なんなんだよマジでよぉ(四)
ワゴンが音も立てずに近づいてきた。
いつもの送迎。小学生の登下校をサポートするママみたいだ。実際のママと違うのは、どう勘案してもそいつがママじゃないという点だけ。つまりすべてだな。俺の比喩は成立していない。
運転席から顔を出したコマネチ軍曹は、渋い顔をしていた。
「いったん乗れ」
いつもなら「早く乗れ」なのだが。「いったん」とはなんなのであろうか? 途中で下ろす気か? そんなことをされたら泣くぞ。小学生みたいにな。
ぞろぞろと後部座席に乗り込むと、スピーカー越しに軍曹が声をかけてきた。
「サノバガン、お前が話してた男は誰だ?」
「スターゲイザーを自称してましたけど。知ってます?」
「いや、分からん。なにを話したんだ?」
「スカウトされたんですよ。あ、もちろん断りましたよ。意味不明でしたから。いやまあ意味が分かっても、もちろん断ります。俺は評議会の人間ですから。はい」
「そうか」
俺たちがシートベルトを着用したのを確認してから、軍曹は車を発進させた。
名前を出せば通じるはずだったのに、軍曹には通じなかった。
なら、いったい誰が知っているのやら。
*
本部ビルで整備班にアーマーを返却し、俺たちはシャワーを浴びてから合流した。スティレットは肩を出したシャツを着て、健康的な小麦色の肌をさらしている。オルガンは着流しの和装。ちょんまげのつもりなのか、髪を上で束ねている。
ボスはオフィスの椅子に堂々と腰をおろしていた。
「んーふっふぅ……。ご苦労、ご苦労……」
今日もアゴの主張が強い。
まずは静かに応じてくれたが、いつ大声を出すかは分からない。こいつの情緒は不安定過ぎる。
話がこじれる前に、俺は報告を始めることにした。
「任務完了しました。全員無事です。それと、スターゲイザーを名乗る男が接触してきました。なにか分かります?」
「んーふっふぅ……。サノバガン、その件で、博士が会いたいそうだ」
「俺は会いたくありません……」
博士。
ジョン・H・ダージャー。年齢不詳。独身。おそらくアメリカ出身。
パーフェクト万能ドリンクの生みの親。
なぜかこのビルにいて、謎の研究をしている。まあ謎というか、俺が理解してないだけであって、きっとまともな研究なんだとは思うが。
「っしゃこの野郎ッ! 会えバカ野郎ッ!」
アゴの超人が立ち上がった。
いや、肉体の超人だったっけ。背が高いから、立ち上がるだけで怖い。たまに平気でぶん殴ってくる。女は殴らないのに、男には容赦がない。これが昭和のやり方なのか? いや、昭和生まれだって、普通はもっと人間的だろう。
「すみません、会います」
そう。
俺に選択肢はない。
ここは暴力が支配するウェイストランドなのだ。ウエストランドではない。まあ津山も暴力では負けていない気もするが。
*
退室した俺は仲間たちと別れ、ひとりで博士のいる研究室へ向かった。
そこへは俺でも自由にアクセスできる。この島自体が、そして本部ビル自体が、それなりに警備されているから、それ以上の警備は必要ないのだ。いっぺん中に入ってしまえば、たいていの場所にはフリーパスで入れる。もちろん入れない場所もあるが。
「失礼します。サノバガンです」
「入りなさい」
中は病院の診察室みたいだ。
デスクがあり、モニターがあり、博士が座っている。
実際、俺たちはここで定期的な検査を受ける。データをとられて、採血されて、そして謎の液体を注射をされる。能力を安定させる薬剤だという話だが。どこまで事実かは分からない。
俺は椅子へ腰をおろした。
「ご用と言うのは?」
「スターゲイザーに会ったようだな」
「お知り合いですか?」
そう尋ねると、博士は疲れた顔でつるつるの頭をなでた。
「いや、面識はない。だが、存在は知っている」
「何者なんですか? スカウトされたんですが」
「思念の超人……。その気になれば、現実を書き換えることさえできる。危険な能力だとは思わないか?」
「ええ、まあ……」
余計な話はいいから、結論から言って欲しいものだ。
彼はかすかに溜め息をついた。
「じつは本土から協力要請が来ている」
「はい?」
急に話が変わってしまった。
スターゲイザーの件はもういいのか?
「B級以上の超人が、自分をC級といつわって生活しているようなのだ」
「いるんですか?」
「いるんだ」
青い瞳でまっすぐにこちらを見つめてくる。
だからなんだ、としか言えないのだが。
「連行すりゃいいじゃないですか。他の超人がそうされたみたいに」
つまり、俺がそうされたみたいに。
「しかし警察には、彼らを処刑する権限がない」
「え、処刑?」
もしかして、命を奪う前提で話しているのか?
まずは逮捕では?
いや、刑事事件として扱うのが難しければ、他の行政が適切に行動すればいい。少なくとも俺たちは殺されなかった。その代わり、隔離されたこの島で暮らしている。
「さっきも言った通り、連中は自分たちの深度を偽装している。明確な犯罪者だ」
「それこそ法に則って摘発すればいいのでは?」
「もうその段階は過ぎたのだ、サノバガン。私のドリンクで超人となったものたちは、すべて管理下にある。ところが、いま問題となっているのは、法外の手段で超人となった犯罪者たちだ。正規の超人ではない」
「もともと正規なんかじゃないでしょ」
事故で超人になったのだ。エナジードリンクで栄養補給したかっただけなのに。どこかのマッドサイエンティストが、なんだか分からないドリンクを市場に流したせいで!
この博士は、自分が引き起こした人災だと言うことを理解していないのだろうか。
「ともかく、評議会は本土へ処刑チームを派遣することを決定した」
「処刑チーム? なんですかそのネーミング……」
「君の参加も決定している」
「勝手に……」
どいつもこいつも、俺の意見なんて聞いちゃくれないんだから。
「上は、一連の事件が、スターゲイザーによって引き起こされていると考えている。クラスの高い超人を増やして、自分の仲間に引き入れようという考えだろう」
いちおう話はつながっていたのか。
「最終的な目的は?」
「権力の奪取に決まっているだろう。いくら超人とはいえ、頭蓋骨の中身は人間のままだからな。人のやることはいつも変わらんよ」
力が強いから他人の上に立ちたい、というわけか。
だったらゴリラの群れにでも混ぜもらえばいいのに。
ゼノスでもいいけど。
俺は不本意ながら、こう尋ねた。
「あの男の狙いは、どうやら俺のようですが……。それでも俺を行かせるんですか?」
「君が行けば、彼も対応せざるをえなくなるだろう」
「つまり俺は釣りのエサってわけですか?」
「不服かな?」
「いいえ」
俺には選択肢などないのだ。
ここでゴネても仕方がない。もっとゴネるべきときまでそれはとっておこう。
博士は「よし」とうなずいた。
「もう聞き飽きたとは思うが、思念の超人は危険だ。人類にとっても、それ以外にとってもな。絶対に取り込まれないように」
「分かってますよ」
*
一階ロビーではスティレットに遭遇した。
本部でなにかしていたのだろうか?
ベンチでスマホをいじっていたが、こちらを見ると満面の笑みで手を振ってきた。
「どうした? 帰ったんじゃなかったのか?」
「ちょっとね」
「ちょっと?」
博士のところにはいなかったから、検査ではないと思うが。
なら医務室にでも寄っていたか?
彼女は手でベンチをぺしぺし叩いた。
「まあ座りなよ。あ、ジュースおごろうか? なに飲む?」
「自分で買うからいいよ」
俺に相談でもあるんだろうか?
彼女は立ち上がったが、俺は構わず自分で自販機を操作した。ブラックの缶コーヒーを選んでスマホで支払う。俺はいまだに現金派なのだが、ここの自販機が現金を受け付けないのだから仕方がない。
「サノバ、博士となに話してたの?」
「仕事の話だよ」
「さっきの男の人のことでしょ?」
「まあな」
やたらあれこれ聞いてくるな。
この話に興味があるんだろうか?
俺は缶をあけ、コーヒーを一口やった。
苦いだけでウマくもない。
スティレットはこちらの顔を覗き込んできた。
「え、なんか隠してる?」
「隠してない。ただ、他人に話していいのか分からなくて」
「言えないようなこと?」
「いやまあ……。あいつが味方じゃないってことくらいは言えるかな」
「ほかは?」
「あいつ、思念の超人なんだと」
「思念の超人? どんな能力なの?」
そうか。
博士は彼女に説明していないんだな。
俺はまたコーヒーをすすり、口の中を苦くした。
「現実を書き換える」
「現実を……。え、どういうこと? 書き換える? どうなるの?」
「たとえば、死んだ人間が生き返ったり」
「え、ヤバいじゃん」
そう。
ヤバいのだ。
放っておいたらなにが起こるか分かったものではない。
「ただし、その能力には相応のリスクがある。人を生き返らせる、なんてありえないことをしたら、本人もありえないなにかを失う」
「ありえないなにかって?」
「さあね。予測不能なんだ。だから普通はやらない」
「ふぅん。なら、そんなに危険じゃなくない?」
本当に素直な子だな。
考える前に人に聞く。
「危険だよ。もしあいつとの戦いになって、追い詰めたとするだろう? するとあいつは、どうせ死ぬならと、とんでもない書き換えを実行するかもしれない」
「世界を滅ぼすとか?」
「ありえない話じゃない。ま、実際にそこまでのことが可能とは思えないけど。街をひとつ消し去るくらいは可能らしい。それをもし首都でやられたら、国の機能がマヒしてしまう。そういうヤツなんだ、思念の超人ってのは」
世界は滅ばないかもしれないが、国は滅ぶかもしれない。
そんな人物が野放しになっている。
評議会だけでなく、政府にとっても都合がよくないだろう。
せっかく真面目な話をしてるのに、スティレットは不審そうな目でこちらを見てきた。
「で、なんで博士は、サノバにだけその話をしたの?」
「えっ?」
「だってそうじゃん。隠すような話でもないし」
勘だけは鋭いな。
博士が俺にだけ話したのは、俺だけがスカウトされたからだが。しかし、なぜ俺だけがスカウトされたのかという話になると……。
「大人の事情があるんだよ」
「あたしも大人だけど?」
俺の記憶によれば、少し前まで学生だった気がするんだが。
いや、もう大人なのかもしれない。
「まだ未確定な情報もあったからさ。そのうち公表されると思う」
「なんでその未確定の情報を、サノバにだけ話したか聞いてるんだけどなぁ」
「それは俺の選択じゃない。博士に聞いてくれ」
「あー、逃げた」
人生には、逃げるべきシーンもあるのだ。
逃げることを知らない人間は、早死にする。したいヤツはすればいいが、俺はゴメンだ。
「そういう君は、ここでホントになにしてたんだ? 検査じゃないだろうし」
すると彼女は、きょとんとした顔で言った。
「ホントに分かんないの? サノバのこと待ってたんじゃん」
「なんで?」
「お話ししたかったから。ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど」
あんまりこんなこと考えたくないんだが……。
彼女、どこかのスパイだったりしないよな?
無邪気なフリして、俺から情報を引き出そうとして……。いや、そんな子じゃないのは俺もよく知っている。本当にいい子なんだ。だけど、あまりにできすぎていると感じることもある。
もし、すべてが演技だったら?
いや、あるまい。
信じたくない。
また缶を口にやり、なぜ俺はこれを飲んでいるのか疑問に思う。気分まで苦い。もしかすると俺は、自分を攻撃して喜ぶ変態なのかもしれないな。
缶コーヒーひとつで大袈裟か。
「そろそろ行くよ」
「つれないなぁ」
「帰ってやることがあるんだ。君も遅くならないうちに帰りなよ」
「やめてよ。子供じゃないんだから」
もう日も落ちかけている。
この島の警備は、スターゲイザーが出入りできるくらいガバガバなのだ。用心に越したことはない。
しかし本土での「仕事」か……。
いまの俺たちは、巨大生物の解体業者ではあるが。しかし巨大じゃない生物の解体は専門外だ。
表向き「お行儀のいい」警察の代わりに、汚れ仕事をさせるつもりなんだろう。
じつに不安だ。
この仕事が世間にどんなイメージを与えるのか、上は理解しているのだろうか。
隔離されていた超人が、社会に戻ってきて別の超人を処刑するのだ。どう考えても「俺たちのシマで余計なヤツが余計なことをしている」案件だろう。ここで言う「俺たち」というのは人間で、「余計なヤツ」というのは「超人」のことだ。超人のイメージ向上につながるわけがない。
考えるだけで気分が落ち込む。
できれば俺も、「サノバには政治が分からぬ」とか言って知らんぷりしていたかった。遠慮せず暴力を行使していれば、それで気分よくなれるんだからな……。
なにが思念の超人だよ、クソがよ。
(続く)




