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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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オリジン、曰く

 結局、その後は事件らしい事件に遭遇しなかった。

 あったとすれば、瓦礫の奥で挟まっていたネコを、イリンクスが能力で楽にするのか、エレガントマンが能力で楽にするのかで数秒もめて、結局はエレガントマンが治療したくらいか。

 いずれにせよ上に報告するような事案ではない。


 *


 マンションに戻ると、ゼロがチヨダへの報告を始めた。


「なるほど……。で、これが押収した薬物ですか」

 チヨダは顔にこそ出さなかったものの、露骨に気の進まない態度で紙袋を受け取った。

 これにはゼロも引っかかったらしい。

「なんザマス? 持ち帰るべきでなかったのなら、公園のゴミ箱にでも捨ててきたほうがよかったザマス?」

「いえ、そうではないんです。ただ、これは委員会に返却しないといけませんから」

 聞き間違いか?

 返却?


 俺はつい二度見してしまった。

「え、返すんですか? なぜ?」

「これの価値、分かってます? ひとつかみ何十万もするんですよ? それが何袋も入ってる。全部で数百万はするでしょう。それを政府が没収したなんてことになれば、委員会との衝突は避けられませんよ」

「もう衝突してるじゃないですか」

「表向き、してないんです。委員会には政治家も絡んでますし。あなたが考えるより複雑なんです」


 政治家か。

 おおかた、飽小路あくのこうじのことだろう。

 そいつが政府と委員会をつないでいるから、話がややこしくなっている。襲撃犯の正体が分かっているのに、取り締まれない。ブツの押収もできない。じゃあ逆になんだったらできるんだ?

 というか、こんな腰の引けた状態で、よく俺たちに本部を襲撃させたものだ。こいつらも一枚岩じゃないのは分かるが。俺たちの見えない場所で、政治家たちが綱引きをしているのかもしれない。


 ともあれ、どうせチヨダは上には逆らえないのだ。彼に苦情を言っても仕方がない。

「けど、今日の見回りはなんだったんです? 急に言われたから、なにか明確な目的でもあるのかと思ったんですが……」

 ただ指定されたルートを移動しただけだ。

 いや、「だけ」にしては物騒だったが。


 チヨダはうるさそうな目でこちらを見た。

「理由が必要ですか?」

「飲みかけのビールを放ったまま出たんですよ。帰ったら炭酸の抜けたそいつを供養しないといけない。こっちは物損が出てるんですよ」

 しかもぬるくなっている。

 俺の精神的苦痛は計り知れない。


 チヨダは目を細めた。

「ええ。理由を説明したら、余計に不快になると思いますが。まあ、お望みのようですから説明しましょう。薬物の売人が、警察の顔認証に引っかかりましてね」

「だったら……」

「そうです。本来、警察の業務です。しかしあの薬物は、基本的に取引相手が超人です。それで警察が出動を嫌がりましてね。代わりに、超人にやらせろと言ってきたのです」

「えっ? じゃあ俺たちは、警察の仕事を押し付けられたわけですか?」

 しかも権限のない状態で?


「私としては、あなたたちの姿を見たことで、彼らが立ち去ってくれればいいと考えたのですが……。まさか取引相手を殺害して、薬物を丸ごと持ち帰るとは思いませんでした」

「謝罪したほうがいいんでしょうか?」

 こちらとしては、プランがあるのに、事前に説明しなかったことを謝罪して欲しいくらいなのだが。


 チヨダはなんとも言えない顔になった。

「構いませんよ。後始末をするのは警察ですから。ただ、先程も言った通り、この薬物は委員会へ返却します。いまはこれ以上、関係をこじれさせたくありませんから」

「了解」

 警察に仕事を押し付けられたはいいが、ただ見回りだけさせて追っ払うつもりだったのか。

 なんの権限もないわけだし、取引さえ阻止できればそれでよかったのだろう。


 ゼロが溜め息をついた。

「報告は以上ザマス」

「分かりました。また別途指示があるまで、お休みください」

 なにがお休みくださいだ。

 こっちは言われなくても休んでたのに。


 *


 解散後も、俺は部屋に残った。

「ネクター、ちょっといいか?」

「なに?」

 もう休みだというのに呼び止められたせいか、彼女は鬱陶しそうな表情だった。

 まあ、自由時間に声をかけて悪いとは思うが。

「オリジンと会話したい。少し、力を貸してもらえないか?」

「ホントに?」

「ムリなら別の日にでも」

「いいよ。じゃあそこ座ってるから、勝手に力使って」

 彼女はソファに腰をおろした。

 スマホを取り出して、なにやら操作をしている。


 本当にいいのか?

 都合よく他人に力を使われて、彼女はなんとも思わないのだろうか?

 まあ本人に特別な力がないぶん、エネルギーの総量だけは桁違いなんだと思うが。


 俺は別のソファに腰をおろして、意識を集中し始めた。

 無線で、どこかのネットワークに入るような感覚。そもそもネットワーク自体は、オリジンが勝手につないでいる。だから、こちらからは、すでに見えている存在に、ただ呼びかければいい。サーバーにコマンドを打ち込むみたいに。


 *


 それは会話と呼べるようなものではなかった。

 こちらは言葉で尋ねるが、向こうからは言葉ではなく、完結した情報だけが返ってくる。急に正解を与えられるとでもいうべきか。脳のシナプスをいじられている感じだ。


 こちらの呼びかけに、オリジンは応答してくれた。

 まずは挨拶から始めようとしたのだが、すでにその情報は知っていると返ってきた。要件だけ聞きたいらしい。ずいぶんドライな性格だ。


『じゃあ尋ねるけど。この世界でなにが起きてるんだ? いまいち分かってないから、自分がどうすべきなのかも分からなくて』


 回答はこうだ。

 別の質問をしろ。


『冷たいな。感想くらい聞かせてくれてもいいじゃないか』


 するとなぜかスターゲイザーの情報が返ってきた。

 オリジンとスターゲイザーは、協力関係にあったらしい。オリジンは情報を与える。代わりに、スターゲイザーは断絶の超人を殺害する。


『なぜ断絶の超人を殺害したいんだ?』


 情報はすぐに来た。

 オリジンは、人類の無意識を使い、ある計算をしているのだという。なにを計算しているのかまでは教えてくれなかったが。とにかく、無断で人類の脳をグラボとして使い、何かをマイニングしているのだ。そのためにネットワークが大事なのだという。

 しかし断絶の超人は、存在するだけでネットワークを切断してしまう。のみならず、彼女が能力を使った瞬間、広範囲のネットワークが破壊される。オリジンはそれに困っている。


 スターゲイザーが無謀な戦いを挑んだのは、彼自身の都合ではなく、オリジンの都合であったことが分かった。

 彼は洗脳されていたわけではない。

 オリジンとの取引に応じざるを得なかったのだ。


『で? おそらく俺に、特異点シンギュラリティを殺して欲しいのでは?』


 オリジンは肯定。

 ついでにオリジンは、肉体を失って情報化されたスティレットが、自身のネットワークに保存されていることも教えてくれた。つまり、スティレットの運命は、オリジンが握っているというわけだ。


『えーと、つまり? こちらには、選択肢がないように思えるんだが?』


 それについてオリジンは判断しなかった。

 自分で判断しろということか。

 スティレットの存在を消されてもいいのなら、オリジンに協力する必要はない。しかしスティレットの存在を消されたくなければ、オリジンに協力せざるをえない。


『分かった。やるよ。まさか脅してくるとは思わなかったが』


 無反応。

 こういう感情だけのやり取りは、オリジンにとってどうでもいいらしい。


『せっかくなんで、飽小路について教えてくれ。おっと、追加で交換条件を用意しないでくれよ。もしスターゲイザーが生きてたら、彼から聞けた情報なんだからな。彼が死んだのはあんたの都合だ。これくらいはサービスしてくれ』


 俺の感情に関する情報はスルーされ、事実だけが返ってきた。


 飽小路――。

 政治家。頭脳の超人。金と権力を欲している。独立志向の強い評議会を瓦解させようと目論んでいる。カルトとつながっている。ダージャー博士とつながっている。


『ちょっと待ってくれ……。急にそんなこと言われても……。ていうか、博士も共犯なの?』


 博士は、飽小路の計画には興味がないらしい。彼が欲しているのは、あくまで研究に必要なデータだけ。

 カルトがS級の超人から集めたデータは、飽小路を経由して博士の手にも渡っていたのだとか。

 それだけじゃない。俺たちが離島で戦っていたときもデータを取られていたし、UFOとかいうクソチームでやった仕事でもデータを取られていた。死亡したゼノスのサンプルなんかも、最終的には博士のもとへ送られていたようだ。


『博士もぶっ殺したほうがいいのかな?』


 それに関しては、オリジンは無視。

 その代わり、別の情報が来た。


 離島にある評議会の本部ビルは、もとは政府が運営していた宇宙関連の研究所だったらしい。

 宇宙から飛来してきたオリジンは、まっさきにそこへ移動させられた。研究対象というよりは、政府もどうしていいか分からなくて、とりあえず安全な場所で保護したのだ。


 そこへ目をつけたのが飽小路だった。

 オリジンが金になると確信したのだろうか。飽小路は、海外で異端扱いされていたダージャー博士を呼び、自由にオリジンの研究をさせた。体組織を抜き取り、分析させた。その結果、動物を変質させる「アニマ因子」を発見した。


 アニマ因子の研究が始まった。

 動物に投与して、どのように変化するのか観測された。


 結果、無視できない二つの事実が判明した。


 一点目。因子を投与された動物は、最終的に原型を失って暴走すること。つまり必ずゼノス化すること。

 二点目。知能の高い動物ほど、変化が大きいこと。つまりこの地球においては、人間がもっとも変化しやすいこと。


 すぐに人体実験が始まった。


 実験の対象に選ばれたのは、カルトの信者たちだった。

 そもそも宇宙管理委員会なるカルトは、飽小路が税金対策のために立ち上げた宗教団体だったらしい。はじめは小さな組織だったそうだが……。各所から金が投じられ、急速に規模を拡大していった。


 超人の能力は、魅力的だった。

 誰もが簡単に特別になれる。

 その代わり、代償も大きい。


 ゼノス化を抑制する研究も始められた。もしこの実験に成功すれば、人はリスクを負わず超人になれるのだ。

 だが、すぐには成功しなかった。


 次々と超人は生まれる。

 しかし、必ずゼノスになる。


 あるとき、深化しきったゼノスから、ゼノス化を抑制する因子が発見された。それが「アニマ抑制因子」。その効果は永続ではなく、あくまで一時的に深化を抑制するだけ。つまり、超人のゼノス化を防ぐには、定期的にこれを投与する必要がある。


 負のサイクルが始まった。


 アニマ抑制因子を抽出するために、常にゼノスの死体が求められるようになった。


『なんだよそれ……。つまり、その抑制因子を抽出するために、人為的にゼノスが作られてるってことなのか?』


 そう。

 もっとも重要なのは、超人になることではなかった。

 超人になったあとで、ゼノスにならないことだったのだ。


 このシステムが確立したのち、飽小路とカルト幹部は堂々と超人になった。

 そして彼らをゼノスに変質させないために、他の誰かがゼノス化させられることになった。


 他の誰か――。

 それは、誰でもよかった。


 アニマ因子の配合された「アニマムンD」なるクソドリンクが、全国的に発売された。

 人類を無差別にゼノス化するために。

 ドリンクが回収されたあとは、そのドリンクを再利用して、深海デプスまで作られた。離島に保管されていた大量のドリンクは、そのための材料だったのだ。


『分かった。分かりましたよ。情報の提供には感謝するよ。ありがとう。けど、ホントにあんたを信用していいのか? 俺たちが特異点シンギュラリティを始末したら、あんたはその計算とやらを加速させるんだろ? それが人類にとって好ましくない影響を与えるんだとしたら……』


 *


 一方的に会話を切り上げられてしまった。

 時計を見ると、まだ一分も経っていない。


 エネルギーの供給が止まったからか、ネクターはむずがゆそうに身をよじった。

「え、なに? もう終わり?」

「ああ。終わったよ。ありがとう」

 一気に大量の情報を浴びたせいか、頭はしゃっきりしないが。

 少し一人で考える時間が欲しい。

 ビールなんて飲んでいる場合じゃない。


「なにその顔? 世界が終わったみたいな顔して」

「もとからこういう顔なんだよ」

「あっそ」

 興味をなくしたとばかりに、ネクターはスマホの操作をはじめた。

 なぜこんなに気楽なのか分からない。


 おそらく特異点シンギュラリティより先に、飽小路を始末しておくべきなんだろう。

 その逆だと、なにが起こるか分からない。

 しかし問題は、特異点シンギュラリティはいつでも殺せるのに、飽小路には近づく手段さえないということだ。まあ、ないというのはウソだが。おそらく一度しか使えない賭けになる。成功の保証もない。


 いや、問題はそれだけじゃない。

 もし俺が特異点シンギュラリティを殺してしまったら……。せっかくスティレットが復活しても、その事実を望まないだろうということだ。幼い命が、自分のために犠牲になる。その事実と付き合いながら生きていくことになる。


 もしネクターが強力してくれれば、いますぐにでもスティレットを復活させられる。

 しかしそうなると、俺が飽小路を殺す動機が失われる。少なくともネクターにとってはなんのメリットもない。


 指示通りに行動すれば、俺は特異点シンギュラリティを殺し、飽小路を殺し、そして初めてスティレットを復活させることになる。

 リスクは二つある。

 ひとつはオリジンが計算を爆速で進めるようになること。結果は予測不能。

 もうひとつは、飽小路を殺せば、俺は追われる立場になるということ。普通に逮捕されるならまだマシで、ヘタすると非合法な連中に命を狙われる。スティレットを復活させている余裕はないかもしれない。


 なにかを失わなければ、なにも手に入らないのかもしれない。


(続く)

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