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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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名もなき花(一)

 それからの数日、なにもなかった。

 なかったから、気を抜いていたかもしれない。


 早朝、というかまだ日ものぼっていない午前四時、通信機のコールで叩き起こされた。ついさっきベッドに入ったばかりだというのに。

 俺はなんの感情も芽生えないよう、とにかく無心で身体だけ動かし、出動の準備をした。気を抜いたら口から苦情が出そうだった。


 *


 移動中、俺はワゴン後部のベンチに腰をおろし、ただ床を見つめていた。会話はない。ゼロもイリンクスもさすがに眠そうだ。

 緊急出動というのは、たいてい現場がヤバいときに起こる。

 だというのに、こちらのコンディションは良好とは言えない。

 そう。

 端的に言って、クソ状況だ。

 どこかの自販機でコーヒーでも買おうか。


 *


「おい、超人さん来たぞ」

 現場につくなり、警察の一人がそんなことを言った。

 超人さん、か。

 数年前まで、同じ人間だったのに。いや、法的にはいまでも同じ人間なのだ。少なくとも憲法の上では。


 ん?

 いま気づいたけど、ここって議事堂か?

 なんかテレビで見た神殿みたいな建物あるぞ。


 現場のトップらしき中年警官が近づいてきた。

「ご苦労さん。聞いてると思うけど、飽小路議員がカルトと一緒に立てこもっててね。近寄れないんですわ。超人さんたち、ちょっと中入って捕まえてきてくれる?」

「……」


 まず第一点。

 聞いてない。


 第二点。

 ムリを言うな。


 この簡潔な事実を、どう伝えたものか。


 ゼロは笑みを浮かべた。

「それはお願いザマス?」

 すると警官は、なんとか作っていたポーカーフェイスをやめて、露骨に不快そうな表情を見せた。

「は? 拒否するってこと? じゃあなんのために来たんだよ?」

「まず、ハッキリさせておくザマス。私たちは、べつに警察に指揮下にあるわけではないザマス。管轄が違うんザマスから。それでも命令を出すというのなら、越権行為に該当するザマス。つまり?」

「お願いですよ……」

 警官は急に素直になった。

 勘違い野郎にはこの手のパワー系交渉術が役に立つ。


 ゼロは満足げな表情で続けた。

「では、状況を説明していただけると嬉しいザマス。内容によっては、こちらで引き受けないこともないザマス」

「ええ、では……」

 行政というのはツリー構造――いわゆる縦割りなのだ。公務員がこの不文律を破ることはできない。できるのは、なるべく聞こえないように不満を言うくらいだ。


 *


 内容はシンプルだ。

 さっき警官が言った通り、飽小路がカルトと一緒に国会議事堂に立てこもっている。

 事実はそれだけ。

 内部構造はそんなに複雑でないから、物量さえあれば対処できる。


 だが、問題もある。

 当然だが、議事堂を破壊するような作戦はとれない。歴史的建造物というだけでなく、国民の象徴的存在でもある。まあ少しくらいなら許容されるだろうが。大きく損壊してしまった場合、なぜか俺たちが責任を追求されるリスクがある。


 しかも議事堂の警備は、もともと警察とは別の組織がやっている。独立性を保つため、警察とは管轄が別になっているのだ。

 だからさっきの警察は、積極的に中に入りたがらなかったのだ。代わりに、どうでもいい超人を突っ込ませようとしている。事件の解決よりも、保身が優先ということだ。


 内部には爆弾が仕掛けられている可能性が高い。

 のみならず、三流の超人もいる。これが超人のままでいてくれるならまだしも、ゼノス化する可能性が高い。


 警察がやりたがらないのも理解できる。

 もちろん俺たちもやりたくない。

 誰もやらないのが平等でいいだろう。


 *


 ゼロはふむとうなった。

「で、私たちが中に入っている間、警察はなにをするつもりザマス?」

「周辺の警備でしょうね」

「それは見学となにが違うんザマス?」

「ナメられちゃ困りますね。それだって大事な仕事でしょ?」

「代わってあげてもいいザマス」

「だからそれは……」

 警官の態度はさっきからふらふらしている。

 お願いしているわりに頭が高い気もするが。

 もしかしてまだ命令しているつもりでいるのか?


 まあ警察は以前から特異点シンギュラリティにも張りついているのだ。こっちに来たのは二軍なのかもしれない。


 *


 見学は警察に任せて、俺たちは議事堂に入ることにした。


『止まれぇーっ!』

 男が拡声器で叫んでいた。

 おそらくカルトのメンバーだろう。


『我々はぁーっ! 真実を知るものであぁーるっ! 国家存亡の危機に際しぃーっ! まだ目を覚まさない愚かな政治家に代わってぇーっ!』

 演説を始めてしまった。


 要約するとこうだ。

 オリジンという宇宙人が、人類を滅ぼそうとしている。

 もう時間がない。

 政治家がなにもしないので、自分たちが国を仕切ることにした。


 うん。

 まあ、そういうことだ。

 そもそも普通の人はオリジンを知らない。オリジンがなにをしようとしちているのかも知らない。ところが「自分たちは真実を知っている」という設定のカルトが、いきなり不法に国会を占拠したのだ。

 多くの市民が自発的に立ち上がったならともかく、一部のカルトが喚いたところで、誰の支持も得られないだろう。こういうのは、結局のところ数の問題なのだ。テロをするより、立候補したほうが早い。


 飽小路も、おそらく分かっているはずだ。

 この先の展望などないということを。

 ただまあ、このところ追い詰められ過ぎていて、まともな判断もできなかったのだろう。その上、彼の味方はカルトしかいない。おかげでカルトの望む短絡的な方法が選択されたというわけだ。

 調子のいいときは結果を出せるが、調子が悪くなると信じられないほどクソみたいな手を使うヤツがいる。飽小路は、おそらくそのタイプだったんだろう。まあ、ずっと絶好調だったから、不調だった場合の想定をしてなかったのかもしれない。


 俺はエネルギー弾を放ち、演説男の頭をぶち抜いた。

 急に静かになった。


 上空では、各社マスコミのヘリが飛び回っている。

 喋ってるだけの犯人を、警察が射殺したら問題視されそうだが。あいにく俺たちは警察じゃない。なにも気にする必要がない。


 *


 脇から入った。

 中はピカピカに磨かれた立派なエントランスだ。天井だけがやたらと高い。床材も、壁材も、日本の各地から集められた石が使われているらしい。

 せっかくの名建築だが、いまは数名の警備員が死体になっている。


 立っていたのは三人の男。

「ふん。警察ども、おそれをなして超人をよこしたのか。聞け、暗愚。お前たちは、まだオリジンの危険性を知――」

「うるさいんだよ」

 俺は溜め込んでいたエネルギーを放ち、そいつの頭部をぶち抜いた。

 死体がひとつ増えた。


「ビショップ! くそ、お前! まだ話してる途中だろうが!」

 別の男が激昂して怒鳴りつけてきた。

 まあ仲間を殺されたら普通は怒るか。

「その人、ビショップって名前なの? もしかして三人合わせてスリー・ピースだったりする?」

「そうだ。崇高なる使命を帯びたガーディアン、新生スリー・ピースだ」

 前回は苦戦した。

 しかし今回は、喋ってる間に撃つという卑劣極まりない手段により、おそらく頭脳担当を処理することができた。あとは楽勝だろう。


 ゼロが、ふっと冷気を放った。

 気配を殺して俺たちに近づいていた男が、硬直して床に転がった。俺はそこへエネルギー弾を撃ち込み、バラバラに粉砕。

 これで二体目。


 最後の男は、信じられないという顔をしていた。

「な……なんなんだ……お前たち……」

「あれ? もしかして気づいてない? あんたらの教祖をぶっ殺した超人だよ」

「お前……お前たちが……」

 男は手元でなにかを操作した。

 もし時間を止められるなら、そうしたかったのだが。

 おそらくゼノス化のスイッチが入ってしまった。


 男は苦しげにのけぞったかと思うと、みるみる身体を肥大化させていった。

 命を捨て去ってまで己の信条に殉じるか。

 こいつもカルトに染まっていなければ、社会に貢献できていたかもしれなかったのに。


「んぎぃーっ」

 そいつは四つん這いのぶよぶよの肉になって、甲高くいなないた。

 四方を囲まれたホールだから、声がよく響く。


 こいつは豚のゼノスだろうか?

 あるいはベヒモス的ななにかかもしれない。


 魚みたいな円形の眼球で、こちらを見ている。かと思うと、がばと口を開いた。だいぶ距離があるのに、俺たちを噛もうとしているのか?

 いや、違う。

 奥からせり出してきた液体が、がぼっと吐き出された。


 俺たちは左右に分かれて回避。

 じゅわじゅわと音を立てて、絨毯が溶解し始めた。


 どうやら胃酸をぶっかけてくるタイプらしい。

 生前、どんな生活をしていたらこんなゼノスになってしまうんだろう。まさか、ピーナッツとビールか? もしそうなら、俺も意外とこのタイプなのかもしれない。まあ俺は吐くよりも飲むほうがメインだが。


 ゼノスはまた口を開いて、こちらを見つめている。いつでも吐けるぞとアピールしているかのように。

 正直、動きが速くないから、さほどの脅威ではないが。


 ゼロが手をかざした。

 また胃液がせり上がってくる。だがその胃液が、急速に冷やされて氷結し、ゼノスの中で詰まった。

「ごっ! ごっ! ごっ!」

 吐こうとした胃液が喉に詰まって、ゼノスは慌てふためいている。

 苦しそうだ。


 俺は指にエネルギーを集中させ、ゼノスの脳天に狙いをつけた。

 ひと思いに処分してやるのが慈悲というものだろう。

 エネルギーを解き放つと、光弾が直進し、頭部を派手に弾いた。まるで赤い花が咲いたように。


「んぴぃーっ!」


 ゼノスは、しかし倒れなかった。

 割れた頭部が蠢いて、そこから真上に向かってなにかを突き出してきた。そいつは一気に破裂して、まさに花弁のように広がった。


 なんだ?

 これがこいつの能力なのか?

 まるで別のゼノスに変身したようにも見えるが……。


 豚だった部分は、崩れ落ちて動かなくなってしまった。

 その脳天から巨大な花が咲いている。

 これはどうすれば……。


 ん?


 なんだ、花が消えつつあるような?

 いや、違う。

 俺の視界がかすんでいるのか?


「サノバガン、離れて! あの花、毒が……」

 イリンクスの声が遠くから聞こえた。


 だが、遅かったらしい。

 もう、なにも見えない……。


(続く)

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