壊れはじめた世界
来たときは七人だったのに、帰りはたったの二人。
信者たちは礼拝室に退避していたから、建物はガランとしていた。まるで空っぽの抜け殻だ。俺たちは会話もなく、足音だけを響かせて歩いた。
エントランスには戦闘のあと。
スリー・ピースの死体は放置されている。
なのだが、エレガントマンの死体がない……。
いったい、なぜ?
誰かが回収したのか?
まさか、生きている……とか?
ワゴンの後部座席には、エレガントマンがいた。バトルスーツもコートも血まみれだが、出血がないところを見ると、傷はふさがっているようだ。しかし気絶しているのか、眠っているのか、目をつむったまま動かない。死んではいないと思うが。
ドアを閉めると、ワゴンが発車した。
俺は通信機で本部に問い合わせる。
「こちらサノバガン、ターゲットに逃げられました」
『帰還してください』
*
雑居ビルについたとき、すでに空は茜色に染まっていた。
蒸し暑いままの、夏の、夕方。
路地には人の通りも少なく、雑居ビルもいつもより静まり返っている気がした。
事務所には、チヨダがいた。
「ご苦労さま。座ってください」
「はい」
安いオフィスチェアに腰を下ろす。
エレガントマンはワゴンに置いてきた。まだ目を覚ましていない。もしかするとあのまま死ぬかもしれない。どうなるかちょっと分からない。
チヨダはいつも通りの無表情だったが、疲れた雰囲気なのは伝わってきた。
「結論から言います。UFOは解散です」
「はい?」
「あなた方だけではありません。私もプロジェクトから離脱します。のちほど通信機を外します。その後は、船で離島へ帰還してください」
「え、いや……」
展開が急だな。
とはいえ、特異点が地下から出てしまったのだ。二十四時間以内に東京がどうにかなるはずだ。あくまで専門家の予想では。
チヨダはかすかに溜め息をついた。
「なんですか、その顔は? 不本意な仕事から解放されるのですから、もっと喜んでもいいのでは?」
「いまちょっと頭が回らなくて」
スティレットが消えたのもショックだが……。彼女はまだ生き返る可能性がある。
しかし、スターゲイザーは確実に死亡した。縦に。さすがに即死だったろう。
まあ俺の死亡診断はすでに一回外れているわけだが。
これからどうすべきなのか分からない。
チヨダは言葉を続けた。
「説明義務はありませんが、最小限の情報を提供しておきましょう。特異点を封じ込めるため、政府は臨時の対策チームを派遣しました」
「超人ですか?」
どうせ汚れ仕事は超人にやらせるんだろう。
そう思っていた。
チヨダは首を横に振った。
「いいえ。人間ですよ。これから超人による災害が起こるのです。苛烈な超人排斥運動が起こるのは明白。そんなときに、政府が超人を使っていたら……どうなるか、分かりますよね?」
「確かに」
俺たちを離島に返すのもうなずける。
ネクターが「えーと」と様子を見ながら口を開いた。
「私は? 私もその離島に行くの?」
「あなたは評議会の人間ではありませんから、私の命令に従う必要はありません。もっとも、離島に行きたいのであれば、チケットをお渡しできますよ。数枚ほどあまっていますから」
そのチケットを使うはずだった人間は、ほとんど死んでしまったからな。
ネクターは斜め上を見た。
「や、私はいいかな。こっちでやることあるし」
「結構ですよ。ただし、これから本土は危険になりますから、そのつもりで」
「はーい」
大丈夫なのか?
それに、俺に協力しろと言ってきたのに、一緒に来ないなんて。
本当にスティレットを蘇生させるつもりがあるのだろうか?
*
雑居ビルを出ると、うっすら暗くなっていた。
「帰れるか?」
「平気だよ。超人なんだから」
それもそうだった。
深度を聞いていなかったが、おそらくC級ということはないだろう。B級以上なら、シンプルな身体能力でも他の誰かに負けることはない。
「まあ、力が必要なときは言ってくれ。できる限りのことはするよ」
「うん。そのうち連絡する」
「じゃあ、ここで」
「うん。またね」
軽い!
これから凄まじい災害が起きて、再会できるか分からないというのに。
まあもしネクターが死亡したら、俺一人でスティレットを蘇生させればいいのだ。フルパワーでやればたぶんできるだろう。もっとも、それを実際にやったら、きっと俺自身がカニカマになるが。
*
離島に到着したのは、二日後の昼だった。
あまりにも遠すぎる。
あのカルトどもは、いったいどうやってゼノスを離島までけしかけていたのだろうか。まあ教祖もナンバー・ツーも死んでしまったから、いまさら確認できないのかもしれないが。
「ついたか」
エレガントマンは港で謎のポーズをとっている。
意識が戻ったかと思えばこれだ。
「心臓刺されたのによく生きてたな」
「神はおそらく、オレに死んで欲しくなかったんだろう」
「俺が神だったらもっと違う感想だったと思うが」
俺の皮肉は、しかし通じなかった。
まだ変なポーズをとっている。斜めになって立っている。
プーとクラクションを鳴らされた。
「おい、いつまでぼうっとしている。早く乗れ」
うるさいワゴンがいると思ったら、迎えに来てくれた軍曹だった。短い髪に、キャップをかぶっている。本職の軍人みたいだ。
*
「東京は大変らしいな」
運転しながら、軍曹はそんなことを言った。
俺たちは後部座席。それも運転席とは仕切られている。会話はできるが。
「壊滅したんですか?」
「まだだ」
「二十四時間以内に地図から消えるって聞きましたけど」
「それは特異点が、もっとも効率よく東京を破壊した場合の最悪のシナリオだ。いま政府は、破壊の対象が東京にならないよう、彼女を埼玉に追い立てているらしい」
「ひでぇ……」
人の心とかないんですか?
埼玉ならどうなってもいいと?
ワゴンが停車した。
まあ港から出てすぐだから、ただの信号待ちだろう。
会話がない。
俺はオルガンやゲッコーのことを切り出そうか迷った。軍曹も、自分が訓練を担当していたのだから、きっと気にしているだろう。
だが、俺たちは互いに、その話題を出さずにいた。
*
いつ見ても立派な本部ビルに到着した。
この島に突き出した一本の棒だ。地下にイカがいる。オリジン。そいつは三流の超人などではなかった。宇宙から来た地球外生命体だ。
オフィスでは、ゼロが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。ぶじでなによりザマス」
「ええ、まあ……」
こんな妙な女でも、久しぶりに顔を見ると少し安心する。
「どうでもいい手続きはこっちでやっておくザマスから、早く帰ってゆっくりするといいザマス」
「そうします」
「エレガントマンは、念のため博士のところで検査を受けるザマス」
これにエレガントマンは謎のポーズで「オーケー」と応じた。
紙袋がないからただのモデルがポーズを決めているようにしか見えない。
*
俺はエレガントマンを置き去りにして、繁華街へ向かった。
「らっしゃい」
いつものクソ狭い居酒屋へ。
店員はこちらを見もしないが、この雑な距離感がいまはありがたい。
「ビールください」
「あいよ」
常連のおじさんがテレビを見ている。
ニュース番組は、特異点という名の一人の少女による破壊映像を流している。破壊とはいうが、警察が道をふさいでいるから、仕方なくパトカーを破壊しているようにも見える。警官による発砲はあるが、まったく通じていない。
「ったく、超人ってのはロクなもんじゃねーな」
おじさんはビールを飲みながら言った。
まあ、そうなんだろう。
この世界の不快な出来事は、自分とは違うヤツが起こしている。みんなそう思いたいものだ。
ただ、ニュース映像を見る限りでは、少女が一方的に破壊しているようにも見えるが。
あんなに周りを囲まれたら、どいて欲しくなるものだろう。
いまとなっては、どちらから先に仕掛けたのかも分からない。
「カレイあるよ」
「それください」
店員の言葉に、俺はすかさずオーダーした。
ここのカレイの煮付けは最高だ。
*
あまり深酔いする気分でもなかったので、そこそこで引き上げた。
家に帰ると、先客がいた。二名も。
「サノバ、帰ったか」
「ご飯にする? お酒にする? それとも、私?」
フェニックスとイリンクスだ。
なんでこいつらは当然のように俺の部屋に……。
「ただいま」
俺はあらゆる言葉を飲み込んで、それだけ返した。
年代物の木造アパート。
狭くて、間取りも古臭くて、拡張性もなく、生活以外のなにもできない。しかも前に住んでいた老人の遺物をそのまま使っているから、昭和の空気がただよい過ぎている。
こんなところに若い女が来るもんじゃない。
靴を脱いで居間に入ると、イリンクスが缶ビールを渡してくれた。
「ほら、飲んで」
「ありがとう」
「今日は帰さないから」
「俺の家なんだが……」
なんならもう帰ってるし、これ以上、帰りようがない。
「夕食は私が用意しよう」
フェニックスは腰をあげ、冷蔵庫の中を覗き込んだ。記憶にない食材が、やけにストックされている。
こいつら、ここに住んでたのか?
いや、俺が帰還するのは、上からも知らされていたはず。ここ数日で準備したものなんだろう。たぶん。そうであってくれ。
フェニックスはエプロンをして、コンロの火をつけ、フライパンに油をひいた。
そうしておいて、包丁で野菜を刻み始める。手際がいい。
「サノバガン……」
フェニックスはふと、こちらへ向き直った。
いつもみたいに偉そうな表情ではあったが、どこか同情するような雰囲気もにじませていた。
彼女は言った。
「スティレットのことは、残念に思う。私も本当に悲しい。だけど、こういうときこそ、みんなで助け合うべきだ。難しい話だと思うが……」
えっ?
あ、そうか。まだ知らないのか。
俺は二人の気分を害してしまわないよう、言葉を選びながら言った。
「あの、いや……死んでない」
「ん?」
「いや、オルガンとゲッコーは死んだ。スターゲイザーも。ただ、スティレットも致命傷を負ったんだが……。いちおう、彼女だけは別の方法で死を先送りにしていて……」
「生きているのか?」
フェニックスはコンロの火を止めて、こちらへ戻ってきた。
どう説明すべきなんだろう。
俺もきちんと理解しているわけではないのだ。
「分からない。ただ、死んではいないはず。死の間際に、スターゲイザーがなにか細工をして……」
「細工?」
「思念の超人なら、もとに戻せる可能性があるらしい」
フェニックスは溜め息をついた。
「思念の超人? そんな希少な超人が、簡単に見つかると思うのか? 仮に見つかったとして、協力する可能性は?」
「俺ができる。じつはいままでウソをついてたけど、俺は魔弾の超人じゃなくて思念の超人なんだ」
「……」
彼女はすっとのけぞったまま、言葉を発しなくなった。
「いや、俺にも事情というか、考えがあってやってたことなんで。騙すつもりじゃ……」
「サノバ、お前……。なるほど。理解したぞ。だからスターゲイザーは、やけにお前だけ気にしていたんだな? この私ではなく、サノバを選ぶなんて、変わったセンスの持ち主だと思っていたのだが」
このふてぶてしさ。
むしろ見習うべきかもしれないな。
イリンクスは、勝手に俺の缶ビールを飲んでいた。
「なんか、あなたが遠くに行っちゃったみたい」
「べつに変わらないよ、なにも」
思念の超人は、願ったことをほぼなんでも叶えられる。
その代わり、代償も大きい。
もし無謀な願いを具現化すれば、俺の存在など秒で消し飛んでしまう。命を賭けてまでやるようなことじゃない。
フェニックスは腕組みをして眉をひそめた。
「逆に分からなくなってきたな。結局、今回の騒ぎはなんだったんだ?」
今回の騒ぎ、か。
宇宙管理委員会は、ビジネスとして、政府からS級の超人を預かっていた。
するとその中に、たまたまとんでもないバケモノが紛れ込んでいた。
人の形をしたゼノス――特異点だ。
委員会はおそらく切り札として、彼女の命を奪わず、ただ眠らせ続けてきた。彼女は、いつ起爆するとも分からない爆弾となっていた。
危機感をつのらせた政府は、評議会からの外圧という建前で、俺たちを施設に送り込んだ。
特異点と俺たちが共倒れになるのを期待して。
結果、犠牲になったのは、俺の仲間たちだけだった。
おそらくだが、こんな流れだったんだろう。
分からないのは、こんなバカみたいな作戦に、なぜスターゲイザーが乗ったのか、ということだ。当時の彼の言動は、あまり冷静とは言えなかった。放っておけばいいのに、特異点の処分に積極的だった。
いや、実際、スティレットを見捨てれば勝てたのかもしれない。
特異点の「断絶」という名のバリアを貫通することはできないが、そのバリアを押し込めば、中身は潰せる。鋼鉄の鎧を外側から押しつぶすみたいに。
しかし仮に勝算があったとして、だ。
スターゲイザーが特異点に執着した理由は分からないままだ。彼にとって、委員会は最優先のターゲットではなかったはずだ。なぜ命をかけてまで戦ったのか。
ネクターに聞けば教えてくれるかもしれない。
会う必要がある。
絶対に。
(第一章 完)




