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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん


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6/15

なんなんだよマジでよぉ(六)

「ま、待って待って! 違うんすよ! 殺さないで!」

 ファットマンは、ついに壁際まで追い込まれた。

 声は地下駐車場に反響して、表まで届きそうにない。泣こうが叫ぼうが誰に耳にも届かないのだ。なんならスマホの電波も届いていないかもしれない。手元にないので確認できないが。


 手を伸ばして「来ないで」のポーズをしているファットマンに、ゼロとオルガンが近づいてゆく。微塵の容赦も躊躇もなく。もしかしてこいつら、今回の「処刑」が初めてではないのでは?


 ふと、オルガンが身を伏せた。

 その後ろにいた俺は、飛んできたなにかを顔面で受け止めてしまった。痛い……。いや痛くない。なんだろう? 手? 誰の?


 ファットマンが「ひっ」とうなって自分の手を見た。

「な、なんすかいまの? 俺の腕、すっごい伸びて……」

 いま俺の顔面を押したのは、こいつの手か?

 腕だけが伸びて、俺の顔面を押したのか?

 しかも自分の力に自分で驚いている。能力が発動したのは初めてなのだろうか?


 ファットマンは泣きそうになりながらも、ニッと笑みを浮かべた。

「ほ、ほら! いま見ましたよね! ゴムみたいに伸びて! 俺、超人なんすよ? それ以上近づいたらあぎゃあっ!」

 喋っているのも構わず、オルガンが手を振るった。直後、ファットマンの手が縦に裂けた。

 痛そう。

 いや痛いなんてもんじゃないだろう。


「なんで! なんでこんなことするんすかぁ!? え、チクったの誰? ケン坊? ジュリ?」

 誰かに裏切られたと考えているのだろうか。

 可哀相に、もう動かなくなった腕を抱えて、ちぢこまってしまった。


 勝敗は決したかもしれない。

 俺も溜まっているエネルギーを解放しようか。このままじゃ手がバカになる。


「おごぉっ」

 まだ誰も攻撃していないのに、突然、ファットマンがのけぞった。いや、もうファットマンの姿をしていない。肉体が膨張して、服があらゆるところから裂けた。触手の生えた肉団子のようになって……。


 は?

 なんだこれ……。

 ゼノス……なのか?


 みっちりとした肉団子が、地下駐車場の天井まで盛り上がっていた。

 もうどこが胴体でどこが顔面かは分からないが、不規則に並んだ二つの眼球が未練がましくこちらを見つめていた。球体には短い手足がぶらさがっている。いや、その手足も肉の中に引っ込んで、球体になってしまった。


「……」

 俺たちは、互いにかける言葉もなかった。

 特に俺は……スターゲイザーの言葉を思い出し、なんとも言えない気分になっていた。彼はこれをデモンストレーションだと言っていた。だからこれは予測不能な事故なんかじゃない。人為的に引き起こされた現象だ。


 球体が、ゆっくりと傾き始めた。

 いや、転がり始めた、というべきか。


「後退しろ!」

 俺はできるだけ声を張った。

 おそらくあの肉は、俺たちを潰す気だ。


 みちみちと肉の音を立てて、そいつは次第に加速していった。自動車に乗り上げて押しつぶし、柱にぶつかって方向を変え、無軌道に転がり回った。

 あんなのに巻き込まれたら死んでしまう。


 俺たちは慌てて通路に入って、そのまま地上を目指した。

 だが、待ち構えていたのは目を疑うような光景だった。

 シャッターが下りている。

 金属の、分厚いシャッターが……。


 どういうことだ?

 まさか、罠だったのか?

 それとも外へは出ずに、あくまでこの地下駐車場であいつを始末しろと?


 肉団子はいまのところ駐車スペースでのたうち回っている。

 しかしいつ通路に入ってくるか分からない。余裕をもった二車線ほどの幅がある。あの肉でも入ってくることは可能だろう。


「じつに不愉快ザマス……」

「やるしかない」

 ゼロが溜め息をつくと、オルガンが簡潔な言葉で反論した。

 スティレットはずっと思いつめた顔をしている。

 俺は……だいぶ手が痛い。痛いというか、早くエネルギーを解放しないと肘くらいまで消滅してしまいそうだ。とにかくぶっ放さなくては。


 そのとき、視界の端になにかが見えた。

 いや、「なにか」なんて曖昧なものじゃない。転がり回る肉だ。通路のすぐそこまで来ている。というかたぶん、どう転がれば通路に入れるか思案しながら転がっている。まだあの体になったばかりで、自由にコントロールできないのだろう。

 幸いなのは、通路に傾斜があるということだ。こちらが高い。肉団子の勢いは、いくらか相殺されることになる。助かるかどうかは別の話だが。


「いざ、参る」

 まだ話がまとまっていないのに、オルガンが駆け出した。

 彼は確かに強い。人間が相手なら、いくらでも急所を切り裂けるだろう。だが、あんなに分厚い相手はどうだろう。


「まぁーったく。本当に人の話を聞かないザマスねぇ……」

 ゼロもやむなしといった様子で向こうへ行ってしまった。


 二人とも、この通路の傾斜を利用しないつもりか。

 まあ助かる保証もないしな。

 逃げ場もない。

 広いスペースで戦うほうがマシと判断したのかもしれない。


 俺も行こうとすると、スティレットに腕をつかまれた。

「待って。ねえ、あれってゼノスだよね?」

「そう見えた」

「でも、人間だよ?」

「予想はしてただろ」

 あんなの、自然界には存在しないのだ。

 なんらかの実験の成果と予想するのが妥当。

 もとの生物が存在する。それが今回は人間だったという話だ。いや、過去のもずっとそうだったのかもしれない。分からない。データがない。


「サノバは、それでもいいの?」

「俺たちに選択肢があれば考えるよ。けど、残念ながらそうじゃないんだ。いまは生き延びることを優先しよう。あれを放っておいたら、もっと大きな被害が出る」

「それは……そうかもだけど……」

 優しい子だな。

 できれば彼女みたいな子が、哀しむことのない世界ならよかったが。


 俺も慎重に歩を進めた。


 オルガンはザバザバと表面を切り裂いているが、ゼロはほとんど能力を使っていなかった。攻めあぐねている様子。


「ご覧なさい、サノバガン。オルガンの攻撃がほとんど通じていないザマス」


 オルガン野郎がハッスルして頑張っているところ申し訳ないが、本当に通じていなかった。

 確かに肉団子の表面から出血はある。だがその傷口は、すぐにふさがってしまうようだった。

 いくら超人でも無限のエネルギーを有しているとは思えないから、いつかは修復が追い付かなくなるはずだが。問題は、その「いつか」が分からないことだ。もし三年くらいもつのだとしたら、どう考えても俺たちが先に力尽きる。俺は晩飯までに帰りたい。


「あなた、なにか作戦とかないんザマス?」

 俺はできるだけ冷静にこう応じた。

「いま腕がアレであんまり頭が回らない」

「まぁーたそれザマスの? そこらの車からガソリンが漏れてるから、火がついたら終わりザマスよ」

 ガソリンが揮発して、もし配線の熱かなんかで発火したら、間違いなく全滅する。

「ガソリンは、ゼロの力でどうにかできないの?」

「試したけど凍らなかったんザマス」

 まあそうか。

 なんとなく、零度になればあらゆるものが凍るような気がしてしまうが。

 ガソリンの沸点や融点は水とは違う。

 たとえばウォッカですら冷凍庫では凍らない。


 さて、あまり時間をかけられない。

 ダメージも通らない。


「え、もうお手上げザマス?」

「いま考えてる」


 オルガンはヒット・アンド・アウェイで戦っている。一撃離脱だ。切っては引き、切っては引き。肉団子はそれに翻弄されている。傷口がふさがるとはいえ、痛いのだろう。だからムカついてオルガンを追い回している。


「手の調子は?」

「ヤバいよ……」

 集中したいんだから話しかけないで欲しい。


 シビレを切らせたゼロは、「もういいザマス」と行ってしまった。

 自分で話を振っておいて、すぐこれだ。

 そんなすぐ妙案が思いつくなら苦労しないというのに。


「凍りなさぁい!」

 ゼロは冷気を放つが、表面をなんとか凍らせて終わり。肉団子はすぐに転がってしまうから、連続して同じ場所を狙えない。


 まあゼロが凍らせて再生を止めて、俺とオルガンで攻撃するのがベストなんだろうとは思う。

 理論上はそう。


 あの肉団子は、難なく車を乗り越えてしまう。だが、この地下駐車場を支える鉄筋コンクリートの柱は倒せない。移動ルートは限られてくる。つまり、軌道の予測は、ある程度までは可能。

 問題は、どうやって回転を止めるのか。


 分からない。

 使えそうな道具もない。


 スティレットが近づいてきた。

「サノバ、あれ見てよ。消防用のホースがあるよ」

「えっ?」

「もしあの近くに誘導してくれたら、私のスピードを利用して巻きつけるけど」

「それだ」

 奥の壁には、消防用の赤いケースがあった。

 消防ホースは頑丈だ。肉団子くらいなら止められるだろう。少なくとも何秒かは。長さは無限ではないから、彼女の言う通りケースの近くまで誘導したほうがいい。


 ま、そういうことなら準備はできている。


「いまから撃ってそこへ寄せる。君はホースの準備をしてくれ」

「分かった」

 言葉が終わったときには、すでに彼女の姿はなかった。

 速いなんてもんじゃない。


 俺は震える指を肉団子へ向けて、狙いを定めた。

 エネルギーはすでに十分過ぎるほど高まっている。あとは発射するだけ。


 光が走った。

 同時に、腕からイヤなものがスッと抜けていく感覚。


 光弾は肉団子に命中し、ばぁんと派手な音を立てた。威力が高すぎて、貫通してしまったが。肉塊を壁際まで転がすことはできた。

 かと思うと、すぐにホースがグルグルと巻きつけられた。


「まあ、七十点ザマスね……」

 苦しそうに蠢く肉塊の前に、ゼロが立ちふさがった。

 駐車場全体の温度がさがったような感覚。

 それから肉団子の表面が、みるみる凍り付いていった。まだ表面だが。すぐに深いところまで到達する。


「ギ……ギ……」

 ファットマンは、軋みとも悲鳴ともつかない音を立てた。


「カーッ!」

 余計な奇声をあげて、オルガンがその氷を叩き斬る。

 本当に、手を振っただけで、付近のものを一気に切り裂いてしまう。

 まあ今回は……出血もなく、砕かれた氷が散っただけみたいな光景になったが……。この氷が解ければ、あとは肉片になる。早く片付けないと、ネズミを繁殖させることになるだろう。


「ちょっとオルガン。まだ途中ザマス」

「時間がない」

「あなたは待つということをおぼえたほうがいいザマス」

「……」

 会話は成立している。

 たぶん。


 俺はもう撃ちたくない。

 あんまりやると手が消し飛ぶ。

 実際に消し飛んだことはないが。エネルギーを溜めすぎていると、そういう錯覚に襲われるのだ。終わったあともしばらく続く。使い方がよくないのかもしれない。かといってマニュアルもないし。自分の体と相談しながらやるしかない。


 球体にホースをかけるのは難しい。

 肉団子が体をゆすった拍子に、ゆるんだホースが上から外れてしまった。だが、危機には発展しなかった。二人の攻撃が功を奏し、完全に勢いを殺していたからだ。肉団子はもう、こちらへ転がってはこなかった。


「サノバガン、なにぼうっと見学してるザマス?」

「ちょっと手が……」

「はぁー」

 盛大な溜め息。


 いや、生き延びるために仕事をしているのに、仕事のために命を落とすなんて、あまりオススメできないと俺は思うんだよなぁ。目的を達成できるんだからいいじゃんよ。


 とはいえ、俺は力を溜めず、光だけ飛ばすことにした。

 人を傷つけるダメージさえないが、攻撃しているというアリバイだけは作れる。


 典型的なブルシット・ジョブだ。

 こういう小賢しい大人にはなりたくなかったよ。


(続く)

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