なんなんだよマジでよぉ(三)
数日後、また出動。
現場は倉庫街。
前回の廃工場と違って放棄されていない。運搬用のフォークリフトなども配置されている。つまり、ゼノスによる破壊は最小限に抑えねばならないのだ。
勤務していた作業員たちはすでに全員退避したとのこと。
出撃メンバーは、俺と、スティレットと、オルガンの三名。
俺のバトルスーツは相変わらずのモスグリーン。前回の汚れは整備班によって完全に洗浄されている。それをまた汚すことになる。
このスーツは、防具というよりは、運動の補助という側面が強い。
スティレットは華やかなイエローのバトルスーツ。
俊足の超人だけあって、信じられないほど素早く動く。攻撃よりは攪乱に向いている。彼女もその役割をよく理解している。
オルガンは斬撃の超人。あらゆるものを手刀で切り裂く能力を持つ。年齢不詳。おそらく独身。バトルスーツはブラック。名前の由来は不明だが、忍者みたいなヤツだ。無口だし、ほとんど会話したことがない。まあ悪いヤツではない。
「さて、どう攻めたものかな」
俺がつぶやくと、スティレットが肩をすくめた。
「いつも通りでいいんじゃない?」
「いつも通りって?」
「その場のノリってこと」
平然とそんなことを言う。
つまりはノープランということだ。
彼女の明るさに救われることは多いが、しかしたまには悩むフリくらいはして欲しいものだ。
オルガンにいたっては、完全にこの会話を無視している。自分は関係ないとばかりに。どうせいつものように突進して切り裂くのみ、なんだろう。
本日のゼノスは、ヤドカリとイカを足したような巨大生物。
すでに倉庫をひとつ潰していた。
現場の監督らしき男が、遠くから拡声器で「はやく対処してくださーい」などと急かしてくる。早くしたいのはヤマヤマだが……。
しかしなんだか、潮風に混じってあまったるいにおいがする。
薬品?
いや、ジュースか?
倉庫にジュースでも保管していたのか?
「参る!」
オルガンはそう宣言すると、シュバババと風を切って突進してしまった。超人の走るスピードは、人間のそれよりも速い。バトルスーツで補強されている場合は特に。あっという間に背が見えなくなった。
スティレットは大袈裟に肩をすくめた。
「オルガンって付き合い悪いよね」
「そう言うなよ。人には人の距離感ってのがあるんだから」
「そりゃそうなんだけどさ。こっちが話しかけても、ほとんど返事してくんないじゃん」
「きっと会話が苦手なんだろ。日本人は君みたいに陽気な人間ばかりじゃない」
俺がそう応じると、彼女は眉をひそめた。
「あたしも日本人だけど?」
「いや、そういう意味じゃ……」
反射的に言い訳してしまったが、いまのは俺が悪い。
彼女が日本人じゃない想定で言ってしまった。
「ま、次から気を付けてよね」
「すまん……」
俺がそれを言い終える前に、彼女の姿は消えていた。オルガンのあとを追ったのだろう。遅れてびゅんと風が吹き抜けた。あまりにも速すぎる。
さて、そろそろ俺も動かないと、サボっていると思われそうだ。
ゼノスに近づくと、あまいにおいもどんどん強くなってきた。
つぶれた倉庫の隙間からは、大量の液体が流れ出していた。色は透明。転がっている缶から、なんのドリンクなのか特定できた。
印象的な、謎の博士の絵。
人間を超人に変えた元凶「パーフェクト万能ドリンク」だ。
なぜこの倉庫に保管されている? 全品回収されたはずでは? それとも回収されたブツがここに置かれていたのか? このまま海に流れ出したら、魚たちが経口摂取してしまうのでは?
え?
じゃあこのゼノスって、もしかして……。
ヤドカリの殻みたいな部分は、どうやらゼノスの表皮らしかった。うじゃうじゃした触手で全身を押して移動している。倉庫にぶつかって強引に乗り越えようとした結果、押しつぶしてしまったのだろう。
鉄骨の倉庫であろうと、何トンもの動物が斜めに乗り上げてきたら耐えられないらしい。そもそも上になにかを乗せることなど想定していないはずだ。
戦闘はオルガンが張り切っていたので、俺は戦闘には参加せず、ドリンクに注目した。
こいつを飲んだせいで俺は隔離されたのだ。なにが「パーフェクト万能ドリンク」だ。なにが「神に近づける」だ。そこらの人間に無差別に力を与えて、秩序を破壊しただけだったろう。
当時、満員電車では、連日のように死人が出た。超人になった人間たちが、ストレスを我慢しなくなったからだ。力を得た人間は、いろんな意味で人間をやめてしまった。
ふと、ひとりの中年男性が近づいてきた。
スーツ姿の、髪をなでつけた、サラリーマンふうの男だ。メガネをしている。
「醜い景色だとは思わないか?」
それが彼の第一声だった。
「あのー、危険ですから、作業員の方は現場に近づかないでいただけると……」
「作業員ではない」
「ではない? えっ? じゃあいったい……」
何者なんだ?
少し背は高めだが、それ以外にこれといった特徴がない。
「私はね、思念の超人と呼ばれている」
「……」
俺は返事をしなかった。
思念の超人?
ふざけた野郎だ……。
彼は片眉をつりあげた。
「どうした? なにか思うところでも?」
「いいえ」
「先に言っておくが、評議会のメンバーではない」
「はい?」
なんだ?
評議会のメンバーではない?
なのに超人だと?
それも思念の超人?
彼は人差し指ですっとメガネを押し上げた。
「むしろ評議会とは敵対する組織のメンバーでね」
「え、どういうことです? なら俺たちの敵ってこと?」
「そう短慮しないで欲しいな。敵になるか味方になるかは、君の判断次第だ」
平然とした態度で、思わせぶりなことを言いやがる。
俺はひとつ呼吸をし、こう応じた。
「つまり……どういうつもりなんです?」
「スカウトに来たんだ。我々超人は、旧人類から不当に扱われていると思わないか?」
「旧人類なんて呼び方、問題になりますよ」
まだ差別用語ではないが。
その言葉は、超人という存在の印象を悪くする言葉として流通している。
すごいヤツである超人と、すごくないヤツである旧人類。超人のほうが優秀なんだから、超人が旧人類を導くべきだ。そういう思想がある。超人が強化されたのは殺傷能力だけであって、頭脳ではないというのに。つまりはガキに銃を持たせたようなものだ。治安も悪くなる。
彼はふっと鼻で笑った。
「問題を起こしているのは彼らのほうさ。超人を『管理』するだと? 彼らは我々よりも上位の存在なのか?」
「いや、言いたいことは分かりますけど。超人が事件を起こし過ぎたせいでこうなってるわけですし」
「起こさずともこうなっていたはずだ」
「まあ、おそらくは」
もし俺が人間のままだったら、きっと超人を隔離しろと思うだろう。しつこいようだが、分別のつかないガキが銃を手にうろついているようなものだ。居心地はよくない。そいつがどれほど善良であろうと。トラブルになったときの被害が、現行法の想定を超えている。
「慎重だな。また会うだろう。答えはそのときにでも聞かせてもらおう」
「ノーですよ」
これだけの会話で、なんだか分からない組織に寝返るわけがないだろう。
リスクしかない。
彼は、しかしまるで動じなかった。
「焦らなくていい。今日は挨拶しに来ただけだからな」
「ここにはあと二人いますけど、彼らにも伝えておきましょうか?」
「必要ない。私が欲してるのは君の能力だ」
「……」
こいつ、なにか知っているのか?
関係者か?
あるいは関係者から情報が流れている?
俺の反応など気にしていないかのように、彼はゼノスへ視線を向けた。
「見たまえ、もうすぐ絶命するぞ」
「ええ」
スティレットがどこにいるのかは分からないが、オルガンが刃を振るっているのは分かる。ゼノスの青黒い体液がそこらで吹き上がっているからだ。
「彼は、いったいなんのために生まれてきたんだろうな……」
「はい?」
オルガンのことを言っているのか?
それとも俺には見えないお友達でもいるのか?
「君はどう思う?」
「さあ。きっと親が避妊に失敗したんでしょう」
「面白いな」
にこりともせずに言う。
べつに、つまらないならつまらないと言ってもらって構わないのだが。
「ところで、手の調子はどうだ?」
「なぜそれを……」
「ヒーローごっこもほどほどにな。そろそろ失礼する。私のことは、上に報告してもらって構わない。スターゲイザーと言えば分かるだろう」
「ええ、伝えておきますよ」
彼は無防備にも背を向けて、歩いて行ってしまった。
まあおそらく敵なんだと思うが。それでも俺は攻撃しなかった。今日の出動は、あくまでゼノスを倒すため。超人と戦えとは言われていない。それは給与外労働だ。
どこにいたのか、スティレットが近づいてきた。
「さっきの人、誰? 知り合い?」
「いや、知らない人だね」
「作業員?」
「違うみたいだ。まあ、あとで説明するよ」
「ふぅん」
なんだか不満そうな顔をしている。
ちゃんと説明するって言ってるのに。
ゼノスをぶち殺したオルガンも、体液まみれで戻ってきた。
「正義は、またしても遂行されてしまった……」
自分の世界に入っている。
まあ今日はこいつ一人で働いたようなものだし、好きにさせておこう。
俺はオルガンを無視して告げた。
「見てみなよ、そこの缶。例のエナジードリンクだぜ」
「わぁ。ホントだ。気づかなかった」
スティレットは無邪気にしゃがみ込んで、潰れた缶を見つめた。アリを観察する子供みたいだ。
「なんでこんなとこにあるんだろうな?」
「え、分かんない」
素直でよろしい。
しかし俺は素直じゃないから、余計な詮索をさせてもらうとしよう。
これが市場から回収されたドリンクなのか、あるいは新しく生産されたものなのかは分からない。だが、破棄もせず保管しておいたということは、今後なにかに使うつもりだったに違いない。いや、いずれ廃棄するために置いておいた可能性もあるにはあるが。
こぼれた内容物は、海にまでは流れ出していない。排水溝が吸収している。だがそれでも、下水にいる動物は摂取するだろう。人が超人になったように、ネズミが超ネズミになる可能性もある。次にそういうゼノスが出てきたら、この倉庫が原因と見ていいだろう。
なぜこの島だけが巨大生物に狙われるのか、ずっと不思議に思っていたが。なんとなく理由が分かった気がする。
(続く)




