パワープレイ
割り当てられた部屋に戻った俺は、なにも考えずにテレビをつけた。
俺の気分とは無関係に、みんな笑っている。
壁際に腰を下ろし、開けっ放しの缶ビールを飲む。
殺風景な部屋だ。
テレビやテーブル、冷蔵庫などはある。だが、最低限の機能しか存在しない。俺が個人的な趣味で買った雑誌や玩具、ゲーム機、あるいは資料などはひとつもない。安っぽいモデルルームみたいだ。
『超人って二百種類あんねん』
テレビの中の超人タレントがそんなことを言って場を沸かせた。
C級の超人は隔離されていないから、芸能の世界にもいる。某マリオネットだって堂々とアイドル活動をしていた。普通にいる。
ただ、超人をテレビに出すなという意見の視聴者も多い。超人は嫌われている。誰がバラまいたデマなのか知らないが、超人利権がどうたらと言われて、意味不明な罪をなすりつけられている。人間との違いは、例のドリンクを飲んだかどうかでしかないのに。
「サノバガン、開けるザマス」
外から声がした。
ピンポンピンポンとチャイムを連打しながら。
もう確認するまでもなく誰だか分かった。
来た理由はひとつも分からなかったが。
俺は飲みかけのビールを置き、玄関に向かった。
「はいはい。いま開けます」
「開けるザマス」
開けるって言ってんのに。
ドアを開くと、私服のゼロとエレガントマンが立っていた。なんなんだこの組み合わせは。
「入るザマス」
「え、ちょっと。ご用はなんなんです?」
「中で言うザマス」
二人は靴を脱いで、強引に入り込んできた。
仲間に相談もナシに、強盗にでも転職したのか?
やむをえずリビングに通した。正しくは「突破された」だけだが。
「よっこらショック死」
寒すぎるジョークとともに、ゼロは腰をおろした。
さすがは氷塵の超人。
まったく反応できなかった。
エレガントマンは「お邪魔します」などと常識人ぶった態度だが、紙袋はかぶったまま。必ず茶色の地味な紙袋を見つけてかぶっている。色にこだわりがあるのだろう。
俺は溜め息を噛み殺して尋ねた。
「して、ご用は?」
「その前に、客にビールはないんザマス?」
「いいけど……。なんか昔、ビールの件であなたにマウントとられた気がするんですけど」
「してないザマス」
ウソをつくんじゃねぇ……。最高の酒は最高の料理とどうたらこうたら言ってたぞ。俺が雑に飲んでるみたいに言いやがって。実際、雑ではあるが。分かりきった事実なんて、わざわざ言わないほうがいいのだ。俺が傷つく。
まあいい。どうせ飲んだら忘れる。シラフのうちからモメる必要もない。
俺は冷蔵庫から缶ビールを出してやった。
なんで家主がぬるいビールを飲んでいるのに、強盗どもに冷たいビールを飲ませるのか、自分でもよく分からないが。
俺はようやく腰をおろし、ピーナッツをみんなに勧めてから、あらためてこう切り出した。
「で、なんの用なんです? 見ての通り忙しいんですけどね」
ぬるいビールを飲んだあとで、つめたいビールも飲まないといけない。のみならず、ピーナッツも片付けないといけない。これが寝るまで続く。休憩ナシの激務と言っていいだろう。
ゼロはさめた目でテーブルを見つめた。
「怠惰を絵に描いたような晩餐ザマスね」
「毎日がラスト・サパーでね」
「人生最期の食事がこれでいいんザマス?」
「それより用件を言ってくださいよ。なんでもしますから」
ん?
いまなんでもするって言った?
いや、言ってない。
ゼロは横目でこちらを見ている。
「ずっと浮かない顔をしてたから、励ましに来たんザマス。励ましてくれるお友だちもいないみたいザマスし」
「……」
発言の前段も余計なお世話だが、後段も余計なお世話だ。つまり、すべてが余計なお世話だ。
とはいえ、こういうお節介は、のちのち効いてくる可能性もある。そのときはうるせーなと思っていても。思い出の中で美化されるタイプのエピソードだ。
いや、あとになってもうるせーだかけかも。
エレガントマンが、紙袋のままこちらを向いた。
「それで、唯一の友人であるオレが呼ばれたというわけなんだ」
「ありがとう。けど、勝手に唯一にしないでくれ。ほかにもいる。たぶん。探せばどこかに」
いると信じたい。
超人にだって、思想信条の自由くらいある。
だが、友人という建前は、数秒で崩れ去った。
誰も、なにも、発言しないのだ。
会話が生じない。
部屋には虚しくテレビの音声だけが流れている。タレントが喋る。客が笑う。俺はピーナッツをビールで流し込む。
「あの、もし暑かったら、エアコン下げるんで」
「大丈夫ザマス」
すべてが空疎だ。
なんなんだこいつらは?
結局俺たちは互いに友人ではないということを確認しに来たのか?
拷問はなにかの条約で禁止されているはずだが。
ビールの炭酸が抜けきっているだけでなく、完全に室温になっているせいで、それはただ腹に溜まる常温の液体と化していた。
ビールまで俺につらく当たらないで欲しい。
ぬるいビールは嫌いじゃないが、モノによるのだ。これは冷やさないと飲めない。口の中が苦いだけ。
本当に自分がビールを好きなのか怪しく思えてくる。
話題がなさすぎるから、あえて余計なことでも言うか。
「じつはオリジンと会話した」
「……」
二人はなんだこいつという顔でこちらを見た。
会話が苦痛なら帰ってくれないかな。
「いろいろ情報が入ったよ。一連の騒動は、飽小路ってヤツが関わってる」
「与党の議員ザマスね。委員会ともつながりがあるザマス」
さすがにゼロは詳しいな。
エレガントマンは体ごと斜めになっているが。そろそろ謎ポーズを取りたくてウズウズしているのかもしれない。
俺は探り探りではあるが、二人に告げた。
「例のドリンクがバラまかれて、罪のない市民が超人になったのもあいつのせいなんだ。俺はさぁ、あいつをどうにかすべきだと思うんだよね」
「同感ザマス」
返事が早い。
「同感って?」
「殺すんザマス」
こんなときまでパワー系か。
いや、いい。
いまは頼りになる。
「俺もそうしようと思ってた。けど、なんで? ゼロさん、あいつに恨みでも?」
「評議員の半分くらいは、もう飽小路の手に落ちてるんザマス。口では超人の独立とか言っておきながら、結局は自分さえよければ超人なんてどうでもいいんザマス。ぶっ殺さないと解決しないザマス」
この人、根っからの武闘派なんだよな。
私は倫理的ザマスみたいな顔をしてるのに。
まあ俺も人のことは言えないか。
「意外なところで仲間が見つかってホッとしてますよ」
「スターゲイザーとネクターがあなたになついてる時点で、おおかたそんなところだろうと思ってたザマス」
「二人を知ってたんですか?」
「以前、葬式で見かけたのをうっすらおぼえてたんザマス。向こうは覚えてなかったみたいザマスけど」
「葬式?」
するとゼロは、缶ビールを開けた。
「飽小路のせいで命を絶った女は、私の同僚だったザマス。評議会に配属になって、超人が差別されない社会を作ると意気込んでいたザマス。なのに最期は……」
世界は狭いな。
つまりゼロは、最初からスターゲイザーやネクターの正体を知っていたのだ。まあすべてを知っていたとは言わないが。少なくとも、その女性の肉親であることだけは。
ゼロはビールを一口やり、渋い顔をしてからこう続けた。
「私の個人的な都合がどうあれ、飽小路は明確に評議会の敵ザマス。このままぼうっとしていたら、私たち超人は居場所を失うザマス」
「けど、評議員の半分もあいつの味方じゃあ……」
「むしろ好都合ザマス」
「はい?」
なにか策でもあるのか?
この手の策略は、俺よりも彼女のほうがうまい。きっと強引な手段だと思うが。それでも俺がやるよりは話が進む。
「あなた、敵に呼び出されたらどう思うザマス?」
「敵に? そりゃ、罠だと思いますよ」
「では味方なら?」
「警戒心は薄まるかも……」
「そこザマス。つまりすでに飽小路の手に落ちている評議員を、こちらの駒として使うんザマス」
やはりパワープレイだった。
理屈は分かるが。
「どうやって?」
「知らないザマス? 力こそパワー、ザマス。超人たちで囲んで脅せば、どんな評議員でもちびって仲間になるザマス」
「そんな安直な。そんなことしたら、こっちの動きが飽小路に筒抜けになりますよ」
「普通はそうザマスねぇ。けど、ひとりチョロそうなヤツがいるんザマス」
もう目星をつけているのか。
そもそも、ゼロも飽小路を殺そうと思っていたのだ。すでに策を立てていたのだろう。
「どんなヤツです?」
「西悟。飽小路に買収された役人ザマス。金の流れはすでにつかんでいるので、あとはそれを突きつけるだけザマス。あの離島に家族も住んでて、最近子供が生まれたばかりなんザマス。幸せの絶頂ザマスねぇ」
本当に、どちらが悪人か分かったものじゃない。
「え、じゃあ俺がやらなくても、ゼロさんがやってたってこと?」
そう尋ねると、彼女は肩をすくめた。
「まさか。駒も揃ってないのに一人で始めるほど軽率じゃないザマス。念のため下準備していたら、たまたま手駒が転がり込んできて、計画が現実味を帯びてしまっただけザマス」
「手駒って」
「不服なら、そちらも私を手駒だと思えばいいんザマス」
互いに利用し合う関係ってわけか。
「概要は分かりました。西悟という人物を脅して味方につけて、飽小路を誘い出すんですよね? けど、問題はむしろそのあとです。あいつはただの議員じゃない。よく分からない人脈もある。もし安易に殺したら、あいつのおこぼれをもらっていた連中が、今度は俺たちを殺しに来ますよ」
するとゼロは、リモコンでテレビを消した。
「さっきからなんなんザマス、このテレビは。超人をネタにするのも大概にして欲しいザマス」
「まあ世相的に、超人ならいじってもいいことになってるんで」
「飽小路を消す手段についてもすでに考案済みザマス。だから、そこは安心していいザマス」
急に本題に戻るな。
まあ策があるならいいが。
静かになった部屋で、ゼロは一呼吸置いて続けた。
「それより、別の問題があるザマス」
「深刻な問題ですか?」
「特異点をどうにかするまで、離島に戻れないということザマス。ま、これも武器になるザマスけど」
「どんだけ武器持ってるんですか」
「知性を抑えきれない夜もあるザマス」
パワーも抑えきれてないけどな。
ところで俺の友人を自称する男が、完全にピーナッツで遊び始めてしまったんだが。
さすがに話の輪に入れてやるとするか。
「もしよかったら、ビール以外もあるけど」
「いや、いいんだ」
俺が声をかけると、彼は遠慮がちにそう言った。
ビールにも手を付けていない。
苦手なのかと思ったが。
「遠慮しないでくれ。いちおう友人って設定なんだからさ」
「いや、そうじゃないんだ。ビールを飲むためには、紙袋を脱がないといけないから、どうしようかと……。え、設定?」
マジでなんなんだこいつは。
クソどうでもいいことで脳のリソースを使いやがって。
もはや知性に対する冒涜だろ。
「ストロー、使う?」
「うん」
ストローでビール……。俺の流儀ではないが、やむをえまい。
俺はムリに脱がせるタイプじゃない。アルハラもしない。ストローが欲しいものにはストローを与える。敵じゃないんだから、できる範囲で助け合えばいいのだ。
(続く)




