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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第一章 太陽

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日帰りバスツアー(二)

「は? なにこれ? どうなってんの?」

 少年の声がした。

 バスから。


 かわいそうに。

 自我を失って凶暴化しているならまだしも、人間をやめたあとも意識が残っているとは。メタ認知だけがバキバキに拡張された超人なのだろうか。これがこいつの能力なのだとしたら、ただの呪いとしか思えない。


「え、マジで? 俺、バスになってない? なんで?」

 説明はできない。

 なぜなら、俺たちにも理由が分からないからだ。ダージャ―博士なら理解不能なコメントのひとつでもくれたかもしれないが。


 さて、どう戦ったものか……。

 俺が思案しようと仲間へ振り返ったときには、すでに二名のメンバーが動き出していた。正面から突撃するオルガン、そしてカサカサと側面から回り込むゲッコー。

 そうだな。

 作戦とかどうでもいいんだよな、こいつら……。


 ザンッ、と、オルガンの斬撃がバスの正面に炸裂した。

 だが、鋼鉄のバスがそう簡単に両断されるはずもなく。オルガンは突進してきたバスにハネられて、思い切りぶっ飛ばされてしまった。地面を転がって俺たちのワゴンに激突。動かなくなった。

 バスは手足でのたのた移動しているとはいえ、質量はバスのそれだ。正面から当てられたら相応のエネルギーを受け止めることになる。


 バスの上にはりついたゲッコーも、どう攻撃していいのか分からないらしく、ただじっとしがみついていた。

 たまには作戦を意識したほうがいいと思う……。


 まずは敵を観察することだ。

 バスが外殻になっているから、そこへの攻撃は無理筋。つまり、窓から内部にみちみちに詰まった肉を狙うか、あるいは頑張って胴を支える細い手脚を攻撃するのがいいだろう。まあ細いだけあって遠距離から撃ち抜くのは容易ではないが。


 下部にエンジンがあることは分かっている。しかし正しい位置が分からないし、外から撃ち抜くのは難しそうだ。


 俺が黙って分析していると、バスがこちらへ向きを変えていた。

「なあ? なに余裕ぶって見てんだよ? お前だろ、俺の脚撃ったヤツ? 逃げんなよ、さっきのヤツみたいに殺すから」

「えぇっ……」

 バスは凄まじい勢いでこちらへ突っ込んできた。俺は真横へ避ける。すると勢いが強すぎたのか、バスは中央分離帯に激突した。

「ってぇなクソ……。逃げてんじゃねーよ! テメーだけはぜってーぶっ殺すかんな!」

「勘弁してよ」

 せっかく手が回復したんだから、射撃で応戦したいところだが、バスに追われながらやるのは難しい。せめて誰かが囮になってくれれば……。


 空気を読んだスティレットが前へ出た。

「ヘタクソーっ! そんなんじゃずっと当たんないよ!」

「あ? なんだこいつ? お前から殺してやろうか?」

 うーん。

 彼女を囮に使うのは心が痛むが……。まあスティレットの俊足をもってすれば、こいつの突進は絶対に当たらないだろう。問題は、いつまでもつか、だが……。


 バスは手脚をバタつかせてスティレットに突進。

 瞬間、スティレットはビュンと風を切って回避した。

 バスは前のめりになりながら、なんとか急停止。


「は? なんだこのスピード……。お前ら、全員超人だったのかよ……」

 ようやく理解したか。

 その通り。

 全員、超人だったのだ。さっき降りた客も超人。おそらく人間は運転手だけだ。


 バスは方向転換し、今度は俺に狙いを定めた。

「やっぱお前から殺すわ」

「……」

 こうなる。

 スティレットはスピードを制御できない。能力を使うとトップスピードになる。

 いや、彼女に限った話ではない。たいていの超人は、0か100でしか能力を切り替えられない。調整しようという気すらない。たぶん調整の訓練もしていない。軍曹のトレーニングでも、調整しろと言われたことがない。基本的に、調整できないと思われている。


 とにかく、スティレットはスピードが速すぎて、囮に向いていない。

 彼女の能力がもっとも役に立つのは、現場から逃走するときだ。


 俺はいくらかエネルギーを充填した右手を、バスへ向けた。


「は? なにそれ? なに指さしちゃってんの? それでなんか撃つつもりか? あ? やってみろよ。通じねーから」

「そうだな」

 オルガンの斬撃すら通用しなかったのだ。

 フルチャージしていない俺のエネルギー弾も、バスの車体を貫通できないだろう。ただのバスでも難しいのに、いまは内部に肉がミチミチになっている。鉄板に柔軟性が加わった状態だ。防御力が高すぎる。

 だから、狙いは胴体ではない。細い手脚でもない。窓でもない。ちょっと横へズレる必要がある。

 撃つタイミングは、バスが突っ込んできて、俺が横へ回避したあと。


 バスはなかなか突っ込んでこない。

「なんだその顔? なんか作戦でもあんのか?」

「教えて欲しいか?」

「言えよ」

「はい?」

「言えよッ」

 イラついているようだな。

 冷静に判断されては困る。もっとイラついてもらうことにしよう。

「おかしいな。人に教えを請うときに、俺だったらそんな聞き方はしないけどな」

「あ?」

「そんな聞き方をするのは、イキってるガキだけだって言ってるんだ」

「死ねよてめェ!」


 フェイントもなしに突進してきた。

 こんなシンプルな心理戦に引っかかるとは。いくら体が頑丈でも、頭がこれではな。


 来ると分かっている攻撃は、さすがにかわしやすい。

 俺は大きく横へ回避し、バスの通過を見送った。

 巨大なものは慣性も大きいから、止まるにもそれなりのエネルギーが必要となる。俺が振り返ったときも、バスはバタバタと手脚を動かして、必死に速度を殺していた。

 俺は余裕をもって狙いをつけて、エネルギーを放った。


 エネルギー弾の直撃を受けたタイヤが、パァンと爆ぜて周囲の空気を震わせた。

 その衝撃波は、タイヤの近くにあった脚を攻撃。いや、衝撃波だけではない。金属ホイールが直撃し、脚を切断してどこかへ消えた。


「ぎひぃっ!」

 バランスを崩したバスの一角が、ガァンと音を立ててアスファルトに激突した。まだ前進していたバスは、火花を散らしながら中央分離帯に衝突。


 バスの重量を支えるタイヤは、空気もパンパンに詰まっている。

 破裂したときの衝撃も並大抵ではない。


 バスは動けなくなった。

 なんとか三本の手脚でもがいているが、もう立ち上がれない。


「ひ、ひぃっ! 待って! 卑怯だって!」

「あのときちゃんと、礼儀正しく俺の作戦を聞いてればよかったのに」

「助けてよ!」

「助けないよ。俺のこと殺そうとしたんだから」

「なんで……。俺、天才なのに……。選ばれた人間なのに……。こんなとこで死にたくないって……」

 そうだな。

 ちゃんと選ばれた人間だよ。

 処分のターゲットにな。


 ゲッコーはバスの屋根から降りて、バスの腕にかじりついた。

「あぎゃあッ! 痛いッ! 助けてッ! 痛いってッ!」

 そう言われても。

 ゲッコーは捕食の超人だ。超人を食ってエネルギーとする。食事の邪魔をすると怒られる。俺にはどうしようもない。


 エレガントマンの治療を受けたオルガンも戻ってきた。

「不覚をとった。これより正義の実行に復帰する」

 正義、か。

 実際のところがどうであれ、これを正義と言っておかないと、受け入れられないのかもしれない。正義というのは、つまるところ他人も認める行為であろう、ということだ。敵を処分しても文句を言われない。むしろ称賛される。


 かくしてバスの「解体」が始まった。

 俺も撃っているフリで参加した。

 青空にこだましていたバスの悲鳴が、しだいにくぐもってきた。

 路面は血の海。

 後ろは大渋滞。


 俺は指を耳にあて、通信機に呼びかけた。

「終わりましたよ」

 返事はこうだ。

『現場でイレギュラーの波形が観測されました。なにか異常はありませんでしたか?』

「イレギュラーって?」

『スターゲイザーですよ』

「さあ」

 報告する義理はない。

 報告したところで、その分のボーナスが出るわけでもない。給与外労働だ。もし気分が乗ったらサービスしてやってもよかったが、残念ながらまったく気分が乗らない。


 スターゲイザーたちは、おそらく時間を停めて反対方向の車に乗り込んで、いまごろ東京に向かっていることだろう。往路のバスだって、ちゃんと金を払って乗ったか怪しいものだ。


 *


 かなりの距離をバスで移動したから、帰路もそれなりに時間がかかった。

 ワゴン内でも雑談する余裕があった。


「スティレット、大丈夫か?」

 俺が声をかけると、少しぼうっとしていたスティレットがムリに笑みを浮かべた。

「え、なにが? 大丈夫だよ? 全部よけたし」

「そうじゃなくて、あいつに言われたこと」

 俺がそう告げると、彼女の笑みがやや引きつった。

「ああ、そっち? 全然気にしてないって。あんなの、なれっこだし。いつものことだよ」

「そうか……」


 いつものこと、か。

 つまり彼女は、以前からあんな言葉を浴びせられてきたのだ。

 それでも彼女は笑顔でいる。

 誰かが落ち込んでいると、積極的に声をかける。

 他人の痛みに敏感なのだろう。

 優しい子だ。

 あまりにも、優しすぎる。


 超人は、市民から警戒され、場合によっては隔離され、いくらか差別の対象になっている。

 その超人が、見た目で他人を差別している。

 いったいなんなのだろうか?

 差別の当事者になっても、まだ差異を見つけて他者を差別したがってしまう。


 人間の能力は多様だ。超人はそれが特に顕著な形で表出している。

 個体差はメリットにできる。互いの弱点を補い合えるからだ。チームとしても強くなる。

 だというのに、敵対することばかり考えるヤツがいる。他者を上か下かでしか判断できないヤツがいる。


 もちろん気持ちは分かる。みんな不安なのだ。自分が無価値なんじゃないかと悩んでいる。日々のニュースが個人を不安に追い込んでいる。

 結果、彼らは、強迫観念みたいに己の価値を証明したがってしまう。証明の瞬間を、常に待ち続けている。そして機会が来るや、躊躇なく反射してしまう。

 自分はすごい。

 お前はすごくない。

 この儀式をしないと眠れない。


 人は、生活費さえ確保できたら、残りを趣味についやす傾向にある。スッキリしたいのだ。心のケアには上限なく金がかかる。

 しかし攻撃は、無料でできる。

 みんな無料のゲームの中毒になっている。


 いや、「みんな」というのは言い過ぎか。

 俺は本当は魔弾の超人などではなく、言い過ぎの超人だったのかもしれない。他人ばかり責めて、自分は反省しない超人かも。

 まあでも、ひとつだけハッキリしていることがある。

 それは俺が「嘘つき」ということだ。

 スターゲイザーの言った「欺瞞の塊」というのは、あながち間違いではない。

 なぜあいつが俺に固執するのか、本当は分かっている。分かっていて、分からないフリをしている。欺瞞の超人だ。


(続く)

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