そしてまた始まるクソみたいな労働
世界が、少しずつ壊れてゆく。
まあ実際に壊れているのは世界というか、東京というか、埼玉なのだが。
破壊のニュースが飛び交っている間も、俺たちは特になにもせず、離島のクソ暑い夏をやり過ごしていた。
ゼノスの襲撃もなかった。
エアコンのついた部屋にこもって、濃い青空を眺めているだけで日々が去ってゆく。
外出するのはメシと酒のときだけ。
この島にいる限り、俺たちは存分に平和を錯覚することができた。
*
ある日、本部ビルのオフィスに呼び出された。
理由は告げられなかった。
「はい。みんな、そろったザマスね?」
重厚な木製デスクに、黒いスーツの女が一人。
年齢不詳。独身。女性。コードネームはゼロ。氷塵の超人。A級。
彼女が俺たちのボス。しかし評議会のトップというわけではない。あくまで現場の連中を束ねるボスだ。
「っしゃこの野郎」
怒っているわけでもないのに、鳴き声のようにいつものセリフを吐くおじさん。
年齢不詳。既婚。男性。コードネームはロドリゲス。肉体の超人。おそらくS級。
いちどゼノスになったが、自力で超人に戻ったよく分からない男。人間のままゼノスになった特異点とは違うケースらしい。少なくとも博士はそう言っていた。
「なんだ? なにかあったのか? ゼノスはもう出ないはずだが?」
不満を口にしているのは小柄な女性。
年齢不詳。独身。女性。上海出身。コードネームはフェニックス。B級。
ジャージ姿であるところを見ると、運動していたところだったのだろう。
「はぁ……」
遠慮なく溜め息をついたのは俺。
思念の超人。コードネームはサノバガン。B級。
やろうと思えばなんでもできる。ただし、やりすぎると肉体が消滅する。なので、やらない。人は死んだら生き返れないのだ。仕方がない。
イリンクスとエレガントマンもいる。
計六名。
じつはこの島には、ほかにも超人が山ほどいるのだが、能力が戦闘向きでなかったり、健康診断に引っかかるなどして、ほとんどのものには出動命令がかからないのだ。健康診断というか、精神面での適性が低いというか。
「本土から、特異点対策チームへの参加要請が来たザマス。私としては無視してもいいんザマスけど、恩を売っておいたほうが今後のためにもいいのではないかと……」
ゼロの説明に、俺はすかさず挙手をし、勝手に喋りだした。
「あいつら、超人の力は借りずに、人間だけでやるって言ってたんですが」
「そうザマス。でも自衛隊まで投入したのにうまくいかなくて、しまいにゃこっちに泣きついてきたんザマス。売りつけるチャンスザマス。女はバーゲンセールには弱いんザマス」
もうなにを言っているのか分からない。
答えは分かっているが、俺はあえて反論することにした。
「自衛隊でもムリなのに、俺たちが行ってどうにかなると思います?」
「こちらの都合なんて関係ないザマス。自衛隊に犠牲が出れば、政府の支持率に影響が出るんザマス。先日も関連死が一名出たばかりザマスし」
「それって、確か交通事故でしたよね?」
「殉職は殉職ザマス。それに、超人の起こした問題なんだから、超人にやらせろという世間の声も強いザマスし。政治家はここで超人同士を争わせて、支持率を稼ぎたいんザマス」
「政治家、政治家って。ゼロさん、あなたどっちの代表なんですか……」
さっきから政治家の意見を代弁しやがって。
あくまで俺たちのボスのはずなのだが。
ゼロも深い溜め息だ。
「だから、政治家に恩を売るチャンスだって言ってるんザマス」
「セットで命と魂も売ってますよ」
「センスのないポエムは業務時間外にやって欲しいザマスねぇ」
「ええ。もしこれを業務と呼ぶならね」
「呼ぶザマス」
この人、会話の進め方がわりとパワー系なんだよな。
反論がなくなったところで、彼女は言葉を続けた。
「本土へ向かうメンバーは、サノバガン、フェニックス、イリンクス、エレガントマン、そしてこの私、ゼロの五名ザマス」
「はい?」
いやいや……。
なんで?
ボスも一緒に来るの?
名前を呼ばれなかったロドリゲスは「んーふっふぅ」と笑っている。
ゼロはすました表情で告げた。
「ボスの代理は、ロドリゲスに任せるザマス。どうせここのボスなんて、ただ座ってるだけで務まる仕事ザマスから。イヌがやろうがネコがやろうが問題ないザマス」
言うんじゃないよ、そんなこと。
みんな思ってたけど、あえて言わなかったのに。
彼女は、今度はやや神妙な表情で言葉を続けた。
「今回のターゲットは強敵ザマス。かといって、世論を見る限り、さすがにS級の超人を外に出すわけにもいかないザマス。今回の判断は、各所に配慮したものなんザマス。異論は許さないザマス」
一理ある、かもしれない。
少なくともイヌやネコよりは考えている。
「もし都合の悪いものがいたら、事前に申請するザマス。理由によっては承諾しなくもないザマス。ですが、サノバガン。あなたは強制参加ザマス」
「え、なんで?」
急に名指しされてしまった。
「先方からのご指名なんザマス」
「誰です? チヨダさん?」
「さあ」
ならネクターかもしれない。
ほかに誰も思い浮かばないし。
*
港に迎えに来ていたのは、公共交通機関で使用されているタイプのバスだった。民間のものを、政府が購入しているのだろう。いわゆる人員輸送車というやつだ。
乗客は五名しかいないのに。
以前のワゴンと違って景色が見える。
港の周辺は、まったく破壊の影響が見られない。本当に東京は壊滅的なダメージを受けているのか?
「見て、サノバガン。空がキレイよ」
「うん……」
どこもかしこも空席なのに、なぜイリンクスは俺の隣に座っているのか。
そもそも、この女は戦力になるのか?
いや、なる。
なぜなら特異点は、あのカプセルの中で、どうやら薬で眠らされていたらしいのだ。つまり薬は効く。毒も効く。
断絶のバリアは、空気までは遮断しない。もし遮断しているのだとしたら、特異点は窒息死していないとおかしい。
だから、呼吸はしているのだ。
それが彼女の弱点となる。
しかし懸念もある。イリンクスの攻撃は、周囲の人間も容赦なく巻き込んでしまう。もし自衛隊に被害が出ようものなら……。超人に対する市民の怒りは増すばかりだろう。
条件が揃うまでは絶対に攻撃させないほうがいい。
*
埼玉南部のマンション前で降ろされた。
民間の物件を借りているらしい。現場に近すぎず、遠すぎず、ちょうどいい場所なんだとか。まあ特異点の気分で現場が移動するから、それでいいのかもしれない。
「ご足労いただき感謝します」
部屋にはチヨダがいた。
相変わらずつかみどころのないぬめっとした顔。しかし激務だったのか、やや痩せこけている気もする。
感謝の言葉も初めて聞いた。まあ今回は命令ではなく要請だから、応じるかどうかはこちらの善意にかかっていたわけだ。
ネクターもいた。彼女は軽く手をあげただけで近づいてもこなかった。俺も軽く手をあげて応じた。
「で? 状況はどうなってるザマス?」
ゼロの問いに、チヨダは肩をすくめた。
「ニュースで報道されている通りです」
「つまり?」
「成果がありません」
そんなことは分かっている。
俺たちが聞きたいのは総論ではない。もっと個別の具体的な情報だ。ターゲットの行動傾向とか、疲弊の度合いとか、どんなルートを通って移動するのか。
チヨダは俺たちの期待に答える前に、疑問を投げかけてきた。
「それにしてもゼロさん、あなた、ここに参加している場合なのですか?」
「はい? なんザマス? もしかして侮辱の準備運動に入ったザマス?」
なんだ侮辱の準備運動って。
チヨダはさすがというべきか、表情ひとつ変えずに――つまり無表情のまま応じた。
「私が懸念しているのは、離島の防衛状況です」
「防衛? いったい、なにからなにを防衛するというザマス? 今後もカルトがゼノスをけしかけてくると?」
チヨダは目を細めた。
「まさかとは思いますが、本当に問題を理解していないのですか?」
「問題? なんザマス? 発言を許可するザマス」
そこでチヨダは、無遠慮に溜め息をついた。
「すでに通達した通り、委員会は、S級の超人の引き取り業務を終了しました。自動的に、政府としても引き取りを停止しました。意味が分かりますか? 今後は、評議会が離島でS級の超人を管理するんです。そしてS級の超人は、必ずゼノスになります。つまり本土からではなく、離島でゼノスが発生します。これらの事象をすべてコントロールできますか?」
「そういうのは上がやるザマス」
丸投げ。
まあそうだ。評議会の運営は、もっと権限のある評議員がやっている。俺たち実働部隊は、運営には関わっていない。権限がないのだから、義務もない。これは当然のことだ。逆に、義務を負わせたいのなら、権限を与えるべきだ。これはただ事実であって精神論ではない。
ゼロの丸投げは正しい。
チヨダはすぐに話題を変えた。
「分かりました。では本題に入ります。ターゲットは、特異点と呼ばれるゼノスです。人間ではありません。超人でもありません。あらゆる人権が存在しません。自衛隊も、有害鳥獣の駆除という名目で出動しています。いわば災害対策の延長ですね」
欺瞞だな。
俺は挙手もせずに口を挟んだ。
「ニュースでは超人によるテロってことになってますけど」
「政府は民間の報道までコントロールしません」
「ウソですね。報道ってのは、政府の発表に基づいてやるもんです。政府が超人って言ってるからニュースも超人って言うんですよ」
「君、許可があるまで発言しないように」
言論弾圧だ。
つまり政府は、いまだに超人同士を争わせて、共倒れになることを願っている。超人の数を減らしたいのだろう。まあ、超人が存在することで、余計な税金がかかっているのは事実だからな。
部屋が静かになると、チヨダはようやく言葉を続けた。
「じつは報道されていない問題も発生しています。特異点の支持者と思われる超人が、側面から自衛隊を攻撃しています。これは実際に被害も出ていて……」
俺はまた挙手もなく告げた。
「つまりそっちが本題だと?」
「そうなります。政府の予想では、深海を過剰摂取した三流の超人ではないかと言われていますが」
「クスリの出所は?」
「委員会ですよ。もともとあそこの工場で製造されていたものですから」
もう全部あいつらのせいじゃないか。
クスリはサバくわ、ゼノスはけしかけるわ、教祖は勝手に死ぬわ。人に迷惑しかかけていない。それでいて金だけはあるもんだから、政府に介入してくる。
チヨダはやれやれとばかりに一呼吸した。
「皆さんは、出動に備えて待機してください。それぞれに個室を用意しています」
このマンションに住めということか。
*
初日のミーティングは終わった。
だが、俺は部屋へは行かず、ニヤニヤしているネクターのところへ向かった。
「久しぶりだな」
「元気だった? ウソつきのお兄さん」
「もうウソはついていない」
というのはウソで、まだ表向きは魔弾の超人ということにしている。
正体を明かしたのは一部の仲間だけだ。
「で? なにか質問があるんじゃないの?」
ネクターはソファになかば寝そべったまま聞いてくる。
まるで家臣に接する女王みたいだ。
「君は参加しないと思ってた」
「なんで?」
「特異点に固執する意味がない。君のおじさんもそうだったけど」
できれば、なぜスターゲイザーが特異点のために命をかけたのかも教えて欲しいところだな。
ネクターは愉快そうにくすくす笑った。
「私は特異点なんてどうでもいい。あんたに会いたかっただけ」
「おじさんは?」
「おじさん? 私のことより、おじさんに興味があるの? いいよ。教えてあげる。あの人もね、私のことより、オリジンを選んだんだよ」
「オリジンを?」
オリジン――。
評議会の地下で保護されているイカのことだ。細長い宇宙船でやってきた地球外生命体。定義としてはゼノス。能力による分類は頭脳の超人。
脳波のようなものを発していて、どこからでもアクセスできる。
カルトの放ったゼノスが離島を目指していたのも、オリジンの誘導によるものだと思われる。
オリジンは自分自身がハブとなり、地上の生命をノードとして、ニューラル・ネットワークを構成し、なにかを計算し続けているらしい。
ネクターは笑みを消し、言葉を続けた。
「もう知ってるよね? オリジンはテレパシーみたいなものを使って、地球上のみんなにアクセスしてる。誰も気づいてないけどね。自力でオリジンと会話できるのは、思念の超人だけ。つまり、あなたとか、おじさんとか。おじさんは、オリジンと会話しすぎたんだと思う」
「会話? もしかして、洗脳されていたとか?」
「分からない。おじさんは人より頭がよかったし、簡単に洗脳されるタイプじゃないと思うけど。でも、特異点に入れ込んでたのは事実だよ。理由までは知らないけどね。オリジンに直接聞いてみたら? 私のエネルギーを好きに使っていいからさ」
一理ある。
だが、彼女は誤解しているかもしれない。人間の中でもっとも賢い個体であっても、ちっとも完璧ではない。どんなに頭がよくたって、騙されるときは騙される。相手が自分より高次な知能を有している場合は、特に。
むしろ、頭のいいヤツほど、己を過信して騙されるケースがある。
人間は、人間を過信すべきではない。人間とは、まだ自分より賢いサルに出会っていないだけの、現状もっとも賢いサルの名称に過ぎない。暫定一位みたいなものだ。
オリジンにアクセスしてみるべきかもしれない。
ミラージュの幻影の中で、すでにいちどアクセスしたのだが。急に大量の情報を与えられて、まだ整理できていない。
(続く)




