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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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パワープレイ

 割り当てられた部屋に戻った俺は、なにも考えずにテレビをつけた。

 俺の気分とは無関係に、みんな笑っている。

 壁際に腰を下ろし、開けっ放しの缶ビールを飲む。


 殺風景な部屋だ。

 テレビやテーブル、冷蔵庫などはある。だが、最低限の機能しか存在しない。俺が個人的な趣味で買った雑誌や玩具、ゲーム機、あるいは資料などはひとつもない。安っぽいモデルルームみたいだ。


『超人って二百種類あんねん』

 テレビの中の超人タレントがそんなことを言って場を沸かせた。

 C級の超人は隔離されていないから、芸能の世界にもいる。某マリオネットだって堂々とアイドル活動をしていた。普通にいる。

 ただ、超人をテレビに出すなという意見の視聴者も多い。超人は嫌われている。誰がバラまいたデマなのか知らないが、超人利権がどうたらと言われて、意味不明な罪をなすりつけられている。人間との違いは、例のドリンクを飲んだかどうかでしかないのに。


「サノバガン、開けるザマス」

 外から声がした。

 ピンポンピンポンとチャイムを連打しながら。

 もう確認するまでもなく誰だか分かった。

 来た理由はひとつも分からなかったが。


 俺は飲みかけのビールを置き、玄関に向かった。

「はいはい。いま開けます」

「開けるザマス」

 開けるって言ってんのに。


 ドアを開くと、私服のゼロとエレガントマンが立っていた。なんなんだこの組み合わせは。

「入るザマス」

「え、ちょっと。ご用はなんなんです?」

「中で言うザマス」

 二人は靴を脱いで、強引に入り込んできた。

 仲間に相談もナシに、強盗にでも転職したのか?


 やむをえずリビングに通した。正しくは「突破された」だけだが。


「よっこらショック死」

 寒すぎるジョークとともに、ゼロは腰をおろした。

 さすがは氷塵の超人。

 まったく反応できなかった。


 エレガントマンは「お邪魔します」などと常識人ぶった態度だが、紙袋はかぶったまま。必ず茶色の地味な紙袋を見つけてかぶっている。色にこだわりがあるのだろう。


 俺は溜め息を噛み殺して尋ねた。

「して、ご用は?」

「その前に、客にビールはないんザマス?」

「いいけど……。なんか昔、ビールの件であなたにマウントとられた気がするんですけど」

「してないザマス」

 ウソをつくんじゃねぇ……。最高の酒は最高の料理とどうたらこうたら言ってたぞ。俺が雑に飲んでるみたいに言いやがって。実際、雑ではあるが。分かりきった事実なんて、わざわざ言わないほうがいいのだ。俺が傷つく。

 まあいい。どうせ飲んだら忘れる。シラフのうちからモメる必要もない。


 俺は冷蔵庫から缶ビールを出してやった。

 なんで家主がぬるいビールを飲んでいるのに、強盗どもに冷たいビールを飲ませるのか、自分でもよく分からないが。


 俺はようやく腰をおろし、ピーナッツをみんなに勧めてから、あらためてこう切り出した。

「で、なんの用なんです? 見ての通り忙しいんですけどね」

 ぬるいビールを飲んだあとで、つめたいビールも飲まないといけない。のみならず、ピーナッツも片付けないといけない。これが寝るまで続く。休憩ナシの激務と言っていいだろう。


 ゼロはさめた目でテーブルを見つめた。

「怠惰を絵に描いたような晩餐ザマスね」

「毎日がラスト・サパーでね」

「人生最期の食事がこれでいいんザマス?」

「それより用件を言ってくださいよ。なんでもしますから」

 ん?

 いまなんでもするって言った?

 いや、言ってない。


 ゼロは横目でこちらを見ている。

「ずっと浮かない顔をしてたから、励ましに来たんザマス。励ましてくれるお友だちもいないみたいザマスし」

「……」

 発言の前段も余計なお世話だが、後段も余計なお世話だ。つまり、すべてが余計なお世話だ。

 とはいえ、こういうお節介は、のちのち効いてくる可能性もある。そのときはうるせーなと思っていても。思い出の中で美化されるタイプのエピソードだ。

 いや、あとになってもうるせーだかけかも。


 エレガントマンが、紙袋のままこちらを向いた。

「それで、唯一の友人であるオレが呼ばれたというわけなんだ」

「ありがとう。けど、勝手に唯一にしないでくれ。ほかにもいる。たぶん。探せばどこかに」

 いると信じたい。

 超人にだって、思想信条の自由くらいある。


 だが、友人という建前は、数秒で崩れ去った。

 誰も、なにも、発言しないのだ。

 会話が生じない。

 部屋には虚しくテレビの音声だけが流れている。タレントが喋る。客が笑う。俺はピーナッツをビールで流し込む。


「あの、もし暑かったら、エアコン下げるんで」

「大丈夫ザマス」


 すべてが空疎だ。

 なんなんだこいつらは?

 結局俺たちは互いに友人ではないということを確認しに来たのか?

 拷問はなにかの条約で禁止されているはずだが。


 ビールの炭酸が抜けきっているだけでなく、完全に室温になっているせいで、それはただ腹に溜まる常温の液体と化していた。

 ビールまで俺につらく当たらないで欲しい。

 ぬるいビールは嫌いじゃないが、モノによるのだ。これは冷やさないと飲めない。口の中が苦いだけ。

 本当に自分がビールを好きなのか怪しく思えてくる。


 話題がなさすぎるから、あえて余計なことでも言うか。

「じつはオリジンと会話した」

「……」

 二人はなんだこいつという顔でこちらを見た。

 会話が苦痛なら帰ってくれないかな。

「いろいろ情報が入ったよ。一連の騒動は、飽小路ってヤツが関わってる」

「与党の議員ザマスね。委員会ともつながりがあるザマス」

 さすがにゼロは詳しいな。

 エレガントマンは体ごと斜めになっているが。そろそろ謎ポーズを取りたくてウズウズしているのかもしれない。


 俺は探り探りではあるが、二人に告げた。

「例のドリンクがバラまかれて、罪のない市民が超人になったのもあいつのせいなんだ。俺はさぁ、あいつをどうにかすべきだと思うんだよね」

「同感ザマス」

 返事が早い。

「同感って?」

「殺すんザマス」

 こんなときまでパワー系か。

 いや、いい。

 いまは頼りになる。


「俺もそうしようと思ってた。けど、なんで? ゼロさん、あいつに恨みでも?」

「評議員の半分くらいは、もう飽小路の手に落ちてるんザマス。口では超人の独立とか言っておきながら、結局は自分さえよければ超人なんてどうでもいいんザマス。ぶっ殺さないと解決しないザマス」

 この人、根っからの武闘派なんだよな。

 私は倫理的ザマスみたいな顔をしてるのに。

 まあ俺も人のことは言えないか。

「意外なところで仲間が見つかってホッとしてますよ」

「スターゲイザーとネクターがあなたになついてる時点で、おおかたそんなところだろうと思ってたザマス」

「二人を知ってたんですか?」

「以前、葬式で見かけたのをうっすらおぼえてたんザマス。向こうは覚えてなかったみたいザマスけど」

「葬式?」

 するとゼロは、缶ビールを開けた。

「飽小路のせいで命を絶った女は、私の同僚だったザマス。評議会に配属になって、超人が差別されない社会を作ると意気込んでいたザマス。なのに最期は……」


 世界は狭いな。

 つまりゼロは、最初からスターゲイザーやネクターの正体を知っていたのだ。まあすべてを知っていたとは言わないが。少なくとも、その女性の肉親であることだけは。


 ゼロはビールを一口やり、渋い顔をしてからこう続けた。

「私の個人的な都合がどうあれ、飽小路は明確に評議会の敵ザマス。このままぼうっとしていたら、私たち超人は居場所を失うザマス」

「けど、評議員の半分もあいつの味方じゃあ……」

「むしろ好都合ザマス」

「はい?」

 なにか策でもあるのか?

 この手の策略は、俺よりも彼女のほうがうまい。きっと強引な手段だと思うが。それでも俺がやるよりは話が進む。


「あなた、敵に呼び出されたらどう思うザマス?」

「敵に? そりゃ、罠だと思いますよ」

「では味方なら?」

「警戒心は薄まるかも……」

「そこザマス。つまりすでに飽小路の手に落ちている評議員を、こちらの駒として使うんザマス」

 やはりパワープレイだった。

 理屈は分かるが。

「どうやって?」

「知らないザマス? 力こそパワー、ザマス。超人たちで囲んで脅せば、どんな評議員でもちびって仲間になるザマス」

「そんな安直な。そんなことしたら、こっちの動きが飽小路に筒抜けになりますよ」

「普通はそうザマスねぇ。けど、ひとりチョロそうなヤツがいるんザマス」

 もう目星をつけているのか。

 そもそも、ゼロも飽小路を殺そうと思っていたのだ。すでに策を立てていたのだろう。

「どんなヤツです?」

西悟にしさとる。飽小路に買収された役人ザマス。金の流れはすでにつかんでいるので、あとはそれを突きつけるだけザマス。あの離島に家族も住んでて、最近子供が生まれたばかりなんザマス。幸せの絶頂ザマスねぇ」

 本当に、どちらが悪人か分かったものじゃない。


「え、じゃあ俺がやらなくても、ゼロさんがやってたってこと?」

 そう尋ねると、彼女は肩をすくめた。

「まさか。駒も揃ってないのに一人で始めるほど軽率じゃないザマス。念のため下準備していたら、たまたま手駒が転がり込んできて、計画が現実味を帯びてしまっただけザマス」

「手駒って」

「不服なら、そちらも私を手駒だと思えばいいんザマス」

 互いに利用し合う関係ってわけか。


「概要は分かりました。西悟という人物を脅して味方につけて、飽小路を誘い出すんですよね? けど、問題はむしろそのあとです。あいつはただの議員じゃない。よく分からない人脈もある。もし安易に殺したら、あいつのおこぼれをもらっていた連中が、今度は俺たちを殺しに来ますよ」

 するとゼロは、リモコンでテレビを消した。

「さっきからなんなんザマス、このテレビは。超人をネタにするのも大概にして欲しいザマス」

「まあ世相的に、超人ならいじってもいいことになってるんで」

「飽小路を消す手段についてもすでに考案済みザマス。だから、そこは安心していいザマス」

 急に本題に戻るな。

 まあ策があるならいいが。


 静かになった部屋で、ゼロは一呼吸置いて続けた。

「それより、別の問題があるザマス」

「深刻な問題ですか?」

「特異点をどうにかするまで、離島に戻れないということザマス。ま、これも武器になるザマスけど」

「どんだけ武器持ってるんですか」

「知性を抑えきれない夜もあるザマス」

 パワーも抑えきれてないけどな。


 ところで俺の友人を自称する男が、完全にピーナッツで遊び始めてしまったんだが。

 さすがに話の輪に入れてやるとするか。


「もしよかったら、ビール以外もあるけど」

「いや、いいんだ」

 俺が声をかけると、彼は遠慮がちにそう言った。

 ビールにも手を付けていない。

 苦手なのかと思ったが。

「遠慮しないでくれ。いちおう友人って設定なんだからさ」

「いや、そうじゃないんだ。ビールを飲むためには、紙袋を脱がないといけないから、どうしようかと……。え、設定?」


 マジでなんなんだこいつは。

 クソどうでもいいことで脳のリソースを使いやがって。

 もはや知性に対する冒涜だろ。


「ストロー、使う?」

「うん」


 ストローでビール……。俺の流儀ではないが、やむをえまい。

 俺はムリに脱がせるタイプじゃない。アルハラもしない。ストローが欲しいものにはストローを与える。敵じゃないんだから、できる範囲で助け合えばいいのだ。


(続く)

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