日帰りバスツアー(二)
「は? なにこれ? どうなってんの?」
少年の声がした。
バスから。
かわいそうに。
自我を失って凶暴化しているならまだしも、人間をやめたあとも意識が残っているとは。メタ認知だけがバキバキに拡張された超人なのだろうか。これがこいつの能力なのだとしたら、ただの呪いとしか思えない。
「え、マジで? 俺、バスになってない? なんで?」
説明はできない。
なぜなら、俺たちにも理由が分からないからだ。ダージャ―博士なら理解不能なコメントのひとつでもくれたかもしれないが。
さて、どう戦ったものか……。
俺が思案しようと仲間へ振り返ったときには、すでに二名のメンバーが動き出していた。正面から突撃するオルガン、そしてカサカサと側面から回り込むゲッコー。
そうだな。
作戦とかどうでもいいんだよな、こいつら……。
ザンッ、と、オルガンの斬撃がバスの正面に炸裂した。
だが、鋼鉄のバスがそう簡単に両断されるはずもなく。オルガンは突進してきたバスにハネられて、思い切りぶっ飛ばされてしまった。地面を転がって俺たちのワゴンに激突。動かなくなった。
バスは手足でのたのた移動しているとはいえ、質量はバスのそれだ。正面から当てられたら相応のエネルギーを受け止めることになる。
バスの上にはりついたゲッコーも、どう攻撃していいのか分からないらしく、ただじっとしがみついていた。
たまには作戦を意識したほうがいいと思う……。
まずは敵を観察することだ。
バスが外殻になっているから、そこへの攻撃は無理筋。つまり、窓から内部にみちみちに詰まった肉を狙うか、あるいは頑張って胴を支える細い手脚を攻撃するのがいいだろう。まあ細いだけあって遠距離から撃ち抜くのは容易ではないが。
下部にエンジンがあることは分かっている。しかし正しい位置が分からないし、外から撃ち抜くのは難しそうだ。
俺が黙って分析していると、バスがこちらへ向きを変えていた。
「なあ? なに余裕ぶって見てんだよ? お前だろ、俺の脚撃ったヤツ? 逃げんなよ、さっきのヤツみたいに殺すから」
「えぇっ……」
バスは凄まじい勢いでこちらへ突っ込んできた。俺は真横へ避ける。すると勢いが強すぎたのか、バスは中央分離帯に激突した。
「ってぇなクソ……。逃げてんじゃねーよ! テメーだけはぜってーぶっ殺すかんな!」
「勘弁してよ」
せっかく手が回復したんだから、射撃で応戦したいところだが、バスに追われながらやるのは難しい。せめて誰かが囮になってくれれば……。
空気を読んだスティレットが前へ出た。
「ヘタクソーっ! そんなんじゃずっと当たんないよ!」
「あ? なんだこいつ? お前から殺してやろうか?」
うーん。
彼女を囮に使うのは心が痛むが……。まあスティレットの俊足をもってすれば、こいつの突進は絶対に当たらないだろう。問題は、いつまでもつか、だが……。
バスは手脚をバタつかせてスティレットに突進。
瞬間、スティレットはビュンと風を切って回避した。
バスは前のめりになりながら、なんとか急停止。
「は? なんだこのスピード……。お前ら、全員超人だったのかよ……」
ようやく理解したか。
その通り。
全員、超人だったのだ。さっき降りた客も超人。おそらく人間は運転手だけだ。
バスは方向転換し、今度は俺に狙いを定めた。
「やっぱお前から殺すわ」
「……」
こうなる。
スティレットはスピードを制御できない。能力を使うとトップスピードになる。
いや、彼女に限った話ではない。たいていの超人は、0か100でしか能力を切り替えられない。調整しようという気すらない。たぶん調整の訓練もしていない。軍曹のトレーニングでも、調整しろと言われたことがない。基本的に、調整できないと思われている。
とにかく、スティレットはスピードが速すぎて、囮に向いていない。
彼女の能力がもっとも役に立つのは、現場から逃走するときだ。
俺はいくらかエネルギーを充填した右手を、バスへ向けた。
「は? なにそれ? なに指さしちゃってんの? それでなんか撃つつもりか? あ? やってみろよ。通じねーから」
「そうだな」
オルガンの斬撃すら通用しなかったのだ。
フルチャージしていない俺のエネルギー弾も、バスの車体を貫通できないだろう。ただのバスでも難しいのに、いまは内部に肉がミチミチになっている。鉄板に柔軟性が加わった状態だ。防御力が高すぎる。
だから、狙いは胴体ではない。細い手脚でもない。窓でもない。ちょっと横へズレる必要がある。
撃つタイミングは、バスが突っ込んできて、俺が横へ回避したあと。
バスはなかなか突っ込んでこない。
「なんだその顔? なんか作戦でもあんのか?」
「教えて欲しいか?」
「言えよ」
「はい?」
「言えよッ」
イラついているようだな。
冷静に判断されては困る。もっとイラついてもらうことにしよう。
「おかしいな。人に教えを請うときに、俺だったらそんな聞き方はしないけどな」
「あ?」
「そんな聞き方をするのは、イキってるガキだけだって言ってるんだ」
「死ねよてめェ!」
フェイントもなしに突進してきた。
こんなシンプルな心理戦に引っかかるとは。いくら体が頑丈でも、頭がこれではな。
来ると分かっている攻撃は、さすがにかわしやすい。
俺は大きく横へ回避し、バスの通過を見送った。
巨大なものは慣性も大きいから、止まるにもそれなりのエネルギーが必要となる。俺が振り返ったときも、バスはバタバタと手脚を動かして、必死に速度を殺していた。
俺は余裕をもって狙いをつけて、エネルギーを放った。
エネルギー弾の直撃を受けたタイヤが、パァンと爆ぜて周囲の空気を震わせた。
その衝撃波は、タイヤの近くにあった脚を攻撃。いや、衝撃波だけではない。金属ホイールが直撃し、脚を切断してどこかへ消えた。
「ぎひぃっ!」
バランスを崩したバスの一角が、ガァンと音を立ててアスファルトに激突した。まだ前進していたバスは、火花を散らしながら中央分離帯に衝突。
バスの重量を支えるタイヤは、空気もパンパンに詰まっている。
破裂したときの衝撃も並大抵ではない。
バスは動けなくなった。
なんとか三本の手脚でもがいているが、もう立ち上がれない。
「ひ、ひぃっ! 待って! 卑怯だって!」
「あのときちゃんと、礼儀正しく俺の作戦を聞いてればよかったのに」
「助けてよ!」
「助けないよ。俺のこと殺そうとしたんだから」
「なんで……。俺、天才なのに……。選ばれた人間なのに……。こんなとこで死にたくないって……」
そうだな。
ちゃんと選ばれた人間だよ。
処分のターゲットにな。
ゲッコーはバスの屋根から降りて、バスの腕にかじりついた。
「あぎゃあッ! 痛いッ! 助けてッ! 痛いってッ!」
そう言われても。
ゲッコーは捕食の超人だ。超人を食ってエネルギーとする。食事の邪魔をすると怒られる。俺にはどうしようもない。
エレガントマンの治療を受けたオルガンも戻ってきた。
「不覚をとった。これより正義の実行に復帰する」
正義、か。
実際のところがどうであれ、これを正義と言っておかないと、受け入れられないのかもしれない。正義というのは、つまるところ他人も認める行為であろう、ということだ。敵を処分しても文句を言われない。むしろ称賛される。
かくしてバスの「解体」が始まった。
俺も撃っているフリで参加した。
青空にこだましていたバスの悲鳴が、しだいにくぐもってきた。
路面は血の海。
後ろは大渋滞。
俺は指を耳にあて、通信機に呼びかけた。
「終わりましたよ」
返事はこうだ。
『現場でイレギュラーの波形が観測されました。なにか異常はありませんでしたか?』
「イレギュラーって?」
『スターゲイザーですよ』
「さあ」
報告する義理はない。
報告したところで、その分のボーナスが出るわけでもない。給与外労働だ。もし気分が乗ったらサービスしてやってもよかったが、残念ながらまったく気分が乗らない。
スターゲイザーたちは、おそらく時間を停めて反対方向の車に乗り込んで、いまごろ東京に向かっていることだろう。往路のバスだって、ちゃんと金を払って乗ったか怪しいものだ。
*
かなりの距離をバスで移動したから、帰路もそれなりに時間がかかった。
ワゴン内でも雑談する余裕があった。
「スティレット、大丈夫か?」
俺が声をかけると、少しぼうっとしていたスティレットがムリに笑みを浮かべた。
「え、なにが? 大丈夫だよ? 全部よけたし」
「そうじゃなくて、あいつに言われたこと」
俺がそう告げると、彼女の笑みがやや引きつった。
「ああ、そっち? 全然気にしてないって。あんなの、なれっこだし。いつものことだよ」
「そうか……」
いつものこと、か。
つまり彼女は、以前からあんな言葉を浴びせられてきたのだ。
それでも彼女は笑顔でいる。
誰かが落ち込んでいると、積極的に声をかける。
他人の痛みに敏感なのだろう。
優しい子だ。
あまりにも、優しすぎる。
超人は、市民から警戒され、場合によっては隔離され、いくらか差別の対象になっている。
その超人が、見た目で他人を差別している。
いったいなんなのだろうか?
差別の当事者になっても、まだ差異を見つけて他者を差別したがってしまう。
人間の能力は多様だ。超人はそれが特に顕著な形で表出している。
個体差はメリットにできる。互いの弱点を補い合えるからだ。チームとしても強くなる。
だというのに、敵対することばかり考えるヤツがいる。他者を上か下かでしか判断できないヤツがいる。
もちろん気持ちは分かる。みんな不安なのだ。自分が無価値なんじゃないかと悩んでいる。日々のニュースが個人を不安に追い込んでいる。
結果、彼らは、強迫観念みたいに己の価値を証明したがってしまう。証明の瞬間を、常に待ち続けている。そして機会が来るや、躊躇なく反射してしまう。
自分はすごい。
お前はすごくない。
この儀式をしないと眠れない。
人は、生活費さえ確保できたら、残りを趣味についやす傾向にある。スッキリしたいのだ。心のケアには上限なく金がかかる。
しかし攻撃は、無料でできる。
みんな無料のゲームの中毒になっている。
いや、「みんな」というのは言い過ぎか。
俺は本当は魔弾の超人などではなく、言い過ぎの超人だったのかもしれない。他人ばかり責めて、自分は反省しない超人かも。
まあでも、ひとつだけハッキリしていることがある。
それは俺が「嘘つき」ということだ。
スターゲイザーの言った「欺瞞の塊」というのは、あながち間違いではない。
なぜあいつが俺に固執するのか、本当は分かっている。分かっていて、分からないフリをしている。欺瞞の超人だ。
(続く)




