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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第一章 太陽

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カーゴ信仰(四)

 ん?


 周囲がまっくらになった。

 停電か?


 いや……星が見える。

 プラネタリウム?

 それも違う。


 ここはミラージュの執務室じゃない。木々に囲まれた山の中だ。遠くに街のあかりが見える。季節は秋だろうか。虫たちが控えめに鳴いている。


 いやいや。

 なぜ?

 ワープしたのか?


 もしや、これがミラージュの能力?

 幻影なのか?


 俺たちの体は執務室にいるのに、まったく違う幻影を見せられている。

 分かっていても、動けない。

 ヘタに動けば同士討ちになる。


「時間が止まってる」

「えっ?」

 声のほうへ振り向くと、パーカーとスカートの女が立っていた。

 ネクターだ。


「でもこっちは止まってないよ。えーと、つまり、いま私たちは幻影を見てるの。時間が止まってるのは現実世界だけ」

「時間停止? あいつにもその能力が?」

「まあ、そうなんだけど。でもおじさんの能力とは違う。ミラージュの能力は、ミラージュ自身の時間も止まるから。自由に動けるのは幻影の中だけ」

「つまりこれは精神的な……世界なのか?」

「そう。でも分かってると思うけど、これはれっきとした攻撃だから。他者を内側からむしばむ能力。それもただの精神攻撃じゃない。精神を変質させて、肉体を破壊させる。この世界で死んだら、現実世界でも心臓が止まる」


 強すぎんか?

 幻影を自在に操って、他人を殺すことができる。

 もうミラージュの勝ちが確定したようなものじゃないか。


 ネクターは溜め息だ。

「もうあきらめるの? 大丈夫。ちゃんとストーリーが必要になるから。つまり、ミラージュにとってこの世界は自由にデザインできる空間だけど、意味もなく他人を殺しても意味がないってこと。ちゃんと説得力のある死に方じゃないと、肉体も死なない。それに、強い能力って、エネルギーの消耗も激しいの。知ってるでしょ?」

「なるほど。理解した」

 やはり便利な解説役は必要だな。

 彼女がいなかったらなにも分からなかった。


 俺は冷静になって周囲を見回した。

 山だ。

 それしか分からない。


「で、どうすれば生存できるんだ?」

「あいつのエネルギーが消耗するまで生き延びること、かな」

 ネクターが味方で助かった。

 もし彼女がミラージュと組んでいたら、この幻影は永遠に終わらない可能性もある。


 ふと、視界の端でなにか光ったのが見えた。

 空?

 稲光か?

 いや、そんな大きな光ではなかった。雷鳴もないから、雷ではなかったんだろう。もう消えてしまったが、流れ星かもしれない。流れ星にしては光が強かった気もするが。


「仲間を探そう。それとも、先にミラージュを探すべきか?」

「ミラージュはこの世界にいないよ。外側から操ってるだけ。ここに来たところで、自分が殺されるリスクにしかならないし」

「じゃあ本当に、終わるまで生き延びるしかないんだな」

 自分だけ安全な場所にいて、他人を殺そうとするなんて。

 卑怯すぎる。


 それにしても、この世界はなんなんだろう?

 日本の、地方の景色だと思うが。

 ここからどうやって俺を殺すつもりだ?


「ここにいたか」

 ガサガサと草をかき分けて、オルガンが近づいてきた。


 よかった。

 合流できたようだ。


 いや、待った。

 ここは幻影の世界。

 偽物という可能性もあるのでは?


 俺はオルガンに指を向けた。

 オルガンは動かない。

「どういうつもりだ?」

「いや、ホンモノだったら俺が撃つ前に斬ってくるかと思って」

「見くびるな。その手にエネルギーが込められていないのは感覚で分かる」

「どうやらホンモノみたいだな。悪かったよ、試すようなマネして」

「……」

 気にした様子もない。

 こいつは心理戦に強すぎる。


 それにしても、さっきからゴゴゴと空が鳴っている気がするのだが。雷鳴とは違う。飛行機が飛んでいるような音だ。それが徐々に強くなっている。

 まさか隕石じゃないだろうな?

 俺たちをまとめて圧殺するつもりでは?

 だが、隕石ならずっとプラズマを放ちながら飛んでくるはず。つまり、視認できるはずなのだ。いくらここが幻影の世界とはいえ、隕石がステルスで飛んできたらリアリティが損なわれるはず。俺たちを殺すつもりなら、そんなマネはしないだろう。


「あ、よかった! みんないた!」

 スティレットが駆け寄ってきた。


 どうしよう。

 受け入れるべきか?

 それとも先手を打って射殺すべきか?


 エレガントマンの件もある。

 スティレットの姿をした何者かが、俺たちを刺してくる可能性もあるのだ。


 だが、どうすべきか迷っているうちに、スティレットは目の前にきた。

「ねえ、どうなってるの? さっきまで委員会の建物にいたのに」

 刃物は持っていない。

「ここはミラージュが作った幻影の世界だ。けど安心して欲しい。この幻影が続いている限り、ミラージュも動けないようだ」

「じゃあ……」

「あいつのエネルギーが切れるまで、俺たちは生き延びればいい」


 ネクターが肩をすくめた。

「そもそも、他人を殺すための能力というより、マインド・コントロール向きの能力だからね。人を殺せるのはオマケみたいなもので」

 なるほど。カルトの教祖サマにはうってつけの能力というわけだ。


 超人の能力というのは、それぞれの個人の趣味に合ったものが備わるのかもしれない。

 いや、違うかも。

 もしそうなのだとしたら、俺は……。


 いつのまにかゲッコーもいた。

 これでフルメンバーだ。

 敵襲はない。


 その代わり……いや、なんだこれ?

 棒状の物体が、ゆっくりと降下してきたのが見えた。月明かりしかないから、正体は分からないが……。棒だ。自由落下ではない。減速しながら降りてきている。ミサイルではない。まあ爆発しないとも断言できないが。


 そいつは山から見下ろせる田畑に着地して、塔のように地面に突き刺さった。

 爆発はしていない。


 誰もなにも言わなかったので、俺はなんとか提案を絞り出した。

「え、どうする? 見に行くべき? まあ、あえて無視するという選択肢もあるけど」

 ミラージュの用意したギミックに触れるのはリスクしかない。

 好奇心は猫をも殺すというし。


 だが、仲間たちからの返事はなかった。

 こいつらの主体性のなさといったら。


 俺は遠慮なく溜め息をついて、しゃがみ込んだ。

「じゃあ棒を倒して決めようか。俺たちが考えるよりマシかもしれないしな」

「正気か?」

 やっとオルガンの反論が出た。

「正気なんてとっくに捨ててますよ。苦情があるならそう言ってくれ。いったん聞くから。俺って、ちゃんと聞いてから反論するタイプなんだよね」

「調べるべきだろう」

 棒倒しへの反論ではなく、それ以前への反論かよ。


 スティレットも乗り気だった。

「見てみようよ。なにかヒントがあるかもしれないし」

 なんのヒントだよ。

 この世界では、なににも近寄らず、危険から遠ざかれば遠ざかるほど生存率があがるのだが。どこにもミラージュはいないわけだし。


「そうと決まったら行くぞ」

 オルガンが歩き出すと、スティレットとゲッコーも一緒に移動を開始した。

 いつの間に決まったんだよ。

 だが、置き去りにされるのもイヤだったので、俺は最後尾をついていくことにした。数の力には勝てない。


 *


 電柱ほどの高さがあった。

 太さは、電柱よりも数回り大きいか。しかし人間が抱えられる程度のサイズだった。つまり細長い。材質は不明。セラミックのように見えるが。

 もしこいつが宇宙から降ってきたのだとしたら、宇宙船ということになるか。

 だが普通、宇宙船が戻ってくるときは、海洋に落ちることになっている。人的被害を出さないためだ。しかもパラシュートでスピードを殺しながら落ちてくる。なのに、こいつの周囲にはパラシュートがない。着地のときの音も静かだった。


 ゲッコーがコンコンと外壁を叩いている。

 中から音は聞こえない。


「もしかしたら、爆発するかも」

 俺はそんなことを言った。

 もしミラージュが俺たちを殺すつもりなら、そうするだろう。遅延型の爆弾というわけだ。安全だと思わせておいて、近づいたタイミングで爆発する。これでミラージュの勝利だ。


 だが、事実は俺の想定とは異なった。

 外壁の一部がスライドし、中からどろどろのなにかが流れ出してきたのだ。


 まさか、化学兵器!?

 いや、生物兵器か?


 半透明な液体とともに流れ出してきたのは、巨大なイカだった。


 違う。

 イカじゃない。

 俺はこいつの姿を、見たことがある。


 一見、イカのようにも見えるが、内側には人間のような四肢も見えた。まっしろで、丸みを帯びた身体をしている。巨大イカを頭からかぶった人間……とでも言おうか。


 ネクターが息を呑んだ。

「待って、サノバガン。これ、攻撃じゃないよ」

「えっ?」

「離れて!」


 *


 気がつくと、俺たちは執務室にいた。

 全員いる。

 幻影が終わったのだろうか?


 ミラージュが胸を抑えて、膝から崩れ落ちた。

「ぐっ……。ぐふぅ……。ククク……」

 苦しそうなのに、身を丸めて笑っている。

 かと思うと、眼球をギロリと動かしてこちらを見た。


「私の負けだ、サノバガン……。だが、礼を言うぞ。私は神の真理に到達したのだ。ククク……」

「あのイカのことか……」

 俺はあの一瞬、イカと交信した。

 凄まじい量の情報にさらされた。

 いろんなことが分かった。


「お前はただの幻影を見たのではない……。オリジンと交信したのだ……。そして私は見た……。世界は終わる……。ククク……」

 俺とイカの交流を上から覗き見していたようだな。

 なぜ外傷もないのに死にそうなのかは分からないが。


「私のデスクに……カード型のキーがある……。それを使って……ポイント・ゼロに向かえ……。世界を破壊せよ……。クク……ククク……」


 動かなくなってしまった。

 いや、説明する前に死ぬなんて。

 とにかくそのポイント・ゼロに向かえばいいのか?

 給与外労働だぞ?

 こっちは無視して帰ってもいいのだが?


 しかしオルガンが、ミラージュのデスクからカードを回収してしまった。

「これのようだな。行くぞ」

 行くぞじゃないんだよ。

 なんで誘導されることに対して、なんの疑問も抱かないんだ?


 俺は思わず反論した。

「ちょっと待ってくれ。上からの指示はすべてこなした。すみやかに帰還すべきだろう」

「一理ある」

 急に正気に戻るオルガン。


 いいぞ。

 素直なヤツは嫌いじゃない。


 俺は念のため、通信機にコールした。

「こちらサノバガン、ミラージュを処分しました。帰還します」

『帰還せず、そのままポイント・ゼロへ向かってください』

「えっ?」

 通信が切られた。

 この野郎……。給与外労働だったはずなのに、通常業務の範囲にぶっ込まれちまったじゃねーか。なんなんだよ、どいつもこいつも。好奇心で死ぬなら、猫と俺の代わりに、お前たちが死んでくれ。


「オルガン、先導してくれ」

「いいだろう」

 快諾してくれたのは結構だが、こいつ、道分かってんのか?


 *


 廊下に出ると、秘書らしき女がまだ残っていた。

「ポイント・ゼロまで、エレベーターでご案内します」

 エレベーターを使わせてくれるのか。

 教祖サマが部屋で死んでいるのだが、それはいいんだろうか?

 まあ、案内してくれるというのだから、ここは素直に従うとするか。


 しかし話が妙だな。

 もしかするとチヨダも、最初からミラージュの処分が目的だったわけではなく、ポイント・ゼロとやらに用があったのかもしれない。


 そこにいるのは特異点シンギュラリティと呼ばれる少女だ。

 人の形をしたゼノス。

 世界を崩壊させるトリガー。


(続く)

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いよいよ秘密が明らかになるのか、続きが楽しみです。
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