なんなんだよマジでよぉ(五)
博士の言った「処刑チーム」というのは仮の名称だったらしい。
実際のプロジェクト名は「UFO」。
オリジナルの作戦名とかではなく、本当にそのまんま「未確認飛行物体」という意味らしい。俺たちは飛行していないのだが……。
選出されたのは、俺、オルガン、スティレット、ゼロの四名。リーダーはゼロが務める。
ともかく、それは始まってしまった。
当日になって急に言われて船に乗せられ、久々の本土へ。しかし一秒の観光も許されず、犯罪者を護送するような車に乗せられた。ついたのは小汚い雑居ビル。
出迎えたのは、所属も明かさない「チヨダ」という名のスーツの男だった。
「いま皆さんの手首につけてもらったのは、通信機です。それを使って、こちらから指示を出します」
そう告げたチヨダの目は冷たかった。
というか目が死んでいる。
どこからどう見ても表で活躍している人間じゃない。所属は不明だが、おそらく名簿に名前の載っていないタイプの人間だろう。問題が起きたら架空の名前と経歴を与えられ、責任を取らされる。
「骨伝導で情報を伝達します。通話をするときは、耳に指を当ててください。そうしなければ、送信も受信もできません。アラームが鳴ったらすぐに応答してください。しなければ内部に仕込まれた毒針が刺さって皆さんの命を奪います」
「……」
通信機を眺めながら途中まで真剣に話を聞いていた俺たちは、一斉に顔をあげた。
チヨダは無表情だ。
「本当ですよ。ああ、ムリに外そうとしないでください。毒針が起動してしまいます」
「……」
「返事は?」
「はい」
応じたのは俺だけだった。
少し素直すぎるかもしれない。まあ性格だから仕方がない。常識を有しているのは俺だけだし。
ゼロはひとつ呼吸をして、静かに尋ねた。
「どういうつもりザマス?」
「あくまで保険ですよ。銃にも安全装置はついてますよね?」
「銃を壊す安全装置があるんザマス? 初めて聞いたのザマスけど?」
「ええ。これは壊れるタイプなんですよ」
まるで良心の呵責など感じていないように、淡々と言ってくる。
こいつにはなにを言ってもムダだろう。
チヨダはかすかに呼吸をして言葉を続けた。
「さて、さっそくですが、皆さんにお仕事があります」
彼がタブレットを操作すると、壁に据えられた大型ディスプレイにデータが表示された。大写しの顔写真と、コードネーム、経歴、特徴。
「彼を処刑してください」
「……」
処刑――。
コードネーム:ファットマン
三十代。男性。独身。
三流の超人。推定深度B級。
それが男のデータだった。
あとはバイト歴や口癖など。なんなんだ口癖「っす」って。いるのかその情報。
「この三流の超人というのは? どんな能力なんです?」
俺が質問すると、彼は目だけを動かしてこちらを見た。
「彼は自分をC級と偽っているB級の超人です。しかし皆さんとは違い、その能力を安定的に出力できていません。つまり、三流ということです」
「罪状は?」
そう尋ねた瞬間、彼は不思議なものでも見るような顔になった。
「罪状? 私の話を聞いていませんでしたか? 彼は、B級の超人であるにもかかわらず、自分をC級と偽っているのです。理由はそれだけで十分でしょう」
「そもそも、偽装ってどういう意味です? 定期検診を受けてるんだから、そのときにバレるはずですよね?」
すると返事より先に溜め息が来た。
「そこからですか? C級というのは、それ以上深化しないとみなされているからこそ、社会での活動を許されているのです。であるにもかかわらず、深化してしまったということは、違法な薬物を使用したということです。現行法では対処できない問題です。そうでなければ、皆さんを集めたりしませんよ。もっと言うと、ターゲットは最後の定期健診ののち姿をくらましました。それだけでも重罪です」
雑なウソを言うじゃないか。
国民が本当にそれを望むなら、法律を変えて、堂々と取り締まればいいだろう。
なのに、法を変えることなく私的に処刑しろだなんて。
別の意図があるに決まっている。
まあそうだとして、俺に選択肢はないわけだが。
チヨダは静かに告げた。
「皆さんには、彼を処刑してもらいます。分かっているとは思いますが、これは違法行為です。もっと言えば殺人罪」
「そして殺人教唆も」
俺の指摘は無視された。
「ですが警察は皆さんを逮捕しません」
「表向き、超人同士のトラブルとして処理されるわけだ」
「君、さっきからうるさいですよ」
「はい、黙ります」
もうなにも言わないほうがいい。
次の質問のあと、返ってくるのが言葉だけとは限らない。
「では出発してください。ターゲットの位置は通信機でお知らせします」
*
どう考えても、俺たちはなにかに使われている。
連中は、超人を殺せる毒針を持っていて、なおかつターゲットの居場所も特定しているのだ。バレずに殺そうと思えばいくらでも方法がある。
だというのに、法律を破ってまで、超人に殺人ショーをやらせようという。それも街中で、昼間に。
ビルを出て、護送車の中でバトルスーツを装着した。
「ねえ、サノバ。本当にやらなきゃダメ?」
スティレットが不安そうにこちらを見つめてくる。
可哀相に、泣き出しそうな顔だ。
「俺たちに選択肢はないんだ。やるしかない」
「でも……」
「いまは自分たちが生き残ることに集中しよう。あれこれ考えるのはあとだ」
「うん……」
しかしゼノスですら三人での出動なのに、処刑には四人がかりとは。
人為的に大きな「事件」を起こそうとしているように思えてならない。
*
バトルスーツが目立たないよう、上からロングコートを着るよう言われた。
こんないかついワゴンの後部から、黒のコートの人間が四人もぞろぞろ出てきたら、かえって目立ってしまうのではないかという気もするが。
そこはビルに囲まれた路地だった。
電柱のプレートを見れば、ここが新宿であることが分かる。
あまり人通りはない。
通信機は、方向だけを示している。
「行くザマスよ」
ゼロは迷いも躊躇もなく、優雅な足取りで歩き始めた。
返事もなくオルガンも続く。
二人とも、この仕事にいっさいの疑問を抱いていないのだろうか。
不安そうなスティレットになんとか笑顔だけ見せて、俺も歩を進めた。
この辺は、治安がいいとも悪いとも言えない。
ある意味ではよくないが、ある意味ではいい。
他にはない「秩序」がある。
もし今日のターゲットが、公序良俗に反する人々の関係者だとしたら……。あまり気が進まない。俺たちは無敵じゃない。銃や刀で攻撃されたら死ぬ。ライオンや象がそれに耐えられないのと同じだ。
A級やS級でもおそらくムリだろう。まあそこまで行ったら、自分の能力でなんとかするんだとは思うが。
通信機の示すまま、俺たちは薄暗い地下駐車場に入った。ずいぶん古い……というか、もう使われていない場所なんだろうか。
いや、車両はあるから、営業中かもしれない。勝手に駐車されている可能性もあるが。
壁の塗装はガサガサになってはがれかけている。
この先に俺たちを殺す罠が待ち構えている、なんことはないだろう。俺たちを殺したいなら、例の毒針を起動すればいい。ほかにも方法は山ほどある。だからこの作戦は、シンプルに、俺たちに殺しをさせたくてやっているはず。
ファットマンはいた。
一人で、スマホをいじりながら。
彼はこちらの存在に気付くと、最初「えっ?」という顔になった。それから目を見開いて、後ずさりを始めた。
「ちょ、ちょっとまってくださいよ。話が違うじゃないっすか……」
「話って? いったいなんのことです?」
俺がそう尋ねると、ファットマンが答えるより先に、ゼロが制した。
「余計なことは言わなくていいザマス。お互いにね」
「ザマス……?」
ファットマンは面食らっていた。
いや、そこじゃない。
もっと重要なポイントがある。
つまり、このファットマンは、誰か別のヤツを待っていたのだ。
「ああ、やっぱり君だけだな、きちんと相手の話を聞こうとしてるのは」
「えっ?」
急に話しかけられて、俺は思わず振り向いた。
立っていたのは、特徴のないメガネの男。
スターゲイザーだ。
いきなり大ボスのご登場とは。だが、無用なトラブルになるのでは……? そう思い、周囲を確認するが、どうも様子がおかしい。
彼は「ふむ」とうなった。
「あせらなくていい。時間を止めた」
「は? 時間を?」
いやいやいや。
そんな能力あるわけないだろう……。
だって時間を止めるということは、俺たち以外のすべてのエネルギーを停止させるということだぞ? つまり宇宙を操作するようなものだ。
「不思議かな? まあ、そうかもしれないな。だが、できる。思念の超人ならね」
「まるで神じゃないですか」
俺が皮肉を込めてそう告げると、彼は不快そうに口をゆがめた。
「私はそれを自称するつもりはないよ。歴史を見たまえ。それに手を出そうとした人類は、例外なく非業の死を遂げる。我々はね、古人の失敗から学ぶべきだよ」
「同感ですが……」
いったいなんの用だ?
こっちは仕事中なんだが……。
仕事と呼べるほどまっとうな内容ではないが。
彼は乱れてもいないネクタイを整え、こう続けた。
「安心したまえ。今日はスカウトじゃない」
「ではいったい?」
「これから起こることを説明しておこうと思ってね」
「それは助かりますが……」
だが、親切で言っているわけではないだろう。
なんらかの意図がある。
「その前に、君は深海という薬品を知っているかね?」
「デパス?」
「それじゃない。深海だ。ある種のたんぱく質を含んだ薬品でね。人間を超人に変化させる」
「例のドリンクに入ってたヤツですか?」
「アレに少しアレンジを加えたものだな。彼はC級の超人だったのだが、その後も深海を摂取し続けた結果、B級の形質を獲得するに至った。しかしいくらか不安定でね」
チヨダも、ファットマンの能力は安定していないと言っていた。
あまり深くは考えなかったが。
スターゲイザーがあまりにも「質問しろ」という顔をしていたものだから、俺はひとつ呼吸をしてからこう尋ねた。
「具体的には、どんな能力なんです?」
「それは、これから実際に見てもらうしかない」
「教えてくれるんじゃなかったんですか?」
「話には順序というものがあるだろう。それを先に知ってしまっては面白くない」
もはやなにをどう返事すればいいのやら。
からかいに来たのか?
「まさかとは思いますけど、こんな雑談をするために、わざわざ時間を止めたんですか?」
「忘れるな。その通信機を通じて、君は監視・盗聴されているんだ。秘密の話をするには、時間を止める必要があった。なに、大袈裟なことじゃない。この世界にはバグがあってね。それを使えば、物理法則さえ超越できる。そもそも、超人という存在自体がバグだがね。いや、バグではなく仕様と呼ぶべきか」
どこかのテック企業みたいなことを言う。
「そんなに気軽に思念の能力を使ったら、そちらの身も持たないのでは?」
俺がそう尋ねると、彼はふっと笑った。
「問題ない。私はいっさいの代償なしにこの力を扱える」
「はい? 代償なし? いったい、どうやって?」
「きっと運がよかったんだろう。そうとしか言えない」
なんなんだ、こいつ。
メチャクチャじゃねーか。
だったら俺たち相手に茶番なんか演じていないで、とっとと世界でも征服しに行ったらいいんじゃないのか? おそらく可能だろう、こいつなら。
いや、コスパとかタイパとかが嫌いなタイプなのかもしれない。それ以外に説明がつかない。
スターゲイザーは肩をすくめ、こう続けた。
「これから起こる事案は、いわばデモンストレーションのようなものなのだ。いまから君は、私たちがどういう存在なのかを知ることになる」
「知りたくない場合は? もしかして強制とか?」
「うーん、いや、どうだろうな……。まあ私が強制せずとも、おそらく知ることになるだろう。君は上の命令に逆らえないわけだし」
「それは……まあ……そうですね」
図星を突いてこないで欲しい。
いまから半休をもらって帰宅するわけにはいかない。
「ともあれ、一連の事案が続けば、君は私に協力したくなるはずだ。分かっていると思うが、君たちをアゴで使っているのはくだらない連中だ。早めに決断しても損はしない」
「アゴ?」
ダメだ。あいつしか思い浮かばない。
スターゲイザーは眉をひそめた。
「離島のほうのアゴじゃない。今日君たちにこの仕事を斡旋した連中のことだ。つまり政府だな。いや、政府に限らない。旧人類そのものがくだらない存在なのだ」
ずいぶんフカしてきやがる。
人間と超人、脳の構造は同じだというのに。
「いや、いい。また会うことになるだろう。それまで、存分にヒーローごっこを楽しんでくれたまえ」
「……」
楽しめるなら楽しみたいよ。
残念ながらこのクソ仕事は、そういうたぐいのものではないと思うが。
すっとスターゲイザーの姿が消え、おそらく時間も動き出した。
じりじりと後退するファットマンを、ゼロとオルガンが追い詰めている。
このまま仕掛ければ、一瞬で決着がつくだろう。
もし予想外のことがひとつも起きなければ、だが。
しかしそんなはずはないな。
絶対になにかが起きる。
指先にエネルギーを集中させて、射撃の用意をしておいたほうがよさそうだ。これは溜めれば溜めるほど威力があがる。肉体の健全性を犠牲にして。
(続く)




