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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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ヴィジランテ(一)

 通信機を持ち帰ったのだが、チヨダは特に興奮した様子もなくそれを回収した。カルトがこれを持っていることについて、以前から知っていたのだろう。いま委員会を仕切っているのがボンバー・パーソンだということも、当然のごとく受容された。

 つまり政府は、襲撃者の正体を知っていて、あえて本部を叩かずに、現場に来た下っ端だけを処分する方針なのだ。かなりの被害を受けたのに、それでもカルト本体だけは守りたいらしい。


 *


 それから数日、特に出動はなかった。

 留置場ではなく、マンションでの生活だから、これといった不満もなかった。


 夏は終わった。

 あくまで暦の上では。

 だというのに、いつまでもダラダラと暑さだけが続いていた。


 *


「日本には四季があるんじゃなかったのかよ。えぇ? なんで秋がねーんですか、秋がよぉ。もうずっと夏。エンドレス・サマーだ。これちょっとした地獄じゃない?」


 急に出動命令が出され、俺たちは現場で降ろされた。

 今日はなにもないと思ってビールを飲んでいたのに。


「なんで昼間からお酒飲んでるの? バカじゃないの?」

 ネクターはジト目でこちらを見てくる。


 いったいどんな材料をもとに、俺をバカだと算出したのか知りたいもんだな。

 俺はつい言い返した。

「出動さえなければ、一日中飲んでいても問題ないはずだったんだ。予定を変えたのは上なんだから、責めるならそいつを責めてくれ」

「なにそれ? 人のせい?」

「人のせいだよ。もっと言えば、チヨダが予定を変えたのは、この世界が問題を起こしたからだ。つまり、原因はこの世界だ。君が責めるべきは俺ではなく、世界のほうなんだよ。おっと、反論は最後まで聞いてからにしてくれ。そもそも、個人の有しているエネルギーと、世界が有しているエネルギーを比べてみて欲しい。どっちが大きいと思うんだ? 問題の原因は、たいてい世界の側にある。これは裁量の問題とも通底していてな、つまり権限もよこさないクセに責任だけ負わせるような組織ってのは」

「うるさい」

「……」

 そうだ。

 俺は酔っ払っちゃいない。

 冷静だから黙ることもできる。


 イリンクスがつめたい表情で近づいてきた。

「いいのよ、サノバガン。あなたにはいつでもお酒を飲む権利があるんだから。あの小蝿を黙らせたかったらいつでも言ってね。静かにさせてあげるから」

「え、いや、まあ……そこまでは……」

 イエスと答えても問題だし、ノーと答えても問題だ。

 そもそも怖い提案をしないで欲しい。


 ゼロが引率の先生みたいに手をパンパンと叩いた。

「はい、お静かに。いまは業務時間中ザマス。本日はターゲットを特定しない見回り活動ザマス。このところ廃墟と化した一部地域で、超人によるトラブルが多発してるザマス。私たちは街を歩き回って、そいつらを止めるんザマス」

 最悪だ。

 俺は遠慮なく溜め息をついた。

「だから、俺たちにはなんも権限ないんですよ? 戦ったら傷害罪で検挙されるんですよ?」

 これにはゼロもうんざり顔だ。

「表向きそうでも、うまいこともみ消すことになってるザマス。警察の代わりにやってるんザマスから」

「脱法行為じゃないですか」

「なんザマス? 納得できないから、参加したくないと? ならサノバガンは職務放棄という扱いにしておくザマス」

「いや、待ってくださいよ。そこまで言ってないでしょ」

「だったら黙って従うザマス。いまさら自分がまともな組織にいると思わないで欲しいザマス」

「……」

 もうやだこのパワー系上司。

 この組織にはハラスメントが横行している。


 警察でもないのに、警察の真似事をしてパトロールなんて。

 もちろん市民でも、見回りくらいは許可されている。

 問題は、なにかトラブルがあったときだ。


 *


 ボディースーツの上から、また例の黒コートを着せられた。

 クソ暑いのに。

 まあ黒コートの集団が歩いていたら、いくらか犯罪抑止になるかもしれないが……。いや、逆に通報される可能性もあるのではなかろうか。一人は頭に紙袋をかぶっているし。


 街の一部は廃墟のようになっていた。

 特異点シンギュラリティに破壊されたビルが、隣接した建物も巻き込んで、ある一角を確実に廃墟にしていた。そしてその破壊が連続して連なっている部分もある。

 その一方で、破壊をまぬかれた建物は、じつに整然としていた。かつては退屈に感じられた日常的な景色を保っている。

 そう。

 不謹慎ではあるが、俺たちはいつもの景色を、破壊されるまでは退屈だと感じてしまう。なつかしむのは、それが破壊されたあとだ。


 状況が落ち着いていないせいで、片付けも始まっていない。

 破壊されたまま。

 便乗して火事場泥棒をするヤツもいた。すると世間では、根拠もなく超人のせいにされた。犯人が超人でないと判明したあとでも、人々は反省もなく超人を叩き続けた。彼らにとって、事実などどうでもいいのだ。誰かが線を描いた瞬間、あっちとこっちに分かれて争いを始める。きっと俺たちは、そういう反射をする動物なのだろう。


「しかしひでーザマだな」

「サノバガン、もっと言葉を選ぶザマス」

 怒られてしまった。

 まあ、ゼロの言う通りだ。

 破壊されたほうは、気分がよくないだろう。


 歩行者の数は少ない。

 買い物袋を持って歩いている人はちらほらいるが。生存のための最低限の外出しかしていない様子だ。

 日没前だというのに、雰囲気がピリピリしている。


「こ、困りますよ。そんなお金ありませんし」

「は? 仕事させておいて、いまさら払えないって言うんですか?」

 ある家の前で、住民らしい年配の女性と、屈強な男たちが揉めていた。男の数は五名。路上に停車している白のワゴンが彼らの車だろうか。

「でも、五十万なんて……」

「じゃあ三十万でいいよ」

「ですから、そんなお金……」

「あ? 踏み倒すっての?」


 どう見てもトラブルだな。

 問題は、俺たちが介入すべきかどうか、だが。


 悩む俺をよそに、フェニックスが前に出た。

「おい、そんな言い方するな。困っているだろ」

 初対面の相手と話をするときは、まずは挨拶してから自己紹介すべきだと子供のころに習ったものだが。

 彼女はいくつかの手順を飛ばしてしまったようだ。


 男は一瞬ぎょっとした顔になったが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。

「は? なんだお前? ここの家の人? 違う? なら無関係なヤツが首突っ込んでくんなボケ。ウゼェからよ」

 男に突き飛ばされて、フェニックスはこちらへ倒れ込んできた。

 俺はスルーしてもよかったが、あとで怒られそうだったので、ひとまず受け止めてやった。


 男たちは、また女性に詰め寄ろうとしたが、しかし優先度を変えてこちらに近づいてきた。

「お前ら、なに? イチャモンでもあんの? 俺ら、この家の前を片付けてやったの。だからその料金を請求してんの。なんか文句ある?」


 ふと、寒気がした。

 いや、精神的なものではなく、実際に温度が下がっているというか。


 男の髪が、みるみる凍結していった。

 誰がやったのかは、考えるまでもない。


 ゼロが優雅な足取りで前へ出た。

「そうザマス。文句があるザマス」

「ザマス? え、てか、なんで俺の頭……凍って……。えっ? お前らってもしかして……」

「ええ、ご明察。私たちは非合法な存在ザマス。もちろん法律なんて、生まれてこのかた守ったことがないザマス」

「待てよ。B級の超人? なんで本土に……?」

 ゼロはB級ではなく、A級だ。

 本土には絶対にいないはずの超人。


「たったいまからここらは私たちのシマになるザマス。勝手にビジネスをされたら困るんザマス」

 ゼロがパァンと頭をはたくと、男の髪だけがキレイに消え去った。

「んぎっ……」

「今回は髪だけで許してやるザマス。けど、もしまたここらで見かけたら、三本目の足を凍らせて冷凍ソーセージにしてやるザマス」

「ま、待って……。帰るから」

「はい? 帰る? 迷惑料も払わずに?」

「え……」

 えげつない。

 そのまま追い払えばいいのに、金まで取るつもりか。


 すると男の一人が「でも自分、現金持たない主義なんで」と言った。

 ゼロは笑顔だ。

「なら財布ごと置いていくザマス」

「は?」

「財布を置いていくか、身体の一部を置いていくか、選ばせてあげるザマス」

 そう言いながら、男たちの靴を凍らせていった。

 カウントダウンとばかりに。


 *


 男たちは靴を失って逃げていった。

 ゼロは財布を拾って中をあらためる。

「なぁーにが現金は持たない主義ザマス? ちゃんと入っているザマス」

 権限がないからって、積極的に法律を守らない方針でいくつもりか?

 俺はゼロという女を誤解していたかもしれない。


 彼女は、しかし免許証や保険証だけを抜き取ると、現金を残したまま、女性に財布を手渡した。

「こっちはいらないので処分をお任せするザマス」

「えっ?」

「連中の身分は抑えたザマスから、報復に来ないよう、しかるべき機関に通報しておくザマス。お金は迷惑料だと思って受け取っておくザマス」

「いえ、その……」

 困惑している女性の返事もまたず、ゼロは戻ってきた。


「理解したザマス? 見回りというのは、こうやるものザマス」

 やりすぎだ。

 なぜそんなやりきったような顔ができるんだ。

「どう考えても見回りの域を超えてるんですがね……」

 しかし俺の意見は無視された。


「フェニックス、怪我はないザマス?」

「問題ない」

「あなた、正義感が強いのはいいザマスけど、ちゃんとあとの展開も考えないとダメザマスよ?」

「ん……」

 あのフェニックスが、珍しく反論もせずにうなずいた。


 まあ戦闘になれば、フェニックス一人でも勝てたとは思うが。

 彼女のキックは、交渉には使えない。人間相手に使えば、必ずミンチにしてしまう。たぶん家も壊す。最悪だ。


 ネクターはヒュウと口笛を吹いた。

「いいじゃん、いいじゃん。こういうのだよ。やっぱ悪いヤツには力で分からせないとね」

 愉快そうに笑っている。

 彼女は力に溺れるタイプかもしれないな。

 ネクターに戦闘力がなくてよかった。


「では見回りを続けるザマス。今回は私とフェニックスがやったので、次は別のメンバーに任せるザマス。まずは習うよりなれろ。お手本通りにやってみるザマス」

 ゼロはアルカイック・スマイルを浮かべ、歩き出した。


 クソみたいなお手本を見せられてしまった。

 しかもそれと同じことをしろとは。


 まあ今回のゼロの対応が、必ずしも間違っているとは言わないことにするが……。

 個人的にはあまり気が進まない。

 どう考えても家で飲んでたほうがマシだった。


(続く)

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