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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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アンサー

 かくして回答の日――。


 事務所に現れたのは、飽小路と黒服だけだった。ボンバー・パーソンの姿はない。

 さぞや得意顔で現れるのだろうと思っていたが、俺の予想に反し、飽小路は露骨にイラ立った様子だった。


「どういうつもりだ? 事情を説明しろ」

 それが第一声。

 いったいなんのことやら分からない。

 もしかして外務省のことを言っているのか?


 チヨダは相変わらずのぬめっとした無表情。

「どの件でしょうか?」

「しらばっくれるな! お前たちが手を回したんだろう!」

「順を追ってご説明を……」

「こいつらの家族のことだ! 警護がついてるぞ! お前らごときが手配できる内容じゃない!」

「ええ。そうでしょうね」


 どういうことだ?

 何者かが、俺たちの家族を守ってくれたのか?


「チヨダ……。お前、自分の立場がわかっているのか!?」

「誓って言いますが、私はなにも手配していません。おっしゃる通り、その権限もありませんし」

「そうだ。お前にはない。だから、誰かに依頼したとしか考えられん。お前ごときにそんなコネクションがあるのか?」

「警察出身ですから、いくらかコネがあるのは認めますが……。しかし私のお願いなど、誰も聞かないと思いますよ。私、嫌われてますから」

「……」

 チヨダはここでウソをつくタイプではない。

 手配したならしたというだろう。


「真田くん」


 また名前を呼ばれた。

 女の声だ。

 だが、誰が発した声か分からない。イリンクスやゼロがふざけているわけでもなさそうだ。


「なにをキョロキョロしてるんザマス?」

「ごめんなさい」

 不審がられてしまった。


 幻聴かもしれない。

 極度の緊張状態が続いたせいで、精神のバランスを崩してしまったのだろうか。


 ドン、と、飽小路がテーブルを叩いた。

「ふざけるな! 三日の猶予を与えてやった私の恩を、仇で返すつもりか?」

 こういうのを恩と呼ぶのをやめて欲しいものだ。

 あまりに恩着せがましい。

 ゼロもあきれ顔だ。

「ひとつも努力せずに助かったザマス」

「このアマ……!」

「怒る前に、いっぺん冷静になって考えてみるザマス。もしそんなツテがあるなら、こっちはもっと強気に出ているはずザマス。しかしそうなっていない以上、こちらの問題ではないザマス」

「だったら誰の問題だって言うんだ?」

「模範的な愚問ザマスねぇ。そんなの、そちらの問題に決まってるザマス。内通者がいないか、あるいは誰かに盗聴されていないか、疑ったほうがいいと思うザマス」

「ぐっ……ふぅ……」

 飽小路の呼吸は怒りに震えていた。

 このところ政治的にも不利な立場に追い込まれていて、余裕を失っているのだろう。そして、せめて俺たちを手駒に取り込もうと画策したが、それすら失敗。内部にスパイがいる可能性まで出てきた。もはや盤石ではない。

 まあ、それでもどこかの国がバックについている以上、その国の支援で盛り返す可能性はあるが。


 飽小路は、しかし急に落ち着きを取り戻した。

「そうだ。金だ。お前たち、金が欲しくないか?」

「……」

「出すぞ。いくらでも。金なら捨てるほどある。私にはいくつもの資金源があるんだ。欲しいものはなんでも手に入るぞ」

 なんでもはウソだろう。

 取り返しのつかないものもある。


 俺はかすかに呼吸をしてから、こう尋ねた。

「本当に? なんでも? だったら、友人の足を治療して欲しいんですが」

「ああ、できるぞ。最新の治療を受けさせてやる」

「いえ、切断されてしまったんですよ」

「そうか。だったら、高性能の義足を調達しよう。何億でも出すぞ」

「本気で言ってます?」

「ウソは言わん。金に関してはな」

 飽小路は、おそらく金に関しては自信があるのだろう。これで俺たちを取り込めると確信した顔だ。

 だが、俺が問題にしているのはそこじゃない。

「そうですか? じゃあ、いまからあんたの両手両足を切断するんで、ご自慢のお金でなんとかしてみてもらえませんか? そしたら協力してもいいですよ」

「は?」


 するとゼロから「サノバガン、やめるザマス」と注意が入った。黒服も危うく動き出すところだった。

「なぜ止めるんです? 金でどうにでもなるって、いま本人が言ったんですよ?」

「何度言ったら分かるザマス? カンピロバクターに難しいことを言っても理解できないザマス」

 またカンピロか。

 いや、それでも言うね。

 分からなくても関係ない。

 金でどうにかなるって言ったんだから、実際に見せてもらおうじゃないか。


 飽小路はふんと鼻を鳴らした。

「感情を優先して動けば、大金を手にするチャンスを逃すぞ?」

「論理的に喋ってるつもりですけどね」

「ところがそうじゃないんだ。お前は金の力を理解していない。金をうまくつかえば、さらに金を得ることができる。富めるものはさらに富み、貧しきものは貧しいまま。それがこの世のことわりだ」

 おそらく事実なのだろう。

 俺だって、その仕組が間違っているとは言わない。

 だが、好きか嫌いかでいえば……。いや、好きでも嫌いでもないのだ。率直に言って、どうでもいい。だから自分の価値観を、さも真理かのように押し付けてこないで欲しいのだ。もちろん金は好きだが、こいつほどじゃない。


 飽小路はソファに背をあずけた。

「勝者になりたくないのか? なれるぞ。いまなら。私と手を組め」

 だが、ゼロは冷静だった。

「けど、飽小路さん。あなたお金はあるようザマスけど、いま負けそうになってないザマス?」

「黙れ。私に敗北はない。すでに別の手も打ってある。もう国内のバカどもはアテにならんからな」

 バックについている国に頼ったか。

 もう隠しもしないんだな。

 あるいは冷静な判断ができなくなっているだけか。


「くくく……。金だ……。金さえあれば、私は勝ち続けることができる。ほら、どうした? 名乗り出ろ。金が欲しいものはいないのか? ん? 黙っていても金は手に入らんぞ?」

「……」

 金は欲しい。

 だが、リスクのある金には手を出せない。

 そしてこいつにはリスクしかない。

 完璧な三段論法が成立してしまっている。


 *


 結局、俺たちが金でなびかないと見るや、飽小路はいづらそうにして帰ってしまった。

 もちろん金に興味はある。しかし金が手に入った結果、即座に死ぬのだとしたら、ほとんど意味がない。命の保証もセットでなければ。


 解散後、俺は部屋に戻ってビールを飲んだ。

 少量の酒は身体にいい、というのは、じつは事実ではないらしい。実際、デメリットしかないのだとか。

 それでも人は酒を飲む。

 俺たちは、自らを罰するために酒を飲んでいるということだ。飲酒は自罰。今後はこの路線を打ち出していくべきだ。修行僧みたいじゃないか。修道院でビールを作っていたのもうなずける。

 のみならず、禁酒法やウイスキー・リベリオンを見るに、酒に制限がかかると、人はなぜか暴動を起こしてしまう。つまり、適度な酒は、身体にはよくないが、治安にはいい。それは歴史が証明している。俺もその歴史の重みを味わっていると言える。


 なかば酔っ払いながら、俺はオリジンにコンタクトをとり始めた。

 酔って知り合いに電話をかけるタチの悪いヤツみたいだが。まあいいだろう。


『聞いてくれ。なんだか知らないけど助かっちまったんだ。誰が助けてくれたか知ってたりする?』


 相手の都合も考えずにクイズを叩きつける。

 クソみたいなコミュニケーションの典型例だ。

 無視されても仕方がない。

 だが、意外にも返答があった。


 オリジンが言うには、どうやら俺以外にも、思念でコンタクトをとっている超人がいるらしい。その人物は政府ともつながっていて……。オリジンの依頼を聞き入れて、俺たちの家族に警護をつけてくれたらしい。


『え、ホントに? じゃあ、あんたが頼んでくれたのか? えーと、その……謎の超人ってのが何者なのか教えてもらっても?』


 これには反応ナシ。


『警察を動かせる人物ってことでしょ? 超人でそんなヤツがいるのか? もしかして、俺以外にも能力を偽ってるヤツがいるってこと? たとえば離島とかに?』


 離島ではないらしい。

 いや、むしろ離島以外にハイクラスの超人がいること自体おかしいのだが。

 まあ飽小路も超人なのに野放しだし、スターゲイザーも自由に行動していたわけだから、例外がいるのは分かるのだが。


『そんなに優秀なヤツならさ、俺じゃなくて、そいつに特異点シンギュラリティの対処を任せたほうがいいんじゃないか?』


 オリジン曰く、その人物は、自由な行動を許可されていないらしい。

 どこかの誰かに管理されているのだろう。

 しかもその人物には犠牲の超人がついていないから、オリジンとの会話以上のことはできないのだとか。

 考えてみれば、俺だってネクターがいなければたいしたことはできない。人のことを言える立場じゃない。


『なるほど。まあ分かったよ。助けてくれたことには感謝する。たとえ、手駒を失いたくなかっただけだとしてもね』


 反応ナシ。

 この辺の徹底したスルーぶりは、ゼロに通じるところがある。相手の話は聞かずに、言いたいことだけ言うスタイルだ。

 ゼロの場合、どうでもいいところでパワー系の交渉術を発動して、会話そのものを無効化してしまうこともあるが。


『ところで、最近どう? そっちはどんな感じなの?』


 反応ナシ。


『いや、お互いのこと、もう少し知っておいたほうがいいと思ってさ。え、もしかして迷惑?』


 反応ナシ。


 だが、不思議なことがある。

 以前なら、オリジンはこの手の感情だけのやり取りを好まなかった。なんなら会話を切断された気がするのだ。しかしいまは、会話を続けてくれている。

 酔っ払いとの会話が苦ではないのだろうか?

 俺だったら即座に切るが。


『前から疑問だったんだけど、宇宙人って酒は飲めるの? いやまあ、飲まないほうがいいらしいんだけどさ。でも、なんていうか……。この世界って、ちょっとアレじゃない? 飲んでないとやってられないっていうか。この考え方、マズいかな?』


 反応ナシ。

 しかして切断せず。


『もしかして、俺、ウザい? 話しかけないほうがいい? 切り上げたほうがいいかな?』


 反応ナシ。


 俺はだんだん、このオリジンという存在が分からなくなってきた。

 どういうつもりで俺の話を聞いているんだ?


『えーと、ごめん。今日はこの辺にしとくね。またなんかあったら連絡するよ。それじゃ』


 本当に、友人との電話みたいだ。

 友人と違うのは、ほぼ返事がないということだが。いや、言うほど友人とも違わないか。なんだこの世界は。クソなのか?


 一人になった俺は、暇になってテレビをつけた。

 報道番組だ。

 人里離れた施設で、共同生活する謎の組織がある、という内容。そこは以前、俺たちが乗り込んだ宇宙管理委員会の本部だった。

 地元民が、団体を怪しんでいるインタビューが流された。

 いまはまだ犯罪者という扱いではないが。委員会が怪しい集団であるということが、地上波で流されてしまった。

 もしかすると、このあと警察は、ずっとスルーしてきたテロ行為を追求するつもりなのかもしれない。この番組は、そのための布石なのでは?

 テロし放題だった委員会も、ようやく野放しではなくなってきた。


 最終的に、飽小路の逮捕、立件までいってくれればいいのだが。

 できれば、俺たちが死体に変えてしまう前に。


 ビールを飲みながら、俺はふと思った。

 謎の幻聴についても、オリジンに聞いておけばよかったかもしれない。普通に通院を勧められる可能性もあるが。


 さて、これからどうしたものか。

 問題はひとつ解決したが、事態が前進したとは言い難い。

 ネクターもエレガントマンも意識を失ったままだ。助からないかもしれない。この二人を前提にした作戦も立てられない。

 スティレットを復活させるためには、ネクターとオリジンの協力が要る。そのためには飽小路と特異点シンギュラリティを殺害しないといけない。

 俺一人でできることは、いまのところ、特にない。

 どこかの誰かがうまいことやってくれると願うしかない。俺にできるのは、それまでせいぜい生き延びることだ。


(続く)

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