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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん


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なんなんだよマジでよぉ(一)

「ヒャッハー! お正義のお時間ザァーマス!」


 戦いの先陣を切ったのは、ホワイトのバトルスーツを身にまとった氷塵の超人。

 年齢不詳。独身。女性。コードネームはゼロ。

 おそらく二十代ではない。三十代かも怪しい。事実を知るものはいない。聞ける雰囲気じゃない。

 じつは意外と若かったら申し訳ない。


「行くよ、ノロマ!」


 いきなり罵声を浴びせてきたのは、ブルーのバトルスーツを身にまとった飛翔の超人。

 年齢不詳。独身。女性。上海出身。コードネームはフェニックス。

 こっちは十代にも見えるし、二十代にも見える。知らない。聞ける雰囲気じゃない。とにかく口が悪い。ツンデレとかではなく、普通に俺を嫌悪している。顔が好きじゃないらしい。そんなこと、あえて言わなくていいと思わないか?


「はいはい……」


 俺は彼女たちの仲間……ということになっている。少なくとも契約上は。魔弾の超人。コードネームはサノバガン。指からエネルギーの弾丸を放てる。日常生活では役に立たない。ヘタすると逮捕される。

 バトルスーツはモスグリーン。適当に選んだらこれになった。別にいい。何色だろうとこのビジネスには関係がない。

 スーツはゴムみたいな謎の素材でできている。筋肉を補助する「なんとか繊維」がどうたら……。説明を受けたが忘れた。とにかく能力を補助してくれる。グローブとブーツがセットになっている。


 評議会にはもっと人材がいるはずなのに、なぜ今日はこのメンバーでの出動なのか。

 できれば他の面子がよかった。

 俺の精神衛生上の負担が大きい。


 ここは郊外の廃工場。

 巨大生物――通称「ゼノス」が暴れている。

 こいつの正体は不明、ということになっている。俺は知らない。上はいくらか情報をつかんでいるようだが。こちらにはなにも教えてくれない。

 本日のゼノスは、クソデカい肉玉が内側から裂けてヒトデ状になったような、とにかくグロテスクなヤツだった。夜間だというのに、赤黒い脈がうっすら発光して見える。どこが口なのかは分からないが、甲高い声でキュオーンと鳴き喚いている。触手でゆっくり移動しながら、廃工場に乗り上げては潰し、乗り上げては潰し……とにかく暴れている。


 ゼノスを放っておくと、周囲のものを壊しながら島の中心部へ向かってくる。だから、誰かが対処しなければならない。たとえば評議会とか。


「とうっ!」

 フェニックスが必要以上に跳躍し、夜空に紛れて消えた。

 はたしてあんなに高く跳ぶ必要があるのや否や。超人たちは、基本的に能力をセーブしたがらない。手に入れた力をフルで使おうとする。まるでそれを己の存在意義レゾンデートルだと信じ込んでいるみたいに。


 ゼノスに乗り上げられた廃工場のひとつが、ぐわんと大きな音を立てて崩れ落ちた。バケモノは自分で潰しておいて、悲痛な叫び声をあげる。まるで赤ん坊だ。自分でそれをしておいて、自分で泣く。


「凍りなさぁい!」

 ゼロが教師のように命じると、ほとばしった冷気が触手のひとつにまとわりついた。まずは空気中の水分が氷結してまっしろになり、それからじわじわと触手の熱を奪ってゆく。

 触手と言っても長いものではない。みかんの皮を剥いたように、胴体に向かって太くなる。花びらみたいな形状だ。かなり太いから凍り付くのも遅い。


 ゼロが触手のひとつに気を取られている隙に、別の触手が反撃に出た。俺はそこへ指で狙いをつけて、凝縮したエネルギーを放つ。エネルギーは夜の闇を切り裂きながら直進し、覆いかぶさろうとしていた触手を後ろへ弾く。


 ダメージが通っているかは不明。ゼノスはとにかくタフなのだ。死ぬまで続けるしかない。仮に効いていないとして、休んでいると怒られるから、せめて戦っているフリくらいはしないといけない。


 ゼロの攻撃は効いているらしく、触手の一本は露骨にバキバキと音を立てている。細胞の破壊される音だ。正確には氷の割れる音だが。

 俺はゼロをアシストすべく、別の触手による攻撃をしりぞけ続けた。


 やがて、上からフェニックスが降ってきた。

 ドーンと派手な音を立てて、まるで矢のようにゼノスの胴体に突き刺さった。というかおそらく貫通して地中にまで潜ったはずだ。それくらいの威力だった。


「ギュアー」

 ゼノスの絶叫が、夜空に響き渡った。


 そこには欠けた月が見える。

 星々がまたたいている。

 出動がなければ家で酒でも飲んでいたはずの金曜日。


 突き破られたゼノスの腹部から、噴水のように血液が飛び出してきた。ゼロはそれを空中で凝固させてその場に固定したが、俺にそんな能力はない。頑張って飛びのいたが、間に合わずバカみたいに血を浴びてしまった。この血液も、ただの赤ではなく、赤黒い。紫っぽいというのか。いや、それも違うな。赤い体液と、青黒い体液が中途半端に混じりあっている感じか。

 浴びると評議会から怒られる。

 こっちは命をかけて戦ってるってのに。


 紫色になったフェニックスが、むせながら穴から這い出してきた。

「えほっ、えほっ。サノバ! 助けろ!」

「あいにく手いっぱいだ」

 誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ。

 それに、まだ戦闘は終わっていない。触手はいまだ蠢いている。


 ガシャーンと涼しい音を立てて、凍結した一本の触手が木っ端みじんに弾け飛んだ。

 ゼロの能力が通じたのだ。

 彼女を狙う別の触手は、また俺が射撃で弾き返した。俺が狙いを外さないのを知っているからか、ゼロの足取りは優雅なものだ。

「次のお触手はどちらザマスの?」

「いいから手近なヤツから片付けてくれ」

 すると彼女は「はぁ」と盛大な溜め息。

「あなたって、なににつけても本当に雑ザマスわねぇ」

「安かろう悪かろうで生きてきたんだ。苦情は世界に言ってくれ」

 雑に生きてなにが悪い。

 俺たちには雑に生きる権利があるぞ。コスパなんてものはクソが唱える呪文だ。隙あらば酒を飲め、酒を。可能な限りの時間をムダにしろ。それでいて肝臓は大事しなきゃいけない。酒を飲むためには、肝臓が無事でなければならない。


 クソ。

 なんで俺は金曜の夜にこんな紫色になってるんだ。


 フェニックスはゼノスの腹を滑り台みたいにして、頭からこちらへやってきた。かなりの勢いだ。すっと避けると、彼女はブロック塀に激突して止まった。

「あいっ! くぅ……。痛いでしょ! サノバ、なんで避けた!?」

「危険だったので」

 受け止めたところで俺の給料があがるわけではない。


 ゼロはすでに別の触手への攻撃を開始していた。

 俺は射撃でサポートする。

 今回の敵は、どうやら触手でびんたしてくる以外に攻撃方法がないようだった。もっとも、それとて凄まじいエネルギーだから、並みの人間に耐えられるものではないが。


 *


 すべての触手を破壊したときには、すでに朝日がのぼっていた。

 これが俺たちの土曜日の朝だ。

 廃工場は一面の紫色。いや、もう一部は黒っぽくなっている。このまま放っておけば黒いシミになるだろう。シミというにはあまりに広範だが。

 白かったコンクリートの床も、むき出しの鉄骨も、ガラス窓も、もうなにもかも黒っぽい液体に染められている。


 と、まあ終わったふうな雰囲気でいるのだが……。

 分厚い胴体部分は、まだぐにぐにと動いているようにも見えた。外側は人の皮膚のようになめらかながらも、内側は裂けたザクロのように生々しい。しかも戦闘の末、ズタズタになっている。

 おそらくまだ死んでいない。

 触手を失ったから移動できなくなっているだけで。

 中央の穴からは、いまでもときおり紫の体液を噴出させている。


「いつみても食欲の失せる見た目ザマスわねぇ」

「?」

 ゼロのつぶやいた言葉に、フェニックスはよく分からないといった顔できょとんとしていた。

 いま食事のことを考える意味も分からないし、それを理解できないほうもどうかしている。この超人とかいうヤツになると、まともな感性を失ってしまうのか。あるいはもとからなのか。


 *


 はじまりは、なにもかもが唐突だった。

 新商品のドリンクが発売されて、スーパーやコンビニや自販機で売られた。最初は話題にならなかった。


「このドリンクを飲めば、誰もが……そう、誰もが神に近づける!」


 ドリンクのラベルには、謎の博士の絵とともに、上記のコメントが添えられていた。

 もちろんクソ怪しくはあるのだが……。どうせまた大袈裟な謳い文句のエナジードリンクなんだろうと誰もが思っていた。


 問題は、それを飲んだ消費者が、人間をやめてしまったということだ。

 飲んでいるうちに身体が変異し、超人になってしまった。

 変異といっても見た目では分からない。ただ、異様な能力に目覚めてしまった。


 社会秩序への影響は計り知れなかった。

 力を得た人間は、その力を使わずにいられない。軽微なものから甚大なものまで、法律を破る人間がたくさん現れた。人を超える力を手に入れたのだから、もう我慢しなくていいと思ってしまったのかもしれない。人間の忍耐力なんてものは、所詮はこの程度のものだったのだ。


 ドリンクは回収され、超人は政府の管理下におかれることとなった。


 危険度の低いC級の超人は、人間社会での生活を許可されている。ちょっと強靭な人間といった扱いだ。ただし、もし犯罪をおかせば、一般的な人間よりも罪が重くなる。

 彼らはスポーツなどの公式戦にはエントリーできない。ドーピングと同じ扱いになっている。


 B級の超人、つまり俺たちは、離島に隔離されている。いまいる場所がそう。

 この島には人間の関係者たちも住んでいるが、俺たちは自由に行動し、彼らと接触することもできる。問題さえ起こさなければ。

 勝手に島を出ることはできない。禁を破れば処刑の対象になる。


 A級の超人は、俺たちと同じ島にいるのだが、自由な行動を許されていない。既定のエリアから出てはいけないのだ。俺は数名しか見たことがない。


 S級の超人は……どこかにいるのは間違いない。だが、それがどこなのかは分からない。A級だった超人がS級に深化すると、どこかへ護送される。その後の消息は不明。

 凄まじい力を有していると思うのだが、彼らの活躍は見たことがない。

 それを出世だという人もいれば、消されているという人もいる。なんにせよ情報がない以上、なにを言っても陰謀論にならざるをえない。いや、一概に陰謀論が悪いとは言えない。情報を開示しないヤツが悪いのだ。そうに決まっている。


 ともあれ、この島には評議会なるものがある。

 政府から選出された超人たちが、評議会を作って自治しているのだ。自治とはいうが、政府の要求には逆らえない。自治しているという満足感を得る以上のものではない。


 なぜゼノスが島を襲ってくるのかは不明。

 いつからなのかも分からない。

 とにかく来るんだから仕方がない。放っておくわけにはいかないのだ。


(続く)

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