トランペット(二)
現場ではサイレンが鳴り響いていた。
夜だというのに、いくつもの赤色灯が街を照らしていて幻想的に見える。不謹慎かもしれないが、これが率直な感想だった。
警察、消防、救急、全部いる。
張られた非常線の手前に、野次馬が群がっている。みんなスマホのカメラで決定的瞬間を撮影しようと必死なのだ。
警察は「危険ですので近づかないでください」とがなり立てている。
俺たちは群衆に無断で撮影されながら、別ルートから中へ案内された。
出迎えたのは、おそらく現場のお偉いさんとおぼしき中年の警察官だ。
「ああ、超人の人? デカいのが暴れてるんで、早めにやっつけてもらっていいですかね? このままだと消防も動けないんで」
歓迎ムードではない。
むしろ来るのが遅いとでも言わんばかりの態度だ。
あるいは個人的に、超人を嫌悪しているタイプかもしれない。まあたいていの人間は、超人から恩恵を受けるより、被害を受けるパターンのほうが多い。世論も手伝って、こんな反応になる人間ばっかりだ。特にネットでは超人バッシングしかない。人類というものは、線が引かれた瞬間、自動的に対立するものなのだ。理由はあとからつけられる。
ターゲットはすでにゼノス化しているようだ。
しかも大規模な破壊があるところを見ると、爆破テロもあったらしい。雑居ビルが破壊され、瓦礫が道まで散乱している。出血もある。置き去りにされた誰かの足も。
先に誰かが爆弾で自爆してから、三流の超人がゼノス化して街を荒らすというカルトの連携攻撃なのだろう。
前回はなんとか阻止できたが。今回は間に合わなかったというわけだ。
まあ時間停止とかいうクソセコい能力でも使わない限り、事前に阻止するのは難しいだろう。
先発部隊が誰も合流して来ないところを見ると、全員負傷して戦闘不能ということだろうか。
もしエレガントマンが無事なら、残りの二人も回復することができる。しかしそうなっていないということは……。まあ、そういうことなんだろう。
ゼロを先頭に、俺たちは歩き出した。
凄まじい爆発音がしているから、場所は分かる。爆発というか、ブチブチという電気の爆ぜる音というか。嫌な予感がする。
後ろからネクターにコートを引っ張られた。
「時間止めたほうがよくない?」
旅の疲れからか、露骨に眠たそうな顔をしている。
誰もベストコンディションではない。
「そうだな。一目見てヤバそうだったらすぐ止めるよ」
夜だというのに、そいつの居場所はすぐに特定できた。
半透明な太ったトカゲみたいなゼノスが電柱によじのぼり、全身から紫の放電をしていたからだ。まるでテスラコイルだ。周囲のあらゆるものを黒焦げにしている。
電線から電力を吸収していたのかもしれない。しかしいまは通電していない。この一帯は停電してしまった。爆発のせいかと思ったが、おそらくこいつのせいだったのだろう。
ともあれ、この放電は、純粋にゼノスの起こした電気ということになる。もう四方八方に放電している。好き放題だ。
失われた電力は、こいつに賠償してもらったほうがいいだろう。もしこのあと死体にならなければ。
ゼロが溜め息をついた。
「冷気と電力は相性がよくないザマス。というわけでサノバガン、あとは任せたザマス」
物質の温度をさげると、電気抵抗も低下する。つまり通電しやすくなる。ゼロが能力を使えば、いままで感電していなかった場所にまで被害が及ぶ。彼女の判断は賢明だ。
俺も便乗して溜め息をついた。離島から帰ってきたばかりで、みんな疲れている。
「分かった。やるよ」
*
時間を停止した。
だが、近づけなかった。
時間を停止させたはずなのに、空気中の放電がわずかにピクピクと動いていたのだ。放電というか、空気がプラズマ化しているというか。
「これ、ちゃんと止まってんのかな?」
「分かんない」
ネクターは頭が回っていないようだ。
もしかすると眠っていたところを叩き起こされたのかもしれない。
サイレンの音は止まっているし、赤色灯の回転も止まっている。
時間が停止しているのは間違いない。
しかし電気だけは、なんとか動こうとして、もとの場所に引き戻されている感じだ。この時間停止の能力は、万能ではないのかもしれない。
さて、そうなると……。
放電のバリアに守られたゼノスに、俺たちは近づくことができない。
ヘタに近づいたら、その時点でどうなるか分かったものではない。
それにしても美しいゼノスだ。
ゼリー状の身体。鮮烈な発光。きっと古代の人が見たら、これをモンスターや妖怪として語り継いでいくだろう。もしかするとドラゴンや巨人というのも、ゼノスのことだったのかもしれない。
俺は距離をたもったまま、指を突き出して、エネルギーを集中した。
遠くから攻撃できるんだから、わざわざ近づく必要はないのだ。
じゅうぶん溜まったところで、エネルギーを放つ。
光の弾丸が、まっすぐにトカゲに直撃。
いや、トカゲの手前の放電に直撃して……たぶんだが、消えてしまった。
俺は思わず息を吸い込んだ。
「えーと……」
通じてない?
周囲のエネルギーが高すぎて、俺の光弾くらいではどうにもならない感じか?
ほかに相談できそうな相手もいなかったので、俺はネクターに尋ねた。
「どう思う?」
「私が知るわけないでしょ」
「俺が撃ってる弾って、電気に弱いとかある? そもそも俺って、なにを撃ち出してんの?」
彼女はうるさそうな表情だ。
「だから、知らない。別の方法考えたら?」
別の方法って?
自分がなにを撃ってるかも分からない男が、別の方法を思いつけるとでも?
もちろん俺は魔弾の超人ではない。
パチモノだ。
その代わり、たいていのことはできる。
ここはひとつ、前にスターゲイザーがやった攻撃をマネさせてもらおう。周囲の瓦礫で敵を押し込めるのだ。筋肉は裏切ることもあるが、質量は裏切らない。
もとは高級車だったのかもしれないが、すでに廃車となった物体を、俺は念動力でトカゲにぶつけた。ぶつけたというか、近づけただけなのに、引っ張られるようにしてトカゲに叩きつけてしまった。ちゃんと時間を停止したのに、あきらかにそこだけ力場が働いている。
まあ、こちらにすれば好都合だ。
俺は次々と自動車をそいつに叩きつけた。勝手に張り付くから、何台でもぶつけることができた。幸い、自動車はそこらに転がっている。中身も入っているような気もするが……。気づかなかったことにしよう。
四台の車で挟んで、俺は全力で押し込んだ。
俺の全力というか、ネクターの力を借りた上での全力だが。
トカゲの半透明な肉がグイグイと圧縮されている。
「寝るな、ネクター」
「寝てない……」
生返事。
いま目をつむってたぞ。
彼女からエネルギーの供給が途絶えたら、時間が動き出してしまう。まあ時間が動いたところで、自動車で押し込むくらいなら俺個人の力でもできると思うが。しかし最大出力にはならない。ネクターの協力がなければ……。
じゅうぶん押し込んだから、体組織は破壊されたはずだ。半透明だった身体も、青みを帯びている。つまり血液がそこらに染み出しているということだ。
殺せたのかどうか定かではないが。
まあできるところまではやれたか。
*
時間が動き出すと、やかましいサイレンと赤色灯の回転が始まった。
放電がおさまって周囲が暗くなり、トカゲは口から大量の青い血液を吐き出した。自由落下して派手な音を立てる四台の自動車。
肉体が硬直しているのか、トカゲはしばらく固まっていた。
もしまた放電するようなら、また時間を止めて車で挟んでやるだけだが。
かと思うと、パァンと音を立ててトカゲの身体が爆ぜた。青い血液を撒き散らしながら、肉片を周囲へ。
それだけなら、まだよかった。
問題は、その肉片が、ふたたび放電して、周囲を焼き尽くしたことだ。
すべては一瞬だった。
肉片から肉片へ、あるいは人間には予測できない方向へ、電流が走った。とにかく周囲の電気が通りそうなところすべて。人体も例外ではなく。
それでも俺はとっさに、自分の身だけは守った。おそらく通電はあったが、本能的に、能力を使ってダメージを最小限に抑えた。脳がそれを拒絶すれば、その瞬間に能力が身を守る。
しかし近くにいたネクターは、俺の本能の範囲外だった。
周囲が焼き払われるのを、俺は崩れ落ちながら見た。
このあとのことを想像すると……いっそこのまま死んでしまったほうが楽なんだろうと思った。
*
目を覚ましたとき、俺は病院のベッドにいた。
部屋が薄暗いから、おそらく夜なんだろう。腕に点滴がされている。ほかに異常はない。おそらく表面しか焼かれていない。もしかすると内蔵にもいくらかダメージはあるかもしれないが。
俺はしかしベッドを出ることなく、そのまま目をつむることを選んだ。
なにも考えないようにして。
*
朝、看護師が医者をともなってやってきた。
「意識が戻ったようですね」
「おかげさまで」
「どこか違和感なんかありますか? なければこのまま退院できますよ」
「ええ、大丈夫です」
ずいぶんカジュアルだな。
まあ、ちゃんと検査してくれた上で言っているんだろう。
*
ロビーでゼロに遭遇した。彼女もダメージを受けたのか、表情は冴えない。
「奇遇ですね。ゼロさんも退院ですか?」
「私は入院してないザマス。みんなより少し離れてたので、ほぼ無傷で済んだザマス」
そういえばスーツ姿だ。
入院していた格好ではない。
「え、じゃあお見舞いですか?」
「ええ、まあ」
浮かない顔だ。
やはり重症者がいるのか。
周囲を見回してみると、俺たち以外の姿がない。
普通の病院じゃないのかもしれない。
「俺、何日寝てました?」
「二日ザマス」
せいぜい一晩かと思ったのに。
しばらく無言の時間が流れた。
彼女はなにも言いたがらない。
俺からも、聞いていいのか分からない。
自動ドアの向こうからチヨダも来た。
「退院ですか?」
「ええ」
チヨダはいつものぬめっとした無表情だが、疲れているのはすぐに分かった。目の下にクマがある。ゼロ以外のメンバーが負傷したのだ。少なくとも二日間、チームはまともに稼働できなかった。各所からいろいろ言われたはずだ。
すると、彼は唐突にこう切り出した。
「もう聞いているかもしれませんが、三名ほどチームから外します」
「えっ?」
「まず、フェニックスが片足を切断。エレガントマンとネクターは意識不明の重体です。今後はゼロ、サノバガン、イリンクスの三人体制で作戦に当たってもらいます」
「……」
どの件に関しても触れたくなかった。
死者が出ていないのは、最低限、いい。
しかしこれからそうならないとも断言できない。
飛翔の超人は、もう跳べない。アスファルトに転がっていたあの足は、彼女のものだったのかもしれない。
チヨダは淡々と告げた。
「フェニックスは、最初の爆発には耐えたようですが、その後のビルの崩落にやられたようです。市民を助けようとして逃げ遅れたという情報もありますが」
「国に帰すんですか?」
「いえ、離島で保護します」
「地元にも帰れないんですか……」
「決まりですから」
なにが決まりだ。
そのクソみたいな決まりを作ったヤツは誰なんだよ。
クソみたいな政治ばかりしやがって。
いや、そのクソみたいな政治を許しているのは、あくまで有権者の俺たちだ。だから俺たちが悪い。そのときの気分で投票なんてするから。
「エレガントマンは?」
「フェニックスの治療中、ゼノスの電気にやられたようですね。イリンクスは軽症です」
だいたい分かった。
今回のゼノスは、近づいただけで内臓を焼いてくるようなヤツだった。どうしようもない。本来なら自衛隊が対処するようなレベルだ。その自衛隊は、少し離れた場所で特異点に張りついているし。
俺は怒りを霧散させるべく、ゆっくりと呼吸をした。感情のブレは、思考を濁らせる。
「俺たち、狙われてたんですかね?」
「間違いないでしょう。犯行グループからの声明も出ています。『黙示録のラッパは鳴らされた』と」
「はぁ、ったく、これだ。だからカルトって嫌いなんですよ。示唆に富んでいるように見えて、まるで中身がない。自分らに歴史がないからって、よその宗教から設定をパクらないで欲しいな。つまり『自分たちは法律を破りました』って自白してるだけですよね?」
「そうなりますね」
「まあいいんですよ。あいつら、露骨に人造の宗教ですからね。むしろ寒いオリジナリティを出してこないだけマシかもしれません」
おっと。
つい言葉に熱が入ってしまった。
怒りのピークは六秒しか続かないという。しかしもう六秒以上過ぎているのだから、いまはピークでない。それでもまだムカついている。
こちらは仲間をやられているのだ。怒る権利くらいはあるだろう。ぶっ潰す権利も。
チヨダはすっと息を吸い込んだ。
「怒っているところ悪いのですが、じつはいいニュースもありますよ」
「なんです?」
クソみたいなニュースでなければ、怒るのをやめるのもやぶさかではない。
「昨今の超人嫌悪の流れを受けて、C級の超人を隔離する法案が提出されました」
「それ、誰にとっていいニュースなんです?」
超人排斥の流れが加速しているだけじゃないか。
まあ離島は賑わいそうだけど。
「話はここからです。以前であれば、その流れにまっこうから反対する議員はいませんでした。いたとして、予算の折り合いがつかないとか、労働者人口の減少に対する懸念とか、経済面での反論がメインでした。しかし今回は違います。人権の面から反論する議員が現れました」
「えっ? その……彼らは本心で?」
俺の問いに、チヨダはさすがに目を細めた。
「そんなわけないでしょう。内部での利権争いですよ。税金が投入されて、やたら超人の人権を啓蒙するような動画も流れ始めましたから。インフルエンサーにも超人はいますし。明らかに空気が変わりつつありますよ」
結局、アナログもデジタルも、モノを言うのは物量ということか。
「札束ビンタで正気に戻るとは思えないんですが」
「正気になんて戻しませんよ。古いデマから新しいデマへ誘導するだけです。ともあれ、飽小路はさすがにやりすぎました。集金システムが完成してしまった以上、あとは最終的な徴収者が誰になるかの違いでしかありませんが」
そう。
敵対派閥が勝利したところで、市民を食い物にするシステムが残ったまま、利益をポケットに入れる人間が入れ替わるだけ……。
「総じてクソニュースじゃないですか」
「少なくとも、飽小路は孤立しますよ。君のお望み通りにね」
まあ確かに、飽小路をぶっ飛ばしやすくはなるか。
(続く)




