カーゴ信仰(五)
ごく普通のエレベーターだ。
「こちらにカードを」
女の指示で、オルガンがパネルにカードを差し込んだ。
ポーンと電子音が鳴り、アナウンスが「ポイント・ゼロまで参ります」と告げた。
リフトが下降してゆく。
「結局、なんだったんだろう……」
不安そうにスティレットがつぶやくが、返事をするものはいない。
誰にも分からないのだ。
*
すいぶん長い時間をかけて下降を続けた。
到着してドアが開くと、普通の廊下が伸びていた。白い床、白い壁、白い照明。学校か病院、あるいは役所みたいだ。なんの特徴もない。
「奥へどうぞ」
女に促され、俺たちはエレベーターを出た。
通路の奥では、スターゲイザーとセンチネルが立ち話をしていた。俺たちの到着を見て、会話をやめる。
「終わったのか?」
スターゲイザーはまるで他人事みたいに聞いてきた。
おそらく誰も答えないだろうから、俺が率先して答えた。
「ええ」
センチネルは溜め息だ。
「経緯だけ聞かせてくれ。どう戦い、どのような最期を迎えたのか」
この落ち着きぶりからすると、結果を受け入れているらしい。
「どうもこうも、戦ってないんですよ。一方的に幻影を見せられて、一方的に死亡しました」
「では、おそらくオリジンを使ったのだろう。あれはどこからでもアクセスできるからな。命をかけて解析したのだ」
「命をかけるほどのことですか?」
「まさか自分たちの使命を忘れたとは言わせんぞ。どのみち猊下は最期を迎える運命だったのだ。ゆえに戦いではなく、真理への到達に賭けた。かくして見事、彼岸へ至った」
なるほど。
俺たちと戦ったところで、勝てないと悟ったのか。
だからエネルギーを使い果たしてでも、見たい景色にアクセスしたのだ。彼女は命を差し出した。巻き込まれた俺は、情報に呑まれた。いい迷惑だ。
スターゲイザーは、すっとメガネを押し上げた。
「さて、問題はここからだ。この扉の向こうは揺籃室と呼ばれる場所でな。特異点が眠っている。いや、正確には、さっきまで眠っていたというべきか」
「ゼノスですよね。政府が集めたS級の超人の一人」
「オリジンに教えてもらったのか?」
「おそらく」
あの幻影の中には、例のイカ――オリジンも参加していた。
そしてオリジンと接触したとき、俺は記憶を与えられた。会話によってではない。脳のシナプスを直接いじられるような方法で。
俺のプライバシーもだいぶ読まれた気がする。肯定、否定、判断保留、さまざまに評価をされた。のみならず、イカは何度も何度も再評価した。短時間で。大量に。人間とは桁違いの情報処理能力だった。
スターゲイザーは溜め息だ。
「オリジンは、超人で言えば、頭脳の超人に相当する。君たちが上で戦ったビショップと同じ系統だ。質的には桁違いだがね。とにかく、地球上のあらゆる場所からアクセスできる。アレ自身がハブとなり、地上の生命をノードとして、ニューラル・ネットワークを構成し、なにかを計算し続けている」
「宇宙人なんですか?」
「その表現が正確かどうかは分からない。ただ、地球外生命体ではある。自力で能力を拡張したのか、それとも誰かに拡張されたのかは不明だが」
やはりそうか。
俺たちが見た幻影は、過去のリプレイだったのだ。
つまりあのイカは、もともとは宇宙にいて、ある日、棒みたいな宇宙船で地球に来たのだ。発見した政府は、事実を隠蔽した。もし公表すれば、人類全体をパニックにしかねなかったからだ。イカはその後、離島の研究所で保護された。評議会ができたのはそのあとだ。
オリジン――。
起源となるもの――。
あのイカから抽出された成分が、ドリンクとなって、一般に販売されてしまった。
誰がそれを主導したのかまでは分からないが。
人間が超人になったのは、事故ではなく故意だったのだ。
スターゲイザーは言葉を続けた。
「話を戻そう。目下の問題は特異点だ。断絶の超人。世界を破壊しかねない力を有している。これまであらゆる手を尽くして眠らせていたのだが、ことごとく克服されてしまってな。もう止めようがなくなってしまった」
ずいぶん流暢に話すのだな。
俺はつい口を挟んだ。
「ちょっと待ってください。ずいぶんお詳しいですね? スターゲイザーさん、じつはカルトのお仲間だったりしませんか?」
「冗談はよしてくれ。私はむしろ、この組織とは敵対している。そして敵対しているがゆえ、徹底的に調査したのだ」
「敵なのに、組織のナンバー・ツーとつながってるんですか?」
センチネルはふんと鼻を鳴らした。
「安心しろ。まぎれもなく敵だ。だがある日、スターゲイザーから特異点についての警告を受けてな。他の誰も取り合わなかったが……私だけは考えが違った。この怪物の存在は、それ自体が対処すべき脅威だ。ゆえに私は、この一点においてのみ、スターゲイザーと協力することにした。それだけの話だ」
なるほど。
筋は通っているか。
センチネルは目を細めてこちらを見た。
「傍観者みたいな顔だな。残念だが、お前たちはもう当事者だぞ」
「はい?」
「政府は、超人やゼノスの波形を感知する技術を持っていてな。おそらく特異点が復活すると予想を立てたのだろう。お前たちは、その特異点を止めるために送られた尊い犠牲だ。おそらく政府は、両者が共倒れになるのを狙っている」
「……」
もしかするとそうなのかもしれない。
チヨダまで同意見かは分からないが。まあ、あいつも歯車に過ぎないのだ。上と意見が違ったとして、行動までは変えないだろう。
俺はつい溜め息をついた。
「結局、その怪物と戦えってことですか。まあいいでしょう。分かりました。こっちには選択肢もないんですから。いっそ結論から聞きますけど、勝算はあるんでしょうか? 1パーセントでも。どうです? ない?」
「ない」
スターゲイザーが即答した。
ない、のか……。
聞かないほうがよかったかも。
だが、スターゲイザーはふっと笑った。
「そう悲観するな。仮にここで逃げたとして、生存率があがるわけではない。結局のところ、世界は滅ぶのだからな。まあ世界というのは大袈裟だが。少なくとも二十四時間以内に、東京は地図から消えるだろう。そして時間の経過とともに、別の都市が消える。もっとも生存の可能性が高いのは、いま、ここで戦うことだ。幸い、思念の超人が二人いて、その二人分のエネルギーをまかなえる犠牲の超人もいる。これ以上の条件はあるまい」
「……」
二人?
なにを勝手に増やしているんだ?
ここに思念の超人は一人しかいない。そういうことになっている。
俺はひとつ呼吸をしてから、あえて尋ねた。
「思念の超人が二人いて、犠牲の超人もいて、それでも勝率は1パーセントを超えないんですか?」
「真に受けなくていい。定性的な情報を、定量的な情報に換算するのは難しいのだ。あくまで私の肌感覚だと思ってくれ」
「つまり?」
「結果は予測不能ということだ」
勝算はある、ということだな。
そういうことにしてくれないと、テンションもあがらないではないか。
彼は肩をすくめた。
「先に言っておくが、時間を停止して一方的に攻撃すればいい、などと考えるな。彼女は空間への干渉を断絶する。つまり、時間の停止は無効化される。君の魔弾も届かない」
「はい? 無敵じゃないですか?」
「唯一の弱点は、エネルギーが有限ということだ。彼女に能力を使わせておいて、耐え凌げば勝機があるかもしれない。耐えることができればな」
もう嫌な予感しかしない。
予感というか、論理的な帰結というか。
「一撃でぶっ殺してくるタイプですか?」
「空間そのものを切り裂いてくる。どんな防御も通用しない」
「そんなヤツ、どうやってここに閉じ込めたんですか?」
「ミラージュの幻影でマインド・コントロールしたんだ。だから彼女は、ミラージュの言うことだけは聞いた」
「え、いや……。その人、もう死んじゃいましたけど?」
「構わんよ。生きていたところで、私たちの思い通りにはならないのだ」
まあそうか。
ミラージュが生きていたところで、ミラージュが好き勝手するだけだ。俺たちは死ぬ。
「なんでも無効化できるのに、ミラージュの能力は通用したんですね」
「一理ある。おそらく最初は能力ではなく、言葉で騙したのかもしれないな。なにせ特異点は未成熟な少女だ。カリスマ性のあるリーダーに優しくされて、一時的にほだされたのかもしれん」
なるほど。
確かに、超人だからといって、必ずしも能力を使う必要はない。ミラージュは、人間の能力を使って、それを成し遂げたわけだ。
俺はゆっくりと呼吸して、なるべく頭を正常に保った。
「プランを教えてください。いまのところ、一方的にぶっ殺される未来しか想像できないんですが」
「奇遇だな」
「勘弁してくださいよ。いますぐどこかに避難したほうがいいんじゃないですか?」
「逃げ切れると思うのか?」
「そんなに? そこまで広範に破壊できるんですか? その特異点ってのは」
この問いには、センチネルが応じた。
「ムリだろうな。サンプルは少ないが、断絶の超人の能力は、C級であっても災害クラスの破壊を引き起こすと報告されている。それがS級を超えてゼノスにまで深化してしまった。二十四時間以内に東京が消えるという説は、決して誇張ではない。専門家がデータに基づいて試算したものだ」
専門家?
まさか、ドリンクにイカのエキスを混ぜたサイコパスのことか?
「この施設を爆破するのは?」
俺がそう尋ねると、センチネルもスターゲイザーも黙ってかぶりを振った。
これもダメなのか。
センチネルは短いアゴひげをなでた。
「いまは目覚めたばかりでおとなしくしている。猊下の言いつけもあって、急には動き出さないだろう。だが、いつまでも部屋にとどまっているとは思えない。実際、過去に何度も脱走を試みている。揺籃室は、そのたびに破壊された」
スティレットが「あの」と挙手をした。
「なんだ?」
「ミラージュは、会話で特異点と仲良くなったんだよね? だったら、あたしたちも戦うんじゃなくて、仲良くするって選択肢はないの?」
「……」
センチネルはすっと息を吸い込んだまま、黙り込んだ。
バカにしている様子はない。
その手もあると思っている顔だ。
仲良くなるのはいい。
だが、その後のプランは?
結局のところ、ミラージュでさえ自力では抑えられず、強制的に眠らせてきたのだ。そのミラージュはもういない。あとから現れた俺たちが、説得だけで特異点を部屋に閉じ込められるのか? それも永遠に?
だが、センチネルはうなずいた。
「分かった。その作戦で行こう。戦うよりは可能性がありそうだ」
「ホントに!? やった。うん。絶対そのほうがいいよ!」
スティレットは無邪気に喜んでいる。
だが、俺は気づいてしまった。
いまセンチネルが決断する直前、スターゲイザーに目配せをした。
スティレットを使って油断させておいて、特異点を騙し討ちするつもりではなかろうか?
もしそうなら、作戦が失敗した瞬間、スティレットが攻撃のターゲットになる。
これがただの杞憂ならいいのだが……。
(続く)




