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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第二章 月

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そしてまた始まるクソみたいな労働

 世界が、少しずつ壊れてゆく。


 まあ実際に壊れているのは世界というか、東京というか、埼玉なのだが。

 破壊のニュースが飛び交っている間も、俺たちは特になにもせず、離島のクソ暑い夏をやり過ごしていた。

 ゼノスの襲撃もなかった。

 エアコンのついた部屋にこもって、濃い青空を眺めているだけで日々が去ってゆく。

 外出するのはメシと酒のときだけ。

 この島にいる限り、俺たちは存分に平和を錯覚することができた。


 *


 ある日、本部ビルのオフィスに呼び出された。

 理由は告げられなかった。


「はい。みんな、そろったザマスね?」

 重厚な木製デスクに、黒いスーツの女が一人。

 年齢不詳。独身。女性。コードネームはゼロ。氷塵の超人。A級。

 彼女が俺たちのボス。しかし評議会のトップというわけではない。あくまで現場の連中を束ねるボスだ。


「っしゃこの野郎」

 怒っているわけでもないのに、鳴き声のようにいつものセリフを吐くおじさん。

 年齢不詳。既婚。男性。コードネームはロドリゲス。肉体の超人。おそらくS級。

 いちどゼノスになったが、自力で超人に戻ったよく分からない男。人間のままゼノスになった特異点シンギュラリティとは違うケースらしい。少なくとも博士はそう言っていた。


「なんだ? なにかあったのか? ゼノスはもう出ないはずだが?」

 不満を口にしているのは小柄な女性。

 年齢不詳。独身。女性。上海出身。コードネームはフェニックス。B級。

 ジャージ姿であるところを見ると、運動していたところだったのだろう。


「はぁ……」

 遠慮なく溜め息をついたのは俺。

 思念の超人。コードネームはサノバガン。B級。

 やろうと思えばなんでもできる。ただし、やりすぎると肉体が消滅する。なので、やらない。人は死んだら生き返れないのだ。仕方がない。


 イリンクスとエレガントマンもいる。

 計六名。


 じつはこの島には、ほかにも超人が山ほどいるのだが、能力が戦闘向きでなかったり、健康診断に引っかかるなどして、ほとんどのものには出動命令がかからないのだ。健康診断というか、精神面での適性が低いというか。


「本土から、特異点シンギュラリティ対策チームへの参加要請が来たザマス。私としては無視してもいいんザマスけど、恩を売っておいたほうが今後のためにもいいのではないかと……」

 ゼロの説明に、俺はすかさず挙手をし、勝手に喋りだした。

「あいつら、超人の力は借りずに、人間だけでやるって言ってたんですが」

「そうザマス。でも自衛隊まで投入したのにうまくいかなくて、しまいにゃこっちに泣きついてきたんザマス。売りつけるチャンスザマス。女はバーゲンセールには弱いんザマス」

 もうなにを言っているのか分からない。


 答えは分かっているが、俺はあえて反論することにした。

「自衛隊でもムリなのに、俺たちが行ってどうにかなると思います?」

「こちらの都合なんて関係ないザマス。自衛隊に犠牲が出れば、政府の支持率に影響が出るんザマス。先日も関連死が一名出たばかりザマスし」

「それって、確か交通事故でしたよね?」

「殉職は殉職ザマス。それに、超人の起こした問題なんだから、超人にやらせろという世間の声も強いザマスし。政治家はここで超人同士を争わせて、支持率を稼ぎたいんザマス」

「政治家、政治家って。ゼロさん、あなたどっちの代表なんですか……」

 さっきから政治家の意見を代弁しやがって。

 あくまで俺たちのボスのはずなのだが。


 ゼロも深い溜め息だ。

「だから、政治家に恩を売るチャンスだって言ってるんザマス」

「セットで命と魂も売ってますよ」

「センスのないポエムは業務時間外にやって欲しいザマスねぇ」

「ええ。もしこれを業務と呼ぶならね」

「呼ぶザマス」

 この人、会話の進め方がわりとパワー系なんだよな。


 反論がなくなったところで、彼女は言葉を続けた。

「本土へ向かうメンバーは、サノバガン、フェニックス、イリンクス、エレガントマン、そしてこの私、ゼロの五名ザマス」

「はい?」


 いやいや……。

 なんで?

 ボスも一緒に来るの?

 名前を呼ばれなかったロドリゲスは「んーふっふぅ」と笑っている。


 ゼロはすました表情で告げた。

「ボスの代理は、ロドリゲスに任せるザマス。どうせここのボスなんて、ただ座ってるだけで務まる仕事ザマスから。イヌがやろうがネコがやろうが問題ないザマス」

 言うんじゃないよ、そんなこと。

 みんな思ってたけど、あえて言わなかったのに。


 彼女は、今度はやや神妙な表情で言葉を続けた。

「今回のターゲットは強敵ザマス。かといって、世論を見る限り、さすがにS級の超人を外に出すわけにもいかないザマス。今回の判断は、各所に配慮したものなんザマス。異論は許さないザマス」

 一理ある、かもしれない。

 少なくともイヌやネコよりは考えている。


「もし都合の悪いものがいたら、事前に申請するザマス。理由によっては承諾しなくもないザマス。ですが、サノバガン。あなたは強制参加ザマス」

「え、なんで?」

 急に名指しされてしまった。

「先方からのご指名なんザマス」

「誰です? チヨダさん?」

「さあ」


 ならネクターかもしれない。

 ほかに誰も思い浮かばないし。


 *


 港に迎えに来ていたのは、公共交通機関で使用されているタイプのバスだった。民間のものを、政府が購入しているのだろう。いわゆる人員輸送車というやつだ。

 乗客は五名しかいないのに。


 以前のワゴンと違って景色が見える。

 港の周辺は、まったく破壊の影響が見られない。本当に東京は壊滅的なダメージを受けているのか?


「見て、サノバガン。空がキレイよ」

「うん……」

 どこもかしこも空席なのに、なぜイリンクスは俺の隣に座っているのか。

 そもそも、この女は戦力になるのか?


 いや、なる。


 なぜなら特異点シンギュラリティは、あのカプセルの中で、どうやら薬で眠らされていたらしいのだ。つまり薬は効く。毒も効く。

 断絶のバリアは、空気までは遮断しない。もし遮断しているのだとしたら、特異点シンギュラリティは窒息死していないとおかしい。

 だから、呼吸はしているのだ。

 それが彼女の弱点となる。


 しかし懸念もある。イリンクスの攻撃は、周囲の人間も容赦なく巻き込んでしまう。もし自衛隊に被害が出ようものなら……。超人に対する市民の怒りは増すばかりだろう。

 条件が揃うまでは絶対に攻撃させないほうがいい。


 *


 埼玉南部のマンション前で降ろされた。

 民間の物件を借りているらしい。現場に近すぎず、遠すぎず、ちょうどいい場所なんだとか。まあ特異点シンギュラリティの気分で現場が移動するから、それでいいのかもしれない。


「ご足労いただき感謝します」

 部屋にはチヨダがいた。

 相変わらずつかみどころのないぬめっとした顔。しかし激務だったのか、やや痩せこけている気もする。

 感謝の言葉も初めて聞いた。まあ今回は命令ではなく要請だから、応じるかどうかはこちらの善意にかかっていたわけだ。


 ネクターもいた。彼女は軽く手をあげただけで近づいてもこなかった。俺も軽く手をあげて応じた。


「で? 状況はどうなってるザマス?」

 ゼロの問いに、チヨダは肩をすくめた。

「ニュースで報道されている通りです」

「つまり?」

「成果がありません」


 そんなことは分かっている。

 俺たちが聞きたいのは総論ではない。もっと個別の具体的な情報だ。ターゲットの行動傾向とか、疲弊の度合いとか、どんなルートを通って移動するのか。


 チヨダは俺たちの期待に答える前に、疑問を投げかけてきた。

「それにしてもゼロさん、あなた、ここに参加している場合なのですか?」

「はい? なんザマス? もしかして侮辱の準備運動に入ったザマス?」

 なんだ侮辱の準備運動って。

 チヨダはさすがというべきか、表情ひとつ変えずに――つまり無表情のまま応じた。

「私が懸念しているのは、離島の防衛状況です」

「防衛? いったい、なにからなにを防衛するというザマス? 今後もカルトがゼノスをけしかけてくると?」

 チヨダは目を細めた。

「まさかとは思いますが、本当に問題を理解していないのですか?」

「問題? なんザマス? 発言を許可するザマス」


 そこでチヨダは、無遠慮に溜め息をついた。

「すでに通達した通り、委員会は、S級の超人の引き取り業務を終了しました。自動的に、政府としても引き取りを停止しました。意味が分かりますか? 今後は、評議会が離島でS級の超人を管理するんです。そしてS級の超人は、必ずゼノスになります。つまり本土からではなく、離島でゼノスが発生します。これらの事象をすべてコントロールできますか?」

「そういうのは上がやるザマス」

 丸投げ。


 まあそうだ。評議会の運営は、もっと権限のある評議員がやっている。俺たち実働部隊は、運営には関わっていない。権限がないのだから、義務もない。これは当然のことだ。逆に、義務を負わせたいのなら、権限を与えるべきだ。これはただ事実であって精神論ではない。

 ゼロの丸投げは正しい。


 チヨダはすぐに話題を変えた。

「分かりました。では本題に入ります。ターゲットは、特異点シンギュラリティと呼ばれるゼノスです。人間ではありません。超人でもありません。あらゆる人権が存在しません。自衛隊も、有害鳥獣の駆除という名目で出動しています。いわば災害対策の延長ですね」

 欺瞞だな。

 俺は挙手もせずに口を挟んだ。

「ニュースでは超人によるテロってことになってますけど」

「政府は民間の報道までコントロールしません」

「ウソですね。報道ってのは、政府の発表に基づいてやるもんです。政府が超人って言ってるからニュースも超人って言うんですよ」

「君、許可があるまで発言しないように」

 言論弾圧だ。


 つまり政府は、いまだに超人同士を争わせて、共倒れになることを願っている。超人の数を減らしたいのだろう。まあ、超人が存在することで、余計な税金がかかっているのは事実だからな。


 部屋が静かになると、チヨダはようやく言葉を続けた。

「じつは報道されていない問題も発生しています。特異点シンギュラリティ支持者シンパと思われる超人が、側面から自衛隊を攻撃しています。これは実際に被害も出ていて……」

 俺はまた挙手もなく告げた。

「つまりそっちが本題だと?」

「そうなります。政府の予想では、深海デプスを過剰摂取した三流の超人ではないかと言われていますが」

「クスリの出所は?」

「委員会ですよ。もともとあそこの工場で製造されていたものですから」

 もう全部あいつらのせいじゃないか。

 クスリはサバくわ、ゼノスはけしかけるわ、教祖は勝手に死ぬわ。人に迷惑しかかけていない。それでいて金だけはあるもんだから、政府に介入してくる。


 チヨダはやれやれとばかりに一呼吸した。

「皆さんは、出動に備えて待機してください。それぞれに個室を用意しています」

 このマンションに住めということか。


 *


 初日のミーティングは終わった。

 だが、俺は部屋へは行かず、ニヤニヤしているネクターのところへ向かった。

「久しぶりだな」

「元気だった? ウソつきのお兄さん」

「もうウソはついていない」

 というのはウソで、まだ表向きは魔弾の超人ということにしている。

 正体を明かしたのは一部の仲間だけだ。


「で? なにか質問があるんじゃないの?」

 ネクターはソファになかば寝そべったまま聞いてくる。

 まるで家臣に接する女王みたいだ。

「君は参加しないと思ってた」

「なんで?」

特異点シンギュラリティに固執する意味がない。君のおじさんもそうだったけど」

 できれば、なぜスターゲイザーが特異点シンギュラリティのために命をかけたのかも教えて欲しいところだな。


 ネクターは愉快そうにくすくす笑った。

「私は特異点シンギュラリティなんてどうでもいい。あんたに会いたかっただけ」

「おじさんは?」

「おじさん? 私のことより、おじさんに興味があるの? いいよ。教えてあげる。あの人もね、私のことより、オリジンを選んだんだよ」

「オリジンを?」


 オリジン――。

 評議会の地下で保護されているイカのことだ。細長い宇宙船でやってきた地球外生命体。定義としてはゼノス。能力による分類は頭脳の超人。

 脳波のようなものを発していて、どこからでもアクセスできる。

 カルトの放ったゼノスが離島を目指していたのも、オリジンの誘導によるものだと思われる。

 オリジンは自分自身がハブとなり、地上の生命をノードとして、ニューラル・ネットワークを構成し、なにかを計算し続けているらしい。


 ネクターは笑みを消し、言葉を続けた。

「もう知ってるよね? オリジンはテレパシーみたいなものを使って、地球上のみんなにアクセスしてる。誰も気づいてないけどね。自力でオリジンと会話できるのは、思念の超人だけ。つまり、あなたとか、おじさんとか。おじさんは、オリジンと会話しすぎたんだと思う」

「会話? もしかして、洗脳されていたとか?」

「分からない。おじさんは人より頭がよかったし、簡単に洗脳されるタイプじゃないと思うけど。でも、特異点シンギュラリティに入れ込んでたのは事実だよ。理由までは知らないけどね。オリジンに直接聞いてみたら? 私のエネルギーを好きに使っていいからさ」


 一理ある。

 だが、彼女は誤解しているかもしれない。人間の中でもっとも賢い個体であっても、ちっとも完璧ではない。どんなに頭がよくたって、騙されるときは騙される。相手が自分より高次な知能を有している場合は、特に。

 むしろ、頭のいいヤツほど、己を過信して騙されるケースがある。

 人間は、人間を過信すべきではない。人間とは、まだ自分より賢いサルに出会っていないだけの、現状もっとも賢いサルの名称に過ぎない。暫定一位みたいなものだ。


 オリジンにアクセスしてみるべきかもしれない。

 ミラージュの幻影の中で、すでにいちどアクセスしたのだが。急に大量の情報を与えられて、まだ整理できていない。


(続く)

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