お正義の時間
クソみたいな作戦を考えるとき、邪魔になるのは良識だ。いや常識でもいいが。とにかく固定概念があると、その外側を考えられなくなる。
逆を言えば、良識さえなくせば、クソみたいな作戦を考えることは可能となる。
勝利を得るのは、いつでも悪人なのかもしれない。
*
某月某日。
離島。
強烈な日差しの叩きつける海岸。
鉄骨の倉庫が並んでいる。
一部はダメージを受けて使用不能になっているが。
そこへ一台のセダンがやってきた。
評議会が来客用に使っている高級車だ。停車すると、まずは黒服の男が出て、ドアを開けた。中から出てきたのは、スーツの男。老人というほどではないが、若くもない。政治家の飽小路だ。テレビでおなじみの、不快そうな顔をしている。
実際、不快ではあるのだろう。忙しい中、本土から呼び出されたのだ。よほどの事件でなければ、この男は動かない。
運転席からも黒服が出てきた。
計三名。
倉庫のひとつへ向かって歩を進める。
中で待っていたのは西悟だ。
評議員の一人。
評議員ではあるが、超人のための活動などしていない。大事なのは自分のポジションと、そこから生み出される金だけ。
顔は老けているが、髪型だけ若者をマネている。日頃から海で遊んでいるのか、じつによく日焼けしている。
「先生、このたびははるばる遠くから……」
「挨拶はいい。本当なんだろうな、オリジンの計算が終わったというのは」
倉庫に入るなり、飽小路はイラ立ちもあわらにそう尋ねた。
「じつは、その……」
「なんだ? 聞かれたことにはハッキリ答えろ。お前と違って暇じゃないんだ」
言えないだろう。
これが罠だなんて。
だが、西がなにかを告げる前に、飽小路は気づいたらしい。
「待て。なんだこれは? 罠か?」
おそらく状況から察したわけではない。
こいつは頭脳の超人だ。能力をつかえば、即座にネットワークを形成できる。この場に想定外の人物がいることはすぐにバレるのだ。
まあ、バレたところで、対処できるとは言わないが。
*
数分後、彼らは縛り上げられた状態で、床に転がされた。
派手な格闘があったわけじゃない。
時間を止めて縛り上げた。地味な作業だった。
「な、なんだ? どうなった?」
喋れるのは飽小路だけ。
黒服二名も、西悟も、口にタオルを噛ませてある。
椅子に腰をおろしたゼロが、笑みを浮かべた。
「お目覚めザマス? いまからお正義の時間ザマス」
「お前は……。本土にいるはずじゃなかったのか?」
飽小路は、ゼロの顔を知っているらしい。
というかおそらく、主要メンバーの顔を記憶しているのだろう。
ゼロはしかし気にしていない。
「そうザマス。本土にいるザマス、表向きは」
「西! お前、裏切ったのか!?」
飽小路が一括するが、その西はタオルのせいでうーうーうなることしかできない。
俺とゼロ、そしてネクターの三名は、こっそり離島へ戻っていたのだ。
いちおう非公式だが、チヨダにも話は通してある。
「はい、お静かに。私語は謹んでもらうザマス。これから皆さんと、お正義についてのお話をするザマス。結果次第では、死んでもらうことになるザマス」
「ふざけるな! 誰の命令だ! そいつと話をさせろ!」
エビみたいにビチビチはねている。
この状態でも自分を上だと思えているのだから、なかなかの人物だ。
「もうあなたがなにをしたのか、全部分かってるザマス。なので過去の話ではなく、未来の話をしたいザマス」
「だから! お前らみたいな下っ端ではなく、上と話をさせろと言っているんだ!」
「上? お望みであれば、好きなだけ天井に向かって話せばいいザマスけど……。その場合、死が確定するザマス」
俺だったら相手の話を聞いてしまい、「上って誰のことを言ってるんだ?」などと返してしまうところだが。ゼロはそんなことはしない。質問するだけムダだということを分からせていく。
「お前の望みはなんだ? 言ってみろ。なんでも聞いてやる」
「第一問。過去を反省し、行動を変えるつもりがあるのか」
「どの件だ? 望みがあるならその通りにしてやる。だから言え。なにがしたい?」
金も権力もあるのだから、その気になれば、たいていのことは実現可能なんだろう。
あくまで、その気になれば。
ゼロは微笑のままだ。
「いまは内発性を問題にしているザマス。他人の意見など考慮せず、思うまま答えて欲しいザマス」
「本気か? 本気で正義がどうとか言っているのか? そこまで無知なのか?」
「その調子で続けるザマス」
質問には徹底して答えない。
このゼロという女、怖すぎる。
飽小路は溜め息をついた。この短時間のうちに、思考を整えているのだろう。悪人だが、頭は回る。あるいは頭が回るからこそ、悪人のまま成功できたのだろう。
「いいか? この世界は、お前たちが思ってるほど単純じゃない。いろんな思惑が入り乱れていて、いろんな力が働いて、それで動いてるんだ。ときにはグレーな手段も使わざるをえない。お前たち超人だってそうだ! 政府が保護しなければ、とっくに死んでいたはずだろう!」
「なるほど。それから?」
ゼロはメモ帳を取り出して、記録をとり始めた。
「政治のおかげで助かっているのに、自分たちの不満を政治家をぶつけるなど、逆恨みもはなはだしい」
「続きを」
「ふざけるな! 何様のつもりだ! 私になにを言わせたいんだ!」
まあ、飽小路の気持ちも分からなくはない。
事前準備もナシにスピーチをさせられているわけだから。
ゼロの回答は、しかしこうだ。
「このままだと死ぬザマスけど、どうするザマス? おやめになる? それとも、お続けになる?」
「不快な女だな! 言わせたいことがあるなら、言わせればいいだろう! 私を追い詰めたところで、結局は後悔するだけだぞ!」
するとゼロはかすかに溜め息をついた。
「なら、大サービスで、方向性だけ与えるザマス。まず、あなたの発言には、宇宙管理委員会への言及がないザマス。そして例の脱法ドリンクについての言及もナシ。いまのところ、まるでなにも事情を知らない赤ちゃんみたいな印象ザマス」
飽小路は歯噛みした。
「そこまで調べたのか……」
「なにをしたのか全部分かっていると、最初に伝えたはずザマス。ここからは、それらすべてをふまえた上で演説して欲しいザマス」
飽小路は観念したように溜め息をついた。
「なるほど。分かった。謝罪を求めているわけだな? だが、聞いてくれ。すべては、お前たちのためでもあったのだ」
「……」
「知っていると思うが、私も超人だ。同じ超人を恨んでいるはずがない。そうだろう? 悩んでいるものたちのために、表と裏で支援してきた。私に救われた超人は多い」
「表と裏、それぞれ具体的になにをしたんザマス?」
「表は……委員会だ。待て。お前たちは誤解しているようだが、あの団体に救われた人間はいっぱいいるんだ。その証拠に、行き場のない超人たちが集まっている」
信者を道具としか思っていないのに、よく言えたものだ。
ゼロは笑顔のまま促した。
「裏は?」
「それは……。ああ、そうだな。お前たちも知ってると思うが、深海という薬品を販売している。確かに非合法な活動だ。しかし事実、救われている人間がいるのだ。いま社会には、超人たちの居場所がない。だから私は、その居場所を作っている。敵じゃない。味方なんだ」
「なるほど。素晴らしいザマス。喋れば喋るほど事実と乖離していくザマスね」
「事実を言っている。そっちこそ、どこで吹き込まれたのか知らんが、出所不明のデマを信じるのはやめて欲しいものだな。おおかた、政権転覆を狙うテロリストの工作だろう」
俺たちが間違っている、というわけか。
まあ俺のおもな情報源はオリジンだから、オリジンがウソをついていればそうなる。だがこちらは、ゼロ、スターゲイザー、ネクター、そして亡くなったネクターの母親の情報とも矛盾なく一致している。一致しないのは、飽小路の証言だけだ。
飽小路は、今度は穏やかな声で言った。
「分かった。改めて対話の席をもうけよう。ぜひ誤解を解きたいのだ。たしかに、私にも不適切な言動があったかもしれない。だが、すべては超人と人間の共存のためにやったこと。それに、もしいま私を殺せば、君たちは人殺しになってしまうんだぞ? ただの誤解で犯罪者になりたくはないだろう? な? だから日を改めよう。こんな乱暴な方法ではなく、ひとつのテーブルを囲んで、大人同士、互いの意見を尊重しながらおおいに話し合おうじゃないか?」
起きたまま寝言を言えるのは、ある種の才能かもしれないな。
ゼロはメモ帳を閉じ、立ち上がった。
「では、死んでもらうザマス」
「……は?」
「ネクター、最期にお別れの挨拶は?」
促されたネクターはしかし「べつに」と肩をすくめた。
なんとも言えない笑みだ。
安心したようでもあり、どこか虚しそうでもあり……。
*
四人を放置したまま、俺たちは倉庫の外へ出た。
それから通信機を操作し、電磁波の歌を流す。
飽小路が連れている黒服は、二人とも三流の超人だ。
いざというときのボディーガードにしているのだ。
だからそれを使わせてもらう。
電磁波を浴びせられた三流の超人は、すぐにゼノスになる。
すると俺たちが手を汚すことなく、飽小路を始末できる。
飽小路の死因は、不幸な事故という扱いになるはずだ。
*
その後、俺たちはゼロの自宅へ案内された。
この島ではかなりの高級マンションだ。窓から海が見える。
内装は白をベースに、木造の家具で揃えられていた。シンプルながら居心地のいい家だ。
壁には、額縁に入れられた写真が飾られていた。
ネクターはその前で足を止める。
「これ、ママだ……」
「となりの美女が私ザマス」
「……」
しかし確かに若い。
母親に抱かれた赤ん坊はネクターだろうか。もしそうなら、約二十年前の写真ということになる。
「アイスティーしかないザマスけど、いいザマス?」
「お構いなく」
ネクターは写真を見ながら応じた。
じっと母親を見つめている。
「なんザマス? そんなに見つめて。欲しいなら差し上げるザマスよ」
「え、どうしよ」
「その写真を撮ったの、あなたのお父さまザマス。私がお宅をお邪魔したときに、記念に撮ってもらったんザマス」
「あ、これ最初に住んでた家だ。すぐ引っ越しちゃったけど。記憶にあるよ。玄関のところじゃない?」
「そうザマス。部屋が散らかってるからって、廊下で撮ったんザマス」
「そうなんだ……」
ネクターは、あんまり感情を表に出すタイプではない。
いまもほとんど出していないが。
口数の多さから察するに、いろいろ思うところがあるのだろう。
俺はテーブルに座ったまま、氷を鳴らしてアイスティーを一口やった。
まだ日は高い。
海も空も鮮やかな青。
この島は、いつも天気だけはいい。
(続く)




