日帰りバスツアー(一)
数日後、俺たちは高速バスに乗り込んでいた。
気ままな自由行動ではない。出動だ。
コードネーム:イノヴェーター
十代。男性。独身。
三流の超人。推定深度B級。
乗客は、後部座席にいる俺たちと、運転席近くの親子連れらしき二名、そしておもむろに席を立った少年――本日のターゲットだ。
暗い目をした少年だ。バッグから刃物を取り出し、運転手に突きつけている。いまいち自信はないが、おそらく俺の知っている言葉でいえば、いわゆるバスジャックというものだろう。
俺は通信機に小声で呼びかけた。
「あいつ、バスジャックしていますよ? 警察の管轄では?」
『彼が精神的に不安定なのは事前に分かっていました。皆さんで処分してください』
「つまり、委員会の駒だったけど、不要になったヤツってことですよね?」
『健闘を祈ります』
まともな返事もしやしねぇ。
少年は、興奮した様子で運転手に怒鳴りつけていた。
かと思うと、急にこちらへ向き直り、ずんずん近づいてきた。
「お前たちもだからな! ヘタに動いたら殺すぞ! 口答えもすんな!」
どこで手に入れたのか、包丁よりも長い刃物だ。
超人であろうと、刺されたら危ない。
少年はまた運転手のもとに戻りそうになったが、すぐに戻ってきた。
「なあ? なんでみんな同じカッコしてんの? 夏なのにコートって……。お前ら、頭おかしいの?」
「宗教団体です」
俺は平然とウソをついた。
だがまあ、実際に見た目がおかしいんだから仕方がない。宗教団体のほうがまだ説得力がある。そうでなければ、こいつを殺しに来たなにかだとバレてしまう。
少年は、俺たちを自分より下だと認知したのか、ふんと鼻で笑った。
「だっさ。神さまにすがってんの? は? マジで? 人生がうまくいかないからって、神さまにお願いして叶えてもらおうとしてんの? それ、お前の実力の問題だろ? なあ、無能?」
「神は見ておられます」
「は? 見てんの? どこから? 言ってみろよ」
この態度、ぶん殴りたい。
でも、いま手の調子がちょっと……。
少年は、次にエレガントマンに近づいていった。
「お前……。お前はなんだよ? なんだその紙袋? ナメてんの? とれよ、それ」
「とれない」
「あ? 口答えしたら殺すけど?」
「殺さないで欲しい」
「じゃあそれ取れよ」
「とれない」
「お前、ふざけんなよ。こっちは人殺すのなんて、なんとも思ってねーから。な? ナメてっと刺すぞ? あ?」
「刺さないで欲しい」
「だからぁ! 取れってそれぇ!」
かなり興奮しているらしく、地団駄を踏んだ。
まあ興奮するのが普通だ。冷静にバスジャックするガキのほうが怖い。
スティレットが立ち上がった。
「ま、待って。暴力はやめよう? ね?」
「あ? なんだテメェ……。ガイジンのくせに日本語喋ってんなよ」
少年は刃物を持ったまま、スティレットに詰め寄った。
このガキ……。
「ひっ……」
「俺はオメーみたいなガイジンとか嫌いなんだわ。勝手に日本に入ってくんな。アフリカに帰れやボケ」
「……」
かわいそうに、スティレットは怯えて震え始めてしまった。
この狭さでは、得意の機動力を活かすこともできまい。
バスが、徐々にスピードを落とした。
それに気づいた少年が「は?」と顔をしかめ、運転手のもとへ足早に近づいていった。
つまり、俺たちに背を向けた。
せっかくだ。お仕置きの時間にしよう。
俺は左手を突き出して、エネルギーを集中させた。狙いは足へ。いくらかの重力を感じてから、エネルギーを放つ。
エネルギー弾は、しかしいつまでたっても少年に命中しなかった。
というか、窓の外の景色も止まっている。
時間が止まっている。
誰が、なにをした?
親子連れだと思っていた二人が席をたち、こちらへ顔を見せた。
スターゲイザーと、見知らぬ少女。
「正気なのか、サノバガン。見たまえ、この弾道を。このまま行けば、君の攻撃は、少年の膝を粉砕したあと、バスの床を突き抜けてエンジンかシャフトを傷つけるぞ」
「なんでいるんですか?」
「仲間を紹介すると言っただろう」
仲間?
隣の、前髪がやたら斜めになっている女のことか?
こいつも暗い目をしている。だが、笑っている。獰猛な顔つきで。パーカーとスカートという素朴な格好だから、表情以外は何者でもない普通の少女に見えなくもない。
「会いたかったよ、サノバガン。私はネクター。犠牲の超人なんだって」
「犠牲?」
「誰かの代わりに、命を差し出す超人だよ。たとえば思念の超人とかね。私は他人のエネルギータンクみたいなもの。このおじさんが力を使うと、私がダメージを受けるの」
「……」
え、クソなの?
スターゲイザーは、この少女の命を使って、カジュアルに時間を止めていたのか?
自分はなにも差し出さずに?
スターゲイザーが真顔のまま肩をすくめた。
「誤解のある言い方だな。私と彼女の利害が一致したからこうなっているだけだ。強制じゃない」
「そうそう。強制じゃないよ」
ネクターはどういうつもりなのか、ずっと愉快そうに笑っている。
俺はかすかに溜め息をついた。
「ならいいけど。でも、困ったな。俺の撃ったタマ、どうしたらいいですか?」
これにはネクターが応じた。
「逆方向から同じ強さで撃つしかないと思う」
「君たち、親子なの?」
「は? なに急に探り入れてきてんの? 知る必要ある?」
「ごめん。プライベートに踏み込むつもりはなかったんだ」
「じゃあどういうつもりだよ」
怒ってはいるが、それでも半笑いだ。
ネジが何本か飛んでいるのかもしれない。
ネクターは急にぐっと近づいてきたかと思うと、俺の右手を握ってきた。
「手、調子悪いんだっけ?」
「そうだけど……。ん?」
手が、急に……?
治った?
というか、確固たる存在に戻ったというか。ほぐれたカニカマっぽくなる予感が消えたというか。不安定感がきれいに消えた。
ネクターは笑っていた。
「私の力、あげる」
「待ってくれ。なんでそんなことをするんだ?」
「は? なんで怒んの?」
「源泉は君の命だろう。そんなものを気軽に受け取るわけにはいかない」
人の命を使ってまで、力を使うなんて。
彼女は不快そうに首を傾げた。
「じゃあ返してよ」
「どうすれば……」
「分かんない」
一方通行なのか?
だったら、ますます救いがないじゃないか。
なぜ彼女はそんなことをするんだ?
死にたいのか?
スターゲイザーが咳払いをした。
「それより、早く自分の出したものの始末をしたらどうだ? このままだとみんなに迷惑がかかるぞ」
「クソ漏らしたみたいに言わないでくださいよ。いまやりますから」
言い方ってものがあるだろう、言い方ってものが。
俺は意外と繊細なんだよ。
少年の前方に回り込むと、俺は調子の戻った右手で狙いを定めた。
じつに調子がいい。
やはりこれは怪我や負傷ではなく、エネルギーの問題だったのだ。
エネルギー弾を放つと、それは少年の膝を突き抜けて、後ろのエネルギー弾と消滅して消えた。
最初に撃ったタマは止まっていたのに、あとから撃ったタマは普通に直進した。物理法則がよく分からない。いや、もう物理法則がどうとかいう話ではないんだろうけども。
俺はほっと一息ついた。
「これで大丈夫そうですか?」
「よさそうだ。私たちはこれからただの乗客に戻るから、君もそのように対応してくれ」
「はい」
彼はすっとメガネを押し上げた。
「もちろんこれで終わりじゃない。歌が始まってゼノスの時間になる」
「歌?」
「例の電磁波だよ。三流の超人をゼノスに変えるのは、ただの電磁波ではない。周波数のゆらぎによる歌だ」
つまり、かなり複雑に周波数を変えなければ、三流の超人をゼノスに変えるのは不可能ということだ。事故的に発生するものではない。これはあきらかに人災だ。
「あぎゃっ」
少年が転倒した。
膝から下が切断されたため、自重を支えきれなくなったのだ。
刃物も、少年の手から離れて前のほうへ滑っていった。運転手はバスを停めて外へ。乗客二名も慌てたフリをしながらおりていった。エキストラによる名演技だ。
さて、問題はここから。
頭をぶち抜いてもいいが、シャフトかエンジンに当たるんだったな。おとなしくゼノスに変えてから始末するか。
後部ドアも空いていたので、俺たちはぞろぞろと外へ出た。
バスの後ろには組織のワゴンがつけていた。そいつがハザードランプを点灯させていたおかげで、後続車両による追突を避けることができた。
しばらく待っていると、バスが変形するのが見えた。長い四肢が窓ガラスを突き破って伸びて、四足歩行のバスみたいになってしまった。
こんなクソ作戦に巻き込まれてバスを一台オシャカにされて、バス会社にとってはいい迷惑だろう。
バスは忙しそうに手足を動かしながら、のたのた方向転換した。
狙いはもちろん俺たちだ。
さっき足を切り離したはずなのに、ゼノスになったらもう回復している。そもそも質量もどうなってるか分からないし、細かいことを気にするだけムダなんだろう。
ゼノスはバスと一体化していた。
イノヴェーター。
いったいどんな能力をもった超人だったんだろうな……。
まあ、なんだろうと、結局は処分するわけだが。
(続く)




