カーゴ信仰(一)
それから数週間、出動はなかった。
言い換えれば暇だった。
ビールとピーナッツ。ピーナッツとビール。俺の人生の楽しみは、ほぼそれで独占された。最初は幸福だと思い込もうとしたが、さすがに物足りなくなってきた。
*
前触れもなく、雑居ビルに呼び出された。
薄暗い室内に、チヨダと俺たち。いつもの「UFO」のメンバーだ。誰もその名称を使わないので、自分たちのチーム名が「UFO」だということをしばしば忘れそうになるが。
「ターゲットについて説明する前に、皆さんに紹介したい人たちがいます。二人とも、入ってきてください」
チヨダはまずそんなことを言った。
紹介したい人「たち」とは?
二人も?
ドアが開き、男と女が入ってきた。忘れもしない。スターゲイザーとネクターだ。
「ザ・リベレーターのスターゲイザーだ。彼女はネクター。私の姪だ」
「姪です」
簡潔な自己紹介が出た。
姪だったのかよ。
そういえば、おじさんと呼んでいた気がする。
俺たちが黙っていると、チヨダは淡々と言葉を続けた。
「彼らも超人です。本日の作戦に同行し、皆さんをサポートします」
ん?
俺たちの仕事を……なんだって?
サポートする?
嫌な予感がした。
以前、スターゲイザーは、宇宙管理委員会と戦うなら手を貸すと言っていた。
手を貸すということは……つまり、そういうことなのでは?
俺は挙手をし、名指しされる前に尋ねた。
「えーと、それって、カルトの本丸を叩くって意味ですか?」
「正解です。君たちの評議会から、ありえないほど圧力をかけられていましてね。上もついに重い腰をあげた、ということです」
「いいんですか?」
「いいわけありませんね。しかし評議会と委員会を天秤にかけた結果……こうなったと推測するほかない。言っておきますが、裏でなにがあったのか、私は知りませんよ。質問されてもなにも答えられない」
いまポロっと答えを言ったようなものだが。
つまり評議会は、政府と裏取引をしたのだ。チヨダは、その事実を知ってはいるが、中身までは知らないだけなのだろう。
それにしても、ついにカルト本部へ攻撃とは。
たしか教祖が超人だったはず。ほかにも深海で強化された超人がいるだろう。超人だらけの組織だ。俺たちの戦力で勝てるだろうか?
いやまあ、スターゲイザーがいるんだから大丈夫か。
時間を止めれば殺し放題だ。
スターゲイザーらが着席すると、壁のディスプレイにデータが表示された。
コードネーム:ミラージュ
四十代。女性。既婚。
幻影の超人。推定深度A級またはS級。
チヨダは平然と告げた。
「これが委員会のリーダーです」
いや、S級って。
バケモンじゃねーか。
そんなヤツが、なぜ隔離もされず普通に生活できているのだ?
どうせ金の力だとは思うが。つまり癒着だ。
ミラージュは、目の細い中年女性だった。
狐面みたいな印象を受ける。感情というものが感じられない。
「ほかにも三流の超人が数名いると予想されますが、あえて割愛します」
チヨダの説明はそれだけだった。
仲間に情報をよこさないとか、クソそのものでは?
俺は挙手もせず応じた。
「また丸投げですか? これまでは数の上でもこちらが優勢でしたけど、今回は事情が違いますよ。上はどんなシナリオを想定してるんです?」
「共倒れですね」
素晴らしい。
ウソをつかなかったことは称賛しよう。
だが、中身はまぎれもなくクソだ。
「はい? なんです? つまりはカルトをぶっ潰すついでに、俺たちのこともぶっ潰すつもりでいるんですか?」
「上の想定ではそうです」
「この話を聞いて、俺たちが素直に出動すると?」
「ええ。そちらに選択肢はありませんから」
「そうですよ。ないんです。ビックリすることにね。いや、でも待ってくださいよ。評議会は? 俺たちのボスはなんて言ってるんです?」
「そんなに騒がないでください。ちゃんと裏取引がありますから」
それを先に言え。
こいつも評議会に買収された一人だったというわけだ。
俺は遠慮なく溜め息をつき、話を促した。
「言える範囲でお願いします」
「本日は、ゼノスの登場はありません。すくなくとも人為的なものは」
「操作しないと?」
「上からはしろと言われていますが。私たちはうっかり忘れる予定になっています」
表情も変えずに言う。
まあこいつのことは嫌いだが、ウソを言うタイプではない。信用してもいいだろう。信用できなかったとして、俺たちに選択肢はないわけだが。
敵の大部分は、クスリで強化された三流の超人だ。今日はゼノスになる心配もない。
注意すべきはミラージュだけ、ということになるか。
俺はしいて納得しなかった。
「もうぶっちゃけて教えて欲しいんですけど。これまでの作戦で、なんでターゲットをゼノスに変えてきたんです? 妨害でしかなかったと思いますが」
チヨダは能面みたいな顔でこちらを見ている。
「妨害ですよ。これまでの作戦も、すべて共倒れを狙ったものです。どちらにも死んで欲しかったんですよ、上は」
「クソ以外の感想がないのですが」
「それはしまっておいてください」
いいや、出すね。
全部出すぞ。
あたり一面クソまみれにしてやる。
スターゲイザーがすっとメガネを押し上げ、席を立った。
「そろそろ行こう。下っ端を問い詰めても仕方がない」
「……」
ひどい。
一言ですべてを終わらせてしまった。
*
ワゴンの中の雰囲気は、いつも通りだった。
誰もスターゲイザーたちを邪魔だと思っていない。いや、人徳の問題ではない。そもそも彼らは、他人に興味がないのだ。増えようが減ろうが気にしない。
人間味があるのはスティレットだけだ。
「あたし、スティレット。俊足の超人なんだ。足の速さが自慢なの。あなた、ネクターっていうの? 歳の近い子が仲間になってくれて嬉しいな。どんな能力なの?」
満面の笑みのスティレット。
一方、ネクターは口だけはニヤニヤ笑っているが、目つきが鋭い。
「私の能力? 他人にエネルギーを吸われるだけ。ただの外部バッテリーだよ。それ以外に価値はないの。あんたと違ってね」
「価値がないなんて言わないでよ。それって誰かの役に立ってるってことでしょ?」
「うざ。もう話しかけないで。私、あんたみたいな女、マジで嫌いなの」
「えっ……」
「誰とでも仲良くなれます、みたいな感じ。吐き気がする」
「そんな……」
かわいそうに。
スティレットはしょんぼりしてしまった。
俺はつい横から口を挟んでしまった。
「そんな言い方しないでくれよ。いまから協力して敵と戦うんだから。友達になってくれなんて言わないけど、せめて対立しないでくれ」
するとネクターは、にぃっと愉快そうに笑った。
「いやぁ、よくそんなことが言えるね、ウソつきのお兄さん」
「ウソつき?」
「でも私、あんたのこと嫌いじゃないよ。仲間にウソをつきながら、現場ではセコセコ戦ってるフリしてさ。省エネの超人なのかな? でも安心していいよ。今日は私があんたの電池になってあげるから。好きなだけ私の命を使ってよ。リスクを忘れて敵を殺すのって、気分いいでしょ?」
なんなんだこいつは。
ウソつきなのは事実だが。
このタイミングでバラすことはないだろ。
スターゲイザーが表情も変えずに告げた。
「ネクター、やめなさい」
「なんで?」
「君の言動のせいで、作戦が失敗に終わる可能性があるからだ」
「作戦、ね……」
ネクターは渋々といった様子で口を閉じた。
いや、それはいいんだが。
ウソつき呼ばわりされたことで、周囲の視線がつめたくなった気がする。
スティレットが肘で小突いてきた。
「なに? サノバ、あたしたちにウソついてんの?」
「ついてる」
「は?」
「待ってくれ。信頼に関わるような話じゃない。君だって、チームメイトにすべてのプライベートを開示したりしないだろう? 俺の場合も、いくらか不正確な申告があったってだけの話で……」
「もっとハッキリ言ってよ。どんなウソなの?」
まあそうだろう。
人間誰しも、ウソをつかれていると知ったら、その中身を知りたくなるものだ。
「俺の個人的な情報だよ」
「どういうこと? じつは男じゃないとか? それとも日本人じゃないとか?」
「想像に任せるけど。血液型がどうとか、そういうレベルの話だよ」
「ふーん? そう? ふーん?」
目を細めて、まるで納得していない顔だ。
スティレットにこんな表情をさせてしまうとは。
自分が嫌いになりそうだ。
いやまあ、ネクターが悪いんだが。
そのネクター本人は、心底愉快そうにニヤついている。
サークルクラッシャーの超人に改名して欲しい。
オルガンが珍しく口を開いた。
「サノバガン、ひとつ忠告だ。もしそのウソが仲間を害するようなものなら、このオレが容赦なく斬る。忘れるな」
この正義マンめ、前髪が完治したからって調子に乗りやがって。
「忘れないよ。俺だって、こんなヤバい連中を敵に回すほどバカじゃない。だいたい、対立したところで、そのあと俺はどうすればいいんだ? 行く場所もないのに」
それもそうだな、という雰囲気になった。
なったのに、ここでスターゲイザーが余計なフォローを入れた。
「もし評議会と対立したら、私のところへ来るといい。いつでも歓迎する」
「結構です」
これ以上、俺を孤立させないで欲しい。
せっかくバランスをとりつつなんとかやってるのに。
俺はべつに長生きするつもりはない。
だが、せめて問題を起こさず、穏やかに終わらせたいのだ。
俺のウソは、そのために必要なものだ。それを勝手に看破して、自分たちの駒にしようとしないで欲しい。
(続く)




