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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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地獄の夏フェス(二)

 セミの声がやんだ。

 雲も流れない。

 時間が止まった。


 もし俺の一人の力でこれをやったら、おそらく数分で年単位の寿命を失うレベルだと思う。しかしネクターがエネルギーを供給してくれるおかげで、こちらはノーリスクで実行できてしまう。

 そう考えると、これを何度も繰り返してきたネクターは、いったいどれだけのエネルギーを秘めているのか。恐怖すらおぼえてくる。


 俺はひとつ呼吸をし、周囲を確認した。

 いつまでも他人のエネルギーを使ってはいられない。早く不審者を特定しなくては。

 とはいえ、顔認証にかかったという人物の顔を、俺は知らない。


 さっき自爆したペット連れの老人は違うだろう。

 顔認証にかかったという情報は、警察にも共有されているはず。なのに警察は、自爆した老人には反応していなかった。だからあの老人とは別の人物。


 俺は歩を進め、できるだけ多くの人間の顔を見た。

 ほとんどの野次馬は、道路を挟んだ向かい側、立入禁止区域の外側にいる。それも歩道に沿ってずらーっといる。

 襲撃犯は外から来る。きっと野次馬のていで紛れ込んでくる。まだ来ていないということはないだろう。爆発が起きたのだ。必ず連動して動く。


 歩き回る俺の後ろを、ネクターは他人事みたいについてくる。

「どいつだと思う?」

「さあな。なにせ探偵ごっこは初めてだし」

「さっきの爆発で、みんな逃げようとしてる。けど、たぶん襲撃犯は一人だけ現場に入ろうとしてるんじゃないかな」

「なるほど。賢いな」

 この世界のことなんかどうでもいいみたいな顔をしているのに。

 意外と事件の解決に前向きだ。


 俺は彼女のヒントをもとに、怪しい人物を探すことにした。

 そして歩きながら、こう尋ねた。

「そういや前に、協力して欲しいことがあるって言ってたけど」

「うん」

「内容は?」

 たぶん彼女は、いまは答えたくなかったのかもしれない。

 だが、俺としては早めに聞いておきたかった。そして早めに問題を解決して、スティレットを蘇生させて欲しかった。


 ネクターはかすかに溜め息をついた。

「殺して欲しい人がいるんだよ」

「誰だ?」

 俺がそう尋ねると、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。

「え、いいの? 絶対お説教してくると思ったのに。意外と乗り気だね」

「まだヤるとは言ってない。最初に結論から聞いておこうと思って」

飽小路あくのこうじだよ」

「政治家の?」

「そう」


 じつは名前しか知らないが。

 わりとニュースで見かける気がする。与党の、主流派ではないが、なぜか毎回重要なポストについている人物だ。たぶん四十代くらいか。いや五十代かも。実績や経歴は知らない。


 ネクターはさらに獰猛な笑みを浮かべた。

「例のカルトと政府のパイプ役みたいな人。ママのかたき」

「それは……聞いてもいい話かな?」

「いいよ。ママはね、もともと評議会にいたの。超人じゃないよ。運営してる人間のほう。官僚だったから、政府から派遣されて」

 母親は、俺たちのボスのボスだったってことか。

 それが、なぜ政治家と?


 世界が静止しているせいで、二人が喋らないと急に静かになる。

 太陽の光だけが鮮烈だから、写真の中を歩いているみたいだ。


 ネクターはいくらか言いよどんでから言葉を続けた。

「あるとき、飽小路から裏取引を持ちかけられたらしいの。評議会で保管してるドリンクを、自分たちによこすようにって」

「ドリンクを?」


 博士の顔が印刷されたクソみたいなドリンクだ。

 あれを飲んだせいで、なんの罪もない人間が超人にされてしまった。B級以上は離島に隔離。C級は隔離されていないが、厳しい制約を受けながら生活している。超人の割合は、人口の一割程度と推定されている。十人に一人だ。結構いる。

 商品名は忘れた。

 ジョークみたいな名前だった気がする。


「オリジンの成分が入ってるわけでしょ? それを抽出して、えーと……デパス?」

深海デプス

「そう、それ。それ作るための材料にする予定だったみたい」

「けど、断ったんだな?」

 俺の問いに、彼女は寂しそうにうなずいた。

「ママは、正義感の強い人だったから……。上司に報告したみたい。だけどその上司も、結局、飽小路に買収されて……。ママは評議会でつらい立場に追いやられたみたい。最期は首吊って死んじゃった。パパはもともといなかったから、私はおじさんに引き取られて」

「なるほど。じゃあ、そいつも殺さないとバランスが悪いな。名前は分かるのか?」

 ネクターは信じられないといった顔でこちらを見た。

「なんで? そいつも殺してくれるの?」

「必要ならな。だってそいつは、俺たちのボスでもあるんだぜ? 俺たちを使ってメシ食ってるクセに、カルト連中に加担するなんて」


 ネクターは笑った。いつもみたいに皮肉っぽい顔ではなく、無邪気な少女みたいに。

「ありがとう。でも、いいんだ。そいつ、もう死んでるから」

「死んでる?」

「事故ってことになってるけど、たぶん飽小路に消されたんだと思う。癒着がバレそうになって、口封じ。事件を調べてたおじさんがそう言ってたから、間違いないと思う」

 スターゲイザーの調査能力は信用できる。

 おそらく事実だろう。


「じゃあ、あとはその飽小路ってのを殺せば、君の問題は解決ってワケか」

「そう」

 そうなのか?

 俺はどうしてもスターゲイザーのことを考えてしまう。

「えーと、おじさんは? あの人は、超人の独立のために活動してたと思うんだが。そっちはいいのか?」

 ネクターは、今度はあきれたような顔を見せた。

「またおじさんの話? あんた、どんだけおじさんのこと好きなの?」

「世話になったからな」

「そう? でもいいよ。超人の独立ってのは、おじさんの理想だったとは思う。でも、本気で言ってたわけじゃないよ」

「はい?」

 本気じゃない?

 じゃあ、なぜ俺を誘ったんだ?

 なにか大きな目的のために、俺の力を欲していると思ったのだが。


「あ、誤解してるかもしれないから、いちおう言っておくね。この計画をはじめたのって、おじさんじゃなくて私なの。だから、巻き込まれたのは私じゃなくて、おじさんのほう。ホントはね、おじさん、ちっとも乗り気じゃなかったんだ。おじさんはママのお兄ちゃんなのに。復讐なんてやめなさいとか言ってたし。理解できない。ホント、なんで?」

 なるほど。

 彼は、姪の復讐ごっこにつきあってやっていたわけか。

 思念の超人と犠牲の超人、たまたま才能が揃ってしまったから、意外とうまくいってしまったのだろう。しかし彼は手を引きたかった。復讐を望んでいなかったのだ。


「君のことを心配してたんだろう」

「心配する必要ある? 私たち、無敵なのに」

「そうだな。二人なら最強だったかもしれない。けど、一人なら?」

「それでも私はやってた」

「だからだよ」

 スターゲイザーは、姪の暴走を止めたかったのだ。飽小路にただの個人が挑むなんて、無謀すぎる。

 だんだん全貌が見えてきた。


「なに? あんたも説教する気?」

「まあ、そうだな。してもいい。けど、それでも約束は守るよ。例のクソカルトに好き放題させてたのは、間違いなく飽小路だろうし。そのせいで俺たちも必要以上に苦しめられた。仲間も失ったしな」


 仲間を失うのは、べつに初めてじゃない。

 これまでも何人か死体になる瞬間に立ち会ってきた。

 それだけじゃない。S級になった超人が、政府に引き取られていったのも見た。俺たちがこれまで処分したゼノスの中に、きっと彼らもいたはずだ。


 俺は、ある男の前で足を止めた。

「いたぜ。たぶんこいつだ」

「ホントだ。逃げもしないで、カバンに手を突っ込んでる。なにか取り出そうとしてたのかな?」

「見てみよう」

 そいつは頭からキャップをかぶり、肩掛けカバンをさげていた。歳は二十代後半か。気のいいあんちゃんといった感じだ。なぜカルトに加担しているのかは考えないことにしよう。


 カバンの中身は……ん?

 腕時計?

 いや、通信機だ。それも、俺たちが使っているのと同じタイプ。なぜカルトの手先がこれを持っている? 目的は?


 音がした。

 前じゃない。

 後ろ。


「二人とも、なんでここにいるの?」

 そこにいたのは特異点シンギュラリティだった。

 以前よりすさんだ顔をしている。


 そうだ。

 こいつだけは、時間停止の影響を受けないんだった。

 急に時間が止まったから、不思議に思って半壊したビルから出てきたのだろう。


 きれいな服を着ている。金を払ったとは思えないから、無料で手に入れたんだろう。違ったら申し訳ないが。


「テロリストを探してる」

 すると彼女は、幼い顔にうんざりしたような表情を浮かべた。

「テロリスト?」

「悪いヤツだよ」

「私を殺しに来たんじゃないの?」

「違うよ。もし君を殺しに来たなら、そっちにケツを向けて人探しなんかしないだろう」

 俺がそう告げると、彼女は少し笑った。

「面白い」

 俺のジョークのセンスを理解してくれるのは、子供だけかもしれない。大人にはたいていスルーされる。愛想笑いくらいしてくれてもいいのに。


 少女は少し左右をキョロキョロしてから、またこちらを見た。

「あの黒いお姉さんは?」

「スティレットのこと? 彼女は……」

 どう説明したらいいだろう。

 迷っていると、彼女はやや哀しそうな表情を浮かべた。

「私のせい?」

「いや、まあ……。けど、死んでないんだ。生きてるとも言えないけど。中途半端な状態のまま、結果を先送りにされてる」

「どういう意味?」

「俺も詳しく理解してないが。生き返る可能性があるってこと。まあ、正確にはまだ死んでないわけだから、怪我してるだけみたいな状態かも」

「治るの?」

「治るよ」

 意図せず巻き込んでしまったことを、気にしていたらしい。

 この小さな身体で、罪悪感を抱えていたわけだ。


「よかった。治ったら、ごめんなさいしたい」

「いい子だな。きっと許してくれるよ」

 俺だったら許さないけどな。

 まあスティレットは許すだろう。そういう子だ。


「いつ会えるの?」

「しばらく先になるだろうな」

「何日くらい?」

「分からない。俺が知りたいよ」

 子供の相手というのは大変だ。

 ちっとも曖昧さを許してくれない。


 もう用は済んだのか、それとも興味を失ったのか、彼女は「そうなんだ。バイバイ」とだけ告げてビルへ戻っていった。


 たぶんいま攻撃したら勝てる。

 そこらの瓦礫を彼女の身体に集中させるのだ。切断されても構わず押し付ける。バリアは貫通できないが、そのバリアの硬さで彼女は死ぬ。

 まあ今回はそんな命令を受けていないから、わざわざやらないが。


 俺は襲撃犯の手から通信機を回収した。

「こいつ、おそらく三流の超人だぜ。この通信機を使ってゼノスになろうとしてたんだ」

「自爆テロってこと?」

「ある意味ね」


 答えながら、俺は視線を動かした。

 じつはもう一人見つけてしまった。


 マスクで顔を隠した地雷ファッションの女。

 でじゃぶのパオパオだ。いや、パオパオのでじゃぶだったか。コードネームはマリオネット。なぜか一般市民と一緒になって、爆弾にびっくりした様子で固まっていた。

 幸い、アイドルだけあって、マスクをしても目立っていた。もしもっと地味な格好だったら気づかなかったかもしれない。


 しかしこうなってくると、ほかにもいそうな気がしてしまうな。

 問題は、俺がそいつらの顔を知らないということだ。


「あまり時間をかけないほうがいいかな?」

 俺がそう尋ねると、彼女はニヤリと笑った。

「なに? 遠慮してるの? 好きに使ってよ。私、気にしてないから」

「いくらか気にしたほうがいいと思うが」

「ホントにウザいね。偽善者なの?」

 まあ笑っているから、本気で怒っているわけではないと思うが。


 さて、とりあえず、見つけてしまった二人をどうにかしなくては。

 問答無用で後頭部を撃ち抜くべきか。

 それとも、少しくらいは会話をすべきか。彼らにも言い分はあるだろうしな。


(続く)

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