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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん


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3/15

なんなんだよマジでよぉ(三)

 数日後、また出動。

 現場は倉庫街。

 前回の廃工場と違って放棄されていない。運搬用のフォークリフトなども配置されている。つまり、ゼノスによる破壊は最小限に抑えねばならないのだ。

 勤務していた作業員たちはすでに全員退避したとのこと。


 出撃メンバーは、俺と、スティレットと、オルガンの三名。


 俺のバトルスーツは相変わらずのモスグリーン。前回の汚れは整備班によって完全に洗浄されている。それをまた汚すことになる。

 このスーツは、防具というよりは、運動の補助という側面が強い。


 スティレットは華やかなイエローのバトルスーツ。

 俊足の超人だけあって、信じられないほど素早く動く。攻撃よりは攪乱に向いている。彼女もその役割をよく理解している。


 オルガンは斬撃の超人。あらゆるものを手刀で切り裂く能力を持つ。年齢不詳。おそらく独身。バトルスーツはブラック。名前の由来は不明だが、忍者みたいなヤツだ。無口だし、ほとんど会話したことがない。まあ悪いヤツではない。


「さて、どう攻めたものかな」

 俺がつぶやくと、スティレットが肩をすくめた。

「いつも通りでいいんじゃない?」

「いつも通りって?」

「その場のノリってこと」

 平然とそんなことを言う。

 つまりはノープランということだ。

 彼女の明るさに救われることは多いが、しかしたまには悩むフリくらいはして欲しいものだ。


 オルガンにいたっては、完全にこの会話を無視している。自分は関係ないとばかりに。どうせいつものように突進して切り裂くのみ、なんだろう。


 本日のゼノスは、ヤドカリとイカを足したような巨大生物。

 すでに倉庫をひとつ潰していた。

 現場の監督らしき男が、遠くから拡声器で「はやく対処してくださーい」などと急かしてくる。早くしたいのはヤマヤマだが……。


 しかしなんだか、潮風に混じってあまったるいにおいがする。

 薬品?

 いや、ジュースか?

 倉庫にジュースでも保管していたのか?


「参る!」

 オルガンはそう宣言すると、シュバババと風を切って突進してしまった。超人の走るスピードは、人間のそれよりも速い。バトルスーツで補強されている場合は特に。あっという間に背が見えなくなった。


 スティレットは大袈裟に肩をすくめた。

「オルガンって付き合い悪いよね」

「そう言うなよ。人には人の距離感ってのがあるんだから」

「そりゃそうなんだけどさ。こっちが話しかけても、ほとんど返事してくんないじゃん」

「きっと会話が苦手なんだろ。日本人は君みたいに陽気な人間ばかりじゃない」

 俺がそう応じると、彼女は眉をひそめた。

「あたしも日本人だけど?」

「いや、そういう意味じゃ……」

 反射的に言い訳してしまったが、いまのは俺が悪い。

 彼女が日本人じゃない想定で言ってしまった。


「ま、次から気を付けてよね」

「すまん……」

 俺がそれを言い終える前に、彼女の姿は消えていた。オルガンのあとを追ったのだろう。遅れてびゅんと風が吹き抜けた。あまりにも速すぎる。

 さて、そろそろ俺も動かないと、サボっていると思われそうだ。


 ゼノスに近づくと、あまいにおいもどんどん強くなってきた。

 つぶれた倉庫の隙間からは、大量の液体が流れ出していた。色は透明。転がっている缶から、なんのドリンクなのか特定できた。

 印象的な、謎の博士の絵。

 人間を超人に変えた元凶「パーフェクト万能ドリンク」だ。

 なぜこの倉庫に保管されている? 全品回収されたはずでは? それとも回収されたブツがここに置かれていたのか? このまま海に流れ出したら、魚たちが経口摂取してしまうのでは?


 え?

 じゃあこのゼノスって、もしかして……。


 ヤドカリの殻みたいな部分は、どうやらゼノスの表皮らしかった。うじゃうじゃした触手で全身を押して移動している。倉庫にぶつかって強引に乗り越えようとした結果、押しつぶしてしまったのだろう。

 鉄骨の倉庫であろうと、何トンもの動物が斜めに乗り上げてきたら耐えられないらしい。そもそも上になにかを乗せることなど想定していないはずだ。


 戦闘はオルガンが張り切っていたので、俺は戦闘には参加せず、ドリンクに注目した。

 こいつを飲んだせいで俺は隔離されたのだ。なにが「パーフェクト万能ドリンク」だ。なにが「神に近づける」だ。そこらの人間に無差別に力を与えて、秩序を破壊しただけだったろう。

 当時、満員電車では、連日のように死人が出た。超人になった人間たちが、ストレスを我慢しなくなったからだ。力を得た人間は、いろんな意味で人間をやめてしまった。


 ふと、ひとりの中年男性が近づいてきた。

 スーツ姿の、髪をなでつけた、サラリーマンふうの男だ。メガネをしている。


「醜い景色だとは思わないか?」

 それが彼の第一声だった。

「あのー、危険ですから、作業員の方は現場に近づかないでいただけると……」

「作業員ではない」

「ではない? えっ? じゃあいったい……」

 何者なんだ?

 少し背は高めだが、それ以外にこれといった特徴がない。


「私はね、思念の超人と呼ばれている」

「……」

 俺は返事をしなかった。

 思念の超人?

 ふざけた野郎だ……。


 彼は片眉をつりあげた。

「どうした? なにか思うところでも?」

「いいえ」

「先に言っておくが、評議会のメンバーではない」

「はい?」


 なんだ?

 評議会のメンバーではない?

 なのに超人だと?

 それも思念の超人?


 彼は人差し指ですっとメガネを押し上げた。

「むしろ評議会とは敵対する組織のメンバーでね」

「え、どういうことです? なら俺たちの敵ってこと?」

「そう短慮しないで欲しいな。敵になるか味方になるかは、君の判断次第だ」

 平然とした態度で、思わせぶりなことを言いやがる。


 俺はひとつ呼吸をし、こう応じた。

「つまり……どういうつもりなんです?」

「スカウトに来たんだ。我々超人は、旧人類から不当に扱われていると思わないか?」

「旧人類なんて呼び方、問題になりますよ」

 まだ差別用語ではないが。

 その言葉は、超人という存在の印象を悪くする言葉として流通している。

 すごいヤツである超人と、すごくないヤツである旧人類。超人のほうが優秀なんだから、超人が旧人類を導くべきだ。そういう思想がある。超人が強化されたのは殺傷能力だけであって、頭脳ではないというのに。つまりはガキに銃を持たせたようなものだ。治安も悪くなる。


 彼はふっと鼻で笑った。

「問題を起こしているのは彼らのほうさ。超人を『管理』するだと? 彼らは我々よりも上位の存在なのか?」

「いや、言いたいことは分かりますけど。超人が事件を起こし過ぎたせいでこうなってるわけですし」

「起こさずともこうなっていたはずだ」

「まあ、おそらくは」

 もし俺が人間のままだったら、きっと超人を隔離しろと思うだろう。しつこいようだが、分別のつかないガキが銃を手にうろついているようなものだ。居心地はよくない。そいつがどれほど善良であろうと。トラブルになったときの被害が、現行法の想定を超えている。


「慎重だな。また会うだろう。答えはそのときにでも聞かせてもらおう」

「ノーですよ」

 これだけの会話で、なんだか分からない組織に寝返るわけがないだろう。

 リスクしかない。


 彼は、しかしまるで動じなかった。

「焦らなくていい。今日は挨拶しに来ただけだからな」

「ここにはあと二人いますけど、彼らにも伝えておきましょうか?」

「必要ない。私が欲してるのは君の能力だ」

「……」

 こいつ、なにか知っているのか?

 関係者か?

 あるいは関係者から情報が流れている?


 俺の反応など気にしていないかのように、彼はゼノスへ視線を向けた。

「見たまえ、もうすぐ絶命するぞ」

「ええ」

 スティレットがどこにいるのかは分からないが、オルガンが刃を振るっているのは分かる。ゼノスの青黒い体液がそこらで吹き上がっているからだ。

「彼は、いったいなんのために生まれてきたんだろうな……」

「はい?」

 オルガンのことを言っているのか?

 それとも俺には見えないお友達でもいるのか?

「君はどう思う?」

「さあ。きっと親が避妊に失敗したんでしょう」

「面白いな」

 にこりともせずに言う。

 べつに、つまらないならつまらないと言ってもらって構わないのだが。


「ところで、手の調子はどうだ?」

「なぜそれを……」

「ヒーローごっこもほどほどにな。そろそろ失礼する。私のことは、上に報告してもらって構わない。スターゲイザーと言えば分かるだろう」

「ええ、伝えておきますよ」

 彼は無防備にも背を向けて、歩いて行ってしまった。

 まあおそらく敵なんだと思うが。それでも俺は攻撃しなかった。今日の出動は、あくまでゼノスを倒すため。超人と戦えとは言われていない。それは給与外労働だ。


 どこにいたのか、スティレットが近づいてきた。

「さっきの人、誰? 知り合い?」

「いや、知らない人だね」

「作業員?」

「違うみたいだ。まあ、あとで説明するよ」

「ふぅん」

 なんだか不満そうな顔をしている。

 ちゃんと説明するって言ってるのに。


 ゼノスをぶち殺したオルガンも、体液まみれで戻ってきた。

「正義は、またしても遂行されてしまった……」

 自分の世界に入っている。

 まあ今日はこいつ一人で働いたようなものだし、好きにさせておこう。


 俺はオルガンを無視して告げた。

「見てみなよ、そこの缶。例のエナジードリンクだぜ」

「わぁ。ホントだ。気づかなかった」

 スティレットは無邪気にしゃがみ込んで、潰れた缶を見つめた。アリを観察する子供みたいだ。

「なんでこんなとこにあるんだろうな?」

「え、分かんない」

 素直でよろしい。


 しかし俺は素直じゃないから、余計な詮索をさせてもらうとしよう。

 これが市場から回収されたドリンクなのか、あるいは新しく生産されたものなのかは分からない。だが、破棄もせず保管しておいたということは、今後なにかに使うつもりだったに違いない。いや、いずれ廃棄するために置いておいた可能性もあるにはあるが。


 こぼれた内容物は、海にまでは流れ出していない。排水溝が吸収している。だがそれでも、下水にいる動物は摂取するだろう。人が超人になったように、ネズミが超ネズミになる可能性もある。次にそういうゼノスが出てきたら、この倉庫が原因と見ていいだろう。

 なぜこの島だけが巨大生物に狙われるのか、ずっと不思議に思っていたが。なんとなく理由が分かった気がする。


(続く)

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