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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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ヴィジランテ(二)

 歩いていると、見慣れた街並みと、破壊された痕跡が、交互に現れた。

 進路をふさがれた特異点シンギュラリティは、このあたりを行ったり来たりしたようだ。まあ行政も彼女を止めようと必死だったのだろう。おかげで被害が拡大してしまった。


 日は傾いている。

 いずれ夜が来る。


 俺たちは公園の近くで足を止めた。

 いる。

 あきらかに怪しい連中が。

 計三名。ヘアスタイルだけ小ざっぱりしたカピバラみたいな顔の、スーツの男女が、病的に痩せたTシャツの男になにかを渡そうとしていた。しかも彼らは、俺たちの姿を見ると、渡しかけていた紙袋を慌てて回収してしまった。

 なにもやましいことがないのなら、途中でやめる必要はないのに。


「ほら、出番ザマス。次は誰が行くザマス?」

 ゼロがすました顔で言った。

 自分の番が終わったからって、ずいぶん余裕の態度だ。


 俺はつい苦情から先に出してしまった。

「行ってなにするんですか?」

「あの怪しいブツの中身を確認するザマス」

「なんの権限で?」

「権限? ンなもんなくてもヤるザマス」

 どっちが犯罪者だか分かったものじゃない。

 こんなの、警察だって任意じゃなきゃ対応できなさそうなのに。


 イリンクスが袖を引っ張ってきた。

「サノバガン、一緒に行きましょう?」

「えっ?」

「だってそうでしょ? まさか、そのちんちくりんと一緒がいいの? そんなこと言わないよね?」

 ちんちくりん、か。

 ネクターはニヤニヤしている。ケンカ上等という顔だ。だが、仮にケンカが始まったら、ネクターは一瞬で戦闘不能になる。なぜ余裕の笑みなのか分からない。絶対に止めなくては。


 だが、反論は予想外の角度から来た。

「なに言ってるザマス? その二人で組んだら、残りの二人はどうなるザマス? エレガントマンもネクターも戦闘向きじゃないザマス。サノバガンはネクターと、イリンクスはエレガントマンと組むザマス。いいザマスね?」

 現代の大岡裁きだな。

 しかし戦力がそんなに重要だろうか? 戦闘しなければいいだけだと思うのだが。

 ゼロの頭の中には、そんなプランはないらしい。


 イリンクスは盛大な溜め息をついた。

「なんで私が紙袋と……」

 エレガントマンは一言も反論せずにポーズをとっている。会話に参加するよりも、ポージングのほうが大事なのだ。


 俺はもう誰かの判断を待たず、歩き出した。

「やるよ。あまり時間をかけたら彼らにも悪い」

 三人は逃げようかどうか迷っているようだった。

 しかし出入口には俺たちがおり、周囲は金網で囲まれている。逃げ場がないのだ。まあ金網を超えるなら話は別だが。


「ち、近づかないでください。なにか用ですか?」

 カピバラ男が先に声をかけてきた。

 こいつらも怪しいが、俺たちもじゅうぶん怪しい。

「俺たち、委託を受けてこの辺の見回りをしてるんです。なにか変わったことはないかと思いまして」

「さあ。なんで俺たちに聞くんですか?」

「その荷物……」

「はい?」

「中身、見せてもらっても?」

「は? 人の私物を? なんの権限で? 警察呼びますよ?」

 そう。

 権限がないのだ。

 どう考えても、俺たちの行動がおかしい。逆の立場だったらきっと不愉快だろう。じつに嫌な仕事だ。


 俺はつい顔をしかめながらも、こう続けた。

「警察? まあ、呼んでもらっても構いませんよ。そのほうが早いんでしたら」

「いや、でも……。話が大袈裟になるし……」

「最近、物騒なんで。住人の安全のためにも、ご協力願えませんか?」

「これ、私物ですけど? 令状あるんですか?」

「ないんですよ。警察じゃないんで」

「あのさぁ、だったら民間人だろ? 余計にダメじゃないかよ。あっち行けよ」

 男はあきらかに動揺を隠そうと強がっていた。

 仲間とおぼしき女も、取引相手とおぼしき男も、みんな動揺していた。


 ふと、ネクターが斜めがけのバッグから手錠を取り出した。

「もう捕まえて吐かせようよ」

「……」

 これには俺も絶句だ。

 早くも実力行使とは。


 誰かが行動を起こす前に、俺は時間を停止した。


「あれ? 止めたの? なんで?」

 ネクターが抗議の目を向けてきた。

 だが、抗議したいのはこちらのほうだ。

「交渉するより、先に現物を確認したほうがいいと思ってな」

「結局、実力行使じゃん」

「そうだな。けど、君の案より被害を抑えられる」

 最初からこうしておけばよかったのだ。


 俺は遠慮なく男に近づき、紙袋を覗き込んだ。

 茶色の紙で包装された物体が、大量に詰め込まれている。おにぎりではあるまい。俺は無遠慮に手を突っ込んで、ひとつ回収した。

 さて、中身は……。


 テープで厳重に巻かれていたが、構わずはぎとった。

 中には、うっすら青く発光する物体が詰め込まれていた。それが風邪薬みたいにパッケージされて、いくつも連なっていた。

 おそらく深海デプスだろう。

 現物は初めて見るが。


「どうするの?」

 ネクターの問いに、俺は「任せてくれ」とだけ応じた。


 *


 もとの位置に戻ってから、俺は時間を動かした。

「じつはさっき、これを拾いましてね」

「えっ?」

「道に落ちてたんです。いやー、中を見てビックリしましたよ。まさか……ねぇ……?」

「そ、そんなの知らない! なんでそれを俺たちのものだって決めつけるんだ? 関係ないだろ」

 彼の認識では、その意見が通るはずなんだろう。

 まさか時間を止めて中身を取られたとは思ってもいないのだから。


 俺は控えめに溜め息をついた。

「分かってると思いますけど、俺ら、警察じゃないんです。だからこれ、返してもいいですよ。もし、皆さんのものだって証明できるならね」

「あ、えーと……」

「けど、違うなら落とし主に返してあげなきゃだから。警察に持っていくしかないかも」

「いやいや! 待って! 待った! 一回! 待って!」

 男がそう反応すると、女が「ちょっと!」と彼の服をつかんだ。


「仕方ないだろ! あれ一個で何十万もすんだから!」

「ダメだって。罠だって」

 急に仲間割れしてしまった。

 イレギュラーが起きたときの想定をしておかないからこうなる。


 ここまで対応がヘタクソとなると、こいつらは下っ端の人間かもしれない。

 しかも、これだけの量の深海デプスをサバいているとなると、委員会と直でつながっている可能性がある。なんならこいつらも信者かもしれない。


 男はこちらを睨みつけた。

「そもそも、あんたらなんなんだ? なんでそれを知ってる? 警察じゃないなら、公安か?」

「なんの権限もない民間人ですよ。ただ、委員会のことはよく知ってますよ。その青いのがなにを引き起こすのかもね」

 そう。

 そして客の男。こいつはおそらくC級の超人だろう。もし常習者なら、クスリの影響でB級の能力を獲得しているかもしれない。


 Tシャツの男が「あーっ!」と声をあげた。

「こいつら、野外ライブでテロを起こした超人じゃん!」

 なぜそうなる?

 俺たちはむしろ被害者なのだが。


 男はこちらへ指を向けた。

「う、動くな! 動いたら撃つ! こっちは魔弾の超人だぞ! 指から攻撃が出る! 脅しじゃないからな!」

「えぇっ……」

 こいつ、魔弾の超人かよ。

 しかも俺と違ってホンモノだ。

 このまま撃ち合ったら、相打ちになる可能性もある……。まあ、だったら、そもそも撃ち合わなければいいだけの話だが。


 俺は即座に時間を停止し、男の頭に狙いを定め、エネルギーを集中させた。


「あー、ズルい。時間止めて攻撃するんだ。チートじゃん」

 ネクターが余計なツッコミを入れてきた。

「いいだろ、別に。流行ってんだぞ、チート」

「ホントに? 流行ってんの? どこで?」

「どこ? まあ、どこかで……」

 そう言われると自信がなくなってきた。


 *


 時間が動き出すと、頭部を失った男が、膝から崩れ落ちた。

 心臓の鼓動に合わせて首から血液が吹き出し、公園を赤く汚してゆく。


 数秒おいて、スーツの男女がぎょっとした顔で男の死を目撃。だが、それでもなにが起きたか分からないといった様子だった。


 俺はできるだけ刺激しないよう告げた。

「ああ、大丈夫。いまのは正当防衛ですから。ところで中身、見せていただいても構いませんかね?」

「はっ……はっ……」

 男は過呼吸になっている。

 俺は構わず袋を奪う。

「これ、俺が拾ったのと同じヤツですよね?」

「あ、あの……ちが、違うんです……。俺ら……命令されてやっただけで……」

「誰に? ボンバー・パーソンに?」

「そんな上の人じゃないです! もっと下の! ブロック長の人ですぅ……」

 泣きながら崩れ落ちてしまった。


 まあ、こいつらは殺すほどのこともなかろう。

 さっきの男とは違う。あいつは俺たちを殺そうとしていた。こちらへ銃口を向けたようなものだ。同等の行為で応じたらこうなった。やむをえない。


「じゃあ、この袋はもらっていきますね。ブロック長に報告しておいてください。サノバガンにやられたって」

「はいぃ……」


 俺はなんとか余裕ぶって見せたが、内心では焦っていた。

 あいつが撃っていたら、俺は死んでいた可能性がある。まあ実際にはエレガントマンがいるから、即死でない限りは助かったと思うが。


 仲間たちのもとへ戻ると、みんなやや驚いた顔をしていた。

「あなた、『自分は良識があります』みたいな顔しておいて、意外と容赦ないザマスね」

「たぶん酒が抜けたせいだと思います」

 そんなワケないだろ。

 正当防衛だって言ってんのに。


 ゼロは通信機へ呼びかけた。

「本部。死体の処理をお願いするザマス。場所はそちらで把握している通りザマス」

 俺たちの位置はGPSで把握されている。

 言わずとも通じる。


(続く)

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