トランペット(一)
離島から本土へ移動するだけでも数日かかる。
これで本当に同じ東京都なのかと疑問に思えてくるが。
俺たちは離島にいないことになっていたから、出現した二頭のゼノスは、離島の超人たちが対処したはずだ。もしかしたらロドリゲスも出動したかもしれない。
飽小路がどうなったかは分からないが、あの状況から助かることはまずないだろう。すぐ左右にいた黒服がゼノスになったのだ。圧死してすり身になっていないとおかしい。
*
「悪いニュースが二つありますよ」
本土のマンションに戻るなり、チヨダからそう切り出された。
いいニュースと悪いニュースならまだしも。
無視するわけにもいかなかったので、俺は選択肢がないにもかかわらず返事をした。
「内容は?」
「軽いほうから言います。宇宙管理委員会から、正式に抗議が来ました」
「抗議?」
なんの?
そもそも人様に抗議できるような立場なのか?
チヨダは相変わらずぬめっとした顔で、淡々と続けた。
「襲撃の件ですよ。我々の襲撃が原因で、施設で保護していた特異点が外に出たと訴えています。ですが我々は公式には存在しないチームですから、いまは警察がその苦情の窓口になっています」
「それは気の毒ですね」
俺がそう告げると、チヨダはギョロリと眼球を動かしてこちらを見た。
「分かってますか? 警察の怒りがこちらに向けられているのです」
「ありますよね。本来ならカルトに言い返すべきなのに、怒りの矛先が攻撃しやすいほうに向くパターン。こっちが非公式の少数チームだからって」
「無意味な正論は結構。事実として、我々は警察の支援を受けられない可能性が出てきたということです」
「こないだ警察の代わりにパトロールしてやったのに」
「そのパトロールの回数が増えると考えてください」
クソだな。
クソの連鎖だ。
問題は、このあともっとクソな話が待っているということだ。
チヨダはかすかに溜め息をついて、こう続けた。
「二つ目のニュースです。飽小路の生存が確認されました」
「んっ? えっ? 生存? いや、でも……」
どうやって?
いくらあいつが超人といっても、二体のゼノスに押しつぶされて死ななかったというのか? 仮に圧死しなかったとして、ゼノスの暴走に巻き込まれずに生還したと? 縛られたまま?
「周囲で計測されたデータからの推測になりますが、おそらく能力でゼノスをコントロールして、自分を襲わないようにしたのではないかと」
「……」
なるほど。
頭脳の超人は、知性によるネットワークを構築できる。情報の共有もできる。もし相手が人間であれば、本人の意思の強さが勝つから、簡単に操ることはできない。可能なのは、あくまでイメージの共有くらいだ。しかし相手がゼノスなら、たぶん簡単な刺激でコントロールできてしまう。自分を保護対象だと刷り込むことができる。
ゼロが動じた様子もなく尋ねた。
「所在は確認できてるんザマス?」
「自衛隊機が離島へ出入りしたことが確認されました。飽小路の送迎用でしょう。おそらく彼は、すでに本土にいますよ」
こっちが船を使って夜通し移動したというのに。しかも自腹で。あっちは自衛隊をタクシー代わりか。
そして戻ってきたからには、俺たちを殺そうとするはず。ヘタすると、政府と戦うハメになる。
チヨダはもったいぶってこちらを見てから、言葉を続けた。
「ですが、悪い話ばかりではありません。飽小路の言動を問題視していた一部の政治家たちが、ここへ来てようやく動き始めました」
「あるじゃないですか、いいニュース」
「誤解しないでください。あくまで内部での主導権争いです。皆さんを助けるために動いているわけではありません」
つめたいなぁ。
善意かもしれないじゃないか。
俺は言わずもがなとは思ったが、あえて口に出した。
「でも、俺たちと利害が一致する部分もあるなら、少しは協力できるんじゃないでしょうか」
「ええ。さっそく打診がありましたよ。打診といっても、うちに直接ではなく、評議会にですが。飽小路に関する情報を渡して欲しいと。今回、彼は党内での仕事をすっぽかして離島へ向かいました。それが批判の材料になったようです」
まあ急に呼び出されたわけだからな。
彼の存在を前提に予定を組んでいた人たちからすれば、横からぶち壊しにされてご立腹というわけだ。たぶん仲間に事情も説明していないだろうし。
「で、彼らは飽小路に勝てそうなんですか?」
「まあ、人数だけは……。しかし飽小路には委員会がついていますから。資金力と組織力では他の派閥を圧倒していますね」
カルトから上納された札束で無双しているわけか。
大抵の衝突は非対称な状態で始まる。条件が揃うことはめったにない。
しかし今回、反飽小路の一派が動き出した。政治家というのは、この手の読み合いだけはうまい。勝算がなければ動かない。しかし動いたということは、勝算があるということだ。
もっとも、飽小路はすでにボロを出しまくっているのだから、あとはそれをつつく人間がいるかどうかだけの話なのだが。
ともあれ、飽小路は軽率に動けない状況だ。
俺たちにとっては好都合。
あのまま「事故死」してくれれば最高だったのだが。だいぶ詰めがアマかったな。
するとチヨダは、「さて」と話題を変えた。
「さっそくなんですが、このあとまた見回りに出てもらうことになっているのですが」
「はいはい、やりますよ。やらせていただきますよ」
こちらに選択肢はない。
できることがあるとすれば、ビールを飲むタイミングを調整することだけ。
チヨダは目を細めた。
「サノバガン、あなたは留守番です。ゼロとネクターもです。念のため、今日は残りの三名で出てもらいます」
「……」
俺たちへの配慮のつもりか?
しかし飽小路が本気なら、俺たちがどこにいようと関係ない気もするが。むしろ集団で警戒している分、みんなで一緒にいるほうが生存率も高いかもしれない。
これが意図的な分断でなければいいが。
黙考している俺の代わりに、ゼロが尋ねた。
「理由を聞いても?」
「我々が警察の代わりに見回りを請け負っているのは、関係者なら誰でも知っている話です。もちろん飽小路の耳にも入っているでしょう。このところ委員会も攻撃的になっていますから。無用な衝突を避けるため、今日は様子見ということにします」
信用していいんだろうか。
飽小路本人ならともかく、その手下の委員会が、ちゃんと俺たちの顔を認識しているとは思えない。仮に俺やネクターがいなかったとして、戦力を削ぐために攻撃を仕掛けてくる可能性はある。
委員会は、なぜかテロ行為を繰り返しても捜査されないのだ。ほとんど無敵みたいなものだ。
*
解散になったあと、俺は部屋に戻ってすぐ横になった。
今日の見回りに行ったメンバーは、フェニックス、イリンクス、エレガントマンの三名。攻撃力は申し分ない。回復担当もいる。よほどのことがない限り、欠員は出ないだろう。
『超人って二百種類あんねん』
テレビの中では、芸人がいつものジョークを繰り返している。
『二百もおらんやろ』
『おるって。ちゃんと友達におんねん。まず、飲み会で注文したモンみんな食ってまう食い尽くし系超人や。えげつないでぇ。俺らなんも食べられへん。あとは、キレたらパチンコ台を殴る台パンの超人。そんでいっつもニュースに怒ってる思想強めの超人や』
『性格歪んどるだけやないかい』
みんな笑っている。
この世界は、きっと楽しい場所なんだろう。
おかしいのは俺のほうだ。ビールもナシにピーナッツだけかじっているからこうなる。
本当はビールも飲みたかったのだが。
みんなが見回りに出ているのに、一人で飲んでいるのが申し訳なく思えたのだ。
飽小路を始末できたら、スティレットを復活させる予定だったのに。
先延ばしになってしまった。
しかもその未来は、永遠に来ないかもしれない。
完全に警戒させてしまった。もう仕掛けるチャンスはない。その代わり、向こうはいくらでも仕掛けてくる。詰んでいる。
ゼロは悪くない。
彼女のお膳立ては完璧……ではなかったにせよ、しかし少なくとも俺には不可能なレベルの状況を用意してくれた。評議員を脅して、飽小路を呼び出し、事故に見せかけて始末する。
飽小路は己の利益のために超人を食い物にしている外道だ。いや、超人だけではない。人間を超人に変えた上で食い物にしているのだから、全人類の敵だ。
こんなことになるなら、ちゃんと自分の手でぶっ殺しておくべきだった。
腕につけられた通信機が、ぶるっと震えた。
本部からのコールだ。
「こちらサノバガン」
『出動してください。見回りチームが何者かの襲撃を受けました』
「状況は?」
『確認中です』
「了解……」
悪い予感が当たってしまった。
応援まで要請してくるということは、被害が出た、ということだろう。
被害、か――。
想像したくもない。
今回ばかりは、俺のアマったれた想像を超えてくる可能性がある。
ピロリピロリと甲高い効果音が響いて、テレビの画面が切り替わった。
『緊急ニュースです。本日未明、埼玉県南部で爆発騒ぎがあり、多数の被害が出た模様です。警察の発表によりますと、テロの可能性が極めて高いとのことです。付近の住民は、戸締まりをして、不要不急の外出を控えてください。繰り返します――』
無関係なニュースではなさそうだ。
カルトどもめ、逮捕されないからといって、街中で堂々と爆弾を使いやがって。
俺は立ち上がり、テレビを消した。
意識を変えないといけない。
これはきっと、どちらかが死体になるまで終わらないレースなんだろう。
俺たちは互いに、人間らしく話し合うことを望んでいない。騙す。殺す。それ以外のことはしていない。望んでもいない。長い歴史からなにも学んでいない。
終わってる。
勝者も敗者も、最後は地獄がふさわしい。全員だ。例外はない。
(続く)




