部は、役立たず二名を本土に送り込んだことになる。


「もしこれであいつらが送り返されてこなかったら、俺、傷ついちゃうなぁ」

 なかばジョークのつもりで言ったのに、軍曹は眉をひそめてうるさそうに応じた。

「こっちの事情も知らずに、好き勝手言うな」

「なんですか事情って?」

「お前もゼロも、戦力に問題があったから送り返されたわけじゃない。ゼロが戻されたのは、ロドリゲスの一件があったからだし。お前もお前で……」

「なんです?」

 まさか、言いかけてやめるのか?

 気になって眠れなくなるぞ。


 軍曹は盛大な溜め息をついた。

「お前の周辺で、不審なデータが観測されたんだ」

「不審なデータ?」

 まあ問うまでもなく、スターゲイザーのせいだろう。

 あいつがカジュアルに時間を止めまくるから、チヨダらにバレたのだ。たぶん。なにかそういうのを計測する装置に引っかかったんだろう。

「こちらで計測したお前のデータと一致しないから、お前の問題ではないんだろう。だが、なにかがお前に干渉しようとしている可能性がある。チヨダはそれを懸念していてな」

「なにかって? 例のスターゲイザーとか?」

「まあ、そう考えるのが妥当だろうな。あくまで状況証拠でしかないが」

 俺は別に、自分からバラしたつもりはない。

 軍曹の言う通り、状況証拠を考えれば、それはスターゲイザーであるほうが自然だ。逆に隠すほうが怪しい。


 軍曹は肩をすくめた。

「しかし、詳しい話は私も聞かされていない。今後は上から、ゼロを経由して情報が来るだろう。あとはその指示に従ってくれ。解散」


 *


 ゼロがオフィスに残ったので、下へは俺とフェニックスだけで向かった。

 しばらく無言だったが、エレベーターの中で、フェニックスがつぶやいた。

「サノバ、無事で戻ってきてなによりだ」

「ありがとう」

「弟子に死なれでもしたら、目覚めが悪いからな」

「弟子じゃない」

「そう照れるな」

 こいつはマジで……。


 ドアが開き、一階ロビーに到着。

「まあ座れ。ジュースをおごってやろう」

 またあのうんざりするようなクソ甘ミルクコーヒーか?

 いや、彼女は自動販売機で、スポーツドリンクを買ってきた。ちゃんと学習している……だと……?

「ほら、飲め」

「ありがとう」


 ロビーの窓からは、青空が見える。

 鮮やかなブルーの空。


「本当に、お前が戻ってきてくれてよかった」

「なんだよ急に……」

 フェニックスがあまりにしみじみ言うので、こっちも驚いてしまった。

 もしかしてこいつ、寂しかったのか?

「お前がいない間、あの紙袋とトカゲ女のせいで、とんでもなく苦労させられた。あいつらが東京に行ってくれてよかった。サノバ、今後はあいつらの分まで働くように」

「……」

 単に苦情かよ。


 紙袋というのは、エレガントマンのあだ名だ。あだ名というか、陰口というか。まあ常に頭から紙袋をかぶっているのだから、そんな呼び名になっても仕方あるまい。

 トカゲ女はゲッコーのこと。

 二人とも、俺たちの代わりに東京へ送られた。


 俺はあえて反論せず、話題を変えた。

「俺たちがいない間、なにか変わったことは?」

「大変だった」

「ほかには?」

「ない。ないに決まってるだろ。ここはなにも変わらない」

 確かに、変わらないように見えるが。

 俺はスポーツドリンクを一口飲み、こう応じた。

「けど、ロドリゲスは消えた」

「いつものことだろう」

「まあ、そうかも……」


 誰かがS級になる。

 そして消える。

 別の誰かがS級になる。

 以下、繰り返し。


「スティレットの様子は? 怪我とかしてないか?」

 彼女はこちらも見ず、そんなことを言った。

「まあ、無事だよ」

 いまのところ問題を起こしていない。しかしあの様子だと、どこかで致命的なミスをしそうな気もする。俺とゼロが抜けて、その代わりとして行ったのがエレガントマンとゲッコーなのだ。不安しかない。

「心配だな。あの女は、まだ未熟なところがある」

「そうだな」

 お前が言うな、と思わなくもないが。

 しかし戦闘だけを見れば、フェニックスは信頼できる。火力が高いだけでなく、メンタル面も強い。やることが一貫している。迷わない。

 スティレットは、よく迷う。判断を仲間にゆだねる。いい子なのだが、雰囲気に流されるところがある。周囲の影響を受けやすいというか。その判断は、誰かのためにはなるが、自分のためにはならない。これは明確に「弱点」と呼んでいいと思う。


 俺は飲もうとして持ち上げたボトルを、またおろした。

「心配になってきた」

「紙袋がいるから大丈夫だろう」

「いや、ダメだ。それは単に怪我が治るって意味だろう。俺は彼女に傷ついて欲しくない」

 紙袋ことエレガントマンは快楽の超人だ。他者を癒す能力を持つ。超人だから人間より身体能力は高いが、ゼノスに致命的なダメージを与えることはできない。

 フェニックスはあきれたような表情だ。

「お前、どういう感情で言ってるんだ?」

「あの子は誰かと争うような子じゃないんだ。もっと平和で穏やかな……。クソ。なんなんだこの世界は……」

「うーん、けっこう気持ち悪いな?」

 否定しないが。

 もっと言葉を選んでくれてもいいぞ。


 俺はドリンクを飲み干した。

「ま、考えても仕方ない。俺たちに選択肢はないんだからな。ジュース、ありがとう。もう行くよ」

「なにを急いでいるんだ? 予定でもあるのか?」

「あるといえばある」

「……」


 *


 自転車で繁華街に来た。

 繁華街といっても、居酒屋が数件並んでいるだけの場所だが。この島で一番賑わっているのはここだ。そして、ここ以外は賑わっていない。過疎もいいところだ。なんのための島なんだろうな、いったい。

 いや、なんのためかは、ある程度の見当はついている。誰かが「いる」のだ。アイアンメイデンが「見た」という人物が。それは本部ビルの地下にいる。スターゲイザーは正体を知っている。


「らっしゃい」

 威勢がいいとも悪いとも言えない店員が、こちらも見ずに声をかけてくる。

 狭くて汚い店だ。調理場があり、カウンター席があり、壁際にかろうじてテーブル席がある。小さなテーブルなので、二人しか使えない。

「ビールください」

「あいよ」

 店員はこちらを見ない。

 べつにシャイなのではない。料理を作っている。


 先客のおじさんが、店内のテレビを見てぶつぶつ言っている。

「ったく。なにがUFOだよ。俺たちの税金をムダ使いしやがって」

 ニュース番組だった。国会でUFOについてのやりとりがあったことを報じている。しかしじつは珍しいことではない。議員はしばしば国防にかこつけてUFOの話をする。彼らはUFOであろうが、予算を取れそうなネタがあれば使う。そういうものだ。おじさんが怒るのも理解できる。


「タコあるよ」

「じゃあそれも」

 店員に勧められるまま、一品オーダーする。


 じつは日本人が消費するタコの三割から四割はモーリタニア産だ。

 スティレットの父親の故郷。

 モーリタニアという国を、俺はあんまり意識していなかったが。意外な交流があるのだ。彼らはもともとタコを食べなかったそうだが。日本人がタコの取り方を教えて、それを買い取るというと、彼らは素直にタコ漁を始めた。それがずっと続いている。

 アラブ系とアフリカ系が共存している。

 公用語はアラビア語だが、フランスに支配されていた時期もあり、フランス語も通用している。公式な書類などはフランス語で記入することもあるらしい。スティレットの父親もフランス語を使えると聞いたことがある。


 もっとも、この店のタコは近場で取れたものだと思うが。

 タコというと、いつもモーリタニアを思い出してしまう。


 タコのブツ切りを食いながら、ビールで流し込む。

 味は……べつに何も感じない。しつこく噛んでるとかすかにうまみがあるか。癖がないというのは悪いことじゃない。飽きずに食べられる。


 ニュースはいつの間にか終わっており、野球中継が始まっていた。おじさんは野球にもぶつぶつ文句を言っている。昭和のオヤジといった感じだな。俺は別に気にしない。こういう飲み屋は必ずいる。俺もいずれああなる。


「らっしゃい」

 また新しい客が来たらしく、店員が声を出した。

 だが、俺はいちいち見ない。この手の飲み屋では、みんな自分の酒をどうにかするので手一杯だ。他人に構っている余裕はない。


「ビールください」

「あいよ」

 そいつは俺の隣に腰をおろした。

 どの席も空いているのに。


「寂しいじゃない、サノバガン。帰ってきたなら帰ってきたって言ってよ」

 女だ。

 眠たげな眼差しの、長い黒髪の女。喪服みたいな真っ黒の服を着ている。

 陶酔の超人。年齢不詳。独身。女性。コードネームはイリンクス。

 顔はいい。だが、いいのは顔だけ。この女は倫理観に欠けている。分からないでミスしているのではなく、わざとやっている。サディストなのかもしれない。ただし病的ではない。ある程度までは普通に会話が成立する。だからこそ厄介なのだ。


 俺は遠慮なく溜め息をついた。

「言いたくないから一人で飲んでたんだ」

「でもここ、私たちが初めて会った場所じゃない? そこに来たってことは……そういうことじゃない?」

「……」

 まず、ここは二人が初めて会った場所ではない。

 俺たちが初めて会ったのは、現場だ。ゼノスとの戦闘のとき。こいつは自分の周囲に、意識を混濁させる毒を散布する。それを敵にだけやればいいのに、構わず仲間まで巻き込む。


 イリンクスはこちらを凝視しながら、ニヤついた顔でビールを飲んだ。

 サディストというか、サイコパスだな。


 だんだん思い出してきた。

 あの現場で、こいつはメンバーから一斉に苦情を投げつけられていた。イリンクスは反論もせず、ただ曖昧な笑みで受け止めていた。俺はさすがに気の毒だと思い、彼女をかばってしまった。当時、俺はルーキーだったから、こいつのヤバさを知らなかったのだ。

 それ以来、付きまとわれている。

 いや、いいところもあるのだ。たとえば顔とか。あとは……いちおう人の話を聞くところ? いや、物理的に聞いているだけで、その情報を応用することはまずないのだが。


「ふぅ。なんだか暑いわね」

「そんな服着てるからだろ」

「えっち」

「……」

 もはやなにを言ってもこうだ……。

 無視するしかない。


 せっかくの一人酒の時間が……。


(続く)

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