↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第一章 太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/45

壊れはじめた世界

 来たときは七人だったのに、帰りはたったの二人。

 信者たちは礼拝室に退避していたから、建物はガランとしていた。まるで空っぽの抜け殻だ。俺たちは会話もなく、足音だけを響かせて歩いた。


 エントランスには戦闘のあと。

 スリー・ピースの死体は放置されている。

 なのだが、エレガントマンの死体がない……。

 いったい、なぜ?

 誰かが回収したのか?

 まさか、生きている……とか?


 ワゴンの後部座席には、エレガントマンがいた。バトルスーツもコートも血まみれだが、出血がないところを見ると、傷はふさがっているようだ。しかし気絶しているのか、眠っているのか、目をつむったまま動かない。死んではいないと思うが。


 ドアを閉めると、ワゴンが発車した。

 俺は通信機で本部に問い合わせる。

「こちらサノバガン、ターゲットに逃げられました」

『帰還してください』


 *


 雑居ビルについたとき、すでに空は茜色に染まっていた。

 蒸し暑いままの、夏の、夕方。

 路地には人の通りも少なく、雑居ビルもいつもより静まり返っている気がした。


 事務所には、チヨダがいた。

「ご苦労さま。座ってください」

「はい」

 安いオフィスチェアに腰を下ろす。

 エレガントマンはワゴンに置いてきた。まだ目を覚ましていない。もしかするとあのまま死ぬかもしれない。どうなるかちょっと分からない。


 チヨダはいつも通りの無表情だったが、疲れた雰囲気なのは伝わってきた。

「結論から言います。UFOは解散です」

「はい?」

「あなた方だけではありません。私もプロジェクトから離脱します。のちほど通信機を外します。その後は、船で離島へ帰還してください」

「え、いや……」


 展開が急だな。

 とはいえ、特異点シンギュラリティが地下から出てしまったのだ。二十四時間以内に東京がどうにかなるはずだ。あくまで専門家の予想では。


 チヨダはかすかに溜め息をついた。

「なんですか、その顔は? 不本意な仕事から解放されるのですから、もっと喜んでもいいのでは?」

「いまちょっと頭が回らなくて」

 スティレットが消えたのもショックだが……。彼女はまだ生き返る可能性がある。

 しかし、スターゲイザーは確実に死亡した。縦に。さすがに即死だったろう。

 まあ俺の死亡診断はすでに一回外れているわけだが。

 これからどうすべきなのか分からない。


 チヨダは言葉を続けた。

「説明義務はありませんが、最小限の情報を提供しておきましょう。特異点シンギュラリティを封じ込めるため、政府は臨時の対策チームを派遣しました」

「超人ですか?」

 どうせ汚れ仕事は超人にやらせるんだろう。

 そう思っていた。

 チヨダは首を横に振った。

「いいえ。人間ですよ。これから超人による災害が起こるのです。苛烈な超人排斥運動が起こるのは明白。そんなときに、政府が超人を使っていたら……どうなるか、分かりますよね?」

「確かに」

 俺たちを離島に返すのもうなずける。


 ネクターが「えーと」と様子を見ながら口を開いた。

「私は? 私もその離島に行くの?」

「あなたは評議会の人間ではありませんから、私の命令に従う必要はありません。もっとも、離島に行きたいのであれば、チケットをお渡しできますよ。数枚ほどあまっていますから」

 そのチケットを使うはずだった人間は、ほとんど死んでしまったからな。

 ネクターは斜め上を見た。

「や、私はいいかな。こっちでやることあるし」

「結構ですよ。ただし、これから本土は危険になりますから、そのつもりで」

「はーい」

 大丈夫なのか?

 それに、俺に協力しろと言ってきたのに、一緒に来ないなんて。

 本当にスティレットを蘇生させるつもりがあるのだろうか?


 *


 雑居ビルを出ると、うっすら暗くなっていた。

「帰れるか?」

「平気だよ。超人なんだから」

 それもそうだった。

 深度を聞いていなかったが、おそらくC級ということはないだろう。B級以上なら、シンプルな身体能力でも他の誰かに負けることはない。

「まあ、力が必要なときは言ってくれ。できる限りのことはするよ」

「うん。そのうち連絡する」

「じゃあ、ここで」

「うん。またね」


 軽い!

 これから凄まじい災害が起きて、再会できるか分からないというのに。

 まあもしネクターが死亡したら、俺一人でスティレットを蘇生させればいいのだ。フルパワーでやればたぶんできるだろう。もっとも、それを実際にやったら、きっと俺自身がカニカマになるが。


 *


 離島に到着したのは、二日後の昼だった。

 あまりにも遠すぎる。

 あのカルトどもは、いったいどうやってゼノスを離島までけしかけていたのだろうか。まあ教祖もナンバー・ツーも死んでしまったから、いまさら確認できないのかもしれないが。


「ついたか」

 エレガントマンは港で謎のポーズをとっている。

 意識が戻ったかと思えばこれだ。


「心臓刺されたのによく生きてたな」

「神はおそらく、オレに死んで欲しくなかったんだろう」

「俺が神だったらもっと違う感想だったと思うが」

 俺の皮肉は、しかし通じなかった。

 まだ変なポーズをとっている。斜めになって立っている。


 プーとクラクションを鳴らされた。

「おい、いつまでぼうっとしている。早く乗れ」

 うるさいワゴンがいると思ったら、迎えに来てくれた軍曹だった。短い髪に、キャップをかぶっている。本職の軍人みたいだ。


 *


「東京は大変らしいな」

 運転しながら、軍曹はそんなことを言った。

 俺たちは後部座席。それも運転席とは仕切られている。会話はできるが。

「壊滅したんですか?」

「まだだ」

「二十四時間以内に地図から消えるって聞きましたけど」

「それは特異点シンギュラリティが、もっとも効率よく東京を破壊した場合の最悪のシナリオだ。いま政府は、破壊の対象が東京にならないよう、彼女を埼玉に追い立てているらしい」

「ひでぇ……」

 人の心とかないんですか?

 埼玉ならどうなってもいいと?


 ワゴンが停車した。

 まあ港から出てすぐだから、ただの信号待ちだろう。


 会話がない。

 俺はオルガンやゲッコーのことを切り出そうか迷った。軍曹も、自分が訓練を担当していたのだから、きっと気にしているだろう。

 だが、俺たちは互いに、その話題を出さずにいた。


 *


 いつ見ても立派な本部ビルに到着した。

 この島に突き出した一本の棒だ。地下にイカがいる。オリジン。そいつは三流の超人などではなかった。宇宙から来た地球外生命体だ。


 オフィスでは、ゼロが出迎えてくれた。

「お帰りなさい。ぶじでなによりザマス」

「ええ、まあ……」

 こんな妙な女でも、久しぶりに顔を見ると少し安心する。

「どうでもいい手続きはこっちでやっておくザマスから、早く帰ってゆっくりするといいザマス」

「そうします」

「エレガントマンは、念のため博士のところで検査を受けるザマス」

 これにエレガントマンは謎のポーズで「オーケー」と応じた。

 紙袋がないからただのモデルがポーズを決めているようにしか見えない。


 *


 俺はエレガントマンを置き去りにして、繁華街へ向かった。


「らっしゃい」

 いつものクソ狭い居酒屋へ。

 店員はこちらを見もしないが、この雑な距離感がいまはありがたい。

「ビールください」

「あいよ」


 常連のおじさんがテレビを見ている。

 ニュース番組は、特異点シンギュラリティという名の一人の少女による破壊映像を流している。破壊とはいうが、警察が道をふさいでいるから、仕方なくパトカーを破壊しているようにも見える。警官による発砲はあるが、まったく通じていない。

「ったく、超人ってのはロクなもんじゃねーな」

 おじさんはビールを飲みながら言った。


 まあ、そうなんだろう。

 この世界の不快な出来事は、自分とは違うヤツが起こしている。みんなそう思いたいものだ。


 ただ、ニュース映像を見る限りでは、少女が一方的に破壊しているようにも見えるが。

 あんなに周りを囲まれたら、どいて欲しくなるものだろう。

 いまとなっては、どちらから先に仕掛けたのかも分からない。


「カレイあるよ」

「それください」

 店員の言葉に、俺はすかさずオーダーした。

 ここのカレイの煮付けは最高だ。


 *


 あまり深酔いする気分でもなかったので、そこそこで引き上げた。

 家に帰ると、先客がいた。二名も。


「サノバ、帰ったか」

「ご飯にする? お酒にする? それとも、私?」

 フェニックスとイリンクスだ。

 なんでこいつらは当然のように俺の部屋に……。


「ただいま」

 俺はあらゆる言葉を飲み込んで、それだけ返した。


 年代物の木造アパート。

 狭くて、間取りも古臭くて、拡張性もなく、生活以外のなにもできない。しかも前に住んでいた老人の遺物をそのまま使っているから、昭和の空気がただよい過ぎている。

 こんなところに若い女が来るもんじゃない。


 靴を脱いで居間に入ると、イリンクスが缶ビールを渡してくれた。

「ほら、飲んで」

「ありがとう」

「今日は帰さないから」

「俺の家なんだが……」

 なんならもう帰ってるし、これ以上、帰りようがない。


「夕食は私が用意しよう」

 フェニックスは腰をあげ、冷蔵庫の中を覗き込んだ。記憶にない食材が、やけにストックされている。

 こいつら、ここに住んでたのか?

 いや、俺が帰還するのは、上からも知らされていたはず。ここ数日で準備したものなんだろう。たぶん。そうであってくれ。


 フェニックスはエプロンをして、コンロの火をつけ、フライパンに油をひいた。

 そうしておいて、包丁で野菜を刻み始める。手際がいい。


「サノバガン……」

 フェニックスはふと、こちらへ向き直った。

 いつもみたいに偉そうな表情ではあったが、どこか同情するような雰囲気もにじませていた。


 彼女は言った。

「スティレットのことは、残念に思う。私も本当に悲しい。だけど、こういうときこそ、みんなで助け合うべきだ。難しい話だと思うが……」

 えっ?

 あ、そうか。まだ知らないのか。

 俺は二人の気分を害してしまわないよう、言葉を選びながら言った。

「あの、いや……死んでない」

「ん?」

「いや、オルガンとゲッコーは死んだ。スターゲイザーも。ただ、スティレットも致命傷を負ったんだが……。いちおう、彼女だけは別の方法で死を先送りにしていて……」

「生きているのか?」

 フェニックスはコンロの火を止めて、こちらへ戻ってきた。


 どう説明すべきなんだろう。

 俺もきちんと理解しているわけではないのだ。

「分からない。ただ、死んではいないはず。死の間際に、スターゲイザーがなにか細工をして……」

「細工?」

「思念の超人なら、もとに戻せる可能性があるらしい」

 フェニックスは溜め息をついた。

「思念の超人? そんな希少な超人が、簡単に見つかると思うのか? 仮に見つかったとして、協力する可能性は?」

「俺ができる。じつはいままでウソをついてたけど、俺は魔弾の超人じゃなくて思念の超人なんだ」

「……」

 彼女はすっとのけぞったまま、言葉を発しなくなった。


「いや、俺にも事情というか、考えがあってやってたことなんで。騙すつもりじゃ……」

「サノバ、お前……。なるほど。理解したぞ。だからスターゲイザーは、やけにお前だけ気にしていたんだな? この私ではなく、サノバを選ぶなんて、変わったセンスの持ち主だと思っていたのだが」

 このふてぶてしさ。

 むしろ見習うべきかもしれないな。


 イリンクスは、勝手に俺の缶ビールを飲んでいた。

「なんか、あなたが遠くに行っちゃったみたい」

「べつに変わらないよ、なにも」

 思念の超人は、願ったことをほぼなんでも叶えられる。

 その代わり、代償も大きい。

 もし無謀な願いを具現化すれば、俺の存在など秒で消し飛んでしまう。命を賭けてまでやるようなことじゃない。


 フェニックスは腕組みをして眉をひそめた。

「逆に分からなくなってきたな。結局、今回の騒ぎはなんだったんだ?」

 今回の騒ぎ、か。


 宇宙管理委員会は、ビジネスとして、政府からS級の超人を預かっていた。

 するとその中に、たまたまとんでもないバケモノが紛れ込んでいた。

 人の形をしたゼノス――特異点シンギュラリティだ。

 委員会はおそらく切り札として、彼女の命を奪わず、ただ眠らせ続けてきた。彼女は、いつ起爆するとも分からない爆弾となっていた。


 危機感をつのらせた政府は、評議会からの外圧という建前で、俺たちを施設に送り込んだ。

 特異点シンギュラリティと俺たちが共倒れになるのを期待して。


 結果、犠牲になったのは、俺の仲間たちだけだった。


 おそらくだが、こんな流れだったんだろう。

 分からないのは、こんなバカみたいな作戦に、なぜスターゲイザーが乗ったのか、ということだ。当時の彼の言動は、あまり冷静とは言えなかった。放っておけばいいのに、特異点シンギュラリティの処分に積極的だった。

 いや、実際、スティレットを見捨てれば勝てたのかもしれない。

 特異点シンギュラリティの「断絶」という名のバリアを貫通することはできないが、そのバリアを押し込めば、中身は潰せる。鋼鉄の鎧を外側から押しつぶすみたいに。


 しかし仮に勝算があったとして、だ。

 スターゲイザーが特異点シンギュラリティに執着した理由は分からないままだ。彼にとって、委員会は最優先のターゲットではなかったはずだ。なぜ命をかけてまで戦ったのか。


 ネクターに聞けば教えてくれるかもしれない。

 会う必要がある。

 絶対に。


(第一章 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
勝手に物語が終盤に差し掛かっていると思ったら第一章だった。 サノバガンお前ひょっとしてまだまだ苦労するのか…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。