なんなんだよマジでよぉ(二)
俺たちの戦いは、上空を飛ぶヘリや、あるいは島中のカメラで監視されている。
戦いが終わったと判断されれば評議会のほうから迎えに来る。
バタン、と、ドアの閉まる音がした。
このワゴンは電気自動車だからエンジン音すらしない。
運転席からおりてきたのはツナギを着たサングラスの女。
「また派手にやらかしたな」
コマネチ軍曹。
年齢不詳。独身。女性。東欧出身。
彼女は超人ではない。軍曹と言うのもあだ名であって実際の階級ではない。彼女の担当はB級超人の指導。その厳しさからか、誰かが軍曹などと言い始めたのだ。本人もそれを気にしていない。たぶん。少なくとも軍曹と呼んで怒られたことはない。
「どっちのことです?」
俺の問いに、彼女はフッと笑った。
「どっちもさ。ゼノスも、お前たちも」
もはや全身紫色だ。
早く洗浄しないと黒になる。
次の軍曹の言葉はたいてい「早く乗れ」なのだが、彼女はなぜか腰に手を当てたまま、動くに動けぬゼノスを見上げていた。
「怪物の最期というものは、いつ見ても虚しいものだな」
「こいつはこのあとどうなるんです?」
「評議会が処分する」
「処分って?」
「聞くな。それより、早く乗れ。また整備班の連中にうるさく言われるぞ」
「こっちだって好きでこんなになってるわけじゃないのに」
せっかくのスーパーパワーを手に入れたってのに、それは他人に対するマウントに使用してはならず、自分より強大な怪物との戦闘に使うよう強要されている。その結果が、この紫色だ。命をかけて仕事をしても、飛んでくるのは整備班からの苦情だけ。
誰かはそれをノブレス・オブリージュだと言った。地位には義務がともなう、というような意味だ。たぶん。
俺たちに地位などなく、あるのは暴力的優位だけなのだが。ともあれ、たいていの序列は暴力によって成立している。暴力の所有に否定的な人間はそう多くないだろう。その主体が自分である場合は特に。
いや、全員がそうとは言わない。人を傷つければ、自分だってイヤな気持ちになる。ほとんどならない人間もいるようだが。俺はなる。暴力が存在するのはいいが、あくまで屠竜の技であるべきなのだ。
それは理想論ではあるが。もし理想論を冷笑して理想すら否定したら、そいつはすぐにでも動物になる。
*
ワゴン車は、運転席と後部座席が鉄板で仕切られている。
まるで犯罪者を護送するときに使うみたいな車だ。窓もない。ゆえに景色も見えない。
「サノバ、なんで私を助けなかったの?」
紫色のフェニックスから苦情が来た。
ペンキをひっくり返したガキみたいだ。
まあ俺も同じ格好なんだが。
「本当にピンチなら助けるよ」
「本当にピンチだった!」
「そうは見えなかったな」
「お前、目がおかしいのか? ゼロ、サノバになんか言って」
ついにはゼロまで巻き込みやがった。
ゼロはうんざり顔だ。
「興味ないザマス」
「興味ない言うな。私たち、仲間でしょ? 仲間を助けるの、普通。当たり前。サノバはそれ分かってない。心までブサイク」
おいおい。
その言い方だと、顔までブサイクみてーじゃねーかよ。
クソがよ。
俺は反論せず、そっぽを向いた。
この話を続ける気もなかった。
なのだが、フェニックスは俺の視線の先に回り込んで来た。
「なんで返事しない?」
「なに言っても怒るだろ、どうせ」
「なんで決めつける?」
「経験則かな」
すると彼女は小首をかしげた。知らない単語だったか。
「けーけんそく……? 前もそうだったってこと? その前も?」
「いつもそうなんだ」
「そうか」
納得したらしい。
二秒くらいおとなしくなったかと思ったら、また騒ぎ出した。
「いつもってなに? いつもは怒ってない!」
「あくまで俺の印象論で」
「いんしょーろん……? お前は私のこと、そう思ってるって意味?」
「そう」
「それは論である必要あるのか?」
「ないかも」
あんまり難しい質問をしないで欲しい。
こっちだって勢いで喋ってるだけなんだから。
自分で言った言葉に引っ張られて、次の言葉が出る。まあAIみたいなものだ。AIと違うのは、ゴマスリ以外も言うというところくらいか。
フェニックスは座席に腰をおろし、大儀そうに腕組みした。
「サノバ、お前とはちゃんと話す必要があるよ」
「なにを話すんだ?」
「チームワーク! お前はなにも分かってないですから。私が教えるよ」
「そうか」
どうやらこいつは俺とゼロのチームワークを見ていなかったらしい。
まあいつも謎の必殺キックで大活躍することしか考えていないからな。自分が一番活躍してると思ってる。そういえば技の名前もついてたな。忘れたけど。
ゼロがなんとも言えない笑みを浮かべた。
「二人はとても仲がよろしいんザマスねぇ」
「よくない! 誤解だよ! 訂正しろ、ゼロ」
フェニックスの反論のスピードは速かった。
ゼロは反論も訂正もしない。笑顔でやり過ごすだけだ。大人の余裕というヤツだな。
フェニックスは「うー」とうなっている。
*
島の中央には評議会の本部ビルがそびえ立っている。
事務仕事しかしていないはずなのに、無暗に高くする必要があるのかは不明だが。俺が来たときにはすでに建っていたのだから仕方がない。俺にはどうしようもない問題だ。いや、問題ですらない。ただの事象に過ぎない。
駐車場の近くの作業場では、整備班がスーツを回収してくれた。苦情は言われなかったが「あーはい、お疲れさまです」と露骨に渋い顔をされた。
互いの仕事には敬意払おうや。のぅ。
それから非人道的とも思える水圧で洗浄を受けて、私服に着替えてから、上司のいる上層へ。命がけで戦ったあとは、業務報告をしなければならない。
広い室内に、大仰な木製のデスクがぽつんとひとつ。
そこにアゴの長い男が王のように座っていた。
「んーふっふぅ……。元気ですかぁー!?」
そいつはぬっと立ち上がるや、急にデカい声を出した。
年齢不詳。既婚。男性。コードネームはロドリゲス。
アゴの超人……じゃなかった、肉体の超人。A級。ゼノスの駆除に関する業務を仕切っている。背が高くて、体が分厚い。プロレスラーみたいな体をしている。そしてとにかくアゴが強そう。
ゼロが肩をすくめた。
「万事順調、なにも問題ないザマス」
声のデカ過ぎる男とは一秒でも会話していたくないといった態度も露骨。
俺も同感だが。
「んーふっふぅ……。念のため医務室で見てもらいなさぁい。かいさァん!」
ねっとり喋っていたかと思うと、脈絡もなくデカい声を出すから怖い。
可哀相にフェニックスはびくっとしている。
分かっていることだが、この女は上司には文句を言わない。言うのは格下だと思っている相手だけ。つまり俺だけだ。この権威主義者め。
*
報告もなにもあったものじゃない。
現場検証は別のチームがやるし、詳細なレポートもそいつらから出る。だから、俺たちの報告は完全に形骸化している。いわゆるブルシット・ジョブ。省くべき仕事だ。
いちおう生きて帰ったことの証明にはなるが。それ以外の意味はない。
「では、お先に失礼するザマス」
仕事を終えたゼロは、ハイヒールをカツカツいわせながら颯爽と帰宅した。スーツ姿がよくキマっている。どこかのOLみたいだ。OLというかお局というか。
「じゃあ俺も……」
「待て。サノバは残る。話をするって言った」
フェニックスに引き留められてしまった。
高圧洗浄のあと、化粧をしていないせいか、くりくりしたガキみたいなツラだ。これで俺より先輩のつもりなんだから恐れ入る。
まあ、本気で先輩のつもりなんだろう。自販機でジュースをくれた。ミルクコーヒー。クソ甘いヤツだ。できればブラックがよかった。
「そこに座って」
「はい」
一般事務員も通る廊下のベンチだ。
こんなところでお説教とは。
徹夜だったから帰って寝たいんだが。
「まず、チームワークとは。なんだ? サノバ、言ってみろ」
「パワハラでは?」
俺のつっこみに、彼女は急に真顔になった。
「ぱわはら……? なに?」
「パワーハラスメントだよ。職場での理不尽な態度とかの」
「日本人が好きなやつか?」
「中国人も好きだろ?」
「バカにするな! 普通の中国人はそうかもだけど、私は違う!」
あっけなく同胞すら売り払いやがった。
なんなんだこいつは……。
そして彼女は缶をあけてミルクコーヒーを飲んで、顔をしかめた。
「なんだこれは! 甘すぎる!」
「ちゃんと見ないから」
「それは……そうかも。でも勘違いするな! 私のミスは被害がない」
「被害? つまり俺のミスでは被害が出たってこと?」
「そう。よく分かったな、サノバ」
満足そうな顔をする。
もしかしてこいつは、パワハラを楽しんでいるというよりも、先輩ごっこを楽しんでいるのか? 年齢はともかく、あとから入ってきた俺を、どうしても後輩扱いしたいんだろう。
「具体的にはどんな被害が?」
「壁にぶつかった」
「自業自得でしょ」
「自業自得! その言葉は分かる! 私が悪いって意味だろ! よくない言葉! サノバ、反省しろ!」
具体的にどう反省すれば?
俺は返事もせず、缶を開けてコーヒーを一口やった。
確かに甘い。
疲れた体にすら甘すぎる。胃がやられそうだ。超人の体であってもこれを飲み続けるのは厳しいかもしれない。
「分かったよ。悪かった。次からは助けるよ」
「ちゃんと反省してるのか?」
「おそらく」
「おそらく?」
いまのは意味が分からないのではなく、俺の言葉選びに対する抗議だろう。
「次から改善するよ。仲間が困っていたら助ける」
「そう」
「もし俺が困ってたら、君も助けてくれるんだよな?」
「もちろん。それは師匠として当然のこと」
先輩どころか師匠だったのかよ。
そもそもこいつは、人になにかを指導できるような修練をおさめているのか? ちょっと俺より先にここへ来ただけのガキにしか見えないのだが。
彼女は立ち上がった。
「よし。分かったならもういい。このコーヒーはやる。サノバ、これからもお前を指導していく。ちゃんとついてくるように」
「う……んんっ……?」
返事しにくい。
弟子になったつもりはないのだ。
しかし彼女は、満足そうにすたすた行ってしまった。まるで背中で物語るかのように。しかしこの女はいつ見てもジャージだ。学校の運動部員にしか見えない。
それはそれとして、飲みかけのコーヒーを渡されても困るのだが。
自分のぶんもあるのに。
「サノバ、まーたフェニーにいじめられてたんだ」
笑いながら近づいてきたのは、浅黒い肌の少女。
パーカーとスカートという休日の格好をしている。
年齢不詳。独身。女性。コードネームはスティレット。
俊足の超人。モーリタニア人の父と、日本人の母をもつ。日本産まれの日本育ちだが、見た目が原因でいつも「外国人」扱いされるらしい。申し訳ないが、俺も最初は外国人かと思ってしまった。どうもこう……俺はまだ時代感が古いのかもしれない。
俺は話へ乗ることにした。
「まったくだ。この組織にはいじめがある。いや、いじめなんて言葉はやめよう。明確なハラスメント行為だ。どこかに告発すべきだな」
「いいじゃん。でもあたしらに人権あんの?」
「さあな」
超人の人権については諸説ある。
もともと人間なんだから当然あるだろ説。
人間やめたんだからないだろ説。
俺はもちろん前者の立場だが。両論併記された瞬間、五分五分だと思ってしまう人もいる。それも少なくない数の人間が。そんなバカなとは思うのだが。
俺は缶のひとつを持ち上げた。
「これ、あの子のなんだけど、飲まないか?」
「うん、もらう」
スティレットは隣に腰をおろした。
彼女は性格も明るいし、人の悪口も言わない。もしかすると言ってるのかもしれないが、まったくそんな感じがしない。陽気なのだ。
彼女の髪はサラサラだ。チリチリしたままだといろいろ言われるから、縮毛矯正しているらしい。他人の詮索を避けるために金を払っている。そう考えると、じつに不毛な話だ。
「あれ、でもなんでここに? 出動?」
俺は出動を強いられたから、ここにいてもおかしくはないが。
なぜ彼女が?
スティレットは缶コーヒーを一口やって肩をすくめた。
「検査してたの」
「なんの?」
「べつに。いつものだよ。みんなするでしょ?」
「まあね」
そう。
いつもの。
だがその「いつもの」検査の結果、俺たちはA級になったり、S級になったりする。そしてS級になると、どこかへ行ってしまう。強くなり過ぎたのだから、より強い管理が必要、という建前だが。果たしてなにが真実なのやら。
俺たちも、いつまでこんな生活を送れるのか分からない。
(続く)




