なんなんだよマジでよぉ(七)
ファットマンは死んだ。
怪物としてはいま、人間としては数十分前に。
通路へ戻ると、シャッターがあがっていた。ワゴンも路肩に停まっている。俺たちは後部座席のドアを開け、そのまま乗り込んだ。運転手に苦情を言っても仕方がない。
チヨダから通信が来たので、俺たちは一斉に耳へ指を当てた。
『ご苦労さまです。ターゲットの絶命を確認しました』
いったいどうやって確認したのやら。
いや、答えは分かり切っている。
こいつらがファットマンを地下駐車場に誘導したのだ。事前に監視カメラを仕掛けていてもおかしくない。誰がいつどこにいるのか、完全にコントロールしているのだから。
『こちらで戦況分析をしたのち、各人にスコアをつけます。スコアの高い超人にはボーナスを差し上げます。逆に低い人間には……』
「サッカーをAIに分析させた話、知ってます? それまで得点に絡んでなかったと思われた選手が、じつは重要だったってことが判明したんです。それは業界のプロにも見抜けなかった。上から見てただけの人間が、簡単に点数をつけないで欲しいな」
あまりにクソみたいな提案だったので、俺は思わず口を挟んだ。
しばらく無音だったが、チヨダからは返事があった。
『失礼。その話は知りませんでした。私の不勉強を認めます。しかしスコアをつけるのは組織の方針ですので』
「点数をつけるのはいいけど、責任は現場に押し付けるんじゃなく、裁量のある人間に取らせてくださいよ。でないとこんな薄氷を踏むような計画、すぐに破綻しますよ」
『同感です』
本当か?
同感とは思えないのだが……。いや、最初の話した感じでは、チヨダは意見が違うときはすぐにそういう男だ。本当に同感なのかもしれない。
『それと、ひとつ座席に通信機が置かれていると思います。壊れた通信機と交換するよう、ゼロに伝えておいてください』
「えっ?」
壊れた?
しかも毒針は出ていない?
するとゼロは、なぜか俺が伝える前に通信機の交換を始めた。
彼女の冷気は、通信機を安全に破壊できるのか?
しかもこの慣れた様子。初めてじゃないのかもしれない。この中では、俺は最後に入ったメンバーだ。前のことはよく知らない。やはり以前にも、似たようなことがあったのでは?
『その車は、そのまま皆さんの宿泊先に移動します。あとは現場の指示に従ってください』
*
宿泊先というのは、警察の留置所だった。
拘置所でも刑務所でもない。
一般的に、留置所というのは、逮捕されたヤツが一時的に入る場所だ。裁判が始まると拘置所に移され、有罪が確定すると刑務所にぶち込まれる。
つまり俺たちは、今後、被疑者として生活するということだ。
人間から見れば、超人なんてのは檻に入れておかないと安心できない存在なのだろう。まあ銃を持ってるだけなら取り上げればいいが、超人の場合はそうもいかない。閉じ込めておくしかないのだろう。
男女は別々。
プライバシーなどないも同然。俺の部屋からは廊下が丸見えだ。そして廊下しか見えない。どこかにオルガンもいるはずだが……。楽しくお喋りできる雰囲気でもない。
「はぁ、ったく。なんなんだよマジでよぉ」
法律違反を強要されたかと思えば、いきなり檻の中だ。
テレビもない。雑誌もない。スマホもない。パソコンもない。無償労働させられた挙げ句、この扱いとは。
まあメシだけはくれるみたいだが。
いったい俺は、なんの罰を受けているのだろうか?
怪しいエナジードリンクを飲んだ罰か?
看守の男が近づいてきた。
「あ、自分、担当のスギウラです。なんか必要なものとかあったら言ってください。自分が用意するんで」
「えっ?」
「皆さんは、べつに犯罪者とかじゃないんで。そういう人らとは扱いが違うんですよ。あ、でもあんまり高いのはダメですよ。税金で買うんで」
税金か。
でも俺だって、まともに働いてたときは、ちゃんと納めてたよ。収入に比べてクソみてぇに高い税金をな。クソ。ちゃんと選挙に行かねーからこんなことになるんだ。
「かつ丼頼んでもいいですか?」
「え、でもこのあと、すぐ弁当来ますよ?」
「じゃあテレビとか」
「音が出るのはちょっと」
「アリの飼育セットは?」
「はっ? なんで?」
「見てて飽きないから」
「いや、まあ……でも生き物はダメでしょ、普通に……」
ダメじゃねーか!
なにもかもがダメじゃねーか!
しかもこちらがアリの飼育セットと言った瞬間、露骨に見下すような目になったし。俺だってなぁ、本気でアリが見たいわけじゃねーんだよ。こういう人の反応を見てるんだよなぁ。クソ野郎がよ。
まあアリは……確かになんだけど。
どうせ断られるなら、金魚って言っておけばよかった。きっとアリほどは見下されなかっただろう。
「なら酒は?」
俺が勢いよくそう尋ねると、彼は露骨に引いた様子を見せた。
「そんな怒んないでくださいよ」
「怒ってないです。酒はもらえるんですか? どうなんですか?」
「軽くならいいけど、暴れないでくださいよ。怒られるの自分なんで。ビールでいいですか?」
「ええ、結構ですよ」
その言葉に、彼は怒られた少年みたいな顔で行ってしまった。
だが、今回に限って言えば、怒らせるほうが悪い。
*
その後、ヤツは缶ビールを一本だけ買ってきた。
なぜ六缶入りのパックを買ってこないのか?
なぜつまみを付けないのか?
なぜついでに新聞を買ってこないのか?
疑問は残るが、おそらくこの社会の深い闇に触れることに触れることになるのでやめておこう。いや、闇ではなく、気が利かないだけなのは分かっているが。
俺は壁に背を預け、一本しかないビールを味わった。
ほろ苦い。
しかも常温。
いや、いいんだ。
あらゆることが裏目に出る。そんなことには慣れなくては。要するに、スギウラがそういう男だと分かった上で、こちらがうまくコントロールしなければならないのだ。
冷えた缶ビールが六缶必要なこと。
つまみも必要なこと。
新聞も必要なこと。
これらを余すことなく伝えなかった俺のミスだ。
クソ。
来るとかいう弁当はまだなのかよ……。
胃にアルコールが染みる。度数も低いのに。こんなので酔えるかよ、なんて昔は思ってたのに。久々だからか酔いが回ってきた。
*
新聞は毎日もらえるようになった。
ビールとピーナッツも。クソみたいな生活だが……。まあいちおうの配慮はある。
この生活には数日で飽きたが。
飽きたところで終わるわけではない。
「超人でも筋トレするんですね」
ある日、通りがかったスギウラがそんなことを言った。
「えっ?」
「いや、だってもう一人の人、ずっと懸垂してますよ?」
「あれを一般的な超人だと思わないで欲しいな」
彼は自分を鍛える以外に趣味がないのだ。
放っておいてやって欲しい。
「サノバさんは筋トレしないんですか?」
「してもしなくてもあんま変わらないんで」
「え、そうなんですか? じゃあなんであの人、筋トレなんて……」
「さあ」
それは誰にも分からないか、あるいはクソくだらない理由か、そのどちらかだ。
俺は後者に賭けるね。
超人の肉体はただでさえ強靭なのだ。
自重でトレーニングしたところで、たいした効果はない。
もしかするとこの部屋の鉄柵も破壊できるかもしれない。だが、それをやったところで、その後が大変だ。やらないほうがいい。
通信機が鳴った。
『皆さん、準備してください。出動です』
「ターゲットは?」
『説明は事務所でします。以上』
かくして通信は一方的に打ち切られた。
「あ、出動ですか?」
「出ても?」
「いま開けます」
スギウラは鍵束からキーを選び始めた。
*
「もーやだ! 飽きた!」
事務所へ向かうワゴンでは、久々に会ったスティレットが誰にともなく苦情を伝えていた。
まあ返事をするのは俺しかいないから、俺に言っているのだろう。
「俺も飽きたよ」
「ねえ、一緒に脱走しようよ! あたし、こんな生活耐えられないよ!」
盗聴されているというのに、堂々と不穏なことを言う。
まあ本気ではないんだろう。
「脱走してどこ行くんだよ?」
「モーリタニアとか」
「言葉分かるの?」
「ぜんぜん……」
ダメじゃねーか。
仮に逃げ出したとして、行く場所などどこにもないのだ。それどころか、次の処刑の対象にされるだけ。
俺はつい笑った。
「酒でも飲んでごまかすしかないな」
「え、お酒……? お酒に逃げるのってなんかイヤじゃない?」
はい?
まさか反アルコール主義者か?
キャリー・ネイションの生まれ変わりじゃないだろうな?
「最低じゃない。むしろ最高だ」
「お酒のなにがいいの?」
「なにもかもだよ。考える必要がなくなる」
「うわぁ……」
年下の女にさげすまれる感覚。
娯楽のない環境で暮らしていると、これさえも新鮮な刺激となる。
「いったいどんなお酒を飲むんザマス?」
予想外にゼロが参加してきた。
微塵も興味がなさそうなのに。
「ビールだよ、ビール。たいしてウマくないと思いながら飲むビールは格別だ」
「相変わらず理解不能ザマスね。最高のお酒は、最高の料理と一緒にたしなむものザマス」
「残念ながら、そんなお上品な生き方はしていなくてね」
「見たまんまの自己紹介ザマス」
つまりはウソがないということだ。俺は自分を完全に客観視できているし、言語化もできている。
じつに立派じゃないか。
クソ。
「そろそろつくぞ」
オルガンがそんなことを言った。
窓の外も見えないのに。
どいつもこいつも理解しがたい。
みんなも俺をそう思っているかもしれないが。
まあ、理解なんてしなくても、なんとかなっているんだからそれでいいのだ。学生みたいに細部まで他人に合わせる必要はない。俺たちは大人なんだからな。中身はともかく、法の定めるところでは。
(続く)




