オリジン、曰く
結局、その後は事件らしい事件に遭遇しなかった。
あったとすれば、瓦礫の奥で挟まっていたネコを、イリンクスが能力で楽にするのか、エレガントマンが能力で楽にするのかで数秒もめて、結局はエレガントマンが治療したくらいか。
いずれにせよ上に報告するような事案ではない。
*
マンションに戻ると、ゼロがチヨダへの報告を始めた。
「なるほど……。で、これが押収した薬物ですか」
チヨダは顔にこそ出さなかったものの、露骨に気の進まない態度で紙袋を受け取った。
これにはゼロも引っかかったらしい。
「なんザマス? 持ち帰るべきでなかったのなら、公園のゴミ箱にでも捨ててきたほうがよかったザマス?」
「いえ、そうではないんです。ただ、これは委員会に返却しないといけませんから」
聞き間違いか?
返却?
俺はつい二度見してしまった。
「え、返すんですか? なぜ?」
「これの価値、分かってます? ひとつかみ何十万もするんですよ? それが何袋も入ってる。全部で数百万はするでしょう。それを政府が没収したなんてことになれば、委員会との衝突は避けられませんよ」
「もう衝突してるじゃないですか」
「表向き、してないんです。委員会には政治家も絡んでますし。あなたが考えるより複雑なんです」
政治家か。
おおかた、飽小路のことだろう。
そいつが政府と委員会をつないでいるから、話がややこしくなっている。襲撃犯の正体が分かっているのに、取り締まれない。ブツの押収もできない。じゃあ逆になんだったらできるんだ?
というか、こんな腰の引けた状態で、よく俺たちに本部を襲撃させたものだ。こいつらも一枚岩じゃないのは分かるが。俺たちの見えない場所で、政治家たちが綱引きをしているのかもしれない。
ともあれ、どうせチヨダは上には逆らえないのだ。彼に苦情を言っても仕方がない。
「けど、今日の見回りはなんだったんです? 急に言われたから、なにか明確な目的でもあるのかと思ったんですが……」
ただ指定されたルートを移動しただけだ。
いや、「だけ」にしては物騒だったが。
チヨダはうるさそうな目でこちらを見た。
「理由が必要ですか?」
「飲みかけのビールを放ったまま出たんですよ。帰ったら炭酸の抜けたそいつを供養しないといけない。こっちは物損が出てるんですよ」
しかもぬるくなっている。
俺の精神的苦痛は計り知れない。
チヨダは目を細めた。
「ええ。理由を説明したら、余計に不快になると思いますが。まあ、お望みのようですから説明しましょう。薬物の売人が、警察の顔認証に引っかかりましてね」
「だったら……」
「そうです。本来、警察の業務です。しかしあの薬物は、基本的に取引相手が超人です。それで警察が出動を嫌がりましてね。代わりに、超人にやらせろと言ってきたのです」
「えっ? じゃあ俺たちは、警察の仕事を押し付けられたわけですか?」
しかも権限のない状態で?
「私としては、あなたたちの姿を見たことで、彼らが立ち去ってくれればいいと考えたのですが……。まさか取引相手を殺害して、薬物を丸ごと持ち帰るとは思いませんでした」
「謝罪したほうがいいんでしょうか?」
こちらとしては、プランがあるのに、事前に説明しなかったことを謝罪して欲しいくらいなのだが。
チヨダはなんとも言えない顔になった。
「構いませんよ。後始末をするのは警察ですから。ただ、先程も言った通り、この薬物は委員会へ返却します。いまはこれ以上、関係をこじれさせたくありませんから」
「了解」
警察に仕事を押し付けられたはいいが、ただ見回りだけさせて追っ払うつもりだったのか。
なんの権限もないわけだし、取引さえ阻止できればそれでよかったのだろう。
ゼロが溜め息をついた。
「報告は以上ザマス」
「分かりました。また別途指示があるまで、お休みください」
なにがお休みくださいだ。
こっちは言われなくても休んでたのに。
*
解散後も、俺は部屋に残った。
「ネクター、ちょっといいか?」
「なに?」
もう休みだというのに呼び止められたせいか、彼女は鬱陶しそうな表情だった。
まあ、自由時間に声をかけて悪いとは思うが。
「オリジンと会話したい。少し、力を貸してもらえないか?」
「ホントに?」
「ムリなら別の日にでも」
「いいよ。じゃあそこ座ってるから、勝手に力使って」
彼女はソファに腰をおろした。
スマホを取り出して、なにやら操作をしている。
本当にいいのか?
都合よく他人に力を使われて、彼女はなんとも思わないのだろうか?
まあ本人に特別な力がないぶん、エネルギーの総量だけは桁違いなんだと思うが。
俺は別のソファに腰をおろして、意識を集中し始めた。
無線で、どこかのネットワークに入るような感覚。そもそもネットワーク自体は、オリジンが勝手につないでいる。だから、こちらからは、すでに見えている存在に、ただ呼びかければいい。サーバーにコマンドを打ち込むみたいに。
*
それは会話と呼べるようなものではなかった。
こちらは言葉で尋ねるが、向こうからは言葉ではなく、完結した情報だけが返ってくる。急に正解を与えられるとでもいうべきか。脳のシナプスをいじられている感じだ。
こちらの呼びかけに、オリジンは応答してくれた。
まずは挨拶から始めようとしたのだが、すでにその情報は知っていると返ってきた。要件だけ聞きたいらしい。ずいぶんドライな性格だ。
『じゃあ尋ねるけど。この世界でなにが起きてるんだ? いまいち分かってないから、自分がどうすべきなのかも分からなくて』
回答はこうだ。
別の質問をしろ。
『冷たいな。感想くらい聞かせてくれてもいいじゃないか』
するとなぜかスターゲイザーの情報が返ってきた。
オリジンとスターゲイザーは、協力関係にあったらしい。オリジンは情報を与える。代わりに、スターゲイザーは断絶の超人を殺害する。
『なぜ断絶の超人を殺害したいんだ?』
情報はすぐに来た。
オリジンは、人類の無意識を使い、ある計算をしているのだという。なにを計算しているのかまでは教えてくれなかったが。とにかく、無断で人類の脳をグラボとして使い、何かをマイニングしているのだ。そのためにネットワークが大事なのだという。
しかし断絶の超人は、存在するだけでネットワークを切断してしまう。のみならず、彼女が能力を使った瞬間、広範囲のネットワークが破壊される。オリジンはそれに困っている。
スターゲイザーが無謀な戦いを挑んだのは、彼自身の都合ではなく、オリジンの都合であったことが分かった。
彼は洗脳されていたわけではない。
オリジンとの取引に応じざるを得なかったのだ。
『で? おそらく俺に、特異点を殺して欲しいのでは?』
オリジンは肯定。
ついでにオリジンは、肉体を失って情報化されたスティレットが、自身のネットワークに保存されていることも教えてくれた。つまり、スティレットの運命は、オリジンが握っているというわけだ。
『えーと、つまり? こちらには、選択肢がないように思えるんだが?』
それについてオリジンは判断しなかった。
自分で判断しろということか。
スティレットの存在を消されてもいいのなら、オリジンに協力する必要はない。しかしスティレットの存在を消されたくなければ、オリジンに協力せざるをえない。
『分かった。やるよ。まさか脅してくるとは思わなかったが』
無反応。
こういう感情だけのやり取りは、オリジンにとってどうでもいいらしい。
『せっかくなんで、飽小路について教えてくれ。おっと、追加で交換条件を用意しないでくれよ。もしスターゲイザーが生きてたら、彼から聞けた情報なんだからな。彼が死んだのはあんたの都合だ。これくらいはサービスしてくれ』
俺の感情に関する情報はスルーされ、事実だけが返ってきた。
飽小路――。
政治家。頭脳の超人。金と権力を欲している。独立志向の強い評議会を瓦解させようと目論んでいる。カルトとつながっている。ダージャー博士とつながっている。
『ちょっと待ってくれ……。急にそんなこと言われても……。ていうか、博士も共犯なの?』
博士は、飽小路の計画には興味がないらしい。彼が欲しているのは、あくまで研究に必要なデータだけ。
カルトがS級の超人から集めたデータは、飽小路を経由して博士の手にも渡っていたのだとか。
それだけじゃない。俺たちが離島で戦っていたときもデータを取られていたし、UFOとかいうクソチームでやった仕事でもデータを取られていた。死亡したゼノスのサンプルなんかも、最終的には博士のもとへ送られていたようだ。
『博士もぶっ殺したほうがいいのかな?』
それに関しては、オリジンは無視。
その代わり、別の情報が来た。
離島にある評議会の本部ビルは、もとは政府が運営していた宇宙関連の研究所だったらしい。
宇宙から飛来してきたオリジンは、まっさきにそこへ移動させられた。研究対象というよりは、政府もどうしていいか分からなくて、とりあえず安全な場所で保護したのだ。
そこへ目をつけたのが飽小路だった。
オリジンが金になると確信したのだろうか。飽小路は、海外で異端扱いされていたダージャー博士を呼び、自由にオリジンの研究をさせた。体組織を抜き取り、分析させた。その結果、動物を変質させる「アニマ因子」を発見した。
アニマ因子の研究が始まった。
動物に投与して、どのように変化するのか観測された。
結果、無視できない二つの事実が判明した。
一点目。因子を投与された動物は、最終的に原型を失って暴走すること。つまり必ずゼノス化すること。
二点目。知能の高い動物ほど、変化が大きいこと。つまりこの地球においては、人間がもっとも変化しやすいこと。
すぐに人体実験が始まった。
実験の対象に選ばれたのは、カルトの信者たちだった。
そもそも宇宙管理委員会なるカルトは、飽小路が税金対策のために立ち上げた宗教団体だったらしい。はじめは小さな組織だったそうだが……。各所から金が投じられ、急速に規模を拡大していった。
超人の能力は、魅力的だった。
誰もが簡単に特別になれる。
その代わり、代償も大きい。
ゼノス化を抑制する研究も始められた。もしこの実験に成功すれば、人はリスクを負わず超人になれるのだ。
だが、すぐには成功しなかった。
次々と超人は生まれる。
しかし、必ずゼノスになる。
あるとき、深化しきったゼノスから、ゼノス化を抑制する因子が発見された。それが「アニマ抑制因子」。その効果は永続ではなく、あくまで一時的に深化を抑制するだけ。つまり、超人のゼノス化を防ぐには、定期的にこれを投与する必要がある。
負のサイクルが始まった。
アニマ抑制因子を抽出するために、常にゼノスの死体が求められるようになった。
『なんだよそれ……。つまり、その抑制因子を抽出するために、人為的にゼノスが作られてるってことなのか?』
そう。
もっとも重要なのは、超人になることではなかった。
超人になったあとで、ゼノスにならないことだったのだ。
このシステムが確立したのち、飽小路とカルト幹部は堂々と超人になった。
そして彼らをゼノスに変質させないために、他の誰かがゼノス化させられることになった。
他の誰か――。
それは、誰でもよかった。
アニマ因子の配合された「アニマムンD」なるクソドリンクが、全国的に発売された。
人類を無差別にゼノス化するために。
ドリンクが回収されたあとは、そのドリンクを再利用して、深海まで作られた。離島に保管されていた大量のドリンクは、そのための材料だったのだ。
『分かった。分かりましたよ。情報の提供には感謝するよ。ありがとう。けど、ホントにあんたを信用していいのか? 俺たちが特異点を始末したら、あんたはその計算とやらを加速させるんだろ? それが人類にとって好ましくない影響を与えるんだとしたら……』
*
一方的に会話を切り上げられてしまった。
時計を見ると、まだ一分も経っていない。
エネルギーの供給が止まったからか、ネクターはむずがゆそうに身をよじった。
「え、なに? もう終わり?」
「ああ。終わったよ。ありがとう」
一気に大量の情報を浴びたせいか、頭はしゃっきりしないが。
少し一人で考える時間が欲しい。
ビールなんて飲んでいる場合じゃない。
「なにその顔? 世界が終わったみたいな顔して」
「もとからこういう顔なんだよ」
「あっそ」
興味をなくしたとばかりに、ネクターはスマホの操作をはじめた。
なぜこんなに気楽なのか分からない。
おそらく特異点より先に、飽小路を始末しておくべきなんだろう。
その逆だと、なにが起こるか分からない。
しかし問題は、特異点はいつでも殺せるのに、飽小路には近づく手段さえないということだ。まあ、ないというのはウソだが。おそらく一度しか使えない賭けになる。成功の保証もない。
いや、問題はそれだけじゃない。
もし俺が特異点を殺してしまったら……。せっかくスティレットが復活しても、その事実を望まないだろうということだ。幼い命が、自分のために犠牲になる。その事実と付き合いながら生きていくことになる。
もしネクターが強力してくれれば、いますぐにでもスティレットを復活させられる。
しかしそうなると、俺が飽小路を殺す動機が失われる。少なくともネクターにとってはなんのメリットもない。
指示通りに行動すれば、俺は特異点を殺し、飽小路を殺し、そして初めてスティレットを復活させることになる。
リスクは二つある。
ひとつはオリジンが計算を爆速で進めるようになること。結果は予測不能。
もうひとつは、飽小路を殺せば、俺は追われる立場になるということ。普通に逮捕されるならまだマシで、ヘタすると非合法な連中に命を狙われる。スティレットを復活させている余裕はないかもしれない。
なにかを失わなければ、なにも手に入らないのかもしれない。
(続く)




