カーゴ信仰(三)
体を強烈に打ったせいで、全身が硬直して動けない。
肉体の超人は、身体を使ったあらゆる能力が高い。体は頑丈だし、スピードも速い。人間の強化版としては、非常にバランスがいい。
幸いなのは、今回の敵が三流の超人ということだ。本来はC級なのに、クスリでむりやりB級にされている。能力をフルで発揮できていない。
それでも俺たちは、圧倒的に不利と言えた。
ヘタをすると、エレガントマンは死亡した可能性がある。背後から心臓部をナイフで貫かれたように見えた。あれではエレガントマンも助からない。つまり回復役が消えたということだ。
たまたま狙われたのだろうか?
いや、連中はこちらの編成を見て、どう攻めれば勝てるのかを事前に分析していたとしか思えない。そうでなければ、初手でスティレットに化けてエレガントマンを刺す流れにはならないだろう。
誰かが近づいてきた。
俺にトドメを刺しに来たか?
「サノバガン、もうおしまい? このまま死んじゃうの?」
「死にはしない……」
体が動かせないから視認できないが、その声がネクターのものであることは分かった。
彼女はしゃがみ込み、俺の顔を覗き込んできた。
「でも、このままじゃ全滅だよ? 力、使ったら?」
「力……」
「なんでおじさんが私を置いていったと思うの?」
「待ってくれ……ちょっと時間を……」
全身が千切れそうなほど痛い。
馬鹿力でぶん殴りやがって。
ネクターは溜め息をついた。
「あんたが死んだら、私まで殺されちゃうんだけど?」
「待ってくれ……」
「いつまで待てばいいの?」
「少しだけ……」
「少し? 何秒くらい? 早く使いなよ、力」
「……」
うるせーガキだな、ホントに。
俺は右手にエネルギーを集中した。動けないが、エネルギーの蓄積だけはできる。これは一般的な体力とは別物なのだ。なんというか……超人のスキルを使うための別枠のエネルギーというか。
ネクターは仕方なさそうな顔で笑った。
「あ、そっちで行くんだ?」
「そっちでしか行かねーんだよ」
「言い方、キツくない?」
「……」
配慮ある会話をしたければ、余裕のあるときに話しかけて欲しいもんだな。
そしたらいくらでも紳士的に応じてやる。
だが、いまはダメだ。
体が痛すぎる。
なんとか仲間たちのほうへ目をやると、ゲッコーとゲッコーが地面を這いつくばって威嚇し合っていた。オルガンはルークと格闘ゲームみたいな戦いをしている。
ビショップとかいう男は……棒立ちしている。
なんだこいつは?
戦闘に参加しないのか? こっちのスティレットも棒立ちで怯えているだけだから、人のことは言えないが。
「うがっ」
ルークにぶっ飛ばされたオルガンが、ちょうど俺に激突した。
偶然じゃない。
敵は、わざと俺を巻き込んだのだ。
手に溜め込んでいたエネルギーが行き場のないまま暴れ出し、手に負担をかけた。外部に放出しなかったエネルギーは、自分へのダメージとなる。ヘタすればカニカマになる。
だが、いまはその負担をすべて肩代わりしてくれるヤツがいる。
ネクターが苦しそうに胸を抑えた。
「え、ちょっと。気持ち悪……。なにやってんの? なんで撃たなかったの?」
「……」
俺は返事をできなかった。
吹っ飛んできたオルガンの全身を、顔面で受けたのだ。後頭部を大理石の壁に叩きつけられた。人間だったら即死している。
オルガンは身を起こした。
「不覚」
「次からは気をつけてくれ……」
「参る!」
ヤツは返事もせずに駆け出した。
参るじゃないんだよ、参るじゃ。
参ってんのは俺のほうだよ。
あくまで仮説だが、この戦況を支配しているのは、おそらくビショップだろう。あいつが全体の動きを把握して、最適な作戦を叩き出している。
ネクターがかすかに溜め息をついた。
「あ、気づいた? そうだよ。いまサノバガンを攻撃させたの、あいつ。ビショップは頭脳の超人。直感とか、計算とか、空間認知能力とか、そういうのが強化されてるんだって。しかも思考したイメージを仲間たちと共有できる」
「みんなの司令塔ってわけか……」
できれば先に教えて欲しかった。
俺はネクターに尋ねた。
「あいつは……どこまで読めるんだ? 未来も読めるのか? 人の心は?」
「他人の心は読めないよ。表情とかから予想はできるけど。未来も読めるけど、あくまで予想。ぜんぶ予想だよ」
「つまり?」
「サノバガンを普通の超人だって勘違いしてる」
「普通だよ……」
この能力者は、俺以外にもいる。
なにも特別じゃない。
俺はふたたび手にエネルギーを集中させた。
きっとビショップは気づいただろう。そしてなんらかの対策を打ってくるはずだ。
ネクターが「うへぇ」と顔をしかめた。
「ねえ、本気? また同じことするの?」
「知ってるか? サイコロを振ると、そのつど違う目が出るんだ」
「この行動に、サイコロ並のランダム性があるの?」
「おそらくな」
「どうせまた失敗だよ。もっと賢い人だと思ってた」
「同感だな」
空疎な会話だな。
この外部バッテリーは、他人にエネルギーを供給する代わりに、余計な発言で気力を削いでくるのか? BGMとしても最悪だ。やはり集中したいときはインストゥルメンタルに限る。
バカのひとつ覚えみたいな俺の行動に、敵も同程度のリアクションで応じてきた。
つまり、またオルガンをこちらへぶっ飛ばしてきたのだ。
さっきと違うのは、俺が予習済みということだ。
徐々に近づいてくるオルガン。
俺はよけない。
よける余裕もない。
ただ手を前へ突き出して、ビショップの身体を狙う。
オルガンが俺の顔面に直撃するのと、俺がエネルギーを放ったのは、ほぼ同時だったと思う。
俺はまた後頭部を打ち付けた。
自分の射撃が当たったかどうか、確認できていない。
頭がクラクラする。
ほんの数秒だと思うが、気を失っていたかもしれない。
次に気づいたときには、オルガンがまた「参る」と駆け出したところだった。
ネクターが溜め息をついた。
「あきれた。仲間に当たるかもしれなかったのに」
「当てようとしたけど外したんだよ」
「その代わり、ビショップが死んだ」
「そうかい……」
誰かに当たったのならいい。
戦況は、目に見えて有利になっていった。
これまでは、ビショップが全体の動きを仲間たちに伝えていたのだ。それでスペック以上の戦いをできていた。
しかしいまは、明らかに動きが悪い。
オルガンの斬撃が、ルークの腕を両断した。
ゲッコーも……たぶん本物のほうが、偽物の首に食らいついた。
いままで敵が有利だったのは、俺たちの動きを完璧に読んでいたからだ。そのサポートがなくなった瞬間、あっけなく形成が逆転した。
いや、ここは敵の健闘を称えるべきかもしれない。
クスリで強制的にB級になった超人が、数の上でも不利だったのに、俺たちを追い詰めたのだ。チームワークが高度に機能していた。チームワーク皆無の俺たちとは大違いだ。ここは素直に反省点にすべきだろう。
敵が全員死体になったので、俺はムリをして痛みに反抗し、立ち上がった。
「頑固だね、ウソつきのお兄さん」
「それやめてくれよ。オルガンにぶっ殺されたらどうすんだよ」
「確かに。じゃあやめるね」
意外と素直な面もあるようだ。
俺たちは、なんとなく一箇所に集まった。
エレガントマンの死体の周囲に。
「助からなかったようだな」
オルガンが手を合わせた。
本来、医師でもない人間が死亡診断をすることはできないのだが……。
回復能力をもつエレガントマンが、それを使わずに血を垂れ流しているのだ。これはもう死んでいるとしか思えない。
もし生きていたら、俺のダメージも治療して欲しかったのだが。
スティレットは涙こそ流していなかったが、あきらかにショックを受けていた。胸に手を当てて、じっとエレガントマンの死体を見つめている。
敵はスティレットの姿でエレガントマンを殺害したのだ。当然、いい気分ではなかっただろう。
さて、問題はこのあとだ。
本命のミラージュが残っている。
戻ってこないスターゲイザーも気にはなるが。
*
エレベーターが止まっていたので、俺たちは階段で上を目指した。
何度か信者らと遭遇したが、俺たちは無視して先を目指した。彼らは怯えていて、敵意を感じなかったからだ。ターゲットにも指定されていない。ターゲットでもない人間に手を出すのは、給与外労働だ。
*
最上階――。
過剰な装飾の施された木製のドアに出くわした。
「猊下は中でお待ちです」
秘書らしき女が怯えた顔でそう教えてくれた。
逃げずに中で待っているのか。
罠かもしれない。
だが俺は気にせず、先頭に立ってドアを開けた。
分厚いカーペット、大きな木製のデスク、ふかふかの応接セット、インテリアの本棚――。中は宗教施設というよりは、執務室といった趣だった。
そこに狐面みたいな顔の長髪の女が一人。
ミラージュ。
幻影の超人。
A級、またはS級。
彼女は白いスーツ姿で、まっすぐに立っていた。
「暗愚ども。なにが善でなにが悪かも分からぬまま、ただ暴力の力でここまで来たか」
「そうですよ。こっちはなにも知らないんです。教えてくださいよ、教祖さま」
出会って二秒でバカにしてきやがって。
そんなに賢いなら、俺に知恵を授けてみせろ。
ミラージュは言った。
「なるほど。お前がスターゲイザーの後継者か」
「後継者? いや違いますよ。まだ裏切ってませんから」
なんだこいつ。
もう裏切った前提で話してきやがって。真に受けたオルガンが攻撃してきそうだから、滅多なことは言わないで欲しいのだが。
相手がなにか言い出す前に、俺は言葉を続けた。
「だいたい、そのスターゲイザーさんも、どこへ行ったやら、戻ってきませんでね。俺らも困ってんですよ。どこ行ったか知ってます?」
「ポイント・ゼロ」
「はい?」
単語だけ言われても分からない。
文章で返してくれないと。
ミラージュはにこりともせずに言った。
「やはりなにも知らないのだな。評議会の地下にあるものと同じだ」
「イカ?」
「ゼノス。ただし、それは人の形をしている。ゆえに私は特異点と名付けた」
人の形をしたゼノス?
超人とは違うのか?
ミラージュは肩をすくめた。
「もし私の命を奪うことができたなら、その目で見てくるといい。ただし、できなければ、この場で死体となれ」
「はい?」
「ミラージュ……。幻影の中で溺れるがいい」
交渉の通じる相手ではなさそうだ。
戦うしかない。
(続く)




