カーゴ信仰(四)
ん?
周囲がまっくらになった。
停電か?
いや……星が見える。
プラネタリウム?
それも違う。
ここはミラージュの執務室じゃない。木々に囲まれた山の中だ。遠くに街の灯が見える。季節は秋だろうか。虫たちが控えめに鳴いている。
いやいや。
なぜ?
ワープしたのか?
もしや、これがミラージュの能力?
幻影なのか?
俺たちの体は執務室にいるのに、まったく違う幻影を見せられている。
分かっていても、動けない。
ヘタに動けば同士討ちになる。
「時間が止まってる」
「えっ?」
声のほうへ振り向くと、パーカーとスカートの女が立っていた。
ネクターだ。
「でもこっちは止まってないよ。えーと、つまり、いま私たちは幻影を見てるの。時間が止まってるのは現実世界だけ」
「時間停止? あいつにもその能力が?」
「まあ、そうなんだけど。でもおじさんの能力とは違う。ミラージュの能力は、ミラージュ自身の時間も止まるから。自由に動けるのは幻影の中だけ」
「つまりこれは精神的な……世界なのか?」
「そう。でも分かってると思うけど、これはれっきとした攻撃だから。他者を内側から蝕む能力。それもただの精神攻撃じゃない。精神を変質させて、肉体を破壊させる。この世界で死んだら、現実世界でも心臓が止まる」
強すぎんか?
幻影を自在に操って、他人を殺すことができる。
もうミラージュの勝ちが確定したようなものじゃないか。
ネクターは溜め息だ。
「もうあきらめるの? 大丈夫。ちゃんとストーリーが必要になるから。つまり、ミラージュにとってこの世界は自由にデザインできる空間だけど、意味もなく他人を殺しても意味がないってこと。ちゃんと説得力のある死に方じゃないと、肉体も死なない。それに、強い能力って、エネルギーの消耗も激しいの。知ってるでしょ?」
「なるほど。理解した」
やはり便利な解説役は必要だな。
彼女がいなかったらなにも分からなかった。
俺は冷静になって周囲を見回した。
山だ。
それしか分からない。
「で、どうすれば生存できるんだ?」
「あいつのエネルギーが消耗するまで生き延びること、かな」
ネクターが味方で助かった。
もし彼女がミラージュと組んでいたら、この幻影は永遠に終わらない可能性もある。
ふと、視界の端でなにか光ったのが見えた。
空?
稲光か?
いや、そんな大きな光ではなかった。雷鳴もないから、雷ではなかったんだろう。もう消えてしまったが、流れ星かもしれない。流れ星にしては光が強かった気もするが。
「仲間を探そう。それとも、先にミラージュを探すべきか?」
「ミラージュはこの世界にいないよ。外側から操ってるだけ。ここに来たところで、自分が殺されるリスクにしかならないし」
「じゃあ本当に、終わるまで生き延びるしかないんだな」
自分だけ安全な場所にいて、他人を殺そうとするなんて。
卑怯すぎる。
それにしても、この世界はなんなんだろう?
日本の、地方の景色だと思うが。
ここからどうやって俺を殺すつもりだ?
「ここにいたか」
ガサガサと草をかき分けて、オルガンが近づいてきた。
よかった。
合流できたようだ。
いや、待った。
ここは幻影の世界。
偽物という可能性もあるのでは?
俺はオルガンに指を向けた。
オルガンは動かない。
「どういうつもりだ?」
「いや、ホンモノだったら俺が撃つ前に斬ってくるかと思って」
「見くびるな。その手にエネルギーが込められていないのは感覚で分かる」
「どうやらホンモノみたいだな。悪かったよ、試すようなマネして」
「……」
気にした様子もない。
こいつは心理戦に強すぎる。
それにしても、さっきからゴゴゴと空が鳴っている気がするのだが。雷鳴とは違う。飛行機が飛んでいるような音だ。それが徐々に強くなっている。
まさか隕石じゃないだろうな?
俺たちをまとめて圧殺するつもりでは?
だが、隕石ならずっとプラズマを放ちながら飛んでくるはず。つまり、視認できるはずなのだ。いくらここが幻影の世界とはいえ、隕石がステルスで飛んできたらリアリティが損なわれるはず。俺たちを殺すつもりなら、そんなマネはしないだろう。
「あ、よかった! みんないた!」
スティレットが駆け寄ってきた。
どうしよう。
受け入れるべきか?
それとも先手を打って射殺すべきか?
エレガントマンの件もある。
スティレットの姿をした何者かが、俺たちを刺してくる可能性もあるのだ。
だが、どうすべきか迷っているうちに、スティレットは目の前にきた。
「ねえ、どうなってるの? さっきまで委員会の建物にいたのに」
刃物は持っていない。
「ここはミラージュが作った幻影の世界だ。けど安心して欲しい。この幻影が続いている限り、ミラージュも動けないようだ」
「じゃあ……」
「あいつのエネルギーが切れるまで、俺たちは生き延びればいい」
ネクターが肩をすくめた。
「そもそも、他人を殺すための能力というより、マインド・コントロール向きの能力だからね。人を殺せるのはオマケみたいなもので」
なるほど。カルトの教祖サマにはうってつけの能力というわけだ。
超人の能力というのは、それぞれの個人の趣味に合ったものが備わるのかもしれない。
いや、違うかも。
もしそうなのだとしたら、俺は……。
いつのまにかゲッコーもいた。
これでフルメンバーだ。
敵襲はない。
その代わり……いや、なんだこれ?
棒状の物体が、ゆっくりと降下してきたのが見えた。月明かりしかないから、正体は分からないが……。棒だ。自由落下ではない。減速しながら降りてきている。ミサイルではない。まあ爆発しないとも断言できないが。
そいつは山から見下ろせる田畑に着地して、塔のように地面に突き刺さった。
爆発はしていない。
誰もなにも言わなかったので、俺はなんとか提案を絞り出した。
「え、どうする? 見に行くべき? まあ、あえて無視するという選択肢もあるけど」
ミラージュの用意したギミックに触れるのはリスクしかない。
好奇心は猫をも殺すというし。
だが、仲間たちからの返事はなかった。
こいつらの主体性のなさといったら。
俺は遠慮なく溜め息をついて、しゃがみ込んだ。
「じゃあ棒を倒して決めようか。俺たちが考えるよりマシかもしれないしな」
「正気か?」
やっとオルガンの反論が出た。
「正気なんてとっくに捨ててますよ。苦情があるならそう言ってくれ。いったん聞くから。俺って、ちゃんと聞いてから反論するタイプなんだよね」
「調べるべきだろう」
棒倒しへの反論ではなく、それ以前への反論かよ。
スティレットも乗り気だった。
「見てみようよ。なにかヒントがあるかもしれないし」
なんのヒントだよ。
この世界では、なににも近寄らず、危険から遠ざかれば遠ざかるほど生存率があがるのだが。どこにもミラージュはいないわけだし。
「そうと決まったら行くぞ」
オルガンが歩き出すと、スティレットとゲッコーも一緒に移動を開始した。
いつの間に決まったんだよ。
だが、置き去りにされるのもイヤだったので、俺は最後尾をついていくことにした。数の力には勝てない。
*
電柱ほどの高さがあった。
太さは、電柱よりも数回り大きいか。しかし人間が抱えられる程度のサイズだった。つまり細長い。材質は不明。セラミックのように見えるが。
もしこいつが宇宙から降ってきたのだとしたら、宇宙船ということになるか。
だが普通、宇宙船が戻ってくるときは、海洋に落ちることになっている。人的被害を出さないためだ。しかもパラシュートでスピードを殺しながら落ちてくる。なのに、こいつの周囲にはパラシュートがない。着地のときの音も静かだった。
ゲッコーがコンコンと外壁を叩いている。
中から音は聞こえない。
「もしかしたら、爆発するかも」
俺はそんなことを言った。
もしミラージュが俺たちを殺すつもりなら、そうするだろう。遅延型の爆弾というわけだ。安全だと思わせておいて、近づいたタイミングで爆発する。これでミラージュの勝利だ。
だが、事実は俺の想定とは異なった。
外壁の一部がスライドし、中からどろどろのなにかが流れ出してきたのだ。
まさか、化学兵器!?
いや、生物兵器か?
半透明な液体とともに流れ出してきたのは、巨大なイカだった。
違う。
イカじゃない。
俺はこいつの姿を、見たことがある。
一見、イカのようにも見えるが、内側には人間のような四肢も見えた。まっしろで、丸みを帯びた身体をしている。巨大イカを頭からかぶった人間……とでも言おうか。
ネクターが息を呑んだ。
「待って、サノバガン。これ、攻撃じゃないよ」
「えっ?」
「離れて!」
*
気がつくと、俺たちは執務室にいた。
全員いる。
幻影が終わったのだろうか?
ミラージュが胸を抑えて、膝から崩れ落ちた。
「ぐっ……。ぐふぅ……。ククク……」
苦しそうなのに、身を丸めて笑っている。
かと思うと、眼球をギロリと動かしてこちらを見た。
「私の負けだ、サノバガン……。だが、礼を言うぞ。私は神の真理に到達したのだ。ククク……」
「あのイカのことか……」
俺はあの一瞬、イカと交信した。
凄まじい量の情報にさらされた。
いろんなことが分かった。
「お前はただの幻影を見たのではない……。オリジンと交信したのだ……。そして私は見た……。世界は終わる……。ククク……」
俺とイカの交流を上から覗き見していたようだな。
なぜ外傷もないのに死にそうなのかは分からないが。
「私のデスクに……カード型のキーがある……。それを使って……ポイント・ゼロに向かえ……。世界を破壊せよ……。クク……ククク……」
動かなくなってしまった。
いや、説明する前に死ぬなんて。
とにかくそのポイント・ゼロに向かえばいいのか?
給与外労働だぞ?
こっちは無視して帰ってもいいのだが?
しかしオルガンが、ミラージュのデスクからカードを回収してしまった。
「これのようだな。行くぞ」
行くぞじゃないんだよ。
なんで誘導されることに対して、なんの疑問も抱かないんだ?
俺は思わず反論した。
「ちょっと待ってくれ。上からの指示はすべてこなした。すみやかに帰還すべきだろう」
「一理ある」
急に正気に戻るオルガン。
いいぞ。
素直なヤツは嫌いじゃない。
俺は念のため、通信機にコールした。
「こちらサノバガン、ミラージュを処分しました。帰還します」
『帰還せず、そのままポイント・ゼロへ向かってください』
「えっ?」
通信が切られた。
この野郎……。給与外労働だったはずなのに、通常業務の範囲にぶっ込まれちまったじゃねーか。なんなんだよ、どいつもこいつも。好奇心で死ぬなら、猫と俺の代わりに、お前たちが死んでくれ。
「オルガン、先導してくれ」
「いいだろう」
快諾してくれたのは結構だが、こいつ、道分かってんのか?
*
廊下に出ると、秘書らしき女がまだ残っていた。
「ポイント・ゼロまで、エレベーターでご案内します」
エレベーターを使わせてくれるのか。
教祖サマが部屋で死んでいるのだが、それはいいんだろうか?
まあ、案内してくれるというのだから、ここは素直に従うとするか。
しかし話が妙だな。
もしかするとチヨダも、最初からミラージュの処分が目的だったわけではなく、ポイント・ゼロとやらに用があったのかもしれない。
そこにいるのは特異点と呼ばれる少女だ。
人の形をしたゼノス。
世界を崩壊させるトリガー。
(続く)




