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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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お正義の時間

 クソみたいな作戦を考えるとき、邪魔になるのは良識だ。いや常識でもいいが。とにかく固定概念があると、その外側を考えられなくなる。

 逆を言えば、良識さえなくせば、クソみたいな作戦を考えることは可能となる。

 勝利を得るのは、いつでも悪人なのかもしれない。


 *


 某月某日。

 離島。


 強烈な日差しの叩きつける海岸。

 鉄骨の倉庫が並んでいる。

 一部はダメージを受けて使用不能になっているが。


 そこへ一台のセダンがやってきた。

 評議会が来客用に使っている高級車だ。停車すると、まずは黒服の男が出て、ドアを開けた。中から出てきたのは、スーツの男。老人というほどではないが、若くもない。政治家の飽小路だ。テレビでおなじみの、不快そうな顔をしている。

 実際、不快ではあるのだろう。忙しい中、本土から呼び出されたのだ。よほどの事件でなければ、この男は動かない。


 運転席からも黒服が出てきた。

 計三名。

 倉庫のひとつへ向かって歩を進める。


 中で待っていたのは西悟だ。

 評議員の一人。

 評議員ではあるが、超人のための活動などしていない。大事なのは自分のポジションと、そこから生み出される金だけ。

 顔は老けているが、髪型だけ若者をマネている。日頃から海で遊んでいるのか、じつによく日焼けしている。


「先生、このたびははるばる遠くから……」

「挨拶はいい。本当なんだろうな、オリジンの計算が終わったというのは」

 倉庫に入るなり、飽小路はイラ立ちもあわらにそう尋ねた。

「じつは、その……」

「なんだ? 聞かれたことにはハッキリ答えろ。お前と違って暇じゃないんだ」


 言えないだろう。

 これが罠だなんて。


 だが、西がなにかを告げる前に、飽小路は気づいたらしい。

「待て。なんだこれは? 罠か?」

 おそらく状況から察したわけではない。

 こいつは頭脳の超人だ。能力をつかえば、即座にネットワークを形成できる。この場に想定外の人物がいることはすぐにバレるのだ。


 まあ、バレたところで、対処できるとは言わないが。


 *


 数分後、彼らは縛り上げられた状態で、床に転がされた。

 派手な格闘があったわけじゃない。

 時間を止めて縛り上げた。地味な作業だった。


「な、なんだ? どうなった?」

 喋れるのは飽小路だけ。

 黒服二名も、西悟も、口にタオルを噛ませてある。


 椅子に腰をおろしたゼロが、笑みを浮かべた。

「お目覚めザマス? いまからお正義の時間ザマス」

「お前は……。本土にいるはずじゃなかったのか?」

 飽小路は、ゼロの顔を知っているらしい。

 というかおそらく、主要メンバーの顔を記憶しているのだろう。

 ゼロはしかし気にしていない。

「そうザマス。本土にいるザマス、表向きは」

「西! お前、裏切ったのか!?」

 飽小路が一括するが、その西はタオルのせいでうーうーうなることしかできない。


 俺とゼロ、そしてネクターの三名は、こっそり離島へ戻っていたのだ。

 いちおう非公式だが、チヨダにも話は通してある。


「はい、お静かに。私語は謹んでもらうザマス。これから皆さんと、お正義についてのお話をするザマス。結果次第では、死んでもらうことになるザマス」

「ふざけるな! 誰の命令だ! そいつと話をさせろ!」

 エビみたいにビチビチはねている。

 この状態でも自分を上だと思えているのだから、なかなかの人物だ。

「もうあなたがなにをしたのか、全部分かってるザマス。なので過去の話ではなく、未来の話をしたいザマス」

「だから! お前らみたいな下っ端ではなく、上と話をさせろと言っているんだ!」

「上? お望みであれば、好きなだけ天井に向かって話せばいいザマスけど……。その場合、死が確定するザマス」

 俺だったら相手の話を聞いてしまい、「上って誰のことを言ってるんだ?」などと返してしまうところだが。ゼロはそんなことはしない。質問するだけムダだということを分からせていく。


「お前の望みはなんだ? 言ってみろ。なんでも聞いてやる」

「第一問。過去を反省し、行動を変えるつもりがあるのか」

「どの件だ? 望みがあるならその通りにしてやる。だから言え。なにがしたい?」

 金も権力もあるのだから、その気になれば、たいていのことは実現可能なんだろう。

 あくまで、その気になれば。


 ゼロは微笑のままだ。

「いまは内発性を問題にしているザマス。他人の意見など考慮せず、思うまま答えて欲しいザマス」

「本気か? 本気で正義がどうとか言っているのか? そこまで無知なのか?」

「その調子で続けるザマス」

 質問には徹底して答えない。

 このゼロという女、怖すぎる。


 飽小路は溜め息をついた。この短時間のうちに、思考を整えているのだろう。悪人だが、頭は回る。あるいは頭が回るからこそ、悪人のまま成功できたのだろう。

「いいか? この世界は、お前たちが思ってるほど単純じゃない。いろんな思惑が入り乱れていて、いろんな力が働いて、それで動いてるんだ。ときにはグレーな手段も使わざるをえない。お前たち超人だってそうだ! 政府が保護しなければ、とっくに死んでいたはずだろう!」

「なるほど。それから?」

 ゼロはメモ帳を取り出して、記録をとり始めた。

「政治のおかげで助かっているのに、自分たちの不満を政治家をぶつけるなど、逆恨みもはなはだしい」

「続きを」

「ふざけるな! 何様のつもりだ! 私になにを言わせたいんだ!」

 まあ、飽小路の気持ちも分からなくはない。

 事前準備もナシにスピーチをさせられているわけだから。


 ゼロの回答は、しかしこうだ。

「このままだと死ぬザマスけど、どうするザマス? おやめになる? それとも、お続けになる?」

「不快な女だな! 言わせたいことがあるなら、言わせればいいだろう! 私を追い詰めたところで、結局は後悔するだけだぞ!」


 するとゼロはかすかに溜め息をついた。

「なら、大サービスで、方向性だけ与えるザマス。まず、あなたの発言には、宇宙管理委員会への言及がないザマス。そして例の脱法ドリンクについての言及もナシ。いまのところ、まるでなにも事情を知らない赤ちゃんみたいな印象ザマス」

 飽小路は歯噛みした。

「そこまで調べたのか……」

「なにをしたのか全部分かっていると、最初に伝えたはずザマス。ここからは、それらすべてをふまえた上で演説して欲しいザマス」


 飽小路は観念したように溜め息をついた。

「なるほど。分かった。謝罪を求めているわけだな? だが、聞いてくれ。すべては、お前たちのためでもあったのだ」

「……」

「知っていると思うが、私も超人だ。同じ超人を恨んでいるはずがない。そうだろう? 悩んでいるものたちのために、表と裏で支援してきた。私に救われた超人は多い」

「表と裏、それぞれ具体的になにをしたんザマス?」

「表は……委員会だ。待て。お前たちは誤解しているようだが、あの団体に救われた人間はいっぱいいるんだ。その証拠に、行き場のない超人たちが集まっている」

 信者を道具としか思っていないのに、よく言えたものだ。


 ゼロは笑顔のまま促した。

「裏は?」

「それは……。ああ、そうだな。お前たちも知ってると思うが、深海デプスという薬品を販売している。確かに非合法な活動だ。しかし事実、救われている人間がいるのだ。いま社会には、超人たちの居場所がない。だから私は、その居場所を作っている。敵じゃない。味方なんだ」

「なるほど。素晴らしいザマス。喋れば喋るほど事実と乖離していくザマスね」

「事実を言っている。そっちこそ、どこで吹き込まれたのか知らんが、出所不明のデマを信じるのはやめて欲しいものだな。おおかた、政権転覆を狙うテロリストの工作だろう」


 俺たちが間違っている、というわけか。

 まあ俺のおもな情報源はオリジンだから、オリジンがウソをついていればそうなる。だがこちらは、ゼロ、スターゲイザー、ネクター、そして亡くなったネクターの母親の情報とも矛盾なく一致している。一致しないのは、飽小路の証言だけだ。


 飽小路は、今度は穏やかな声で言った。

「分かった。改めて対話の席をもうけよう。ぜひ誤解を解きたいのだ。たしかに、私にも不適切な言動があったかもしれない。だが、すべては超人と人間の共存のためにやったこと。それに、もしいま私を殺せば、君たちは人殺しになってしまうんだぞ? ただの誤解で犯罪者になりたくはないだろう? な? だから日を改めよう。こんな乱暴な方法ではなく、ひとつのテーブルを囲んで、大人同士、互いの意見を尊重しながらおおいに話し合おうじゃないか?」

 起きたまま寝言を言えるのは、ある種の才能かもしれないな。


 ゼロはメモ帳を閉じ、立ち上がった。

「では、死んでもらうザマス」

「……は?」

「ネクター、最期にお別れの挨拶は?」

 促されたネクターはしかし「べつに」と肩をすくめた。

 なんとも言えない笑みだ。

 安心したようでもあり、どこか虚しそうでもあり……。


 *


 四人を放置したまま、俺たちは倉庫の外へ出た。

 それから通信機を操作し、電磁波の歌を流す。


 飽小路が連れている黒服は、二人とも三流の超人だ。

 いざというときのボディーガードにしているのだ。

 だからそれを使わせてもらう。


 電磁波を浴びせられた三流の超人は、すぐにゼノスになる。

 すると俺たちが手を汚すことなく、飽小路を始末できる。

 飽小路の死因は、不幸な事故という扱いになるはずだ。


 *


 その後、俺たちはゼロの自宅へ案内された。

 この島ではかなりの高級マンションだ。窓から海が見える。

 内装は白をベースに、木造の家具で揃えられていた。シンプルながら居心地のいい家だ。


 壁には、額縁に入れられた写真が飾られていた。

 ネクターはその前で足を止める。

「これ、ママだ……」

「となりの美女が私ザマス」

「……」


 しかし確かに若い。

 母親に抱かれた赤ん坊はネクターだろうか。もしそうなら、約二十年前の写真ということになる。


「アイスティーしかないザマスけど、いいザマス?」

「お構いなく」

 ネクターは写真を見ながら応じた。

 じっと母親を見つめている。


「なんザマス? そんなに見つめて。欲しいなら差し上げるザマスよ」

「え、どうしよ」

「その写真を撮ったの、あなたのお父さまザマス。私がお宅をお邪魔したときに、記念に撮ってもらったんザマス」

「あ、これ最初に住んでた家だ。すぐ引っ越しちゃったけど。記憶にあるよ。玄関のところじゃない?」

「そうザマス。部屋が散らかってるからって、廊下で撮ったんザマス」

「そうなんだ……」


 ネクターは、あんまり感情を表に出すタイプではない。

 いまもほとんど出していないが。

 口数の多さから察するに、いろいろ思うところがあるのだろう。


 俺はテーブルに座ったまま、氷を鳴らしてアイスティーを一口やった。

 まだ日は高い。

 海も空も鮮やかな青。


 この島は、いつも天気だけはいい。


(続く)

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