ディール
特異点の動きはなかった。
彼女は瓦礫の中での生活に満足しているらしい。彼女を包囲していた自衛隊も、半分が基地へ帰された。
事務所に客人があった。
まあ来客があったところで、本来、俺たちとは無関係なはずだが……。部屋で昼間からビールを飲んでいたのに、例の通信機で執拗に呼び出された。
テーブルを挟んで一方のソファにはチヨダが、もう一方のソファには二人の男がいた。
客――。そう呼ぶのも不快なツラだ。背後に黒服を立たせた飽小路と、痩せたメガネの中年男性。メガネのほうは見覚えがない。
俺は溜め息を噛み殺しつつ、チヨダの背後に立った。だというのに、ゼロは空気も読まずにソファに腰をおろした。イリンクスは俺の隣へ。
「せっかくですので、皆さんにもお話を聞いてもらおうと思いまして」
こちらが切り出す前に、チヨダはそう告げた。
いったいなんの交渉をしていたのやら。
いや、交渉じゃなくて恫喝か? それとも気楽な談笑? なんにせよビール以上の価値があればいいのだが。
ゼロがなんとも言えない笑みで告げた。
「悪徳議員とカルト教団のトップが、顔を揃えてなんの用ザマス?」
カルト教団のトップ?
このメガネがボンバー・パーソンなのか? 爆弾テロを繰り返しているクソ野郎だ。もしそうなら、どのツラさげてここに来たのやら。
飽小路は強めに鼻息を噴いた。
「下っ端が喋るな」
「はて? いま喋ったザマスけど?」
「女ごときが……。私がその気になれば、お前などいつでも殺せるのだぞ」
「それは奇遇ザマス。いまちょうど同じことを言おうとしていたところザマス」
微笑を浮かべている。
俺に言わせればどちらも異常者だ。
この二人では、まともな会話が成立しない。
メガネ男が嫌味ったらしい表情を見せた。
「まあまあ、その辺にしておいてくださいよ。私たちも貴重な時間を使ってここに来てるんですから。コストのムダですよ、コストの」
こいつ、コスパ厨か?
時間を大事にするのはもちろん結構だが。
チヨダもうなずいた。
「じつは先方から和解の提案がありまして」
和解?
いまさら?
いや、そもそもなぜ俺たちに言う?
チヨダは自分でなにかを判断できる立場ではない。本気で和解したいなら、チヨダの上司に言うべきだろう。
飽小路はいつものように顔をしかめた。
「提案じゃない。お前たちが和解したがっているだろうと思って、話を聞きに来てやったんだ」
こんなに上から「殴らないでください」とお願いしてくるヤツを初めて見た。
希少な生き物だ。
いますぐホルマリン漬けにして標本にしたほうがいい。
チヨダはすると、飽小路ではなく俺たちに補足した。
「本来であれば、私の上司に掛け合うべき内容ですが……。合意を得られなかったため、こちらへいらっしゃったようです」
飽小路は露骨に不快そうな顔をした。
「口を慎めよ、チヨダ。それが国会議員に対する役人の態度か?」
「失礼しました。ぜひ、和解すべき理由をご教授願えればと思います」
飽小路がふんと鼻を鳴らすと、今度はメガネ男が口を開いた。
「つまりねぇ、あなたたちはモノを知らなすぎるんですよ。オリジン、いるでしょ? あいつは早く殺さないとダメよ」
なんだこいつは?
理由も言わずに、初手から命令してきやがって。
チヨダも遠慮気味に「理由は?」と尋ねている。
ボンバー・パーソンは盛大な溜め息だ。
「言われないと分からない? 危険だから」
メガネの奥の目を見開いて「分かるよね?」とでも言わんばかりの態度だ。
こいつはいちいち人をイラつかせてくる。
煽り検定一級でも持ってるのか。なんならブラックベルトかもしれない。
「申し訳ないのですが、確度の低い情報では、現状の対応から変更できませんね」
チヨダの応答はもっともだ。
そもそもチヨダには権限がない。権限もないのにやらせようというからには、よほど強烈な情報がなければならない。
シビレを切らした飽小路が、無遠慮に舌打ちして答えた。
「あいつは人類の脳を勝手に使って、自分勝手な計算をしているんだ。なにを計算しているか分かるか? 人類への復讐の計画だ。私たちを皆殺しにするつもりだぞ」
衝撃の事実、といったところか。
もしこいつがウソをついていなければ、だが。
俺はつい口を挟んだ。
「どうやってそれを?」
「分かるんだ。私も頭脳の超人だからな」
「彼と……いや彼女と? 直接、会話をしたんですか?」
「あんな意味不明な生物と会話が成立すると思うのか? 部分的に読み取ったんだ。お前みたいなグズには分からんと思うがな」
こいつもブラックベルトだな。
俺なんてちゃんとオリジンと対話した上で言ってるのに。
ボンバー・パーソンがしたり顔で便乗してきた。
「だからさぁ、全部つながってんの、話。特異点っているでしょ? あれの能力で、オリジンの計算を遅らせることができてるんだから。うちが体を張ってあの子を守ってるわけ。分かる?」
いちおうの筋は通っている。
特異点は、存在するだけでオリジンのネットワークを破壊するという。もしオリジンを妨害したいなら、絶対に特異点を死なせてはならない。
つまりこのカルトは、本気で世界を救うつもりでテロ活動をしている可能性がある。
もちろんその前提――オリジンによる復讐説が正しければの話だ。
俺はその前提が正しいとは思わないが。
言ってみれば、互いに仮説しかないのに、自分こそが正しいと主張しているわけだ。
これはネットでは声のデカいほうが勝ったように見えるパターンだ。どちらも本当の意味では勝ちようがないのだから、ごく原始的な手段で決着をつけるしかない。
今度は飽小路が口を開いた。
「誰でもいいから離島に戻って、とっととオリジンを始末してこい。それでいままでのことは水に流してやる」
俺もさすがに理解した。
こいつはいま「水に流してくださいお願いします」と言っている。
ゼロは片眉をつりあげた。
「自分でやればいいザマス」
「お前が西を殺さなければ、それができたはずなのだ」
「彼は事故死ザマス」
「……」
さすがの飽小路も閉口だ。
相手は現場にいた目撃者だってのに。
会話が途絶えたので、俺はまた口を挟んだ。
「しかし不思議ですね。和解を望むなら、なんでわざわざ攻撃してきたんですか? こっちは取り返しのつかない被害が出たんですが」
ずっと心にブレーキをかけていないと、目の前のクソどもの脳天をぶち割ってやりたい衝動にかられてしまう。いや、一撃で殺すのは優しすぎるな。フェニックスは足を失ったのだ。こいつらにも同じ目にあって欲しい。
飽小路がうるさそうに顔をゆがめた。
「なんだ? 謝罪でも要求してるつもりか? お前たちは被害者なのか? こちらの被害を考えたことはあるのか?」
「ありますけど、どう考えてもバランスを欠いてますよ」
「下っ端が生意気な口を叩くな。本来なら、お前ごときが話せる相手ではないんだぞ」
「そうですか? ここには下っ端しかいないのに? そこで交渉のテーブルについてる時点で、あんたらも同じレベルでしょ。お願いするなら、もっとそれらしい態度をとったらどうなんですか?」
反論は、しかし予想外のところから来た。
「サノバガン、やめるザマス」
「なんで?」
「そのやり方では、せいぜい犬レベルにしか通用しないザマス」
「いや、犬って。俺は最低限の礼儀を払うべきだって……」
「こいつはカンピロバクターなんザマス。人間の言葉で言っても通じるワケがないザマス」
「カンピロ……?」
なに?
飽小路も顔をしかめてはいるが、首もかしげている。通じていないらしい。理解されない皮肉ほど虚しいものはなかろう。
ボンバー・パーソンがくすくすと笑った。
「言うねぇ。じゃあ代案あんの? 俺らより賢いんでしょ?」
「組織というものは慣性の法則で動いてるザマス。こんな曖昧な情報で右往左往するのは不可能。大きな組織を動かしてる人間なら、そのくらいは分かってないとおかしいザマス」
「代案」
「自発的に帰らないなら、死体にして帰すザマス」
パワー系代案だ。
ゼロに聞くからこうなる。
それでもボンバー・パーソンは、恐怖しつつも、なんとか勝ち誇ったような顔を浮かべた。
「ほらほら、殺すしか言えなくなっちゃったよ。代案ないんでしょ? いるんだよねぇ、代案も出せずに反発する人」
こいつはなにかを勘違いしている。
わざと煽っている可能性もあるが。
俺は我慢ならず、また口を開くことにした。
「そもそも、そちらの提案がまともに成立してないのに、代案もクソもないでしょ」
「は?」
「オリジンが人類を殺そうとしてるって情報、確定してるんですか? してませんよね?」
「頭脳の超人がそう言ってるんだけど?」
「俺は証明って言ったんです。個人の感想なんて聞いてませんよ」
「出たよ。バカほど分かってるつもりになる。これを個人の感想って言っちゃうところが、底の浅さなんだよね。理解する脳もないのに口を挟まないでくれるか?」
「いいから証明しろよクソ野郎」
「ダメダメ。話になんない」
これはゼロの言うことが正解という気がしてきたな。
問答無用でぶっ殺したほうがいい。
もちろん、頭脳の超人にしか分からないこともあるのだろう。
しかし問題は、それを主張しているのが飽小路だけということだ。彼はこれまでオリジンでさんざん利益を生み出してきた。
中立性を担保したいなら、頭脳の超人を複数見つけてきて、彼ら全員に検証させないとダメだ。
もっとも、それが不可能だから、こうして個人のいいようにされているわけだが。
ゼロは肩をすくめた。
「どうしてもオリジンを殺したければ、子飼いの博士にお願いすればいいザマス」
これに応じたのは飽小路だ。
「あの研究狂いのバカが、希少な研究材料を手放すと思うのか?」
「つまり、どれだけ評議員を買収しても、博士が壁となって阻止してしまうわけザマスね」
「西だけがその壁を越える覚悟を持っていた。お前たちのせいで台無しにされたがな」
「事故死ザマス」
そうザマス。
飽小路がなにやら合図をすると、黒服が懐からなにやら取り出した。いや、銃撃戦が始まったわけではない。写真だ。それがテーブルに並べられた。
飽小路が不快そうな顔のまま告げた。
「ここに映ってるのは、お前たちの家族で間違いないな?」
「……」
全員、黙るしかなかった。
表情を変えなかったのはチヨダだけだ。
「思慮が浅いというのは不幸なことだな。こういうことなんだ。自分では強いつもりでいても、必ず弱点がある。そしてその事実を突きつけられてから、初めて理解する。だが、私は寛大だ。いまならまだ許す。私のために働け。金も払う」
そこには俺の両親もいた。
驚くようなことではない。超人はほぼ例外なく政府のデータベースに登録されている。権力をもってすれば、この程度の特定はたやすい。
飽小路は大儀そうに腰をあげた。
「さすがに理解したな? 返事は三日以内によこせ。期日を過ぎたらお前たちの望まない結果になる。行くぞ、春日」
「え、はい……」
春日と呼ばれたボンバー・パーソンは、苦い表情で腰をあげた。
本名などチヨダもとっくに特定しているだろう。だからこれはバレたためのいたたまれなさではなく、急に本名で呼ばれた恥ずかしさだったのだろう。
一行が去ると、室内はいきなり静かになった。
みんな写真を見つめている。
冷静なのはチヨダだけだ。
「今回は皆さんの判断を尊重します。私のことはお構いなく。家族はおりませんので」
まあ、たぶんそうじゃないかと思っていた。
弱点のある人間は、こういう仕事につけない。
あの二人、素直に帰らせず、この場で死体にしておけばよかったかもしれない。
しかしもしそれを実行した場合、俺は殺人犯として日本国から狙われることになる。あいつらを殺すなら、絶対に事故死を偽装しなければならない。そしてその策はすでに破られてしまった。
これが飽小路のやり方なのか。
これまでヤツに買収された人たちも、この手でやられてきたのだろう。金につられただけではない。家族を人質にとられていたのだ。
悪の手先になる人間は、もとは必ずしも悪人ではなかったのかもしれない。
では、俺はどうなんだ?
本当に、家族を犠牲にしてでも戦えるのか?
そうまでするメリットは?
オリジンを殺せば、家族は助かるし、金も手に入るというのに……。
(続く)




