地獄の夏フェス(三)
半壊したビルがいくつかあったので、そこを借りた。
「え、なになに!? なにこれ!?」
椅子に縛られたマリオネットが、パニックになって騒ぎ出した。
帽子の兄ちゃんもぎょっとした顔ではあったが、マリオネットの大声のせいで沈黙のまま。
椅子に四肢を拘束した状態で、二人の時間を動かしたのだ。
ただし、超人の力をもってすれば、普通のローブなど切断されてしまう。だからネクターが持っていた手錠を借りた。なぜ持っているのかは知らないが。
まあ、彼女もおじさんと一緒に仕事をしていたわけだから、こういった準備は普段からしているものなのだろう。
「落ち着いてくれ。話を聞きたいだけだ」
「誰!? あ、あんた! えーと! 誰だっけ?」
マリオネットは俺の顔を認識しているようだな。
野外ライブで会ったときに見たのだろうか? いや、おそらく事前にカルトから情報が行っていたはずだ。
ただ、顔だけはおぼえているが、いろんな人と会っているうちにどこの誰だか忘れてしまったといったところか。
「サノバガンだ。評議会の人間といえば分かるか」
「あーっ! あの人殺し! え、待って! 殺さないで!」
他者の命を奪ったことは否定すまい。
しかしあらためてハッキリ言われると、自分が悪人のような気がしてくる。
いや、まあ、悪人か。
男はキョロキョロしていた。
「どうした? あんたが探してるのはコレか?」
俺が通信機を見せると、彼は血走った目を見開いた。
おそらく命を捨ててでも、ゼノスになって現場をメチャクチャにするつもりだったのだろう。しかし、ゼノスになるチャンスは失われた。
「こっちも仕事でね。現場の警備を命じられてる。つまり? そう。職務に必要な情報を得なくてはならないんだ。ああ、騒がないで。お互い、感情的にならずに話を進めようじゃないか。もし殺してしまったら情報が手に入らないことは、俺だって分かってるんだ。できるだけ平和にお話を聞ければなと思ってる」
動けない相手に上から演説。
どちらが悪役か分かったものではないな。
マリオネットがまた騒ぎ出した。
「待って! 違うの! ホントに! 私、関係ない!」
「落ち着いて。ちゃんと聞くから」
ウソではない。俺はちゃんと聞きたいのだ。
ネクターがコンクリートの床に拷問器具を並べているせいで、楽しいおしゃべりの時間をぶち壊しているが。
俺は遠慮なく溜め息をついた。
「ネクター、それは必要ないだろう。片付けてくれないか?」
「使わなくても、演出のために必要でしょ?」
「演出もいいんだよ」
「ホント、おじさんと同じこと言うんだね……」
道具がピカピカだ。これは本当に演出用であって、未使用なんだろう。スターゲイザーの良識に感謝したいところだな。
俺は男に近づいた。
「まず、誰に命じられたのか教えてくれ?」
「め、命令じゃない! 自分で志願したんだ!」
はいはい。
命令ではなく、志願。
他者をコントロールするための、模範的な手口だ。
「では、誰に志願したんだ?」
「それは……。けど、待ってくれ! あんたも超人なんだろ? なんで旧人類の味方につくんだよ? おかしいだろ!」
感情面に訴えてきた。
まあ正直、俺だって、超人の味方をしたい気持ちはある。しかし愚かな超人の味方はしたくない。つまり俺の評価軸は、超人か人間かではない。賢いか愚かかなのだ。
「誰に志願したのか教えて欲しいんだが」
「だから、それは……」
「言わないと足を撃ち抜く」
「なんでだよ!? 拷問しないんじゃなかったのか!」
「道具を使わないと言ったんだ」
拷問器具を使うと、間接的にでも相手に触れることになる。そんなの生々しいじゃないか。
その点、エネルギー弾なら、離れていてもダメージを与えられる。
かくして他者を害するハードルがさがっていくというわけだ。
マリオネットが「違うの! 私、関係ない!」とまた騒ぎ出した。
仕方がないので、俺は横から蹴り飛ばして椅子ごと転倒させた。もちろん本気じゃない。相手も三流とはいえ超人なのだから、この程度でダメージは受けないだろう。少なくとも肉体的には。
「ひぎっ! 待って! 待って待って! 乱暴しないで!」
「静かにしてくれたらな」
「ひうっ……うっ……」
声が出そうになるのを、必死で我慢している。
普段、声を出す訓練はしていても、黙る訓練はしていないか。
「さて、これで三度、同じ質問をすることになる。誰に志願したのか、そろそろ教えて欲しい。ちなみに俺の攻撃は、かなり調整が効く。一撃で膝を粉砕し、切断することもできるし、切断しないこともできる。気分次第でな」
「ボンバー・パーソンだ!」
男はついに自供をはじめた。
「ボンバー・パーソン? それはカルトの……委員会のメンバーなのか?」
「そうだ! 組織のナンバー・スリーだった人だ! いまは彼が組織を運営している!」
なるほど。
教祖とセンチネルが死亡したいま、そのボンバー・パーソンとかいうのがカルトを仕切っているわけか。
「名前からすると、そいつが爆弾を手配したと予想できるが?」
「ああ。爆弾の専門家だ。前の野外ライブのときも、ボンバー・パーソンが爆弾を用意した」
あのときのアイツか。
ボンバー・パーソン。
イラつく名前だ。
そのパーソンは必要なのか? シンプルにボマーではダメだったのか?
暑さのせいで、くだらないことが気になってしまう。
男は急に顔をあげ、こちらを見た。
「けど、その子は違う! 関係ない! 今回の作戦は、三人でやる予定だったんだ! そのうち二人はもう自爆してる! あとは俺だけだ! だからその子に罪はない!」
「ほう?」
立派な態度だ。
もし事実ならな。
横倒しのマリオネットもこれに便乗した。
「ホントに関係ないの! たまたま通りかかっただけ! ちょっと見てただけなの!」
「主張は理解した。しかし客観的事実として、あんたは現場にいた。能力も持ってる。これでテロに加担していないと言えるのか? 証拠は?」
「な、なによ証拠って……。だいたい、私はカルトの仲間じゃない! 自爆テロなんてするわけないじゃない!」
事実かもしれないが、ひどい言い草だ。
男はじっと目をつむって反論もしない。
「分かった。あんたの主張はいったん保留にしておこう。男のほうに質問だ。テロの目的は?」
「暗愚な旧人類に、正しき光の存在を知らしめるためだ」
はい。
この言葉のチョイス。
間違いなく信者だろう。信者であることを隠そうともしない。
「もっと詳しく教えてくれ。あんたらの行為は、特異点とどう関係している?」
「彼女は、光の母の祝福を受けた至高の超人だ。全超人にとっての子供なのだ。俺たちは、彼女を守る義務がある」
光の母というのは、教祖だったミラージュのことだろう。
特異点は例のドリンクのせいでああなったに過ぎないが、カルトの中ではミラージュの祝福ということになっているらしい。
カルトの教えらしく、ちゃんとクソめいているな。感心するぞ。
俺は溜め息にならないよう、ひとつ呼吸をした。
「で、特異点は、あんたらのことを知っているのか?」
「彼女はすべてを知っている」
いや、たぶん知らないぞ。
彼女は、あの施設にうんざりして出てきたのだから。
その後は誰とも交流していない。オリジンのネットワークからも孤立している。それが断絶の超人の能力だ。
「分かった。次、マリオネット。あんたの話を聞かせてもらおう」
「なによ! その前に起こしてよ!」
「終わったら起こす」
地べたに顔をはりつけて、屈辱そうにこちらを見ている。
自分がサディストじゃなくてよかった。
「あんたとカルトの関係を教えてくれ」
「言いたくない……」
目をそらした。
弱みでも握られているのか?
まあそうだろう。
ここは俺が代弁してやるしかない。
「深海を受け取る代わりに、あいつらの仕事を受けていただろう?」
「……」
「そんな態度をとらなくていい。三流の超人ってのは、だいたいみんなそうなんだ」
すると彼女は、急にこちらを睨みつけた。
「は? 三流? は? 私のこと言ってんの? なにそれ? だったらあんたはなんなのよ!? 自分のほうが上だとでも言いたいワケ!?」
そういえば「三流の超人」なる呼称は、チヨダらが勝手に命名したものだった。
呼称される側の合意はひとつも得ていない。
「クスリで強化されたC級の超人を、政府ではそう呼んでるんだ」
「そっちが何級かは知らないけど、C級だからって底辺みたいに言わないでよ! こっちだって好きでなったわけじゃない! 私が病気なら、あんたらだって病気じゃない! 私以上の病気でしょ!」
かなりこじらせているな。
確かに、C級でもなんでも、「あなたはこういう属性です」とラベリングされた時点で、それが評価軸になってしまう。そして評価軸が発生すると、自動的にマウントが始まる。望まずともマウントに巻き込まれる。自分ではコントロール不能な属性のせいで、社会的評価まで決まってしまう。
「落ち着いてくれ。三流と呼んだのは悪かった。謝罪するよ」
「そうやって上から目線で、気持ちいいんでしょうね。こっちは人から見下されながら、なんとか生きてるのに」
彼女もまた被害者というわけか。
しかし前回のライブで、彼女は逃げるためとはいえ能力でファンを錯乱させた。もはや被害者ではない。加害者だ。
「事実だけ教えてくれ。なぜ深海に手を出した?」
「だから、言いたくない……」
「力が欲しかったのでは?」
「……」
否定しない、か。
C級というのは、おもに身体能力だけが強化された状態だ。特殊能力はほぼ発露しない。つまり、手からエネルギー弾が出ることもないし、透明もなれない。仮に思念の超人であっても、C級であれば特別なことは何もできない。
能力が発露するのはB級からだ。
しかし深海を使えば、C級であっても能力だけは発露する。その代わり、安定した能力ではないから、電磁波でゼノスになってしまう。
もし今回、男が通信機を使ってゼノスになっていたら、近くにいたマリオネットもゼノスになっていただろう。予期せず、二体のゼノスに襲撃されるところだった。
俺はうなずいた。
「なるほど。いいだろう。一通り理解できたと思う。その上で、俺なりの結論を出せたと思う。で、悪いんだが……」
*
もとの場所に戻って時間を動かした。
現場は混乱している。
俺はしばらくしてから通信機に呼びかけた。
「こちらサノバガン。自爆したのは二名。ほか、カルト関係者が一名いたので処分しました」
『処分? もうですか?』
「廃ビルの中に死体が転がっているはずです。通信機でゼノスになろうとしてました。通信機はすでに押収してます。指示してたヤツが誰なのかも判明したので、事務所で説明します」
『了解……。状況が落ち着くまで待機していてください』
まだ帰れない、か。
男のほうは、初犯ではない。もし解放してもまたテロに参加したはずだ。
死んでもらうしかなかった。
マリオネットは、今回の業務の範囲外だったので解放した。
もし彼女がテロに加担しているのだとしたら、どこかにスピーカーだけ設置して、身を隠して歌でも流せばいい。それで現場は地獄の夏フェス会場と化す。
しかし彼女は、爆発が起きたとき、野次馬と一緒になって驚いていた。たまたま居合わせただけというのは、おそらく事実だろう。
ネクターが半笑いのまま目を細めた。
「あの女、なんで逃がしたの? アマいんだね」
「給与外労働はしない主義なんだよ。それに、感情で誰かを殺し始めたら、それこそ本当にただの人殺しになっちまう」
「一人も二人も一緒じゃん」
「一緒じゃない。少なくとも俺の中ではな。もしそれを理由にブレーキをかけないんだとしたら、そいつはもう人間とは呼べない」
「へえ。お兄さん、まだ人間のつもりでいたんだ?」
「……」
俺はあえて返事をしなかった。
超人は、人間ではない――。
それは事実かもしれない。定義上は。
けど、俺たちは心まで人間をやめたわけじゃない。そもそも人間が、そこまで立派なものかどうかはともかくとして。
いや、いい。
仕事はこなしたんだ。裁量の範囲で全部やった。あとは帰ってビールとピーナッツで豪遊するだけだ。
(続く)




