↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第一章 太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/45

カーゴ信仰(六)

 ドアは開かれた。


 広さだけは異様であったが、内装は子供部屋のそれであった。

 空を思わせるパステルカラーの壁紙。ニコニコの動物たちがプリントされている。床にはボールと……かつてボールだったもの。ダクトが剥き出しの天井は、ところどころ補修されている。よく見ると、壁もへこんだりふくらんだりしている。破壊されたあと、慌ててコンクリートで塗り固められたのだろう。


 カバーの開いたカプセル状のベッドの中で、無表情な少女がひとり、膝を抱えて座っていた。

 髪が長い。背丈ほどもありそうだ。

 じっとこちらを見つめる目は不気味に見えなくもないが……。しかし無表情の子供というのは、こういうものだろう。子供は愛想笑いなどしないものだ。

 少なくとも、都市を破壊するような存在には見えなかった。


 スティレットが笑顔で近づいていった。

「おはよう。よく眠れた?」

「……」

 少女は口を開くが、声が出ないようだった。長いこと誰とも会話していなかったせいだろう。

「大丈夫、大丈夫。お返事はゆっくりでいいよ」

「お姉さん、誰?」

「お友だちになりにきたの。もちろんあなたがイヤじゃなかったら、だけど」

「うん……」

 どういう返事だろうか?

 イエスなのか、ただの相槌か。


 少女の目は、スティレットではなく、後ろの俺たちに向けられていた。あきらかに警戒されている。

「あ、後ろのおじちゃんたち、気になる? ちょっと待ってね。いま追い出すから」

 追い出す……。


 だが、センチネルは承諾しなかった。

「少し後退する。だが、部屋は出ない」

「えーっ。いいけど、邪魔しないでね」

「……」

 彼は返事をしなかった。

 ウソでもいいから、肯定できなかったのか?


 俺たちが壁際まで後退すると、スティレットは笑顔で特異点シンギュラリティに近づいていった。

「ごめんごめん。なにも怖いことないから。ねっ?」

「怖いことは、ない」

 それが少女の回答だった。

 そう。

 おそらく自分の力に気づいている。

 他者に生存を脅かされない存在だと認識している。


 スティレットはしゃがみ込んで、少女に視線を合わせた。

「えーと、なにかして遊ぶ?」

「遊びたい。お外で」

「お外かぁ……」

 そうだな。

 子供はずっと家にはいられない。

 外に出て、全力で暴れるのが子供というものだ。それはもう仕方がない。誰だってそうなのだ。もちろん内向的な子もいる。しかし永遠に部屋にいることはない。


 少女はじっと上を見てから、静かに尋ねた。

「ミラージュは?」

「えーと……」

「なに?」

「うーんとね、遠くに行っちゃったんだ。だからあたしが代わりに来たの。仲良くしてくれる?」

 すると少女は、返事の代わりに手を伸ばした。

 やや離れた場所にボールがある。

 ボール遊びがしたいのだろうか?


 次の瞬間、パァンと音を立ててボールが爆ぜた。

 触れてもいないのに。


 少女は告げた。

「死んだんでしょ?」

「……」

「分かるよ、それくらい。次はお姉さんが代わりになるの? それって死ぬって意味?」

「ち、ちが……」

 ダメか。

 もしスティレットでも交渉に成功しないのだとしたら、おそらく他の誰でもムリだろう。子供と交渉できそうな人間が一人もいない。


 すると少女は、こちらへ視線を向けてきた。

「あのおじさんたちが、私を殺すの?」

「違うよ! そんなことしない! 絶対にしない! 約束する! あたし、本気で仲良くなりたいの」

「うん」

「だから、怖いことは、ナシにしよう?」

「うん」


 納得したのか?

 それとも相槌を打っているだけか?

 リアクションが薄くてよく分からない。


 少女はまた手を伸ばし、スティレットの頬に触れた。

「お姉さん、なんでそんなに黒いの?」

「あ、これ? これはね、パパが黒いから」

「パパが黒いと、子供も黒くなるの?」

「そうだよ。あなたがその色なのも、親がそうだったからだよ」

 子供というのは……。

 いや、知らないのだから仕方あるまい。

 いままで周囲に、自分と同じような人間しかいなかったのだろう。


 なにを思ったのか、センチネルが近づいていった。

 こいつ、マジか……。

特異点シンギュラリティ、私とも話をしてくれるかな?」

「うん」

 意外なことに、少女は素直にうなずいた。

 センチネルはここのナンバー・ツーなのだ。顔見知りなのかもしれない。

 せめて余計なことをしないでくれると助かるのだが。


「ミラージュが死んでしまって、状況が大きく変わってしまったんだ」

「状況……?」

「落ち着くまで、しばらくこの部屋にいてくれるかな?」

「いつまで?」

 すでにじゅうぶんすぎるほどここにいたのだ。

 一秒でも早くここを出たいはずだ。

「ほんの数日でいい」

「数日……?」

「三日くらいだ」

「前もそう言ってた」

「そうなのか? でも今回は違う」

「なにが違うの?」

「ミラージュがいなくなったんだ。いろいろ変える必要がある」

「ウソつき」


 少女の手が、センチネルへ向けられた。

 さっきはボールが犠牲になっただけで済んだが……。


 空間に、黒い線のようなものが見えた。

 それが次の瞬間、魔物の口のようにザバと大きく広がった。

 空間が裂けているのだ。


 センチネルは、とっさに光のシールドを展開。

 どんな防御も通用しないという話だったが……。


 センチネルも、少女も、目を見開いた。

 なにが起きたのか分からないという顔。

 センチネルの能力は、特異点シンギュラリティの攻撃を耐え凌いだのだ。


 ネクターがつぶやいた。

「驚かないでよ。私がエネルギーを与えてるんだから。いつもならできないことも、いまならできるよ」

 スターゲイザーもうなずいた。

「では、戦闘開始といこう」

 室内にあったボールやぬいぐるみ、ワゴン、モニター、カッター、ハサミなどが、浮き上がり、少女へ向けて猛スピードで集まった。天井のダクトも外れて、そこへ集結。なにを狙った攻撃かは分からないが。


 スティレットはとっさに距離をとり、なんとか巻き込まれずに済んだ。

「待って! やめて! なんで攻撃するの!?」

 かわいそうだが、大人たちは最初からそのつもりだったのだ。


 オルガンも、ゲッコーも、それぞれ攻撃を開始してしまった。

 始まってしまったからには、総攻撃をするのが正解なのかもしれない。


 ネクターがじっとこちらを見つめてくる。

「お兄さんは参加しないの?」

「対話する予定だっただろう。俺は作戦外の行動はしない」

 というのは建前だ。

 全員が一箇所に集まっても、できることは少ない。これは戦闘以外でも言える。多人数が、同時に、最高のパフォーマンスを発揮するには、ポジションが重要となる。

 相手の能力も分からないし。


 ふたたび少女が空間を切り裂いたのを、センチネルが防いだ。

 なるほど。

 スターゲイザーがセンチネルをここへ連れてきたのは、単に交渉の相手だからだけではないようだ。彼の能力は、特異点シンギュラリティとの戦闘に役立つ。


「待って! この子をいじめないで!」

 スティレットはまだ叫んでいる。

 その声は誰にも届かないのに。


 スターゲイザーは、周囲のものを少女にぶつけている。のみならず、強引に押し当てている。周囲から圧縮するかのように。

「ネクター、出力をあげて」

「うん」

特異点シンギュラリティに通常の攻撃は効かない。彼女へダメージを与える手段はただひとつ。外部から空間を圧迫すること」

 機材という機材が、少女という一点に集まっている。少女はその機材を切り裂く。すると細切れになった機材が、さらに少女を押し込んでゆく。苦しそうに呼吸している。


 スターゲイザーはこちらを見た。

「サノバガン、なぜ協力しない?」

「それはこっちのセリフですよ。事前のプランでは、あの子と仲良くするはずだったのに」

「欺瞞には気づいていたと思ったのだが」

「ま、それはそうなんですが……」

「ネクター! 出力をあげなさい!」

 彼は珍しく声を張った。

 俺の態度にイラついているのか、それとも特異点シンギュラリティの力におびえているのかは分からない。


 オルガンは天井のダクトを切断し、それをスターゲイザーに提供していた。

 ゲッコーは太いケーブル類をむしっている。

 とにかく大量の物質で空間を圧迫する作戦だ。


 見た感じ……というか機材まみれで少女の姿は見えないが、スターゲイザーが優勢に見える。

 少女の抵抗は意味をなしていない。力だけはあるが、力を応用して作戦を立て直すほどの機転はないようだ。

 経験値の差が、露骨に戦況を左右している。


「止まってよ! お願いだから! 話し合おうよ!」

 スティレットはまだあきらめていなかった。

 そろそろ俺も、彼女の側につくべきだろうか。


 ネクターが顔をしかめた。

「あの女、さっきからなんなの? ひとりでビービーさわいじゃってさ」

「戦いをやめたらすぐ静かになるよ」

「ホントに? まあでも、そうかも。死体はモノを喋れないからね」

 一理ある。

 戦いが始まってしまった以上、勝たなければ殺される。

 ネクターに強化されたセンチネルは受けきれたが。少女の攻撃は、防御に特化した超人でなければ絶対に防げないだろう。空間それ自体が裂けるだなんて。


 機材の中の少女も叫んだ。

「だからイヤなの! みんな! みんな! みんな! 私のことをいじめてばっかり! 嫌いだよ! みんな嫌い! みんな死んじゃえ!」

 まるで土星の輪のように、彼女の周囲に黒い線が見えた。

 その線は……少女をかばうように立っていた、スティレットにもかさなっていた。


 これは……。


 俺が恐れていた最悪の事態が起きた。

 闇が広がって、直線上のあらゆるものを切り裂いたのだ。

 スローモーションのように、スティレットが上下に分かれた。


 機材の隙間から見えた少女の表情も、唖然としていた。

 おそらく彼女は、スティレットを攻撃する意図はなかったのだ。

 しかしなにも見えなかった。

 助かろうとして攻撃を放ったら、スティレットだけが巻き込まれた。


 機材がまた少女を閉じ込める。

 スティレットの上半身が地面に落ちる。


「スティレット! おい! 大丈夫か!」

 俺はもう戦いなど無視して駆け寄った。


「あぐっ……あっ……」

 スティレットも、なにが起きたのか分かっていないようだった。

 いや、分かったところで、もう言葉を発することもできないのだろう。目が、どこも見ていない。


「スティレット! スティレット!」

「あ……あ……」

「頼むから!」

「……う……」

 声が、ただの音でしかなくなってしまった。


「どけ!」

 スターゲイザーが駆け寄ってきた。特異点シンギュラリティの周囲から機材が落ちたところを見ると、攻撃をキャンセルして駆け寄ってきたようだ。

 まさか、この状態から救えるのか?

「えっ? 助かるんですか?」

「分からない。ただ、先延ばしにはできる」

「先延ばし?」


 すると、スティレットの身体が、ほぐれたカニカマみたいにバラけた。

 無数の肉の糸だ。

 かと思うと、それらの糸は透明になって消えた。

 大量の血液だけを残して。


「は? なにをしたんですか?」

「それは……」

 続きは聞けなかった。

 スターゲイザーの身体に黒い線が描かれて、すぐに左右に分断されてしまったからだ。


 振り返ると、オルガンも、ゲッコーも、センチネルも、すでに肉片と化していた。

 パステルカラーだった室内は、いまや鮮血で染まっていた。

 陰惨な殺戮の現場そのものだ……。


 少女は裸足で床を踏みながら、ゆっくりと近づいてきた。

「私をいじめなかったから、二人のことは見逃してあげる。私、もう行くから。止めないでね。バイバイ」

 呼吸は荒かったものの、彼女は涙も流さず、怒りも爆発させず、なんとか自分の感情を抑えているようだった。


 俺は……動けなかった。

 スティレットを失ってしまった。仲間を失ってしまった。自分だけが生き延びた。

 一瞬の間に、あまりにいろんなことが起きてしまった。


 ネクターは溜め息だ。

「なに? ショック受けてんの? あの子、生き返るよ?」

「は? どうやって?」

「思念の超人って、エネルギーさえあればたいていのことはできるんでしょ? ねえ、ウソつきのお兄さん。自分のこと魔弾の超人とか言ってるけど、本当は思念の超人だよね? 私と手を組みなよ。もしあんたが私の言うこと聞いてくれたら、あの子を生き返らせるだけのエネルギーを与えてあげるから」


 まあ、そうだな。

 スターゲイザーが俺に執着していたのは、俺が思念の超人だからだ。

 姪のネクターがそれを知っていても不思議ではない。


 そう。

 俺は魔弾の超人などではない。思念の超人だ。

 政府に能力を悪用されたくなかったから、能力を偽って生きてきた。正確には、自分の能力を使って、自分の能力を制限してきた。


「分かった。やるよ」

「契約成立。お願いだから、勝手に死なないでね。あんたに死なれたら、もうほかにいないんだから」


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。